| 見知らぬ企業から届いたダイレクトメール。見知らぬ、というには少々語弊はあるが、どちらにしろ向こう様は雲の上のひとであってこちとら高校生には縁もゆかりも無いような存在。 一人住まいの安いアパートの一室で唐突に送られてきたその封を切ってみると、長々と有難い御挨拶から始まったそのダイレクトメールには、巨額の賞金が手に入るゲームに参加しないか、と眉唾のような招待文句。破り捨てようと思った。最後の注意書きに目を走らせるまで。 尚、参加者の身の安全は一切保障致しかねます。 同封されていたエントリーカードに迷いなく記入した俺の神経は壊れるところまで壊れているのか、それでもきっと正常だった。だって、一瞬、その金が、巨額の金額とやらが手に入るなら、とボールポイントペンを動かしたのだから。そして数日後に都内有数の高級ホテルまでの呼び出しが、企業からかかった。 これは私見であるが、こんな得体の知れない莫迦みたいな話に乗っかる人間というのは、余程の自信家か自己評価が低いか、それとも。 どちらにせよ、俺はその中の一人であったという、そんな結果。 装飾は少ないが座り心地の良いソファに、はちみつ色の髪が横柄に揺れる。細身の黒髪の青年は育ちが良いのか、凛と伸びた背に膝の上に軽く作られた拳。 向かいには温和そうな中年の男が、背後にボディガードであろう男を連れていた。誰も口を開くことは無く、出された茶にも手を付けず、静寂が落ちる高級ホテルの一室は、バン、と扉が開かれる音で破られた。 「すいません、遅くなりました。」 広い広いスイートの、ソファまで大股で歩いてくると、急いで腰かけた。喉乾いて飲んじゃって良いですか、とこれまた綺麗な装飾のあるグラスからアイスティを飲み干して、それが麻に織られたコースターに音も無く戻される。 「おめでとうございます。」 正面に座った男が、前触れなく口を開いた。柔和に笑った男は、それだけ。口上も無ければ社交辞令も無く。 「君たちが今回、わが社のゲームにエントリーされたゲーマーズだ。」 「企業、というのは。」 黒髪の青年が静かに述べた。 「知る必要は無いよ。君たちには必要が無いから。」 「雇い主が姿を見せない、ってのは信用ならねぇ。」 長身の色素の薄い青年が強い眼光を向けても、男は穏やかに笑うだけだ。 「賞金は一試合ごとに倍額に上がる。初戦は一万、八試合で百万台、十一試合で一千万、十五試合も過ぎれば一億は軽く超えるな。」 「いちおく・・・。」 最後に入室したひょろりとした青年が思わず、と口にした。 ゲーム概要は三人一組で参加することが大前提であると、男は言う。乗るか反るかなんて勝手だとも、慇懃に、穏やかに、高圧的に。 「メンバーチェンジ。」 はちみつ色の男はその長い脚を組み代えた。 「同感ですね。この三人はそちらで勝手に選出された三人でしょう。このゲームは聞く限り、企業家にとってはハイリスクハイリターン。俺たち三人が使えないなら、替えは幾らでもいるんでしょうけど。」 「俺はチームに不満なんだっての。こっちのひょろいのは話以前。こっちのチビも使える・・・。」 ジャッ、と音を立てたのは長身の彼の手首に飾られてあったシルバーのアクセサリーだ。 「もう一度、どうぞ。」 瞠目した様子に、きしきしと骨の鳴る音に、チビと揶揄された彼は薄氷のような笑みでその整った鼻梁を冷笑で染めた。 「へぇ。」 相手は手首に絞められる指先を一瞥し、口の端を吊り上げた。一触即発という表現でしっくりくるであろう二人の間にもう一人が割り込んで。 「待って待って、名前も知らない同士で喧嘩とかナイナイ!」 「バカか。」 「ビズゲームは名前も知らない相手との仕合ですよ。」 「・・・は?」 お前降りたほうがよくね、それは完全に同意します、そんな馬鹿なぁ、と騒いだ三人の愉快な口論を遮ったのは、男の笑い声だ。不躾を承知で、失礼、と口元を覆って片手を軽く上げた彼は、口論を切欠に立ち上がった三人を眩しそうに見やる。そして、一度目を伏せると、今度は酷く鋭い眼光で。若者のガンくれなど所詮虚仮脅しだと、本能は理解を促す。 「確かに君たちは、名前も知らないかもしれないね。しかし、一つだけ共通点があった。エントリーシート。」 高校生から三十代の若者にランダムに、しかし辺りを付けて送付したダイレクトメールに同封されたエントリーシートは名前や本人確認の随分と記入欄は多く、中にはふざけてんのかこの質問、というものだったり様々だった。 「返答は百通を軽く超えた。・・・なのに、だ。」 す、と眼光が三人の顔を一度、しっかり見据えて男は述べる。 「賞金を必要とする理由、の記入欄が真っ白だった。」 息を呑んだのは誰だ。きっと、三人とも。 「借金の返済なり、生活費なり、理由は適度に世の中には転がっていた筈だろう?悪いが君たちの身辺調査は済んでいる。嘘は吐けないが、理由を話すことは無い。」 はつみつ色の髪が高い位置で揺れる男は、その眉根に深い皺を刻む。 「宮地清志。」 呼び出し時間きっちりにレセプションに声を掛けた痩躯の青年。 「伊月俊。」 隣県から電車の乗り継ぎの際に人身事故で遅れた、切れ長の目を真ん丸にして驚愕に口が半開きの。 「森山由孝。」 しん、と再び室内は静寂に包まれる。柔和に笑った男が、にっこりと、明らかに作り物の笑顔を浮かべた。 「その若さで他人に言えない理由で巨額の金を必要とする、というのは、君たちの立派な共通事項だ。」 かはっ、と宮地が吐き捨てるように笑った。 「じゃあこいつらに命預けろってか、おっさん。」 「えー、命ってそんな大袈裟なぁ。」 「森山さん、ひょっとしてこの注意事項読んでないです?」 なんじゃこりゃぁ、とハイソサエティが緩やかな生活を送る都心から少し離れた東京の一郭に、森山の声は綺麗に響き渡った。 登録名《SUB》。 主役になれない自分達にはぴったりだなぁ、なんて登録担当に任じられた森山は思った。 ゲームルールは至極簡単。 通常『HOME』『AWAY』のどちらかに分かれ、『HOME』の側は己の企業の機密文書が入ったディスクを死守しぬく為、『AWAY』の側はそのディスクを奪う為に戦う。 制限時間以内にディスクを奪うことが出来れば『AWAY』の勝利。それを阻止できれば『HOME』の勝利。 彼らは、企業家たちの、莫迦げたゲームの、駒。 不夜城、眠らない街、色々と呼ばれる名はあれど、東京という街程混沌としたものはないのだなぁ、と『HOME』に充てられた廃屋の中にノートパソコンを持ち込んだそこには、ゲーム開始までのカウントダウンが秒単位で表示されている。 「そろそろ配置決めますよ。」 淡々と伊月は与えられている廃屋内の図面を弾く。 「森山さんはいつも通り、ここで待機で。ディスクは持ってますね?宮地さんは今回は入り口近くで遊撃。俺はディスク狙いますんで。」 実はこの三人、見ず知らずの赤の他人でなんかなかった。あの場で身辺調査をされたと言われた時に、一瞬、胆が冷えた。どこまで仕組まれていたのだろう。そしてこれから何が仕組まれていくのだろう。 「宮地、いっつも思うけどそのバールのようなものとかどっから調達してんの。」 「そこの工事現場にあった。正真正銘のバールだ。」 「緊急時はいつものように。俺は適度にふらついてます。」 「え、ここの骨のでっぱり蹴るんだっけ。」 「怪我の無いように。」 それだけを祈るように、伊月は目を伏せる。 既に彼らは八戦目を突破した。ここからはぐんと相手の強さも頭脳も勝って来るだろう。 体格や経験値から、本当に大丈夫か、と心配したそれは杞憂に終わった。 三人が初めてチームだと言われた日、先ずは自己紹介だよね、とのたまった森山を宮地は文字通り一蹴。伊月は無言で立ち去ろうとした。かちんと来たのは二人も同じで、その細腕をお返しにとばかりに引っ掴んだ宮地だったが、その場で人中に肘鉄を喰らって悶絶した。 お前はどこかの霧崎第一生か、と宮地の怒鳴り声に失笑、その後に姿を晦ませ、仕方なく宮地が行きつけのラーメン屋に夕飯を強請りに来た際に鉢合わせた。流石に伊月も箸を取り落した。 「ここの醤油ラーメン、好きなんですよね。」 どこぞの後輩のように言いやった伊月と不本意ながら相席し、馴染の店主に裏メニューであるキムチラーメンを注文すると、年相応に、高尾ですか、と笑われた。それ以来、森山には交通費という必要負担経費を上乗せしながらここでの作戦会議が始まった。 「盗聴器でちょっと、うきうき?キタコレ?」 ざけんな、と伊月の脳天にチョップを降らせてやったが、その衝撃も上手に逃がした伊月は何事も無く、ころころと、まるで賽子でも振るように油臭いテーブルにプラスチックだったり金属製だったりと様々な盗聴器を転がし、ぎゃぁー!と森山に奇声を上げさせた。 「俺の部屋もあったわ。」 キムチラーメンをずるずるやりながら宮地も何事も無く言い放つので、オナニーとか出来ないじゃんっ、と喚く森山には伊月の手からしなやかに割り箸が投擲された。 使えるもん全部使いますかね、と伊月が一人ごちたその夜、MDが届いた。聞き終われば中身を消して焼却処分だそうだ。 そして判明したのが、宮地が長年培ってきた荒業の喧嘩技と、伊月が幼少期に叩き込まれた様々な格闘技の数々で。一度宮地が取り落した鉄パイプを優雅に操ったのは、薙刀の応用だと教わった。剣道じゃないんだ、と森山の純粋な疑問には、鉄パイプでやったら殺しちゃうんで、と来たものだ。 「あ、五分切る。」 「了解。」 「あいよ。」 立ち上がって三人三様に、脚の筋を伸ばして肩の肉を解す。 廃屋の内装はお世辞にも綺麗とは言えない。近所のやんちゃでもあるのだろう、ゴミや落書きもある。二世帯住宅の洋館で、広い吹き抜けも天窓のある屋根裏部屋もあるが、窓硝子は全て割れている。 《ゲームスタート。》 無機質な声が三人の耳に届く。 「やばっ。」 森山はポーチの中のディスクを確認し、柱の陰に身を潜める。二人に比べれば喧嘩なんて荒業はやらかした経験は中学に容姿を妬まれ二度ほど、宮地や伊月には到底及ばない。入り口近くに男の悲鳴。折角なら可愛い女の子がいいなぁ、なんて考えながら、ポケットに入れた携帯電話がワンコール振動。目標その一、完全に沈黙。吹き抜けから伊月はその様子を窺っている筈だ。森山はゲストルームと呼ばれていたらしき部屋にいる。入口、使用人出入り口、パーティルームへの扉、壁には硝子の無い窓がある。冬で無くてよかった。 「てっめぇああああああ!!」 叫び声が悲鳴に変わって終わった。二人目沈黙。 「・・・しくった・・・。」 大坪が怒る、と額から流れる血を袖で乱雑に拭いながら、倒れた男の手に握られる拳銃を取り上げた。誰もいない部屋の壁に向けて、口径など知らぬ拳銃を構え、昔に見たドラマの見様見真似でガシャリ、撃鉄を起こすと重たい音がする。タン、と放たれるフルメタルは剥がれかけた壁紙に減り込んで煙を立てている。 「って・・・。」 存外に重たいボディと引き金の反動に腕が痺れた。 「ばか!後ろ!」 伊月の声に顔を上げると、振り上げられた鉄パイプ。随分と冷静に、宮地はそれを横髪を耳を首筋を風と共に空気を切って、肩に減り込む寸前に伊月に後ろ襟を引かれて投げられた。どこにそんな力があったのか、空振りした凶器に脚を掛け、腹に頭を抱え込むようにして喉仏を潰す。声も無く相手は崩れた。 「なにやってんすか。」 冷え冷えと、その夜闇色の瞳に見詰め上げられて、宮地は頬を掻く。ぱたっ、と手の甲に降る水滴に、伊月は宮地をゲストルームに引っ張った。森山に幾つかの救急道具は持たせてある。 「次の試合で怪我で欠場とか聞きたくないです。」 心配の滲んだ声音に、わり、と宮地も言葉少なに、しかし本心から詫びた。 「森山、ガーゼと包帯くれ。」 「宮地なにその流血!!」 「今更だろ。」 どっかりとその場に座る込み、ん、と顎をしゃくって手当を促す。 はは、と震えた笑い声に伊月の反応が素晴らしく速かった一度の昏倒から短期間に回復した男には瞠目される価値がある。血濡れの鉄パイプを引きずりながら、宮地が座り込み森山が手当てするその方向へ、ずるずると頼りなく歩いている。 逃げる暇がない。 近くにあった柱を軸に、伊月は飛翔する。男の頭上に体を捩って、脚を高くに掲げて、首筋。ぐしゃりと潰されるように男は倒れた。 「二人とも、移動します!」 言っても他の部屋に移るか部屋を出るかの二択。ぐ、っと男が拳を作ったのに鷲の目は瞠目。父の教えの通りに狙ってはいけない場所を確実に狙った筈だ。 ぐぐ、上体がゆっくりと腕の力で上がり、口からは折れた前歯が血と共に滴り落ちた。膝が立って、四つん這いの姿勢から、ぐんっとバネで跳ね起きたかのような動き。近くに取り落としてあった鉄パイプを拾い上げると、前歯の無い血だらけの口でにんまりと笑う。 「あいつ、やっべぇ。」 宮地の感想は経験則。森山はもたつきながらも火傷と深い擦過傷を負ったそこにガーゼを貼り終えたが、手元ががたがたと震えている。 「ふへ、殺す。」 鉄パイプが宮地に、森山に、振り下ろされる寸前。 伊月は全力で床を蹴る。 それは長年で培った反射と呼んで良かった。相手の脇が甘いだとか、足元は隙だらけだとか、人を殴るのに狂気じみた嗤いと雄叫びを必要とするならそんな度胸は屑籠に投げ捨てて燃やしてしまえばいいじゃないか。いづき、と鋭く耳に届いた音を合図に膝を落とし切って相手の懐に滑り込む。 ストップ、待て、殺すな。 「聞こえません。」 ごりっと骨を抉る、割る。額からだらだらと、宮地の手を真っ赤に染めた布と脳内が同色に染まる。真っ赤に染まった畳と倒れた母親とそれに庇うように被さった父親と、くしゃり、おおきなあたたかい手に撫ぜられた記憶と微動だにしない美しい横貌と、手の中にあるボールペンが内臓に、キタコレ。 肘を顎に叩き込んで固めた拳に脇腹。せり上がる内臓に仰け反った相手から半歩引いて左に軸足。右脚がしなやかに伸び上がったのを森山は視認したが、振り下ろされたのであろうタイミングは解らなかった。悪くない動体視力で辛うじて宮地が確認したのは相手方の左のこめかみに叩き込まれたハイキック。それなのにぶっ倒れた身体は伊月の右後ろにあるわけだ。 「伊月すげぇ。」 「馬鹿かお前脳味噌絞るぞ。」 「うわ、ぐろいですそれ。」 「右脚真っ赤にしてる伊月には言われたくない。」 《タイムアップ。勝者、『SUB』・・・。》 無機質な声はどこからか、三人の勝利を告げたが、その直後に異変が起きた。 「ぐ、ぐぐ・・・。」 完全に昏倒させた敗者は喉の奥から呻く。 「なに、まだやんの?」 ストリートファイターさながらの伊月に言わせれば無駄だらけの宮地は包帯を諦めて着ていたジャケットを裂いて包帯代わりに巻いている。今度森山に色々と叩き込まねば、と伊月は思いながら、目の前の敗者となった男が、内部から破裂し、内臓を飛び散らせ熱い血液を部屋中にばたばたと飛び散らせる様相に愕然と動けなかった。 ・・・命は、惜しい。 |
・2013年9月19日 00:14初出20141026masai