今宵立待月の下で。
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さてどうしたもんか、と伊月は頭を掻いて、座っていたドラム缶から腰をあげた。
ここは、都内の片隅にある、病院の、廃墟。 そう、廃墟だ。 事の始まりは、日向がバイトをしているクラブハウス『Bilge』での飲み会だった。合コンの人数合わせに呼ばれたそれだが、まあ、夏場で皆皆、妙に頭が湧いている。 店の雰囲気もがらりと変わる時間帯だったのもあるだろう、ちょっと怪談話なんかを始めた輩がいたわけだ。基本的に伊月は怪談の類は好むが好かない。正確にいえば、好きなのだがそれ以上に怖いものばかりは世間に溢れている、というのが彼の持論だった。くろちゃんねるという大型掲示板のオカルト専門スレッドから引っ張り出してきた怪談話には、一人かくれんぼ、どう考えても辻褄の合わない眉唾物、幽霊屋敷で実況中、なんて色々あって、携帯電話の持たない伊月には新鮮な話もあったが、その中で一つ、『Bilge』から徒歩で30分ほどの所に、病院の廃墟があるという、しかも出るという話が持ち上がった。 つまりは、今から行こう、という事だ。 「ざっけんなよもー。」 怪談話に異論は無い。しかしながら、不法侵入は如何なものか。普段、公園を不法占拠している立場で言えるものかどうかは迷うところだが、ガシャンと自動ドアだったものを蹴破った輩には頸にハイキックを決めるべきだった。 「病院ってマジでそれっぽいし。」 そして彼自身、病院という施設を好かない。体調を崩せば寝るか最悪でも市販の漢方薬、という実に健康的な彼は、ちいさな紙片を飲み込んで、すっかり乗り気で入って行ってしまった彼らを追わなければいけないらしい。 入ったロビーの待合ソファは破れたのと割かれたのと半々だ。結構出入りは多いんだろうな、と破れたカーテンの向こうを覗き込む。カルテが放置されていた。 診察室にもカルテは散乱していて、診察台も埃を被って寝転ぶ気にはなれない。 「んー。」 薬が効いて来たか、五感が鋭敏になる錯覚。壁に真っ赤なスプレーで書かれた下世話な文字や、捨て置かれた菓子袋にライター。 「あぶねーな。」 ライターを拝借してカチンとガスを確認すると火が灯った。これ幸いと煙草に火を付ける。ちらりと視界の端をライトが走ったので、振り返る。こっちか、と追いかけると何故か物置に入った。そこでドラム缶と出会った。 「どう、するかなぁ。」 日向のシフトが終わればそのまま一緒に飲みに移行するつもりだったのに、と煙草を吹かしてぼうっとちいさな窓から見上げると真っ暗だった。満月は沈んだらしい。 つか今何時、と確かめる、細い腕には不釣り合いなミリタリーデザインは夜の客人から貢がれたそれだ。目当てのスイッチを探し出して文字盤を照らすと見事に丑三つ時だった。 「あ、いた。」 「え?」 ふと、女の声に伊月は顔を上げる。酒の席でやたら絡んで来た女だった。唇にピンク色を乗せすぎて、蚯蚓か蛞蝓のようだと思った。ぬたぬたとグロスが滑り、気付けばキスされていて、そうっとベルトのバックルに指を掛けた手を、伊月は止めなかった。 「すんの?」 「うん、伊月くん、かっこいいもの。」 「へえ?」 そのまま、ピンクと水色にアートされた指先が弄るのを止めさせないで、薬の影響できらきらと光る何かに手を延ばし、女が短く喘いで精液を嚥下した音で一気にテンションが下がった。 金が絡めば別だが、基本的に伊月はこういった行為に関しては淡白だ。実にあっさりと、そのままデニムを整えてやれば、女は不満そうに唇を尖らせた。 ちゅ、っと青臭い唇に一度ノイズだけで口付けて。 「続きはまた今度、ちゃんと綺麗な場所でね。」 「・・・ん。」 媚を含んだ笑みがどうにも嫌いだ。絡んできた腕は正直邪魔だったが、唇の感触と臭いが嫌で、もう一枚、紙を食んだ。 「皆は?」 「もう、出ちゃったよ。」 「本当に?」 「うん、実はねぇ、頼んじゃったぁー。」 うふふ、なんて笑う彼女に、あっそ、と素っ気なく返した伊月は、からり、と金属音を聞いた。 「・・・?何だ?」 「なぁに?」 「ん、ちょい気になった。君も出てな。」 からり、からり、転がすような、実際転がっているのか、軽い音は病棟のほうから聞こえた。 「10分で戻らなかったら、Bilgeの日向ってバイトに連絡しといて。」 「えー?わかったー。」 所詮、ヒトがヒトに対する執着なんてそんなものだ。 待ち合わせロビーで外れた腕をさする。爪のあとが気になったが、少しで消えるだろう。反対側の腕には鳥肌が立っていた。 「さて、何が出るかな。」 こんな収穫があるなら、内容の無い集まりも悪くない。 「うん、内容がないよー。いいね。」 高尾なら馬鹿笑いするだろう、赤司には無表情が返されるだろう、日向には黙れと一蹴されるだろう言葉遊びをしながら、自分の前に、カートを押す女に伊月は着いて行く。 彼女は首に赤い疵を隠さず、異様に伸びて骨の折れた首でこちらを逆さまに見ていた。思わず笑ってしまった。 「御用ですか?」 「ええ、少しだけ。」 埃まみれのカートには男の生首が載っていた。後でここの由来でも調べてみよう、日向や黄瀬、青峰や火神は嫌がりそうだけど赤司や高尾、小金井や土田は喜ぶだろう。 からりからり、からり。 到着したのは設備からして、入院患者用の食事調理室だろう。俎板をがつがつと包丁が叩いており、切り刻まれたカラスであっただろう何かが鍋に放り込まれた。カチカチとガスを動かしているが、火がつく様子は一向にない。伊月の手元に二本目の煙草が灯ると、動きは一瞬止まって。また再開される。ガランガランと派手な音でバッドが崩れ落ち、顔が逆さまの女は逆さまのまま、首を傾げた。 「どこか行くんですか?」 「いえ、別に。」 す、っと一度ゆっくり主流煙を吸って吐き出し、また女の後ろを着いて行く。 指に挟んだ煙草の臭いに何かが混じる。伊月はそこで足を止めた。 れいあんしつ、と唇だけ動かし、女が入って行くのを、ぎょろりと動いた男の首を、伊月はそのまま見送って、さてどうしよう、とまっくらな天井を仰いだ。フィルタに口付けて、吸えばぽうっと目の前が明るい。吐き出せば暗い。 「そういやこの盆は、墓参り行かなかったっけ。」 外気33度の熱帯夜、半袖の腕を摩りながら日向が自動ドアの向こうに待っていた。 「なあ、俺がここから出られないって、言ったらどうする。」 「赤司呼ぶわ。」 「アイツに刃物持たせるなよ?」 「わぁっとるわい!」 つかはよ帰んぞなんでここくっそ寒ぃんだよダアホー!なんて一人喚く日向にひとつ。 「こんなトコでヤりたがる女の気が知れねーわ、俺。」 「やっぱりそれか!このスケコマシ!!」 「振ったよ、たぶん。」 「多分て何だ多分て。」 「なんか貢いでくれっかもしんないしー。てか今日の合コン参加持ちかけたの、ひゅーがじゃん。お陰様で俺は暫く赤司のオシオキコースだよーばかー。」 というか、日向以外の誰もが待っていないというのは、面白いくらいに他人とは薄情だ。 「折角だから墓参りは赤司と行こう。」 うん、そーしよ、なんて一人頷く伊月に、日向はどうでもしなさいと、溜息を吐いた。 それは一夏の、まぼろしの話。 |
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novel/1375432の続きではないですがエピソードの一つとして。合言葉はNO犯罪!YES萌え!!そんな期待するもんではないですが、R18Gということで。■31日付Gタグ27位頂いてましたありがとうございます!なんでランクインしちゃったんです?(9/1■1日付Gタグ11位頂けました!ありがとうございます!■2日付Gタグ10位頂けました!ありがとうございます!!俊ジャンルぇ・・・?(9/3
2012年08月27日 16:33初出。
キャプション誤字ェwwwwwwwwwwww
20121114masai