今宵十日月の下で。












 
殺して下さい。

彼女は確かにそう言った。
眉根を寄せた赤司に、彼女はもう一度繰り返した。

「私を殺して下さい。」

目の前の空き缶は今日も紙幣とコインで溢れていて、その白いブレザーに水色のブラウスの女の子は、赤司の目の前で、そっと、泣きそうな顔で立ち尽くしている。
邪魔だと言うのは簡単だが面倒臭い。赤司の思考は実に簡単だ。将棋やチェスの腕前は売って余る程にある。人心掌握にも長けた話術も持っている。しかしただ、面倒臭い。愛を囁く相手は一人だけ。優しく抱きしめるのも抱くのも一人だけ。赤司が我儘を言えるのもその我儘を聞けるのも一人だけ。
彼の世界は自分と伊月だけで完結している。
破綻の傾向は元からあった。何もかもが完璧過ぎたのだ。そこに入った罅が全てに行き渡っただけだ。赤司は伊月以外を求めないし、伊月はそれを受け入れた。受け入れてしまった。

「ねえ、お金は払うからさ。殺して?」

ぼんやり見上げた少女の顔は、静かに静かに涙を落とし、バスケ部が有名な私立中学のブレザーに水滴を落として行く。

「赤司ーって、誰、それ。」
「・・・。」

ストバスコートから走ってきた福井の後ろには、岩村に背負われた伊月がいる。む、っと歪めた口元に、ひょいと伊月は降り立って。

「すいません、岩村さん。健介さん、ちょっと肩貸して。」

ちょっと遊びが過ぎた膝ががくがくと大爆笑しているが、噴水に背を向けるベンチ、赤司の定位置の隣に腰を下ろすと、ありがとうございましたご迷惑おかけしました、と深く頭を下げて、背凭れに脱力した。

「いきなりぶっ倒れた。赤司、みといてやって。」
「水戸部かコガがいればよかったんだが。」
「いや、寝てれば治りますから。」

そうか、と心配気に覗き込んで来る二人を伊月の視界から追い出したのはやっぱり赤司で、ぺたりと額に当てた手のひらは、異常な体温の低さに見舞われた。

「俊さん。」
「軽い貧血。心配すんな。」

福井が腹に掛けてくれたジャケットのポケットから紙片を取り出しそのまま舌の上で転がす。溶けたら煙草を咥える。その沙羅と鳴る黒髪を膝の上に導いて、髪を梳く動作に空気が柔らかく解される。
公園のあちこちで若者の騒ぎ声が、笑い声が聞こえる。

「とりま、晩飯までには回復するわ。火ィ付けて貰ってい?」
「銘柄は?」
「いつもの。高尾がくれたアレ。」
「わかった。」

それはスリムタイプのメンソール。あとあとに口臭も残らない、どちらかと言えば女性向けのそれである。それなら火をつけてやってもいい。どっちにしろ伊月の副流煙で毒されるなら本望だ。

「で、そのお嬢さんは?見たとこ赤司や黒子の後輩っぽいけど?」
「死にたいんだって。」

へえ、と伊月は嗤った。とても綺麗な嘲笑だった。

「自殺志願者?だったら飛び降りでも首吊りでも入水でも、ああそうだ、これ、一回三錠、かな。何か医者から処方されてなかったら眠りながら死ねるよ。」

微かに震える指先が寄越したピンク色の錠剤に、少女はきゅっと唇を噛み締め、ありがとうございます、と受け取った。しかし未だに憮然とした表情で、赤司の血色と夕日色の瞳を見つめ、その場に立ったままだ。

「赤司征十郎先輩、ですよね。」
「・・・。」
「言葉をサボらない。」
「・・・僕が赤司征十郎、だけど。」
「信じ、られません。」
「だろうなぁー。」
「でも、僕に殺して欲しいんでしょう?」

おや、と伊月は揺れる視界で瞬いた。血が足りなくてくらくらする。今夜は肉を多めに摂ろう。

「こーすけーぇ。」
「あ?」

桜井と交代でコートから出た若松は、伊月の声に目を吊り上げて振り返る。

「桃井ちゃんに連絡取れる?」
「あー、桜井!」
「はいっ!スミマセン!」
「いや、桃井だよ桃井。」
「あ、ケータイに番号もアドレスも入ってますスミマセン。」
「何で謝る。」

桃井の情報網はどうなっているのか、少女の身元はすぐに知れた。名前から現場、心配だから様子見ようか、と彼女は申し出てくれたが、そちらも受験で大変なんだろう、と断った。

「じゃっ、死ぬ前にいっちょカラオケでも行きますか?」
「タツヤ・・・。」
「あ、いいっすねー!」
「高尾・・・。」

そんなこんなで、今夜のフリータイムは氷室と高尾の割り勘で、伊月は唐揚げを食べて今はポテトを食べているが、先程口元を抑えながら席を立ったのはきっと、吐いたのだろう。

「俊さん。」
「んー、大丈夫。それよか彼女が気になる。」

突然話題を降られた彼女はびくんと一度大きく肩を跳ねたが、桃井の情報が正確であれば、その少女は、どのクラスにも学校にもありたいていの、極々普通の、目立つか目立たないかで判断すれば、目立たない女子生徒だった。赤司が不機嫌に眉を寄せるので、ぽんと撫ぜた。
少女は手の中に冷めきったホットコーヒーを抱えたまま、入室してから、これと言った動作をしていない。

「何か歌うー?」

少女の隣に座った高尾が何度目か、マイクを向けても首を振るだけなので、流石に室内のテンションも降りている。

「死ぬなら喉掻っ捌いてもいいんだし。リスカの要領だよ、It'eazy.」

そうやって肩を竦めたのは氷室で、注文したパーティセットから唐揚げを摘まんでいる。朝までかかっていいからこれだけでも一緒に食べよう、と隣に座らせた伊月にもフォークを持たせている。

「それは極論すぎータッちゃん。」
「でも女は血に強いよ?」
「男はその辺駄目だよなぁ。」
「あっ、てゆーか!死にたいなら理由とか聞いてもいいんじゃね!?」
「あっ。」
「えっ?」
「・・・む、いいんじゃない?気になるなら聞いとけば。高尾は後学にもなる。」
「へえ?聞いちゃってい?てゆかー男ばっかのカラオケに連れてこられて犯されるーとか考えたっしょーさいしょー。」

けらけらと、カシスジュースを掻き回しながら笑った高尾に、少女は、あの、と呟いた。

「別に、犯されても、よかった。」

続いたのがそれで、流石の高尾の猫目も大きく見開かれた。

「ん?失恋的な感じ?」
「三股、四股かな、かけられてて・・・。」
「うわひっで。」
「エッチもしたけど痛かったし。」
「うわJC。」
「・・・世の中、嘘ばっかだし。」
「それは否定しない。」
「だよねー。政治家なんて特に。腐ってるよね。路上整備って名目で時々公園から俺ら追い出されるし!」
「はい、伊月、あーん。」
「待って水・・・。」
「流し込んだら消化に悪いから、ちゃんと噛んで伊月さん。タッちゃんも急かさない。」
「はいはい。」
「カズって思いの外世話焼きだよね。」
「現在進行形で真ちゃんの学校生活のツンデレ電波翻訳してんの俺よ?」
「おーまじHSK!」
「で、男に捨てられて世の中にも絶望したから死にたいってか?」

くあ、と欠伸を殺して煙草に火をつけた高尾は、少女に目を向け、煙を吐いた。

「じゃあ死ねば。」

にべもなく言い放ったのは相変わらずというか赤司で、ポテトをさくさく齧りながら、スマートフォンを弄っている。盗品ではなくきちんとした私物である。時折伊月に目を向けて、こっちの株売り?なんて画面を突き付ける。

「まあ、死んだら楽ではあるよな。悩まないし病気もしないし痛くないし怖くないだろうし?」
「何で疑問系。」
「え、死んだことないから。」
「はい、伊月、あーん。」
「あー。」
「俊さん。」
「はい、セイもあーん。」

口を開ける噛む飲み込む動作が緩慢な伊月は明日にでも緑間に診せるとして、と高尾は考え、ふっ、と紫煙で輪を作る。

「世の中絶望兎も角、男は他にもいるよー?無口だけど可愛い君の先輩、そいつが大事にしてる危なっかしいひとに、そっちの垂れ目さんは優しいよー。俺だってムードメーカーとか呼ばれて割と女の子には優しいほうだし。」
「いらない。」
「へえ?」
「どうせ体目当てだし。」
「何それ不本意ー。」

ぶー、と唇を尖らせる高尾の横、少女はコーヒーを舐めて、顔を挙げて、カップを取り落とした。それはガシャンと大袈裟な音を立てたが、陶器に見せたプラスチック製だったので割れはしなかった。

「こら、赤司!」
「和成と辰也はいいけど俊さんを下等と同列にするな。」
「俺はいいの!?」
「征ちゃんちょっとー?」

少女の耳にかかっていた髪はソファに落ち、掠った頬に赤い筋が、ぽろりと血を幼い頬から顎に滴り落とした。少女の顔の横、漆喰の壁にはバタフライナイフが突き刺さっている。

「店長に言い訳は出来るけど、誤魔化せないぞ。」

水色のブラウスにちいさな血溜まりが出来た瞬間に、やっと高尾は声を出せた。氷室が唐揚げを押し付けて来ないのをいいことに、伊月は煙草に火をつけた。

「死にたいなら、ここの屋上からでも飛び降りて消えろ。」
「ここって何階建?酸欠が一番楽だって聞くけど。赤司、ナイフと手ぇこっち。」

差し伸べた手に寄越された右手は、手のひらの小指、薬指の付け根とその第一関節と第二関節の間に綺麗な傷が入っている。よくよく見ればその場所にだけ古傷も多い。

「顔に叩き込まなかっただけ褒めてやるけど、本気でやっただろ、お前。」
「あれくらいなら本能が避ける。」
「はいはい、避けるって分かってたんだろ。聞き飽きたよ。お前はナイフの扱い下手なんだから。」

そうやって伊月はアルコールの入ったおしぼりで傷を拭って紙製の布巾で縛る。無いよりマシだろう、ナイフは片手でくるりと回せば刃は隠れるので自分のポケットに仕舞う。

「征ちゃん本気過ぎっしょ。穴空いたよ壁。」
「バタフライは鍔が無いからちゃんと握らないと。」

少女は、頬から流れる血を確認し、それでも平然と会話を続ける彼らを呆然と見た。
そして自然と言葉が出た。

「殺して下さい。」

一人は次の曲目を入れながら、一人はポテトを齧りながら、一人は手当をしながら、一人は手当をされながら、言い合わせた訳では無かろうが、皆一様に、少女に見向きはせず。

「やだ。」

薄情に、その二文字を言い放った。
朝方の空が白む頃、絆創膏を頬に当てた彼女は、何だか色合いがいつもと違った世界に、一歩だけ踏み出した。

その先に道があったかどうかは、誰も確かめてくれなかった。

***

NO犯罪!YES萌え!!赤月下さい。赤司はちゃんとした刃物の使い方が下手だったら萌えるwっていうか伊月が使わせなさそう。このお話での二人は足りない部分を二人で補い合ってるイメージです。我が家の俊ちゃんはこずみっくさんを飾る場所に右往左往してますw因みに保存用は私名義で買ってやがりましたwwwそう言えば前話で描きそびれてたんですけど、伊月の苗字は伊月じゃないです。生まれた家が伊月。引き取られた家の名前は名乗りたくないくらい嫌い。あと、この話はそれっぽい話は出るけど出来上がってるBLCPは赤月だけです。だからHSKもハイスペックカズナリになりますw■タグありがとうございます!!個人的に私の文章って萌えが反映されにくいっぽいんですね、くどいというかwなので萌えていただけて幸いでっすー!!語るシリーズとは違って、今宵シリーズは萌えが最優先でございます!!赤月で年齢指定描いてみたいなぁと今日この頃w

2012年09月26日 16:54初出。

このお話もかなりお気に入りですね。






20121114masai