| 作戦会議は《満楼軒》で主に行う。 それぞれ自宅から離れた場所であり、しかしながら気軽に足を運べるからだ。 黒のジーンズに黒いシャツ。最近冷え込んだ上着に白の厚手のパーカー。猫舌に熱いラーメンを冷ましながら、伊月はぼんやりとそこで待っていた。 「お、伊月早いな。」 「昼食も兼ねたんで。」 黒いジーンズに白のフードが着いたトレーナーに黒いキャップには龍と桜吹雪の刺繍があった。 「どこで売ってるんですか、そんなキャップ。」 「中学の修学旅行で京都で買った。おっちゃん、キムチラーメン。」 あいよ、と店主が笊を持って手際よく麺を茹で上げる。 「ごめーん、突風で電車止まったー。」 炒飯追加で、と森山が暖簾を潜れば、黒のボトムにネックレスがプリントされた白いフードパーカーを着て、席に就いた。 少々の後の沈黙。 「・・・なんで俺等お揃いっぽいの、着てるの。」 めき、と伊月の手の中で、エコにうるさい世の中プラスチック製の箸が鳴り、宮地は嵐山で二千円で購入したキャップを森山の顔面に叩きつけた。 ちょっと気まずい雰囲気だった。 伊月俊、高校生。身長174cm、体重64kg。趣味は駄洒落。訳あって都内に一人暮らし。2年前に家族が全員行方不明になる。訳あって剣道、柔道、合気道、空手、その他諸々有段。 訳あって、大金が必要。 「ビズゲームのランク表?」 なんとホームページが存在したんだよねー、と森山がプリントアウトしてきた紙面を覗き込む。 森山由孝、高校生。身長181cm、体重67kg。趣味はナンパとネットサーフィン。4歳の時に両親が他界。訳あって森山電気店の養子にして嫡男。理工系のスペックし。 訳あって、大金が必要。 「いや、まじランクしか載ってないから詳しくは・・・。」 「俺等、3位かよ。」 「無敗なのに?」 「いえ、これは対戦してないチーム名ですよ。」 「お前ほんと記憶力良いな。」 宮地清志、高校生。身長191cm、体重77kg。趣味はアイドルの追っかけ。訳あって都内に一人暮らし。コミュニケーション能力は無いが、年下から支持を得ることの多い兄貴肌。限りなくセフレに近い恋人有。 訳あって、大金が必要。 「一度見た物は忘れない性質なんで。」 「てかこの数字なによ・・・。」 「オッズ・・・?」 「なんで詳しいの、宮地。」 「うっせ。昔ちょっとな。」 「「うわぁ。」」 「割るか。割られたいか。そこに直れ。」 「ああ、そういえば、今朝の新聞見ました?」 「ケータイイッコあったら足りるでしょ。」 「伊月のそれは嫌味か?」 「ケータイなんてメールと通話が出来たらいいと思うんです。」 「おっちゃん、テレビの局変えて良い?」 「解った、伊月、今度俺が携帯の会社のサービスだけは使えるようにしたげるから、拗ねないで。」 「あ、丁度ニュースやってら。」 ――港で男性の遺体が浮いているのを近所の工員が発見―――死後1週間前後と―――身元は――――と判明―――― 「あの顔です。」 身分証明から抜かれたと思しき顔写真は口角が下がって不機嫌そうだ。1週間前のゲームに負かした男から、獲物を奪いはしたが殺しては無かったはずだ。その場で破裂したものは除く。 ―――不審な点が多い事から、自殺と他殺の両面で警察は捜査を―――― 「・・・ゲームに負けたから、じゃ、ないよね?」 「で、今朝のこれですが。」 「無視しないで!!」 [chapter:“ビスゲーム”の告知は今時珍しくMDが封書に入って届く。] 聞いて暗記し、中身は消去すること。 彼ら3人は企業に寄せ集められた、ゲーマーズ。きっともう後戻りできないと、知っての、長閑な日常は、皮膚1枚を剥せばきっと、血が溢れるんだろう。 「んで、森山、今回もディスク役な。」 「あーはいはい。」 「伊月はリベロで。」 「了解です。変な怪我しないで下さいよ。」 その伊月の言葉は呪文のようだと宮地と森山は思う。その日のゲームは奇妙な緊迫感を漂わせて、タイムアップを告げられた。 ぷはぁっ、と思いっきり息を吐いたのは森山で、宮地は思わず失笑した。 「手前でゆって手前で緊張してりゃ世話ねぇわ。」 「うるっさーい!否定できなかった奴が言うな!」 一応の程、彼らは今夜のゲーム参加は迷ったのだ。寄せ集めの即席チームといっても会社側とは契約がある。つまり、ゲームを降りるには契約破棄に発生する前金の返済を含めた罰金が待っていて、法外な賞金は水泡に帰す。親会社に問い合わせても無回答。ゲームに出ないという選択もあるにはあるが、そこは試合放棄として不戦敗になる。つまり負ける。 「よく考えればいいだろ。イカれたゲームでしかイカれた金額の賞金なんて手に入らねェっての、理解しての参加だろ。このまま逃げてもいいんだぜ?」 挑発的な口調で宮地が述べた。 「勝って全部終わらせればいいんですよ。」 この廃屋に入る前、集合時間の5分前に、伊月はすでに到着していた。 「つかさ、拳銃ってめっさ腕痺れんのな・・・。」 「え。」 「あー、家帰ったら頭から足から服まで全部洗えよー。」 「しょーえんはんのー?」 「片腕で撃ったりしてないでしょうね。」 「ドラマとかの真似みたいなったわ。黄瀬じゃあるまいし。」 「・・・呆れた。」 伊月の嘆息を歯牙にもかけず、腹減った、と囀り出した二人に腕を掴まれ、二千円で食い放題の焼肉屋に向かった神経は流石と言える。 「てかさ、宮地も伊月もスゲーよねー。俺もなんかやろっかな!」 うりゃぁ、と拳を突きだす森山の腕を、行儀悪いですよ、と伊月が叩き落とす。 「も、いーから森山。焼くぞ。埃立ってんだよ。あ、生姜取って。」 「はいはい。」 細腕に似合わない大きな時計がカチャリと回る。時刻の確認に伊月が腕を回せば、いーのしてんね、と森山が笑った。 「そうですか?ちょっと俺にはサイズ合わなくって・・・。」 「年齢と共に貫禄が、って奴だろ。そーいや森山も伊月も明日部活早くねぇの?」 「あ、ウチもうWCは出場決まってるからさ、調整ばっか。」 「俺も明日は部室の掃除のみなんで。二人は受験勉強とか。」 「海常は推薦あるから。なーにー伊月、俺等の事心配―?」 「社交辞令ですかね。」 「かっわいくない!!」 ぺし、とタレ塗れの生肉が伊月の箸を伝って森山の顔に張付いた。 「誰が可愛いですって?もう一度どうぞ?その口2度と開けなくして差し上げてやろうじゃありませんか?」 えげつね、と宮地が呟き、切れ長の目が静かに視線を寄越すのに肩を竦めた。 「つかガチャ、セーフティかけとけよ。」 「ガチャ?」 「ガチャガチャしてっから、ガチャ。」 「森山さん、バラ追加で。」 「ちょっと伊月、俺パシリ違うよ!?」 他校の可愛い後輩だと思っていたら実は強かも良いところであったらしい彼から食らった生肉を網に掛け、手拭いで顔を拭った森山は喚きながらも大皿を取った。ごとん、と鞄が重く鳴る。 「・・・暴発されても困るから。」 座面に落ちた黒い塊は存外重い。拾われたら一発でモデルガンとの違いは露見する。 「貸して下さい。」 「うい。」 森山の鞄から転がり落ちた拳銃を、伊月が手を出して寄越して貰う。 「じゃんけんぽん!」 言い出したのは宮地で、何か余計なことでも考えたのか、森山がチョキで一発で負けた。 「はい、森山が責任もって保管な。」 「ちょぉおおお!?」 「安全装置これです。」 「待ってって!アブナイでしょぉ!?なんか二人手馴れてそうだし!二人でもっかい!勝ったほうが持っててよぉ!!」 あ、と宮地が手のひらを見た。 「「あ?」」 「あー・・・。」 このひとは駄目だ、と二人で悟った。多分駄目だ。きっと駄目だ。絶対駄目だ。硝煙に対する勘など処理する頭の回転の速さが半端ない。 「じゃ、伊月!先輩命令!」 「・・・後悔、しません?」 「後悔?」 かちん、と伊月の指先は安全装置を跳ねた。森山は硬直した。 「お前が持ってるのが一番安全だって、ハナシ?」 シニカルな宮地の微笑みを、視界の隅に捉えながら、眼前の銃口から目を放せない森山の前、静かに伊月が立っている。 「例えばの話をしましょうか。」 端正な顔立ちの美貌は静かに静かに、平坦な口調で。 「この先、俺たちが分離や離別をするとして、それが俺にとって不利だと判断するなら。」 黒曜石色の瞳には感情が灯らない。 「俺は、迷うことなく。この銃で、森山さんを殺しますよ。」 「ま、自己中心的な利口な生き方、っての?」 嘲笑うように宮地は肉を食らう。 「俺さ。」 森山の茶色掛かった瞳は真っ直ぐに伊月を見上げ、動けないままでも、しっかりとした眼差しは、揺らがない。 「勉強はできるけど、利口なほうじゃねーよ。けどさ、解ってる。」 その白い指は間違いなく安全装置の外れた拳銃の引き金に掛かっているのに。 「伊月は俺を殺さない。あ!冷麺食う?」 「え。」 「バラってゆってたね、赤味のほうが好き?」 「俺ミルクプリン。」 「はいよ、宮地プリン了解。」 緊迫感は一瞬で解けた。森山は一度悪戯っぽく笑ったようで、宮地も、仕方ねェな、と微かに笑ったようだった。 「気が済んだか、伊月。」 「呆れました。あのひとばかですね。」 「馬鹿はお互い様じゃねー?こんなゲーム首突っ込んでるって事だけでよ。」 ごとん、と座面に放られた拳銃に安全装置が掛かったか、宮地は敢えて確認しなかった。 「森山は見たとこ喧嘩もしたことなけりゃー武道の嗜みも無い。」 「宮地さん・・・?」 「けど、俺やお前じゃ勝てねーの。」 牛ロース取ってきて、と笑った宮地に、もぉ自分で来いよ!と返事した森山を傍目に、伊月は手首に踊る腕時計を見る。 「それが、怖いんです、って。」 秋の朝が白む頃、3人は時刻を確認して店を出た。しっかり腹は満腹にしてきた。始発動いてるね、と森山が携帯電話を弄るのを、伊月が覗き込む。 「伊月の会社何処?」 「あ、これです。」 「宮地!絶滅危惧種のガラケだよ!」 「喧嘩売ってんのか。俺もガラケだよ。腹掻っ捌くぞ。」 「俺んち電気屋だからかもー、新機種ばっかなんだよね。かと思ったら5世代前のガラケにもなってない重ったい携帯あったりすんの。伊月、このボタン。」 から、このリンク、で、調べたい情報入力、そうそう、検索で決定、なんて使い方の指導をしてやって、わ、と伊月が感嘆したのを満足そうに宮地が笑った。 「今までこの情報社会をどう生きて来たんだお前。」 「バスケ協会のサイトだけお気に入りに入れておいて、ですね。」 確かに通話とメール以外じゃそんなもんか、と森山は笑い、このアプリ入れとくとラクよ、なんて宮地の携帯電話のほうも指導してやった。 「っし、じゃあもう今日は解散。伊月どっち。」 「森山さんは駅ですね。俺はこっちです。宮地さんは?」 「俺もこっからなら電車使うかー。」 でね、と森山が一度その手に拳銃を持ちだした。 「まだゆってんの。」 「だって怖いんだもんー!」 「銃口こっち向けないで下さいよ。」 「伊月が言う!伊月が言っちゃう!?」 パンっ、と空気が震えて朝の鳥が羽ばたいた。 「ばっ、馬鹿か!!セーフティ!!」 「だからそれどれええええ!!!」 「それじゃ、また。」 「またなー。生きてたら。」 「待ってー!宮地駅まで一緒しよおおお!!」 薄情者ぉ!だっからセーフティ!どこだどれなの!? はたと、伊月は淡く白い空を見た。 また、ね。 弾数残り、と手の中の重さに考えた。安全装置を外して、発砲した。どうやらそれが森山には気に食わなかったらしい。宮地はラーメン屋で店の手伝いをしながら回想する。 《満楼軒》には宮地のアパートから徒歩10分。ご飯の支度と片付けやっとくから行っといで、との言葉に甘えてバイトに出かけた。 「たかがゲーム、ね。」 『たかがゲームになんで命賭けてんの、伊月。』 お互いに詮索無しだと告げておいたのに、あの愚かで優しい男は、他校の後輩に、おそらくは心配と好奇心で告げたのだ。酷く切ない顔をして。 『気になったんだよ、ごめん。だって、伊月があそこまでするとか、俺。』 目の前で他人が撃ち殺されたショックに欠けた配慮も詫びてあった。それに対する伊月の返答が、最悪だった。 『友達でもないのにそんなに気にするとか、殺されたいんです?』 あの目は本気だったな、と宮地は息を吐く。伊月が何者であるか、詮索はしないつもりだが、ある程度の見当はある。宮地自身、中学から喧嘩が絶えず、名門古豪秀徳高校での学校生活は奇跡と呼んでいいほど、今でも頻繁に暴力沙汰は起こしている。 「清志君、丁度いい、これ持って行きな!」 「よお、宮地!」 木村青果店の前を通りかかれば、同級生の父親から袋一杯に白菜を貰った。 「あ、どうも。今夜は鍋だな。」 「じゃあ肉屋のおばさんに愛想しなきゃな!」 「イケメンは得だよなぁ。」 ラーメン屋の冷蔵庫少しだけ借りるか、今の時期ならほったらかしでも多少萎びるだけだ。白菜貰った旨をメールで飛ばせば、今夜は鍋やね、と返信が来た。 商店街を抜けて、コンクリートジャングルから見上げる遠い空に目を瞬かせ、バイト先への道行、随分と急いだ影を見た。 何度も後ろを振り返りながら、人波を縫って逃げるように走るのは。 「森山・・・?」 大通りの信号が、黄色の点滅を繰り返す。 赤信号に人波が緩やかに止まって、 「森山ァ!」 ブレーキ音と、衝撃音が街中に響き渡った、と、思う。 「事故?」 「ちょっと、救急車っ。」 「ぐしゃぐしゃじゃん・・・。」 あー、と宮地は踏み荒らされた白菜を侘しい気持ちで見やる。今夜の鍋の具何だろう。 「み、やじ・・・っ?」 「起きろ。重い。」 「しっ、死んだと思ったぁー!生きてる!」 道路の脇に、ハイネックの襟を引っ掴んで倒れ込むように保護した森山が随分と賑やかしい。 「お前はな。」 そしてはちみつ色の視線が流れた方向へ、森山の茶色い光彩がゆっくりと振り向く。運送トラックが電柱に減り込んであった。 「う、わ。」 呆然と森山が口を開いた傍ら、たったっと規則正しい足音が駆けてきた。 「伊月、どうだった。」 「信号で撒かれました。森山さん、怪我は。」 「二人とも、まさか俺のために・・・?」 「尻尾出すなら森山さんの所かなって。」 感動を顕わに森山は芝居じみた仕草で手を組んだが、伊月の一言でころんと奈落に突き落とされた。そうよね!俺の扱いってそうよね!!とアスファルトをばしばし叩いた辺りでパトカーと救急車のサイレンが耳に届いた。 「逃げそびれたぁ・・・。」 「どうする?誤魔化す?」 「ゲームの事、言う訳にもいきませんしね・・・。」 「っていうかぁ!俺、突き飛ばされたんだけど!」 「はい、見てました。」 「おう、ぽいかったな。」 「助けろよ!?」 事情聴取に連れられた警察署で3時間の拘束は流石に堪えた。 「あらら、場所にそぐわぬ美形集団ね。」 「ウリっすかね?って青峰警部っ!急ぐんですけど!?」 「っしゃ!イケナイ子供たちに教育的指導っ!」 秋の空が、良く晴れた日の、擦れ違った話。 To be continue… |
・2013年11月20日 21:16初出20141026masai