幸せは無味無臭なんだって。
|
第一印象は、見下されてる、だった。 そこにスパイスを加える幸せ作業。 木吉のほうが背は高いだろうな、というのは見下ろされている視線の角度から弾き出した鷲の目で、まあ実際カントクが手に入れてきた身体測定結果が裏打ちしてくれたので問題ない。見下されてる、が見下ろされてる、に変わったのは、いつからか、きっと春の練習試合から予選にかけて。俺はお前たちの先輩になれたんだろうか。 「かーがみー。もう何時間その設問に掛かるつもりだ?」 夏休み明けの実力テストに向けて、赤い髪をがしがしと毟りながら唸っている火神は、第一印象からかけ離れた、檻に詰められて卑屈になっている虎のような。そんな。試合中には獰猛に晃るその瞳は、僅かに涙が滲んでいる。 「だって、これ終わらねぇと、です。」 「何が‘です’だ。」 それはどこの文脈にかかってるんだ。かしかしと芯の出ていないシャーペンでプリントを擦る手元は落書きする気力さえないらしい。まあいっか。 「休憩しよ。ちょっとキッチン触るな。」 「え?え、はい。」 「教科書30ページの解説読んでご覧?」 このヒントで解けなかったら俺も本気出す。教科書を捲る音と、あ、と声音が弾んで、がり、っと一度芯の出ていないシャーペンで紙を擦って、カチカチとノック音。さかさかさかっと数式を書いて、さあ答えは? 「アクエリ出したぞ。」 冷蔵庫に冷えていたペットボトルの中身をグラスに移しただけの簡素なそれをテーブルに二つ。夕食後に飲んだ麦茶のコップを片付けて。コースターの無いそこは雫が丸い輪を描いた。カラーラックに置かれているバスケットボールに自然と目が行く。その上に、アメリカにいた時代にジュニアチームで小さな大会で勝って授与されたというちいさなメダル。ちゃり、と金属が擦れる音にテーブルを見ると、おわっただとか何だとか、呟きながら突っ伏した火神の襟元で、リングとテーブルが擦れた音らしかった。 「火神。」 「んー・・・なんすかー。」 「しんどいなぁ。」 インターハイで負けた傷と、負けた試合の後に間髪入れずに鬼のようなメニューで追い込んでくる部活とか。もう、全部。 「しんどい、っすか?」 今度はきちんと日本語になった。 「よし、今日は終わり。明日休養日ちゃんと休め。脚、もうちょい掛かるだろ?」 「っす、けど。」 「じゃ、帰るわ。」 部活からこのまま来た恰好は、火神の家でシャワーも借りたけれど、まだもう少し汗の臭いは気になる。自分でこんなに気になるのだから、他人からは相当だろう。 「あ、伊月サン。」 「な、 に、って、振り返るつもりが襟に頭突っ込まれて、止まる。 「何の匂い、ですか。」 「は?」 「良い匂い、する。」 くらくらと、火神の燃え立つような髪色に、眩暈がする。何の匂いだろうか、とても刺激的で甘い匂いがする。 「伊月サン?」 ちら、と獰猛な瞳が俺を映す。呼ばれて、呼ばれて、返答に困る。だってこれ、匂いって、きっと火神と同じ認識してる。熱に揺らぐような瞳だった。 「・・・キス、したい。」 目元を拭われて、そのままふんわりと、柔らかい皮膚に口元を覆われ、舐められて。んっ、と喉が鳴った境に頤に指を掛けられて、頭蓋骨を潰されそうな大きな手に、優しく包まれる。 「逃げて下さいよおおお!」 俺からゆっくりと離れてった火神は、そのままずるずるとしゃがみ込んでしまった。俺だってしゃがみ込みたい。 「ね、お風呂、お湯溜めてもいいか?」 独り暮らしの男の部屋だと湯を溜める習慣は全くと言って無いのだとか。俺の家なら皆で順繰りに温度調整した湯に浸からないと駄目だ。 「40℃くらいがいい。あ、40℃で柔道キタコレ。」 俺の言葉の意味を把握したら、火神の行動は早かった。俺の部屋の適当に着ていいんで、下着は使ってないのあるんで、シャンプーとリンスの詰め替え確か、と脱衣場やら風呂やら部屋やら駆け回って。 「な、火神。」 「はい。」 「もっかいキスしよ。」 ふかいの、とくちびるが触れる瞬間に囁けば、中身は猛獣だというのに俺だって手慣れたものだ。息が止まりそうに、しあわせ。 |
***
初出:2013年7月30日 18:47
火神くんお誕生日フライング。企画にも参加させて頂きたく存じ・・・存じます!!!
***
らっどさんのあれ。
20141231masai