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「サアサア世にも不思議な蛸娘、お代は見てのお帰りだ!絶世の美女の蛸娘、胴体は普通の人間と変わらないが、四本の手足がグニャグニャだ。蛸そのままに歩いてご覧にいれる、看板に偽りあったらお代はいらない、サアサア物は試し、ご覧じろ!」 客呼びの甲高い声に行き交うひとの興味はさして惹かれる様子はなかったが、真はその絵看板を見、はたと思い当たった。大震災からこちら、家族の一切を亡くした真は伊月という家に世話になっており、その養父母から聞かされた、俊という女のことがちらと脳裡に閃いた。養父母は彼女の生死を諦めているような話し降りだが。 「あんちゃん、サアサア入ったり入ったり。お代は見てのお帰りだ!」 呼び込みの男は真を急き立て、結局にしてみすぼらしい掛け小屋の暖簾を潜った。 十坪も無い程の狭い場内には見物人が三十人ばかり、五尺くらいの高さに造られた舞台に見入っている。 舞台の中央の椅子に娘はちょこんと腰掛けてあった。派手な花模様の着物に襷を掛けて、二の腕は根元から露出している。着物の裾も真っ赤な蹴り出しを捲り上げ、際どいところをかろうじて隠すように両脚もだらりと投げ出されてある。 蝋のように白い肌。紅を引かれた赤い唇。柔らかそうな体は別段普通の人間と変わらない。 「腰巻をもっと捲ってみせろ!」 見物人の一人の下卑た声に客席はどっと笑った。 「誰や、けしからんことゆうんは。そんな下品な見せモンちゃうで。ほな、ぼちぼち太夫さんの両手両脚運動とでも行こか。」 眼鏡の男が口上を述べて、娘の指先を掬った。 彼女はたらりと伸ばしていた手を脚をそろりと動かし始めた。なるほど、まるで骨のない感じで手足を互いにぐるぐると絡み合わせ、首根に手を巻きつけたり椅子の足に両脚を絡ませたり、音楽のタクトを取るように手足を宙に泳がせるのだが、そのなよやかでくにゃりと動く様は薄気味悪い。見物客が嘆息したのを見計らい、口上役は蛸娘に声を掛けた。 「サアサア太夫さん、椅子から降りてみよか。」 ぬらり、と立ち上がったかと思えば、そのままぺたりと板の上に座り込み、奇妙な格好で腰を揺らすと這うように舞台を動きだした。見物客に笑い出し、蛸娘は口を効かないのか、その美貌に微笑も苦痛も浮かべることなく、かえってその無表情さが憐れだった。 じっと見守っていた真はそれ以上彼女の舞台を見るのが忍びなくなり、木戸番に二十銭払うと見世物小屋を飛び出した。 似ていた。消失から免れた写真の幼い彼女に。年恰好にあの美貌は養母にそっくりであったし、真はそのまま居ても立っても居られず、見世物小屋のあった境内から出るなり、公衆電話にとびこんだ。 伊月家は深川森下町に相当な店を構えて呉服商を営んであり、番頭に変わってすぐに電話口に飛び出した養父母は、すぐに母さんを向かわせる、と意外な知らせに動揺しつつも、大鳥居の傍に佇む真のもとへ円タクで養母が駆け付けた。 「驚かないで下さい。あくまで蛸娘という見世物です。」 「嫌だわ真さん、いっそ俊じゃなければと思うわよ。」 切な気な横顔を真は一瞥し、掛け小屋の暖簾を潜った。蛸娘は小休憩らしく、椅子の上にちょこんと座ったまま、ぼうと宙を眺めている。 「俊!」 初めて聞く養母の鋭い声音に真は驚いたが、声にこちらを振り仰いだ少女は無表情の白い頬に徐々に血色を取り戻し、ぱちっと一度瞬くと、ああ、と喘いで泣いた。 「母さん・・・!」 代々伊月の家は呉服太物商を営んでいたが、子宝に恵まれなかった。今の代になり、結婚から二十年が近くなる頃に産声を上げたのが俊だった。文字通り子宝は宝物のように大切に育てられてきたが、俊が女学校二年、十五の春に原因不明の高熱に冒され、一週間を生死の境で彷徨い続けた。両親や医師の手厚い看護で一命は取り留めたのだが、平熱を取り戻して意識も戻ったが、まるで手足から骨が抜けた様相になってしまったのだという。 秀れた器量を生まれ持ち、これから花を咲かせる年頃を、と八方手を尽くした両親を嘲笑うかに震災が、火災が都心を襲った。命からがら難を逃れた一家であったが、俊の姿だけが沓として行方しれずになったのだ。 真が伊月家の養子として迎えられたのは、それから三年後の春先。専門学校から大学へ進もうとした矢先に父親が急逝。三男坊という立場は学業を放棄させられる立場にあって、伊月の養子になる話を承諾して学校を卒業させて貰った。伊月夫妻も堅苦しい作法はあまり好まず、真の進路についても特に口出しすべく事も、生真面目な彼に家業を強いる積りもなかった。 俊が伊月の敷居を跨いだのは実に六年ぶりだった。何度か興行師のもとへ足を運び、色々と悶着もあったが、千円という多額の身代金で俊を引き取る事ができた。彼女は震災当時、一人の香具師に救われたがそのまま九州へと連れて行かれた。そこで彼女の体に目を付けた興行師が買い受け、朝鮮へ。蛸娘として見世物にされ、各地を点々としてきた。逃げるにも、手紙を認めようにも、屈辱に死のうとしても監視の目が厳しく、日々を諦めて過ごすようになった。そして最近、東京に来て、見知った誰かが見にきてくれはしないかと考えていたとも彼女は語った。 頷く母親の声は涙に掠れ、父親も使用人も、真でさえ、俊を取り巻く人々は目元を拭った。 「俊、もう心配しないで。あなたには立派なお兄さんも出来たのよ。真さん。俊を見つけてくれたのも真さんよ。」 「お兄さまも、本当にありがとうございました。」 「いや、運が良かっただけだ。」 照れ隠しにあらあらと母親や女中は笑って、これからも頼むよ、なんて父親に肩を叩かれて真は力強く頷いた。 不具とはいえ、美しい女性に成長した俊が帰ってきた伊月家は頓に華やかで、明るい空気に包まれてあった。 そしてその年の暮れのある日、真の部屋に母親が訪ねてきた。 「真さん、お勉強かしら?」 「いえ、構いません。どうぞ。」 机に向かって哲学書を読みふけっていた真は本を閉じ、折り入ってお話があってね、と改まった様子の養母に首を傾げた。 「真さん、俊の事をどう思うかしら?」 「どう・・・。」 「あ、出し抜けにこんな事ね、困るわよね。実はお父さんが、真さんと俊を夫婦にしたいと言い出して。」 「はあっ!?」 これはさしもの真も驚いた。最近通りがかりに真君の嫁を、とこそこそしていたのは知っていたが、まさか自分の娘とは。 「そりゃぁね、俊はまともな体じゃありませんもの。真さんが喜んで承知してくれないことは、ね。」 「お義父さんは、何と。」 「名義上の夫婦でも構わない、ですって。他に妾を侍らせようが浮気しようが、それは真さんの自由だし、って。」 「いやちょ、待ってくださいお義母さん。それ、俊の意思お汲み取りでのお話ですか。」 慌てる真に、あら、と首を傾げたのは養母のほうで。 「俊はあの通り、真さんを慕っているわよ?」 あるえー!? ちょっとまってお義母さんそれどこの結論ですかね足の効かない俊さん抱き上げて庭散歩したりしてますけどね女中でなくても手伝える事なら手伝ったり冗談言い合って悪ふざけしたりってあああああそれかあああ!!! 僅か一秒半、表情には出ないポカン状態の真に、養母はちょこんと頭を下げて。 「無理ならいいのよ。ね?でも、考えて置いてくれると。」 「はい、暫く考えさせてください。」 ちょっと真に余裕が無いのを見てとったか、そそっと養母は部屋を出てくれた。 養父母の、穏やかでいて惜しみ無い愛を真はしみじみと感じていた。俊と夫婦になる事も、決して無理と思わないくらいに絆されている自覚はあるし、真や俊の将来を考えてくれている事はむず痒いくらいに僥倖だ。しかしながら、実際真が俊と結婚したとして、それは俊にとって幸せに繋がるのか、それは詮無事だが大事なことだ。もしこの話を蹴って無視したとしても、伊月家は真への愛を注ぐだろうが、その後の俊の姿を考えるなら。 しかし、それまで真と俊は、本当の兄妹として仲良くしてきたが、それからというもの、彼のこころの片隅から徐々に、少なからず変化を齎した。 「なあ、お義母さんたちに俺のことなんかゆった?」 「なんで?」 いやなんでも、俊が帰ってきてから毎日が楽しいから、私も兄さまがそばにいてくれるのが楽しい、なんて双六の駒を二人分進めてくれる手間を手間とも思っていない真に俊が笑う。 「お兄さまが結婚しても、そばにいたいな、って。」 「俊は嫁いかねーの。」 すうっと、冷えた。なんと残酷な質問か、と真は早鐘を打つ心臓を握り潰したくなった。俯いてしまった俊の肩からさらさらと滑る黒髪に、ベニを履かない健康的な色のくちびるは白く噛み締められた。 接吻てどんな味だろうな。 真にはふと考えた。 「俊。」 「・・・なに。」 「俺、嫁とか貰わねーから。」 どうして、と薄いくちびるは紡ぐ。 「だって、俊が好きだからさ。」 からからと手の中で賽子を弄びながら放った言葉が、どれだけ残酷であったか。じぃっと黒真珠のような瞳が肌を刺すように見るので、なに、と振り返った真は、ぼろぼろとその白い肌に雫を零して切な気に眉を寄せて泣き出した俊が蹲って顔を隠そうとしたのを、強い力で掴んで止めさせた。 「う、そ。うそつき。おにいさまの、うそつき!」 嗚咽を漏らすくちびるを、真は自分のそれで塞いでやった。 「今更気づいたのかよ、バァカ。」 翌る日の朝食の席で真は俊との結婚承諾の旨を養父母に伝えた。深く頭を下げて、口上は養父に止められてしまったが。 「お兄さま、おにいさ、きゃ!」 「お八つまで時間あるよ・・・な・・・。」 使用人に手を貸されて時折真の部屋に遊びに来る俊の声に真は立ち上がって、悲鳴に反射的に手を伸べた。ぽすっと倒れ込んできた柔らかい身体は共を連れていない。 「・・・俊、お前。」 「歩けたの。どうしよう。今朝から、立ってみたら立てたの。歩いてみたら・・・っ!」 嗚咽を堪えて訴えるその声に、真はそのまま抱き締めて泣いた。 「歩く練習、しような。」 何度も頷く綺麗な黒髪に鼻先を埋めて、ああ、と感極まった。 「春になったら、桜を見に行きましょう、お兄さま。」 「なー、お兄さまっての、やめようぜ。」 ん、とまだ雫の新しい線の細い顎先を摘まんで優しい接吻をひとつ。 「えっと、あ、あなた?」 |
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初出:2013年3月4日 18:24
巽/千/代//吉の「からみつく/蛸/女」パロ。りはびり。エロシーンは削りました。伊月先輩玉枝ちゃんてことで女体化タグつけときます
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所謂B級C級というやつ。
20141026masai