のっくのっく?
ノックノック?
のっくのっく!
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つめたい指先が、えい、と目元に押し当てられた。 「・・・なんや?」 「暇です。」 「・・・勉強解らんゆうたん誰?」 「俺です。」 暗記系はどうやら強いらしい伊月だが、パズルも好きだというのでその感覚でさせれば割と勉強科目に不得手は無いので、まあ実際に口実だったのではないか、と今吉は思う。 「眼鏡、度入ってんです?」 「入ってへんと眼鏡せんやろ?」 「オシャレ眼鏡とかあるじゃないですか。」 「バスケの試合中にそんなん掛けるか?」 「掛けませんね、普通。」 「やろ?」 「でも、今吉さん普通じゃないですもん。」 「・・・勉強飽きたんやったら言いなさい。」 「はい、飽きました。」 注ぎ足しを繰り返してすっかり温くなった紅茶を一口含めば、何故か甘ったるかった。慌ててカップから口を離すとこれ見よがしに伊月の手元はガムシロップの空を玩んでいる。 「俺も持ってますよ、眼鏡。」 「オシャレさんやな。」 座椅子に胡坐で座り直した伊月はふと天井を眺めるように喉を逸らした。近所で電線を工事しているらしい機械音がしている。この部屋は随分と静かだ。静かに滴り落ちたガムシロップの最後の一滴が伊月の指先を濡らすので、今吉の手が引き寄せて舐め取る。 「・・・えろ。」 「明日も部活なんやろ?せんよ。」 「まあ、決めたの俺ですからね。」 子供じゃないですし、なんて伊月は艶やかに笑って、ヘッドに猫の頭が付いたシャーペンを柔軟な指先に回す。 「それ、随分かわええね。」 「・・・笑いません?」 「何を。」 ん、と伊月は少々悩んだ様子を見せたが。 「これ、妹がくれたんです。お小遣い貰い始めた頃だから小学校上がった直後ですね。」 「誕生日プレゼントやった?」 「いいえ。何も。」 本当に何も無い日だった。これプレゼント、と渡された随分と可愛らしいシャープペンは今でも伊月の筆箱に入っている。物持ちの良い男だ。 「何故かラッピングしてあったんで。」 「使ってみたら案外使いよう良かった?」 「ですね。」 そんなのばっかりだ、と伊月はそのヘッドを見ながら思う。 「伊月クンは、気に入ったもんを使い続ける性質やろ。」 バスケも然り。 「好きなもんやったらどんだけでも頑張れる。やろ?」 「そうです。」 不意に今吉は小型のテレビのリモコンを取る。ニュース番組の為だと聞いている。 「その眼、どんだけ使う気なん。」 「・・・っ。」 コメンテーターの声がやけに響いた。このひとは今何を言っている。 「鷲の目、視覚情報を脳内で構築する空間認識能力。これな、あんまオーバーキャパ続けたら、眼も脳味噌も使いもんならんなるよ。」 「知ってます。」 随分冷ややかな声が出た、と伊月は震える拳を口元にやってから、そのまま顔を覆うように前髪を弄る。 「眼鏡、度ぉ入れたかったら、ワシに言いなさい。ええ眼鏡屋さん教えたるから。」 ここは、どの返答が最良なのだろうか。 「ええよ、チームメイトにも家族にも言えらんなら、ワシにゆうたらええの。」 な、と綺麗な黒髪は今吉の手によってさらさらと乱されて、手櫛で整えられた。 工事の音がする。きっとあの裏路地を走る電線だ。テレビは国内ニュースから海外のニュースになって、また国内に戻ってきた。瞬くような閃光は、バスケットのコートを照らす、綺麗に手入れされた床からの乱反射。怒涛の応援の声に、ベンチが揺する足音。 「今吉さん。」 「なぁに。」 「あなたを愛すために生まれたかった。」 「人生は物語みたいに上手い事いかん。」 頭のええ子なんやから、わかってや。 解るだろう、理解しろ。なんて酷い事を言うのだろう。 「泣かせてもくれないんですね。信じらんない。」 「泣きたいなら泣いたらええやん。」 人でなし、なんて伊月は泣きそうに笑った。今吉はただ、その声を聞いて微笑むだけだ。 自分達を負かせたくせに、そんな簡単に折れてもらっては困るのだ。 「俊、お前は強い。」 それだけは、知って置いて欲しくて、予定になかったくちづけに、睫毛が弾いた雫に頬が優しく濡れる。 「知ってます。」 驕りでは無く、自信を。 |
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初出:2013年4月4日 17:14
今月に関してはもう百科はよ・・・!!4月5日!
20141231masai