あの日も街はクリスマスに賑わってあった。
伊月の家は真西から少し北側に寄ったところで玄関があって、広い玄関に広い廊下の畳敷きの、在り大抵の二階建ての日本家屋で、廊下を行って西側にリビングと客間の機能を併せ持った、曾祖父が亡くなった後にフローリングにリフォームされた部屋が、カウンタで仕切った、こちらも台所と言うよりはキッチンと言ったほうが似合う空間が十一畳と七畳半。反対側には団欒に使っていた広間があって、襖を開ければ仏間がある。因みに規模は本間だ。広い廊下の奥は素直に突き当たって、東側には階段から二階に上がる。それぞれの私室や物置も、これも用途次第で床の張りが畳だったりフローリングだったりする。一階突き当りを西に行けば、まず左手の壁にはコルクボードや飾り棚。右手に便所がある。洗面所があって二畳の脱衣場に入れば三畳程度の浴室。
馬鹿みてーに広い家だよな、なんて床屋の息子には言われたりした。
そして浴室のある筈の壁を辿れば洗濯機と乾燥機が並んであって、突き当りに扉がある。この扉の右手にキッチンと繋がるスライド式の扉があって、突っ掛けやサンダルが並んだ小さな三和土に、小さいと言っても女性二人が不自由なく動ける程度の足場はある。その扉を開ければ晴れて裏庭に出ることが出来、南側の家庭菜園や西側に広く作られている庭も手入れ用具が置いてある。昔は土蔵もあったが、それは伊月が高校入学の直後に崩されて土地ごと売られて、今は近接地区と共に売地になっている。
というのも。
「・・・寝てた?」
白い病室に静かに響く心電図。新鮮な遺体が今すぐ欲しい。
かちん、かちん、と人差し指に残るのは拳銃のスプリングの手応え。
周囲が異変に気付いて通報しなければ、あの血の海の中で伊月俊のこころは死んだまま、ずっと火薬の臭いも消えた拳銃の引き金を、自分の頭に向けて引き続けていたと、思う。
「伊月、面会時間終わるぞ。」
「あ・・・悪い。」
ウィンターカップ、獲って来るね。
報告はそれだけ。花瓶の花は相田が新しく変えてくれたが、時間の関係で早々に暇し、今は日向が隣に居る。
なにしてんだよダアホ!
あの喝がなければどうなっていたのだろうな、と伊月はぼんやり考える。思考を放棄した伊月の前に立って必死に大人に説明した日向の後姿は、今でも伊月の中で英雄だ。
「また来るな、綾さん。」
「・・・ひゅーが、行こう。」
素っ気ない弟の態度に日向は思うところが無い訳では無いが、最近は少し過ぎている、とは思う。夜の街で伊月を見かけたという噂を聞いた時は流石に血の気が引いたが、トシ誤魔化してバーテンやってんの、との返答だった。基本的にバスケバカではあるのだが、一人暮らしのアパートに時折差し入れも持って行ったりするが、なんだかんだで合鍵まで預かったりする仲でもあるが、所詮そこまでか、と日向は考える。
「日向って、主人公気質だよね。」
「は?」
「主人公ってか、ヒーロー。」
「伊月、お前寝不足だろ。」
「・・・うん、さっきも寝ちゃってた。」
こいつ大丈夫か、と言う顔をされたが、それくらいは交わす術を伊月は持っていた。
「俺は脇役で上等ってこと。」







「きよちゃん、これ何?」
ウォークマンやアイポッドが主流になる中、そのディスクは妙に異彩を放つ。コラ返せ、と宮地が手を伸ばす。宮地の家には一応MD用のウォークマンがある。森山電気店の保証書付だ。かなりの割引で只同然に手に入れた。
「このご時世にMDて。なんやインディーズ?」
音源がもう存在せんとか、と今吉が人差し指を突きつけて来るのに、うるせぇよ、と叩き落とした。
「バンド名くらい教えてくれたってええやん。伊達に短い付き合いちゃうし。」
「お前、俺に棄てられたらどうすんだよ。」
「若松とかええやんね。」
「蹴り潰すぞ。返せ。」
「はいはい。何が入ってんの?」
宮地がころころと指から指へディスクを転がしていくのを、器用やなぁ、なんて感嘆し、パンツを穿いて立ち上がると、ワンルームの整頓されてはあるが歳月に汚れて見えるキッチンに立つ。この野良猫のような男はさばさばとしているが情は厚い。
「大根萎びたなー。」
「味噌汁にしてまうで?」
甲斐甲斐しく世話を焼くのが好きなのか、ただ単に気まぐれなのか、宮地には不明だが、桐皇の寮にも部屋はあろうが、まあそこは個人の判断に任せるとして。
「強いて言うなら、脇役。」
「何それタイトル?」
「まあな。大坪やらお前やらは主役体質だと思う訳。」
方向性は全く違うが、大坪は正道を行く王道の、部活の主将と言う立場もあろうが、あの人間性は正しく英雄足りえる。今吉は逆に茨の道を歩く悪役だが、それでもカリスマあるヒールを見事に演じ切るだろう。そう、今吉は演じるのだが。強豪校の主将であるところだとか共通項はあるが、性質が正反対であるところだとか。
曾祖父辺りにドイツ人の血が入った隔世遺伝の淡い色の髪だとか、長身はバスケをしていれば気にならないし、親が政治家だとか教育家だとか、そんなものは宮地清志が生きる世界では何の価値も無い。本人の資質と言うモノはやはり本人に委ねるが正解で、ただしその正解がどんな公式を使ってどんな問題文であったか、それに一因はあると思う。
「頂きます。」
「ん、頂きます。」
「今夜バイト?」
「んにゃ、今日は別件だ。」
ぱきん、と床とクッションに埋もれた下に、MDが罅割れた感触がした。







最低、と詰って殴られるのは初めてではない森山は、確かに最低である。可愛い女の子ではあったし、気の使える子でもあった。ふわふわの癖っ毛が栗色に染まった、ビビットカラーを好む娘だった。
森山はいつも外にいた。ひとの外にいた。常に脇に控える存在でもあったが、物事の中心になった事はついぞ無い。両親の記憶は無い。育ての親は親として出来たひとではあったのが幸いか、スマフォの画面をロック解除すれば、そこに佇む初老の女性と腕を組んで笑う自分がそこにいる。去年の写真だ。
「俺にとっての運命の女神。」
紹介文句が良くなかったのか、そそっと逃げていく女子や、そっちの趣味だったか、と逃げた女子もいる。
「本当なんだけどねぇ。」
メッセンジャーバックから取り出した封筒の中身は、遠回しに遠慮と言う名の美しい言葉で話を逸らされ、後は森山を心配し、慈しむ言葉で溢れている。森山には一年間、親と呼べる存在がいなかった。
「喧嘩をしないでね、か。」
彼女は繰り返し繰り返し、催眠術のように繰り返した。森山はそれに従った。力の無い子供は、それが正しい道だと信じて、誰とも大きな喧嘩をせずに綺麗に作られたような人間関係を築くことが得意になった。
両親は自分を可愛がって育ててくれた。
笠松ほど森山を叱った男はいなかったが、全て小堀が宥めてしまった。怒ったのではなく叱った。そこからも森山の為人が理解できる。後輩にも慕われる森山であったが、後輩に厳しく指導を、というのは苦手分野で、大抵は正義感と書いて笠松と読む男を批難した先輩から庇う事も出来なかった。楯突くほどの強さも無かったのだと、自覚したのは笠松が主将となる背中を追いかけていた途中だった。
夕闇の近く、電車に揺られながら流れる街並みを見つつ、MDの内容を消去する。乗り換えてからもう一度停車駅を確認。
「まっさかさー。」
「・・・現役の学生がいるのにって、仕組まれてるんですかね。」
秀徳高校の前には川が流れてあって、街路樹が等間隔に並んであった。その一本に凭れかかる彼は、静かに静かにジャケットの襟を直した。
「ウィンターカップ、出場決定おめでとう。」
「ああ、観戦してましたね。ありがとうございます。観戦して感染、キタコレ。」
「何に感染するの!?」
終礼時間は宮地に聞いてあって、今回は自分たちが『HOME』だ。そしてその対戦場所に今回選ばれたのは、強豪の育つ古豪、古めかしい校舎には奇妙な威圧感がある。
「誠凛って新しい?」
「ですよ。」
「ウチも体育館とかめちゃ改装しまくってるからなー。視聴覚室とか。」
「さすが、運動に力入れてる学校は違いますね。」
視線も寄越さず素っ気なく受け答えしていた伊月の鋭利な黒曜石色の瞳が夜闇色に染まり森山の海松茶色の光彩を貫く。
「ついてますよ、もみじ。」
面目ない、と森山は苦笑し、直後に何故か部活が休みになったという宮地に失笑された。
「そういえばさ、あの刑事さん覚えてる。」
「忘れるかよ・・・。」
「手がかりだって、何のだろうね。」
知るかよ、との呟きは、夜の学校って不気味ねぇ、と森山の苦笑にかき消された。

To be continue…

・2013年12月1日 04:22初出20141026masai