シリーズの今までの盛大なネタバレが含まれておりますので、未読の方はご注意です。












 かの有名小説の話ではないが、トンネルを抜けるとそこは本当に、雪国のような様相だった。












伊月助手の聖なる旅の日。













冬期休暇開始前日、彼は誠凛大学近所にある文具屋に立ち寄った。ノートにシャープペン、万年筆。墨、硯と注文すれば上質の和紙も手に入るそこで、彼が買ったのは指折り数えながら思案した、鉛筆のダースを三箱。
司令塔会を終えた翌日、彼は珍しく日の昇らぬ朝から列車に乗ったのだ。
綺麗に咲いていた百日紅は次の季節までに葉を落とし養分を蓄え枝葉を蕾を成長させる準備をしている。
「さぁっみー!」
これはもう一枚肌着が要ったな、とマフラーを巻き直して、その無人駅の改札を抜け、真っ白に雪が積もった田畑と山麓に感嘆した。脳内の地図をくるくると開いて、玉葱の苗の準備をしている村人は、そのインバネスコートの裾が軽やかに冬の空気の中で爽やかに靡くのに振り返った。
「・・・お前さんは、いつかの・・・。」
「どうも。その節は美味しい西瓜をありがとうございました。」
学生帽を脱いでぺこりと頭を下げて、にっこりと笑った彼は、あの夏のまま、誠実で凛とした、少し不器用な、うつくしい彼と相違無かった。
「子供たちはお教室ですか?」
「ああ、先生の家におる。」
「ありがとうございます。それでは、・・・良いお年を。」
惨劇のあった村でこの挨拶はどうだかと迷う様子を見せたが、そのまま村人は、お前も良い年をな、探偵さん元気か、と返してくれた。無駄に元気ですよ、と笑っておいた。
「こんにちは。お邪魔します。」
「おや?」
脚を引きずりながらも寒い玄関に迎えてくれた先生は、お久しぶりですね、と長閑に笑ってくれた。
「怪我はどうですか?」
「神経の幾らかは壊死しているからね。」
「そうですか・・・。」
「君は?」
「あ、もう少し痕が残ったくらいです。大丈夫です。」
ご心配ありがとうございます、と丁寧に頭を下げれば、広間のほうから子供が顔を出した。
「つきちゃんだー!!」
「おや、覚えて貰えてた。」
「覚えているよ。今吉さんと伊月さんはこの村の英雄ですから。」
「いや、そんなことは・・・。」
だってあんなに涙を流させた、ときゅっと心臓を握られるような切なさは、真正面から食らった子供たちの全力のタックルで忘れた。
「先生!つきちゃんだよ!!」
「だね。ああ、帽子が落ちたよ。」
「どうも。」
あはは、と軽く笑って、飛びついて来た子供たちの頭を撫ぜて、彼は通学用より一回り小さなショルダーバックからリボンの掛かった箱を出した。
「クリスマスプレゼント。」
「くりすます。」
「くりすます?」
「ええっとー、一年間、良い子にしていれば精霊がプレゼントを届けてくれる日、が海の向こうにはあってね。それがクリスマス。で、その精霊は露西亜の山奥に住んでいるから、この村まで運ばせるのは気が引けるなって思って、俺が代わりに預かってきた。」
こんなところでどうでしょう?と先生に笑いかければ、お見事です、と苦笑気味に返された。
「中身は鉛筆です。」
「それは助かりますね。」
通して貰った、教室になっている広間は床の間に掛け軸も飾られていないが、きっと墨を飛ばして汚してしまうから外しているのだろう。数としてはひとり三本は余裕だが、消費時間を考えると心許無かったな、と彼は頬を掻いたが、本当にありがとうございます、と先生に頭を下げられて、慌てて手を振った。
「それから・・・。」
村の外れに住んでいたお婆さんがこの季節の変わりに、という訃報に、そうですか、と彼は静かに目を伏せた。





*****





その女性刑務所に面談が通ったのは、おそらく赤司が抱える弁護人を介してくれたのだろう。
岡本章子は彼の来訪に、きょときょとと瞬きを繰り返した。
「・・・伊月、さん?」
「はい。ご無沙汰しております。お元気ですか。」
「清志お兄さまは、元気?光次兄さんも、煙草ばっかり・・・体に悪いわ。スガは早く追い出さなければ・・・あんな妾風情。ああ、晶子姉さまが殺してしまえばいいのだわ!伊月さんもそう思いませんこと!?」
きらきらとした瞳は濁っていて、頬は痩せこけている。医療刑務所と行ったり来たりを繰り返しているらしい彼女は、随分と病んでいた。
「めぐみさんは清志兄さまを愛して下さった素晴らしい方よ。この間お会いさせていただいたの。ねえ、伊月さん。」
「はい、章子さん。」
「私も、素敵な恋がしたいの。そして素敵な方と結ばれたいわ。」
少し、彼は戸惑った。看守はこちらを見ない。
「章子さん、あなたの恋路を、俺は応援していますよ。」
すうっと彼女の瞳から光が消え、濁った眼は絶望を映している。
「それでは、失礼します。」
時間の猶予はあったが、きっと彼女のこころが持たない、と彼は判断し、とある屋敷を訪れた。同輩が祖父母と暮らす家だ。
「よ、木吉。膝の調子は?」
「悪くは無いが、籠球が出来ないのが辛い。」
「その道を選んだのはお前だ。俺は、心配はするが同情はしない。」
彼の口調は徹底して平坦だ。木吉の情熱を知っているからこそ、同情は出来ない。突き放すような言い方になってごめんな、と呟けば、医者は時には残酷なもんさ、と他人の機微に強い木吉はいつも通りに笑ってくれる。きっと医者になればその脚がどれだけ大切だったとしても、切断するのが最善だと判断すればきっと彼は最善を選ぶ。どれだけ葛藤があったとしても、時間がそれを赦してくれない。木吉には選ぶ時間もあった。でもこの秋の頂点を掴むために行ったそれは、代償に人生を奪う。木吉は若すぎた、と後に思うだろうか、それとも後ろなんて一度も振り返らずに袂を分かつように前に進むだろうか。
「で?本題は?」
「国谷学さんへの面会。」
「ああ、呼んでくるよ。」
木吉の祖父は保護司だ。国谷学は傷害致死を唆された、と三ヶ月の実刑とその後の猶予期間を木吉家で過ごしている。
「あ、伊月さん・・・。」
「どうも。学さんとはほぼ初めまして、ですよね。」
「どら焼き食うかー?」
「貰えるなら食うー!木吉は俺の学校での同輩でして。先触れ無しの面会、受けて頂けて幸いです。その後は如何です?」
彼の言葉に、ああ、とほっとしたように国谷は息を吐き、そうですね、と少しだけ言葉を選んだ。歌舞伎の舞台で女形でも堂々と張れるような容姿の国谷は、あの事件以来一切の笑顔を見せていない、という。
「清志の事が、まだ、忘れられなくて。」
「まあ、現場には俺も立ち会った責任ありますから・・・。でも、言わせて頂くならば。」
木吉が盆に茶とどら焼きを乗せて持って来てくれたのに礼を述べ、彼はひとくち番茶を啜る。木吉は大きな口でばくんと好物のどら焼きに食らいついてもぐもぐと笑っている。
「ひとが死ぬときは、忘れ去られた時だ、とよく聞きませんか?」
在り来りですが、と彼は笑った。
「翔一さんはそういう意味では多くの人を殺しています。」
「えっ!?」
「木吉、前の文脈掴んでる?」
「あ、ああ、すまん。」
話戻しますね、と彼もどら焼きを齧る。
「ここに、隣に居なくても、触れ合えなくても、手を繋げなくても、こころは繋がっている。そういう考え方も無くはないんじゃないですか?ね、木吉。」
「だなー。籠球が出来なくてもどんな形ででも繋がっていけたらいいな、俺も。」
国谷が笑うことが出来るのはきっとまだまだ先だとして、これからの道を模索する姿に助言はきっと出来るのだ、と保護司の家にいると言うのはきっとそういう事で。
「そんじゃ、ありがとう、木吉。国谷さんも、良いお年を。」
国谷の最愛は、まだ死んではいない。




*****




出待ちに誰かいる、と聞かされて、はて、とその役者は首を傾げた。基本的に今回の舞台は出待ちが禁じられており、しかしマネージャーが言いに来た、という事は正式な客らしい。
「化粧無いほうがお綺麗ですよ。」
はい、と大きな花束を寄越した彼に、佐野は長い睫毛を持つ目元を瞬かせた。
「今日が最後だと聞いてましたんで。お疲れ様でした。よい夢をありがとうございました。」
今回の演目はシェイクスピア。そして今日は佐野の最後の舞台だった。公演は年明けまで続くが、佐野は今日限りで女優業を引退すると、業界でも一部でしか知らない。こっそりと、誰にも知られずに消えるつもりだった佐野は、思わず苦笑してしまった。
「敵わないわね、坊や。」
「伊月です。」
「知ってるわ、青二才。」
む、っと尖らせたくちびるに佐野は白魚のような指先を突きつけた。
「いいこと?恋に恋している内は誰もが子供よ?」
「恋がしたいと思ったことはありませんが。」
「あら、伊月くんの年齢なんて誰もが恋に憧れるものだと思っていたわ。」
くすくすと、実に楽しそうに笑われて、からかわれてんのかなぁ、なんて彼は思った。ふ、っと彼女は肩から力を抜いて。
「女のほうが男に比べて精神的な成長は早いと言うけれど、そんなのは結局それぞれよね。」
「・・・そうですね。」
「気が無いわね。」
だって、と彼は続けようとして、口を噤む。
「ああそうだ、カウンセリング、ちゃんと受けるから。」
「え。」
「私だって、もう恋に恋する年頃じゃないのよ。」
肩を竦める仕草はどこか優雅で、ああ、舞台のひとだなぁ、と彼は思った。
「そうね、優しくて、私を受け止めてくれるひと、なんて素敵よね。私は演技を沢山してきたから、誰にでもなれる。けれど、私は私でしかない。それをちゃんと解ってくれるような。」
「いいな。」
「あら、貴方に理想は無い?」
「えー・・・?」
「理想は大切よ?今の恋愛にどんなに満足したって、相手に自分が相応しいかどうか、それは考えないと。ただの甘えよ、それは。」
「・・・甘やかされて育ってます・・・。」
そうよねぇ、なんて佐野は笑った。
「あのひと、甘やかすの上手い、っていうか、相手が何を欲しがってるか、すぐに理解して与えちゃうひとだわ。」
「え、ちょ。」
「心配なさいますな。誰にも言いませんよ。」
ね、と佐野は悪戯っぽく笑い、一瞬だけ、寂しそうに素直に笑い、今までありがとう、と綺麗な微笑で、観客だった彼に頭を下げた。
「あの。」
「なぁに?」
「良いお年を!」
「ええ、貴方もね。それじゃあ。」




*****




コン、とノックに桜井はキャンバスから視線を上げた。
幼い頃から好んでいた絵画を職に出来たのは幸せだ。油彩から漫画まで描ける腕前を、どこの出版社も同人仲間も欲しがった結果、フリーで活動している現在を、桜井はこつこつと繋いでいる。殺伐とした空気は正直嫌いだ。
「はい?」
「あ、いた。」
「スイマセン、集中していて・・・気が付きませんでした、スイマセン。」
慌ててアトリエから出て、隣の部屋でストーブに火を入れて紅茶の用意を選ぶが、突然の来訪者は、いいよ、と笑った。
「年末進行?」
「あ、年明けに個展が。」
「本当に?やったね。」
「ありがとうございます。ああっ、カステラこの間青峰さんに食べられちゃってた!スイマセン!」
「いや、いいって。持ってきた。」
「スイマセンスイマセン!!」
彼は鞄から菓子折りを取り出して、クリスマスプレゼント、と笑った。
「あ・・・。」
「俺の親父オススメ。如何?」
「ああ、あの、スイマセンとお伝えください・・・。」
「いいよ。一回断られたくらいで折れるひとじゃ無いからさ。近いうちにまた来ると思うよ。気に食わなかったら遠慮なく追っ払っちゃって。」
出版と画商を主な仕事にしている父親を持つ彼は、そうやって笑って、木枠の彫刻が見事な鏡を見やった。
淹れて貰った紅茶に礼を述べて、ぽつぽつと近況や世間話を交換し、暖かな空気にほうと彼が息を吐く頃、シャッ、と木炭が紙面を擦った。
「ん?」
「スイマセン、そのままで。」
「うん、いいよ。」
「スイマセン。」
暫くだけそうやって、ちいさな沈黙。それから少しだけ、どうでもいい話もそこそこ。
「ありがとうございました。スイマセン、お時間取らせました。」
「俺なんかがモデルになるならどうぞ?翔一さんか花宮通すとお金取られるだろうから、今度は直接ね。」
「もっ、モデルに支払うお金位ならあります!」
駆け出しですけど絵描き舐めないでくださいっ、と頬を膨らませた桜井に、そうか、と伊月は笑った。
「相変わらず、負けず嫌いだな、お前は。」
こうなったら梃子でも動かない桜井を前に、それでは良いお年を、と伊月は笑ってカップをソーサに戻すと、そのままコートを羽織ってマフラーを巻いて、見送りにと立ち上がった桜井には手を振って、安いアパートの一室から出て行った。




*****




かつっ、と石畳を駆けたブーツに、道行く人は振り返った。凛と前を見据えて歩く『彼女』は良い意味で注目を集めた。途中でちょこんとしゃがみ込んだと思ったら、ふわりと花のように笑うから、軟派な手合に声を掛けられた。
「どうしたの?」
「・・・あ、えっと。」
思っていたより低い声が、逆に魅力的だ。
「四葉のクローバー、が。」
「ああ、本当だ。」
手折って渡せば、本当に綺麗に笑って、ありがとうございます、と丁寧に頭を下げて、そのままウールの肩掛けにさらりと黒い長い髪を靡かせ、去って行った。男はうっかりと呆然と見送ってしまった。冬の寒い夜は人肌が恋しい。
「今日は、宝生さん。」
「春さん!」
「こちら、頼まれていた本と・・・。」
看守越に渡される本には四葉のクローバーが添えられてある。
「わぁっ。」
宝生は裁判が示談に落ち着きそうだ、と花宮の情報から、現在は比較的自由に拘留所では会うことが出来る。
「すごいっ。春さん、ありがとう!」
「どういたしまして。」
にこにこと上機嫌な宝生は、大事に大事に四葉を本に挟む。栞にでもするのだろうか。
「ちょっと豪勢じゃないけどね。クリスマスプレゼント。」
「あら、ありがとう・・・。」
ごめんなさい私、御返しが、と小声で言い募ったのには、気にしないで、と。
「プレゼントなんてさ、したい時に、したいだけすればいいんだよ。俺は俺がそれを贈りたいから贈った。宝生さんは俺に何か贈りたくなったら贈って?その日を俺は何かの記念日にする。」
「裁判が終わるのは年明けよ?」
「だったら家に帰れた記念日だとかさ。だって、俺は聖ローリエで宝生さんに会えなかったら会わなかったままだろう?何かがあって、何かが出来るんだ。御分かりかな?」
「相変わらず春さん理屈っぽい。」
「残念。これが俺だ。」
「男のひとなのが勿体ない。女の子の恰好も似合うのに。」
初めて拘留所で面会した時は今吉の付きで、学生服にインバネスコートだった彼は、鬘を被るまで気付いて貰えなかった。因みに正体を明かした際のその場は軽いカオスになった。
「中江さんの遺書は読んだ?」
「・・・ううん。まだ。」
「そっか。無理しないで、ゆっくり立ち直ろう?」
どんなに時間がかかってもいい。死ぬまでかかってもいい。正面を向いて立てる日が、いつかは来る筈だ。
「男のひとも、春さん以外、怖い。」
「春は男ではありませんが?」
「あら。」
彼のおどけた調子に宝生は思わず笑った。
「そうだな、この格好でも、宝生さんの笑顔が見れるなら、俺は何度でもこの格好をしよう?翔一さんに言われたとかじゃなくって、宝生さんのために、俺の意思で。」
ひゅぅっと面談硝子の向こうでちいさく喉が鳴る。
「・・・どうして、私は女の子なんだろうね。」
「さあ?」
「どうして、私は私なんだろうね。」
「そうだね。」
暖房の温度が低い小部屋を彼は眺める。ぽつんと佇む彼女は何だか寒々しい。
「母親の子宮の中でその遺伝子によって細胞が造られて、遺伝子情報がこの身体を形作ったからだね。あ、キタコレ。」
うっかりのライフワークに宝生は少し笑った。
「自分の人生を歩いた結果が今で、そして未来だ。立ち止まっていいんだよ。未来は待ってる。どんな未来だったとしても、それは自分を待ってくれている。」
「私は、私以外に、なれる?」
「なろうと思えば、じゃない?」
万物は流転すると言う。一寸先は闇だと言う。明日は明日の風が吹くと言う。
「明日の自分はきっと、今日までを積み重ねた別人だ。脳細胞に至っては十分毎に生まれ変わっているとも言われる。どうだろう、この理論は気に入らない?」
「ううん。楽しい。」
それはよかった、と彼は笑った。
「来年は、良いお年をって、挨拶できるといいね。」
はい、と宝生の笑顔を認めて、面会終了の合図を聞いて、『彼女』は部屋を出た。





******




それを見つけたのは偶然だった。花宮が処分してくれると言っていたので任せてあったがそれが間違いだった、と彼は頭を抱えた。
「ただいまー。」
「翔一さんっ!これなに!?」
「帰った途端浮気を指摘される旦那の気持ちなう。」
「張っ倒しますよ。」
「着る?」
「着ません!」
今吉のアパートを掃除してやってくれ、と駄菓子屋のお婆さんに言われてそのまま上がってきてみれば、まず布団を干すところで挫けた。絹に龍が刺繍されたマンダリンドレスがさらっと押入れから滑り落ちてきた訳だ。
一応部屋中に散らばっていた本やら新聞やら服やら何やらは片付けた後である。掃除の旨は事務所にいた花宮に託けてあったが、今吉は不在だった。経験則から赤司から呼び出しでも食らったのかと踏んでいる。そして帰ってきた今吉は部屋が見事に綺麗になっているのに驚きつつも、布団を取り込んで太陽の香りにぽすっと埋もれた彼の肩にサテンを掛けてみた。
「似合うんに。」
「脱がせたでしょ。」
「脱げとはゆわんかった。」
「でも、時間稼ぎはアレが一番効果的だと・・・。」
もごもご、と語尾は布団に埋まった。
「やって、月ちゃんの脚綺麗やし。」
「そーですか。」
「さいですよ。」
さらさらと天使の輪色に耀く黒髪を梳いてやれば、甘える猫は擦り寄る。
「なあ月ちゃん。」
「何です。」
「クリスマスは欧米やと家族で大事に過ごす日ぃなん。」
「ですってね。」
「ワシに家族はおらん。」
「・・・はい。」
「俊。」
「・・・はい。」
「ワシの家族になって?」
ずるい、と唸った彼は、ぐいぐいと今吉の胸板に擦り寄って、そのまま畳に押し倒した。
「月ちゃん、上乗るん好きやんな。」
「征服欲満たされるんで。」
そのまま、ぽふんと首筋に埋められた顔は、その柔らかなくちびるであむりと頸動脈が弾く膚を食んだ。
「良いお年を。」
「ん。一緒に除夜の鐘聞きに行かんか?」





****




パァン、と弾けた火薬の音で、自主練終わりに目を真ん丸に見開いて眼鏡がずり落ちている日向の様子に、片耳を塞いで拳銃を改造したクラッカーを片手の彼と、その隣で腹を抱えて笑い出した小金井を合図に部室中が笑いに満ちた。
「おまっ、お前らぁあっ!」
吃驚したじゃねーかダアホ!と喚く主将に、その声が喧しいわ、と笑った彼に、我慢していた後輩たちまでが笑いだして、水戸部が持ってきた大きな箱に、おお、と木吉が感嘆し、俺も作ってきたっす、と火神もこちらも大きな箱を持って来て、相田が調理室から借りてきたナイフとフォークで切り分けた。
「え、伊月そんだけ?」
「ああ、こないだ春日さんたちにホール連れてかれたから。ごめん、甘いものは正直腹いっぱいだ。」
すまん、と手を掲げると、ずいっと小さな箱を水戸部が差し出した。
「こないだ相談聞いて貰ったお礼だって水戸部が。」
小金井に通訳を貰って、ありがとう、と礼を述べると受け取る。珈琲の香りにそっと取り出せば、コーヒーゼリーに甘すぎないクリームの添えられたカップが入ってあった。
「うわあああ水戸部すっごいなにこれすっごい見てひゅーが!」
「おおお!?すげぇな!ひとくち!」
「やらん!」
あ、これならいける、とスプーンで掬えば、爽やかな甘みと苦みが舌の上に滑って喉を下りた。
「伊月くんって美味しいもの食べると可愛いわよね。」
「ですよね。」
相田と黒子が何をか同意しており、解ります、と河原も加わった。
「え、どういう?」
「そういう。」
ね、とやっぱり相田と黒子と河原は頷き合っている。
「あ、そういえば、翔一さんからなんか預かってる。」
待ってて、と一度彼は席を立ち皆で車座になっている部室のロッカーを開けて、紙袋を取り出す。
「えっと、カントクにはこれ。」
「え・・・うわ、強豪校のデータ!?凄い、来年の傾向網羅してる・・・!」
「水戸部とコガとツッチーは、あ、これだ。色違いのマフラー。」
「・・・!」
「うん、水戸部のは妹さんと島崎君の分もある。」
「俺黄色―!」
「俺のは・・・クリーム色、かな?二枚あるけど・・・。」
「彼女さんと使ってよ。ひゅーがには眼鏡拭き。」
「流石眼鏡の苦労を知るひとは違う・・・!ってこれかなり高価なやつじゃね!?」
「木吉には・・・、ハーモニカだこれ。」
「えっ。ありがとうございますって伝えて貰えるか、伊月。」
「もち。河原、福田、フリには手袋かな、これ。河原には去年俺が予科で使ってた要点まとめたノートの写しも渡しとく。」
「あっ、ありがとうございます!!」
「うわー!ありがとうございますーあったけー!」
「フリ、にもPGの対策ノート作ろうかなって思ったけど、俺とフリのプレイが一緒でも役に立たないやって思ったから。ごめんな。」
「えっ、いや!嬉しいです!えっと、じゃあこころだけ頂いておきます。ありがとうございます。今度一緒に自主練お願いできますか!?」
「勿論。黒子には手紙預かってる。」
「はい。」
「誰からかは俺も聞いてない。」
「・・・ありがとうございます。」
「火神にはこれな。」
「スニーカー・・・!?」
「サイズ合うのが無いってゆってただろ?翔一さんが見つけてくれたよ。なんか言付かる?」
「あ、お礼と、えっと、ケーキの残り、包んでくれ・・・ださい!」
「はい了解。」
彼に渡るはずだった一切れは、今吉宛に包まれた。
「あら。」
この文字は、と相田はほくそ笑んだようで。
「もう一人には、これでチャラになると思うなよって、伝えておいて。」
「了解。同意見だよ、カントク。」
はい、それじゃあっ、と相田が手を打って、日向が、そうだな、と。
「全員ちゃっちゃと喰って、帰るぞー。良いお年を!」
「お疲れ様でした!良いお年を!!」


今吉探偵事務所、本日も通常運転。
そろそろ大掃除の季節かと、一同肩が落ちております。

***

今吉探偵と花宮助手は今回空気です。フライングですが、本編はクリスマスPG会をやったので折角なのでクリスマス話です。我が家の俊ちゃんに「関/西/電/気/保/安/協/会ってゆって」と言ったら「そんなことゆうとる暇があったらたこ足配線を止めなさい」と諭されました。俊ちゃん会話テク上がったね・・・!お姉ちゃん負けたよ・・・!!■待っていて頂けた・・・だと!?ありがとうございます!!あまーい今月は素敵作家さまにリクエストどうぞー!?今月探偵であまーいのは花宮助手が胸やけでクルシミマスwwwそれでもよろしければ描きますw(12/17

2012年12月16日 20:29初出。

実は伏線回収と共に伏線張ったりしてる回です。描かないところは本気で描きませんけど。

20121224masai