自分の生まれだとか生き方だとか、そんなものは何一つ言い訳にはならない。
自分は自分にしかなれないし、ならないのだから。
ではあえて、自分以外になるにはどうしたら。
思考の末に導き出された答えは酷く苦しい世界で渋面を浮かべる自分がそこに立っていて。
きっとその隣には、大切なひとが立っていて、初めて自分の喪失と言う失敗を嘆くのだ。












伊月助手と誠凛大学籠球部の華麗なる活躍。後編。













何処から話せばいいものか。伊月はそんな顔をした。
話がしたいと言い出したのは日向だった。場所は問わない。うちは姉貴と舞がいるからさ、と笑ったのは伊月で、そういえば、と日向は思い当たった。
「お前、綾さんの事、外だと姉さんって言うよな。」
「あー、ナイショにしといて。ちょっと猫被りたいだけだから。」
そういやひゅーがの前では姉貴ってゆっちゃってるね、なんて。それだけ表裏の要らない付き合いを積み重ねてきたのだろう。布団を二つ延べた日向順平の部屋での灯りは既に落ちている。東向きの日向家嫡男の部屋はもう月の光は照らない。
「お前さ、探偵助手ってどういう仕事?」
「どういう、っていうか。俺は元々事務経理で雇われてるから、本当、雑用ばっかだよ。」
「雑用してて足の裏縫ったり背中焦がしたりすんのか。」
「たぶんあれ、試されてた。」
試す、と日向が体を起こしたのに、伊月は少しだけ笑った。
「現場での俺の機動力、それから死体に対する度胸。情報処理は花宮のほうが考えるだけばからしいくらいに速いから、俺は身体を動かすほうが多い。体力無いの知ってる筈なのにね、あのひと。」
あのひと、と呼んだ声は酷く甘い。横向きになって胎児のように丸くなって眠る伊月の癖は昔からだ。
「死体・・・。」
「助けたのも、助けられなかったのも、いっぱいあったよ。」
潜めた声音は少しだけ震えた。
「でも俺、あのひとの助手でない自分がもう、思い出せないの。あの部屋でゆっくり時間が過ぎてくの、楽しくて仕方ないの。」
吐露された言葉に、日向は頭の後ろに手を組んで仰向けに寝転ぶ。
「解ったよ。辞めろとは言わないから安心しろ。とりあえずお前はカントクに怪我させた犯人を捕まえたいんだろう。」
「・・・うん。」
「巻き込みたくないとか言い出したらシメるから。」
「・・・うん。」
「眠いんか?」
「違う。」
その声音は鋭く。
「朝練の集合時間早めて。」
「おう。」
「不審者の情報はこっちでもう一回洗うから、女子高等のほう、見に行けるの誰。」
「土田は彼女いるから固いな。木吉は良くも悪くもやる気だ。火神は目立つが黒子なら簡単には気付かれない。」
「・・・黒子、か。」
「どうした?」
戸惑いに似た声に日向は起き上がり、暗闇に目を凝らす。
「それは俺の仕事だから。多分女子高等は三日ほど休校する。」
「何で?」
「経験則。生徒の落ち着きと学校側の対応。夕刊にも載ってたから、警察もちゃんと動いてる。」
さっきも私服警官何人かいた、と誠凛女子師範高等学校校門前での報告を今更受けた。警察関係の知人にも幾つか当たってみる、と伊月はころりと布団の中で動いた。
「ひゅーがに、心配かけてる自覚、なかった。ごめん。でも、心痛はしないで。全部俺が俺の責任で動いてんだ。」
こき、と凝った筋を解すような音に伊月は起き上がった。
「お前のクラッチはチームのためだろ。俺の前では昔のままのひゅーがでいい。負けても負けても努力続けて、決して語らないんだ。しんどいって絶対言わないお前は、俺の前ではしんどいってゆって。」
「随分自分勝手じゃねぇかよ。」
それは、と伊月は息を呑む。就寝に眼鏡を外した眼光が鋭く射抜くのに、目を逸らした。目を逸らしてはいけないと、解っていたのに。
「だったら、お前も言え。苦しいなら俺が訊く。親友を自称したくない。」
「・・・っ。」
さら、と綺麗な黒髪が揺れる音がする。日向の近視では闇の中では表情の仔細が汲み取れない。
「ひゅーがは、身近だと、思ってたそこが、全部透明な壁を挟んでの事だと、解ったら、どうする。」
言葉を選びながら静かに告白された感情に、伊月は顔を拭った。大丈夫、泣いてない。
「俺と伊月の事を言ってんなら、俺はその壁をぶち壊す。」
「俺の・・・。」
今吉と花宮と伊月の間には、見えない壁がある。どれだけ言葉を交わそうと、情愛を交わす仲であったとしても、伊月は文通相手が出来たころに思った。便箋の数枚を通して交わされる他愛のない世間話やそのひとが見てきた風景。時折は写真が入っていることもあるが、結局は遠い場所の出来事での、追疑似体験をさせられているだけだ。それも主観の入った。
「夏の。」
「おう。」
「夏の、足の怪我は、犯人確保に裸足で走って怪我した。」
「・・・おう。」
「背中は、人質に取られた時に背中に爆弾背負ってて。」
「・・・まじか。」
「うん、ホテルに缶詰めされた時も、翔一さんが犯人にされてたから。」
「お前、身体張り過ぎじゃね?」
「結果的にそうなった事が多いだけで、基本は本当、雑用。」
「手帳、見せて貰っていいか。」
「駄目。暗号にはしてるけど、ひゅーがなら多分読み解けちゃう。」
俺の思考パターン多分把握してるから、本能で、と少し笑ったような彼は、ぽふっと布団に寝転んだ。
「聞かれたら、言える範囲は答えるよ。俺が言える範囲で。」
「守秘義務、とかいうやつ?」
「ちょっと違うけど、何を知ったらどうなるか、予想がつかない。」
「・・・危ない、か?」
「巻き込めない。ひゅーがは特に兄弟いないじゃない。俺は多分姉貴が婿とるなり出来るけど、お前が居なくなったら、お前にも、お前の両親にも、申し訳が立たない。」
「伊月は、どうだよ。伊月俊は。」
「どうだろ。」
「お前が居ない誠凛籠球部は、正直想像出来ないぞ。」
「籠球辞めようとしたのはひゅーがのくせに。」
くぐもった声は少し震えた。中学籠球は一度も勝てなかった過去は、今でも二人のこころの底に深い傷を残している。
「なあ、キセキの世代ってなんで籠球やってねぇの。あ、一部は続けてるか。」
「翔一さんとこで聞いたんだと、青峰はそのまま就職したかったんだって。警官になりたかったって。だから翔一さんが諏佐さん・・・青峰の先輩で翔一さんの友達ね。紹介して。赤司は実家の企業入りだって。桃井さんはその秘書。黄瀬は役者傍らで、多分引退前に籠球辞めちゃうと思う。」
過去の栄光をどう思っての選択だったのだろうか、伊月は聞いたことは無い。ひとの数だけ人生も選択も運命もある訳だ。他人が口出ししてはいけない領域は誰しも持っている。
「黒子も、多分引退前に部活辞めると思う。」
「は?黒子が?」
誰よりも籠球が好きで、自分たちの引退後は影ながらチームを引っ張る存在になると期待していたのに。伊月もその考えを確信した時は絶望の影がこころに刺した。そして同時に、ああ、やっぱり、とも思ってしまった。それほどに伊月は知りすぎた。
「影の薄い人間って、そういうこと。」
「なん、だよそれ。」
「そういうこと、としか言えない。気になるなら本人に聞け。俺は時が来たら諦める。」
「諦めるって柄か?」
「だから、俺はこの先もあの胡散臭い探偵に付いてく。諦めるこころは諦めて来ちゃったもん。」
何が、だから、か。日向は怒鳴りそうな衝動に拳を握る。おまえは、と声を荒げそうになった瞬間、急激に部屋の温度が下がった気がした。
「ひゅーが、もう寝よう。明日早い。」
「・・・っ。」
わぁったよ、と半ば自棄に布団に潜り、ふと日向は考えた。駄洒落を聞いていない、と。下らない、黙れ、とあしらってきたそれが聞けない日が、こんなにも隙間風の吹く事だと、今更になって気が付いた。
「なぁ。」
「なに。」
「何かあったら、俺に言いに来いよ。」
「・・・なんか、あったら、・・・ね。」
そのまま夜は更け、翌朝の目覚ましに叩き起こされると伊月が寝ていた布団は壁際に綺麗に畳まれてあった。
「い、づきっ!?」
慌てて駆けこんだ居間に、伊月は味噌を解いていた。
「何してんの伊月お前・・・。」
「味噌汁・・・作ってるけど。」
「順平、着替えて顔洗ってらっしゃい。」
伊月はもうコートを羽織ってマフラーと手袋を装備すれば学校に行ける格好が整っており、日向は頭を抱えながら母親の言葉に従う。
「頂きます。」
「頂きます―。」
朝食をそのまま日向家の朝に混ぜて貰った伊月は、住宅街から出ると日向とは反対方向の路面電車の停留所に向かう。
「朝練は?」
「ごめん、今日は情報集めてから行く。」
「解った。気を付けてけよ。」
「了解しました、キャプテン。」
日向が主将職に就任してから、時折からかうように伊月は、キャプテン、と呼ぶ。何か線引きされているようで面白くない。ひゅーが、と少し母音の発音が弱い呼び方が彼は嫌いでなかった。
「それ、止めろ。」
「どれ?」
「キャプテン、つの。なんかお前、俺に遠慮してるよな、大学入ってから。」
遠慮、と鸚鵡返しに聞かれ、日向は頷いた。
「ああ、違うよ。」
「はぁ?」
「正確には、木吉とひゅーがに妬いた。」
「はっ!?きっしょく悪い!!」
「言うなよ。木吉はもう四〇分フル出場は出来ないけど無冠の鉄心。ひゅーがは点取り屋としては相当だ。お前ら二人で二枚看板って呼ばれ始めてから、ちょっと妬けた。そんだけ。お前ら二人がいれば全国獲れるって、司令塔としては誇らしかったけど、チームメイトとしては嫉妬してた。」
「そ、うか?」
なんだか正面切って誉められて、誇らしい、嫉妬した、なんて面映ゆくて日向は頬を掻く。じゃぁね、と伊月はそのまま一等地に向かう路面電車に乗って停留所からいなくなる。
「気付くなよ。」
動き出した路面電車の窓から日向が大学方面の路面電車に乗ったのを見ながら、伊月は呟いた。
線引き、していたと考えると、少し違う。日向に告げた言葉に嘘は無い。しかしその線引きは明らかに伊月が無意識に行ったもので、それが探偵事務所に出入りし始めてからの時期と合致するだなんて、気付いて欲しくない。
「俺は、誠凛の司令塔、だ。」
言い聞かせるように拳を握る。来年の秋までは絶対にあの場所で翼を羽ばたかせると、鉤爪は獲物を狙うと、約束したのだ。あの巣を棄てることは出来ない。一生かかっても、きっとあの眩さは消えない筈だ。全部全部綺麗な飾り箱に入れて何重にも鍵をしてこころの奥底の、それでも少し浅い場所に、もう閉じ込める場所は作った。
「おはようございます。」
「あ、やっぱ来たか。」
事務所の扉を開けると、数枚の書類と共に花宮が二階から顔を出した。
「今吉来ねーうちにこれ持って行け。警察の資料に俺の考察付だ。関連すんじゃねーか、つー事件も纏めといた。」
「ありがと。・・・やっぱ連続通り魔?」
資料を捲っていけば、最初の事件は赤線娼婦連続殺人事件の三人目辺りで事件は起こっている。被害者はこちらも学生。高等女学校の、髪の短い少女。カントクと同じだ、とふと思った。
「花宮、ここの制服って。」
「膝丈のスカートとセーラー。どの被害者もそうだ。警察もそろそろ警戒線張ってんな。」
「どの辺?」
「都内。誠凛の近所だと思う。新協女学辺りか。」
「成程ね。サンキュ。これ片付けたら約束通りハンバーグ作ってやるよ。」
「期待して待ってるぜ、とでも言うと思ったか、バァカ。」
「はいはい、どういたしましてっ。」
聊か乱暴に閉まった扉の振動が消え、ひょこっと今吉がデスクの隅から顔を出した。
「バレてんぞ、所長さんよ。」
「何で頼ってくれへんのやろ。」
「さあ?矜持ってヤツじゃね?俺には一生わかんねーな。」
仲間を傷つけられたから、なんて感情はどこかに捨ててきた花宮は、今吉が居ることに気付いていても、今吉がこれまでどんな事件をどう扱ってきたのかも、知っているくせに頼らない伊月の、自分の手に入る情報があるなら、それを最低限入手して、仲間のためにと走る姿はそれなりに嫌いじゃない。自分と彼は違うのだと、安心できるから。
「あ、伊月、月末やっぱ無理そう?」
路面電車に乗らずにそのまま走ってきた伊月に声を掛けたのは空手部主将。おはよ、と伊月が笑うと、どうしても、と拝まれた。
「人数合わせなら行ってもいいけど、試合には出ちゃ駄目ってなってんだ。」
「何だそれ。つか走ってどうした。」
「競技にどうしてルールがあるか知ってる?」
どういう事だ、と上田は首を傾げたので、伊月は悪戯花に笑ってやる。
「やっちゃいけないから、禁止事項があるんだよ。じゃ、俺体育館行くから。」
「あ、おお・・・。」
何か面食らった様子で上田は一度立ち尽くしたが、彼も道場のほうへ歩いて行った。
「注目っ。どこまで揃ってる、皆。」
各々が自主練に走り回って片付けの始まっている体育館で伊月は仲間に声を張った。
「木吉は家の用事で朝練休みだ。」
「ああ、お祖父さんの記録簿確認手伝ってんだろ。」
「知ってるのか?」
「犯人候補がね。刃物から指紋が検出されてる。久木修哉、二五歳。傷害致死で三年服役。模範囚で求刑からかなり早く出所してる。で、ここで問題だ。」
「問題?」
犯人の名前は上がっている。どうやら出所後暫く木吉の家に世話になったようだが、それからまた何年もして犯人は通り魔事件を起こしている。
「傷害致死。降旗。」
「あ、怪我させてそれが命に関わった。懲役なら最長十年です。」
「はい合格。求刑は未成年だという事を考慮して九年だった。一応それが終わるまでは保護観察名目が付くから、それが終わってからの事件になる。簡単な算数だよ。久木はいつ事件を起こした?火神。」
「え、っと十四歳、です!」
「はいそっちも合格。で、問題は当時の被害女性。」
「・・・っ。」
たし、と柔軟な指先が叩いた写真には、セーラー襟に膝丈スカートの少女が笑っていた。
「被害者はこの娘と同じ、十代のセーラー服の少女。もっと言ったら。」
「カントクと同じように髪を短くしている!」
「最高だな、ひゅーが。で、こっからどうする?」
にぃっ、と強気に笑う親友に、日向も知らず口端が吊り上る。
「俺等の仲間に手ェ出したんだし?それ相応の報復はいるよな、っす。」
「手出しはしてはいけません。あくまで目的は捕縛ですね。」
火神が肩を上げたが、黒子が静かに制した。
「ああ、手出しが許されるのは多分俺か黒子だけだ。」
いきり立つ部員の雰囲気に、静かに伊月が告げる。
「許される・・・?」
福田が首を傾げ、それなりのコネって大事だから、と伊月は特に明言はしなかったが、その事実に黒子は目を丸くした。
「逃げるなよ、黒子。俺のイーグルアイから逃げようなんて、十年早い。」
「・・・逃げません。」
「上等。警察は新協女子張ってる。こっち、周辺地図と警察の捜査傾向も回して貰ったからまず、お前ら着替えろ。」
「あ、おう。」
なんだか出鼻を挫かれた気分で部室に移動。着替えながら伊月の作業を眺める。
「なにしてんの?」
「地図作成。俺、基本どこでもここから始める。自分で俯瞰出来るように、かな。机上の空論だけど。」
小金井が着替えながら手元を覗き込む。縮尺は正確な地図は余分が省かれ、警察の警戒線、通り魔のあった現場に印を付けていく。
「久木の自宅は?」
「実は結構近所。でも、半年くらい無人だって大家の証言がある。」
「無人・・・。」
「でも、家賃は払われてる。どう?コガ。」
「育った家は、余程貧乏か裕福かのどっちか。我儘と言うより常に欲求不満。一番最初の女の子を殺した経歴が関係するなら、無意識にその行動を繰り返している・・・かな。」
こいつ諏佐さんに紹介したら喜ばれるだろうな、なんて伊月は少し考えた。
「総じて、そういう連中は行動が一貫しない。標的を絞っちゃうから。問題は家賃をどう払ってるか・・・。」
「勤め先、か。」
「介護士ですよ。」
ロッカーを閉めながら黒子が呟いた。
「黒のセーターにスラックス。でも足元はズックです。身軽に動かなければいけない仕事。そして、水色のシャツはこの近所の介護施設の制服です。」
「さっすが。」
「じゃあ、職場張る?」
「いや、そっちは既に警察が行ってる。無断欠勤が続いてる。そうだな・・・家にも勤務先にもいない・・・。」
「ホームレスに混じってるんじゃねぇか・・・です。」
「ルンペン?えっと・・・。」
「ここの公園とかよく炊き出ししてるよな。焼け出されたままとかそういう奴も。」
「行ってみる価値はあるか・・・。」
「思い立ったらキツツキっすね!」
「吉日ですよ火神君。」
「じゃあ、今日は部活ナシ?」
いや、と日向がノートの切れ端を持ってくる。
「ローテ組む。武田先生には既に釘刺されてな。」
「ああ、朝礼ではああ言ったが、つって仰ったな。」
いざって時やっぱ敵わねーな、と日向は頭を掻いた。
「了解。三組くらいが妥当かな。阿弥陀する?」
「変に偏るよりも、決めさせて貰っていいか、四人。今日俺と一緒に行ける奴。」
「ああ、いいんじゃね?」
「じゃあ、黒子、ひゅーが、河原。」
「はい。」
「りょーかい。」
「え、俺っすか。」
「怪我した時の予防線ね。俺も出来るけど、多分怪我の確率は俺のが高いから。」
「おい。」
「別に怪我しに行くつもりじゃないよ。」
河原の戸惑いを伊月は宥め、日向の低まった声音に慌てて取り繕う。
「じゃあ、コガ、水戸部、土田。部活頼むわ。サボんなよ。」
「任せとけっ!」
「ああ。」
水戸部も強張っているが笑顔で送り出してくれた。授業、昼食、授業の一日をこなして、ボロは出さないように、と注意した三人は時間をずらして待ち合わせた公園の入り口で、ひらひらと手を振った伊月に駆け寄った。
「警邏来てた。炊き出しの職員に声かけてたけど。」
「肝心の炊き出しの職員には気を配っていなかった。」
「ほんっと、諏佐さんとか青峰みたいなお巡りさんは稀だよ。」
とつ、と爪先を鳴らした伊月は学生服では無くセーターでコートも大学指定のインバネスコートでは無かった。ポケットの中で玩んでいるのは何だ。
「河原はここ待機。合図したら通報に走って。ひゅーがは石投げるかなんかで注意引いて。黒子、俺と行ける?」
「河原君、コートをお願いします。」
「俺のも頼むわ。」
「え、ああ、はいっ。」
矢継ぎ早の言葉に慌てて河原はコートを受け取り、ちゃんと筋伸ばしとけよ、という伊月の言葉に日向は肩を伸ばして黒子は足首を捏ねていた。
「ほんとは女装して近付くって手もあったんだけど、鬘無いとバレるし。」
「今度会わせてください、伊月春さん。」
「やーだ。」
くすくすと伊月は黒子に笑ってやって、シュンって伊月と違うの、と日向と河原は首を傾げた。
「あの、目深帽?」
「だね。名前は偽名っぽかった。ちゃんと顔も確認してきた。間違いないよ。深追いはしない。怪我もしない。警察が来たら逃げる。いい?」
「最後のどうなんですか。」
「どうかなー。だって関わったらバレて叱られるっしょ。・・・鹿を叱る、キt」
「いわせねーよ?」
こきん、と首を鳴らした日向は足元に在った石を拾い上げた。
「十数えて。」
「ん。」
行くよ、と黒子の肩を叩いた伊月が一歩踏み出すと、忽ち気配が姿が消えたように錯覚した。それでも日向はあの美しい黒髪を一度だって見失ったことは無かった。片づけを終わらせた炊き出しの職員が思い思いに公園のあちこちに座り込んで、久木らしき男は現場作業員の一団と談笑していた。
とう、と数え終わった瞬間に、その石は放物線を描いて男の肩に落ちた。
「・・・ん?」
何だそれは、と周囲が笑い、肋骨の隙間から何かが刺さった。腹の底がうねって嘔吐に口を押えると、周囲が二歩三歩と退く。
「久木修哉、二五歳。許可の無い刃物の持ち歩きは銃刀法違反、ですね。」
ポケットから抜かれたナイフは刃渡りが結構長い。河原が走ったのを鷲の目は見て、黒子の手を引っ張ると皮手袋はナイフを蹲る男のポケットに押し込み、両手の小指を錠で絡め、物陰に走った。
「肝臓と肺?」
「・・・はい。」
「肺だけに。」
くつくつと伊月はどこか楽しそうだ。なんだか俺たちこそ通り魔みたいだなぁ、なんて。
「なあ、どうして青峰に本当の事教えてやらなかったの?」
「・・・っ。」
黒子が息を呑んだ。そしてその夏の空色の綺麗な瞳が凝視っと伊月に向いた。
「だから青峰、警察やってんだろ?表からアイツ、裏からお前。今も昔も相棒ってか?」
「・・・僕は、卑怯ですね。」
「ふうん。」
興味無さそうに、鷲の目は公園の喧騒を見ている。河原は伊月の言葉を覚えていたようで、青峰が数名の警官を伴ってやって来た。きっと彼の登場は仕組まれた。黒子によって。
「俺も、そうだなぁ。自己保身は考えるくらいに卑怯なくせに、どこか、これ以上は踏み込むのが怖いって、自己犠牲とか言われてても、これ以上傷つきたくない、つって。奪われてもいい覚悟はあるけど、奪われたくない。割と皆持ってると思うよ、そんくらい。黒子ほど俺はストイックになれないしね。」
お、手錠掛かった、と伊月は立ち上がった。
「俺はここまでやった、こうまでして尽くした。そんな自己満足と自己欺瞞で俺の世界は出来てるよ。だから俺は。」
今のお前の在り方を許せない。
鷲の目が黒子を射抜く。浅く頷かれたことで今は満足しておくとしよう。来年の秋が終わって役職を譲る際は黒子には役職を与えてやる、なんて伊月は企んだ。
「伊月先輩。」
「何かなぁ?先輩に喧嘩売るとかいい度胸じゃない?」
首筋に切り揃えられた爪が掠って血が滲んだ。
「僕の腕、鈍りましたかね。」
「お前、殺す気で来たな・・・。」
ったく、と伊月が首筋を拭うと傷が隠れた。指先に潜めてあった薬を塗り込んで肌色の塗料を滑らせた。
「消すには俺の存在は、俺たちの存在はお前には大きすぎる。そういう事じゃない?いつでも受けて立とうじゃない。翔一さんに高校大学公式格闘技試合出場止められるくらいに腕は上げたつもりだよ。」
なあ籠球ばか、なんて伊月は笑ってやった。
連続通り魔の犯人はそのまま捕縛され、その三日後、相田リコはスキップしながら体育館に姿を出した。
「カントク!」
「リコ!」
日向が驚愕に声を上げて、木吉が真っ先に駆け寄った。
「け、怪我の様子は・・・。」
「この日曜、秀徳と練習試合ね。鉄平、一年の追い込み頼むわよ。日向くんは緑間くんとマッチアップ。黒子くんはベンチね。鷹の目に負けるな鷲の目。」
「け、怪我の・・・!」
木吉が若干泣きそうなのにはその腕ががっしり顔を掴んで絞めた。
「リコ、い、痛い痛いいたい!」
「何泣きそうな顔してんのよ!電話した時も散々泣きやがってこの天然ボケ男が!」
見事なかかあ天下っぷりに、おおうと鼓舞された筈が日向と伊月は腰が引けた。
「で、怪我の調子は実際どう?」
「日常生活に問題ないわ。」
「それは?」
それ、と顔の骨がみしみしと鳴っている木吉の長身を日向が指差す。
「うん、問題無いみたい。病院の待合時間で緑間くんに会って、世間話してたらそのまま練習試合の流れなっちゃった。パパが向こうの監督さん押し切ったみたいになっちゃったけど。」
「ああ、マー坊監督。」
土田が手を打って、小金井が噴出した。
「問題ない?信じていいの?」
「まあ、荷物下げたりとかは傷跡残るから止めとけってまだ言われてるけど、腕は二本あんのよ。傷が完全に塞がるまでは、練習以外もこき使うからな、男共!で、三回心配した?」
「あ。」
「え。」
「が。」
「三倍の二倍の二倍の二倍。えっと、結局何倍?」
「に、じゅうよん・・・?」
「死ぬー!!」
反射的に計算したのを伊月は後悔した。この可愛いのに格好良くて逞しい、母親の様な情厚い彼女は、相変わらず容赦ない。
「二十四倍ってなにそれ!?」
「おかしいよね!?死ぬよね!?」
「はいはい、ヒトの体はそう簡単には死にません。じゃ、外周から行ってこい!」
ピ、っと宝物のホイッスルを綺麗に吹いた相田はにこにこと笑って、誠凛―ファイ―おお!!と掛け声が奮い立つのを満足気に見やった。
「伊月くん、道場破り止めたほうが良いわよ。」
「うん、禁止されてるよ、既に。」
「パパが、いつでも相手してやるって伝言。存分に伸されに来いってさ。」
「まーじで。また何年振りかにお世話になりに通うかな、道場。」
肩を回して手首と足首を回しながら、伊月も校庭を走る群れに加わった。わんっ、とテツヤ二号の鳴き声が、日常だ、と彼は思った。
「伊月先輩。」
「なーにー。」
「僕、今は誠凛の籠球が大好きです。」
「だろうね。」
さいしょは、と白い息は呟く。
「伊月先輩に近付くために、入った部活動でした。」
「あ、そなの。」
「幻の六人目、というのは僕が頼んで名付けて貰いました。」
「あかし辺りかなー。」
「はい。」
「影、という言葉で赤司君は気付いていたようです。」
ふうん?と隣を走る黒子を伊月は見やった。他の連中は走るのにめいっぱいらしい。何せ二四倍だ。
「でも、光が無いと影は出来ないんですよ。」
「うん。」
「籠球においては火神君が光です。でも、ここでは皆が光なんです。」
「そうなの。」
「そうです。」
こら無駄口叩かない!と相田の声が飛んできて、はい、と返事は二人揃った。
「何れ影になったとして、今は光でありたい。」
そう、笑った黒子の横顔があまりにも清々しくて、伊月も口元を笑みの形に彩った。
青春の影は、馬に蹴られて死んでしまえ。
今の刹那を積み上げて、眩く美しい日々は造られる。未来に気まぐれに開ける飾り箱は耀くに違いない。
日常は奇跡的な光で満ちている。


本日も今吉探偵事務所は通常運転中。
夕ご飯はチーズ入りのハンバーグだそうです。

***

クラッチ待機あざっす!!思ってたよりアレな感じに・・・w一回気に入らなくって全部消したっていうね。親知らず痛い。でももう慣れた。カットしたのは日向パート幾つかでしたw木リコパート増やしましたーw描くつもりのなかった黒子パートも増やしました。チャットでぽろっと零してた裏設定の一つです。生かすべきですと言って頂けたお言葉にここで御礼申し上げます!!今吉探偵には只管空気でいてもらえました!!w■タグありがとうございます!「花宮が作ったハート形が割れました・・・!」と月ちゃん落胆中です(ついったネタ)w「やたけたミステリ」と自称してる割に、今回というかまあ毎回ですけど、今回は特に「誠凛!」ってのを描きたかったんで、毎度ミステリ好きさんには「ねーよ」って思われてると思います。一回まじで謎だらけのミステリ挑戦してみたい・・・。でも絶対やたけた。あと、毎回ちょこっとしたところに回答を描いていないという悪戯も仕掛けてあります。「え、ここ結局どういうことだったん?」というのがこのシリーズの一つコンセプトです。

2013年01月25日 15:37初出。

ついったでも呟きましたけど、黒子が次に本格的に動く時はこのシリーズが終わる時です。

20130205我らが名将生誕日!!masai