ホテルのラウンジではてろとろとクラシックが流れ、ホテルのランクと比べれば、白いシャツに藍色のジャケットを羽織った森山でもドレスコードはさっぱりだ。チェーンの飾られたタンクトップにミリタリカーゴとハイカットブーツの宮地なんて、いつホテルマンに追い出されても仕方のないような格好なのに、一瞥もしないでコーヒーはボーイによってお代わりが、清潔そうな白いシャツと黒のベストにジーンズとローファーという出で立ちの伊月の目の前には運ばれた。







まずさしあたって登録チーム名を一六時までにお願いします。









ビズゲームの参加登録にはチーム名が必要だと、三人を部屋で出会い合わせた男は告げた。時間を過ぎれば参加申し込みは抹消される。
静かに静かにラウンジでは時間は過ぎていく。上品なマダムが少しだけ視線を寄越して横切った。一番に口火を切ったのは森山だった。
「ま・・・ずは!自己紹介でも、いっとこっか!」
見ず知らずでは無いがそこまで中身を知るような知り合いでは無い。二人とも名前くらいは知っている筈だし、先ほどは部屋で伊月は間違いなく森山の名を呼んだ。
「俺は、森山由孝。高校三年。趣味はネサフとナンパ!」
「興味ありません。」
「縫うぞお前。なんでここにいんだよ・・・。」
すっぱりと伊月は切り捨て、宮地は頭を抱える羽目になる。
「話し合い、しよーぜ!」
たっぷり五分間の沈黙の後に森山はテーブルに突っ伏した。
「登録時間過ぎちゃうって〜・・・。」
ちらと確認した携帯電話の表示は残り三〇分を切っており、既に登録を済ませてしまいたい意向を密かにだか無意識にだか固めている森山には酷くじれったい。
「俺は未だ、納得してないんで。」
伊月の呟きは、ラウンジの上品な喧騒に掻き消されることなく、コーヒーの水面を揺らした。その切れ長の目に住む黒曜石色の瞳が、全くの温度を持たぬ様子で湯気と心地よい香り立つ向こうに見やる。
「このメンバーで、参加することに、納得できていません。」
「当然だな。勝たなきゃ意味がない。勝たなきゃ金は入らない。必要なのは強さだけだ。」
伊月が重ねた言葉を宮地が引き継ぎ、好戦的に笑って魅せる。
「宮地さんは随分と腕に自信のある御様子で?」
「少なくともお前より。」
ひやっ、と背筋に滑った悪寒を振り払うように、森山は二人の顔を見比べてぶんぶんと首を振る。
「だーから!止めてって宮地も伊月も!」
「ぴーぴーうっせぇ。」
「馴れ馴れしく呼ばないでくれませんか。」
宮地は兎も角、伊月の連れなさに森山は少し泣きたい。ポーカーフェイスにも程があり過ぎる。冷静を通り越した冷たい視線に何度肌が凍る思いを森山は感じただろう。誠凛とは何度か交流試合もあるが、個人と会うのは初めて。試合中でもこんな態度は味わえなかった。
「・・・わかった。」
膝の上に置いてあった拳を森山は胸元に掲げて。
「ラーメン食いに行こう!」
登録はウェブサイトを通じても行えるが、話し合いは今でないと出来ない。中途半端に口の空いている宮地と、瞬きを繰り返す伊月に見上げられて、得意そうに笑った傍ら。
「腹減ってたら機嫌悪くなるのはうちの主将もそうだし!」
「いや、別に腹減ってねーけど。」
「ここのコーヒーゼリー美味しいですよ。」
「何満喫してんのお前!」
「森山だけかと思ったけど、伊月もなかなか・・・。」
「ちょっと聞き捨てならないです。」
「えっ、俺が変だってのは意気投合しちゃう感じ!?」
「どっか螺子緩んでそうですよね。御馳走様でした。」
ちいさな器の前にちょこんと合掌して頭を下げると代金を置いて伊月は立ち上がる。
「また、御縁があればお会いしましょう。貴方がたとでは勝ち続けられる自信がありません。」
がたんと席を立ったのは宮地も同じ。
「つーか、この面子で組むとか御免だわ。」
代金を置いて森山に背を向ける。
「確実な手段でお金が欲しいのは同じの筈だ。」
独り言のように伊月は言い、ラウンジを出て行った。宮地の長身がロビーに消えて、バン、とテーブルを叩いた手は森山で。
「仲良くっしてやろーとっ!・・・思ったのに・・・。」
潤む視界に見た硬貨と紙幣は、狙ったように百円ずつ足りていなかった。








「ちっすー。おっちゃんキムチラーメン・・・。」
馴染の赤い暖簾を潜って、宮地は今日の気疲れを首を鳴らして労う。カウンタが五席とテーブルが二つ。大きな店ではないが、秀徳の面子で来ればいっぱいになるラーメン屋『満楼軒』は昔から宮地が世話になる飯処だ。時には食器洗いを代償に夕飯を貰う事もある。
「らっしゃいキヨー。」
デジタル対応前の分厚いブラウン管が付属部品で元気に野球中継を流している店内に、馴染んだ店主と、美しい黒髪の珍客がもう一人。
たっぷり三秒固まった宮地の背後から、みやじー!と叫ぶ声がして、思わずその長身は営業妨害もいいところに店の入り口にしゃがみ込んだ。一言で言えば。
「ありえねぇだろ・・・!」
店主の他には三人の客人は仲良く背を向けて、テーブル席とカウンタ席に座った。ほぼ同時に上がってきた三杯のラーメン鉢を宮地が慣れた様子で配って、暫くは、頂きます、いっただっきます、の挨拶と麺を啜る音と食器の擦れる音と、時折追加の声と、野球の解説が、さわさわと耳に程よく馴染む喧騒で満ちた。
「好きなんですよ、ここの醤油ラーメン。」
「味噌も旨いよ。」
「知ってる。時々バイトしにくっし。」
へえ、とちいさく伊月は呟く。新聞を読んでいた店主は客のプライバシーには干渉しないが手厚いひとである。
からん、とレンゲの滑った音に、宮地が嘆息する。
「一つ、聞いてもいいですか。」
森山が思わず振り返ったのは、その声音が酷く寂しげで切なげであったから。
「ビズゲームの賞金は倍付で上がりますよね。お二人が必要なのはどのくらいなんです。」
ホテルの一室で凛と伸びていた背筋は手の中に青い携帯電話を握りしめている。
「うと、・・・。」
森山が少しだけ迷うそぶりを見せる。言え、と宮地はラーメンを最後の一口まで平らげて店主に鉢を返す。
「こんくらい。」
そのしなやかな人差し指が指し示すのは。
「まー、高校生ならそんなもんかー。」
「億が?」
ひゅ、っと息を呑む音。がばりと体ごと向けられた視線と瞳には驚愕。森山本人にもそれは異様な額であるという自覚はあるのか、苦笑のような照れ笑いのようなよく解らない、口の端が引き攣れた笑みを寄越した。
「やっぱ、ダメ?」
「・・・じゃ、ない。」
「寧ろ・・・。」
合点が行った。確かに金を必要とする理由の記入が空欄だった筈。訳有の集まりだ。カウンタに背を預けて、宮地が背凭れを挟んで隣り合う森山と伊月に視線をやった。
「条件がある。」
「場合に寄ります。」
「別にテメー等のチームメイトや家族をどうしようって話じゃねーよ。逆だ。」
こくん、と森山の喉が上下する。
「お互いのプライバシーには一切干渉しない。」
それから。
「目標一人一億。それまで絶対に、負けない事。」
チーム名登録には、残念ながら間に合った。
「あ、さっきホテルで足んなかったお金返してー。」
そして宮地も伊月も仲良く森山から百円ずつせびられた。

To be continue...

・2013年9月23日 17:32初出20141026masai