今宵最低月の下で。











 
身体ばかりの情を交わした相手とにこやかに手を振って、今何時だと確認した腕時計は午前五時を少し過ぎたあたりだ。

「朝飯どうすっかなー。」

コンビニの弁当という手もあるが、思いの外高くつくのと栄養が偏るので牛丼屋辺りが幸いなのだが、と朝焼けの中を歩いていると、見慣れた黒いバンが安いマンションの前に止まっていた。
運転席にはこっくりこっくりと船を漕ぐ若者がいたので、コンと窓を叩いてやった。

「おっはよーございまー。」
「ん?おはよう・・・?イヅキ?」
「ども、覚えて頂けて。」
「握り飯でも食うか。」
「やったーい!りっさん愛してる!」
「おーおー。社長に電話するわ。」
「え、そんなつもりはないんですけど。」
「まーまー。風呂でも借りろ。香水の匂いすっげぇぞ。」
「あーそれは自覚ありますわ。」

昨夜の客は水商売であろう女で、枕営業にも疲れたのだかなんだか。部屋は彼女が撒き散らす香水の匂いで溢れていて、一晩で匂いが髪にも服にも移ってしまった。こんな状態では赤司に会うのも気が引ける、というのが本音だった。運転席にいた、りっさん、と呼ばれた男の年齢は二十代前半。携帯電話でコールしたあと、最低限だけで通話し、イヅキ来てますよ、と伝えて一度頷くと通話を切った。
当の伊月はもくもくと梅干しだけの握り飯ともう一つ混ぜご飯も貰った。ちょっと味が濃いなぁと唇を拭って。

「上がって来いって。2階の205号室。」
「は?まじかい。」
「シャワーだけでも借りれば。」
「ん、そーすら。サンキューでっすー。」
「ノープロー。」

階段を上がって教えられた部屋番号を睨んでいると中から扉が開いた。

「お、エミ。久しぶり。」
「よう、悪党。」
「どんな言い草だお前。撮影休憩?」
「うん、フミばてた。」
「ちょっとアバタさん、JKどんな扱い方してんすかー。」

差し出されたパッケージは顔に目線が入っているが、制服姿のM字開脚の局部に修正は無い。

「あれ、ミノリ舞い戻ってんじゃん。メステに売ったんじゃなかったですっけ?あ、撮影してないなら煙草いっすよね。」
そのまま許可の声を聞いて煙草に火をつけ、パッケージを裏返す。
「240分収録ねぇ・・・ちょ、メイ懐かしい!ひょっとして企画モン?」
「ああ、フルー企画が持ってきた。事務所は関係無しだ。」
「へぇー。あ、シャワー借りていっすか。香水臭いんで。」
「ついでに一発撮っとくか。」
「高いっすよー。」

そうやって上司と馴れ合う若者は何者かと、室内待機の竿士達はどよめいたが、コイツ抱ける?と聞かれれば満更でも無かった。灰皿を差し出した一人に、どうも、とやわらかく微笑んだ切れ長の目元に、事実、落ちた。

「流通させねーから一発撮らせろ。伊月の演技を俺は買う。」
「それだったら相手は自分で指定してもいいです?」
「それじゃ演技にならん。」
「ざぁーんねん。」

へえっ、と悪戯っ子のように笑った彼は、フミがユニットバスからふらふらと出てきたのと入れ替わりに、ちょっと借りますよー、なんてユニットバスに続く廊下を歩いて行った。

「フミちゃんいけるー?」
「もうちょっと動けないくさいですー。」
「はい、じゃあ20分休憩ー。」

一気に空気が緩んだ部屋に、なんか懐かしいわこの空気、なんて笑ったのは伊月だった。

「わり、洗濯機借りた。あと着替え。」
「ノーパン?」
「なんでそゆとこに食いついちゃうのエミ。男嫌いのくせに。」
「アンタは男扱いしてない。」

水滴をタオルに吸わせながら撮影セットを覗き込んで、起動していないカメラを確認すると、役者待機用のソファに座った。煙草を一本貰って、うわこれニコチン重っ、なんて笑った。

「え、君、女役で出んの?」
「昔に一回だけ。アバタさんに乱開発されまくったー。」

あっはっは、なんて隣の男の膝を叩いて笑って、そのVってまだありますっけー?なんて小首をかしげる仕草は男のそれとは思えない程の色香だった。

「今でも割と流通してるぞ。此間注文来たから受けるかどうするか、だな。」
「痛いのに気持ちいいとか言えって鬼畜でしょーもー。まあ一月くらい遊んで暮らせたんでいいっすけどね。もー二度とアバタさんの仕事は受けるかってなりますよ。その辺の男で俺を気持ち良くさせる事が出来るってんなら別ですけど?」

社長に喧嘩売ってないかこいつ、と周囲は青ざめたが、じゃあそれ相応の男と金を用意しておくよ、なんて社長は笑う。ピー、と洗濯機が乾燥までの一仕事を終えたと合図を寄越したので、覗いちゃオシオキですよ、なんて可憐にウィンクを決めて、伊月は脱衣所のカーテンを閉めた。

「香水の匂い消えた?」
「うん、煙草くさい。」
「エミ容赦ねー!」

そうやってけらけら笑いながら、伊月はその部屋を去った。
結構時間食ったなとごちながら、向かった先はいつもの公園だ。中空を見つめる赤司の後ろ頭目掛けて握り飯を放ってやれば、振り返ることなく彼はキャッチした。

「お見事。ただいま、赤司。」
「・・・おかえりなさい、俊さん。」
「悪いな、夕べはいい客が見つかんなくって。」
「運びが来てた。」
「え、まーじで。」

伊月が繁華街に行った後だろう、適当にその辺りにいる少年でも捕まえて使ったのだろう。そっちのが稼げたのになぁ、と伊月は頭を掻いた。

「誰が行ったの。」
「知らない。僕もネカフェ行ったから。」

そうやって赤司は定位置のベンチに座りいつもの空き缶を爪先で弄んだ。

「あ、伊月さんいたー!」
「お前ら学校どうした。」
「創立記念日!」
「お前のガッコは年に何回創立記念日があるんだよ。」
「てか聞いてー!夕べ、ヤク運び来たじゃん!」
「ああ、さっき赤司から聞いた。つかそんな時間まで遊んでたのかよ。夜道は危ないだろ。最近冷えるし。」
「いいから聞いてって!あの小さい子!てーねーに受け取ってそのまま運び請け負っちゃってたよ!?」
「・・・小さい子?俺らの知り合い?」
「うん、伊月センパイどこですか、って。小さいっていうかうーん?」
「あんまり背が高くなくて、平凡で敬語で、でー、あ!影が薄い!運びのひとも声かけられてびびってた!」

あんまり背が高くない。年齢的な意味では伊月辺りは平均だろう、他が少しデカすぎる。
平凡。これは基準が其々だとしても、伊月だって平凡の域は出ていないはずだ。
敬語。伊月をセンパイと呼んだ事から、伊月を知る後輩であろう。
影が薄い。・・・決定打。

「どんな服来てた?」
「えっとー、黒?藍色?のシャツに白いパーカー着てた。凄い普通なカッコしてたよね、ジーパンにスニーカーだった。」
「はい了解。赤司、来る?お前らは学校行け。」
「ガッコ行っても居場所無いよどうせー。」
「そこに机と教科書とノートがあるなら行け。ノートに落書きしてるだけでも違うぞ。また放課後な。」

ひょいひょいと女子中学生をあしらって、伊月はいつものルートを思い出す。黒子の性格から言って、学校をサボることはまず無い。基本的に24時間以内に相手方に渡ればいいので、放課後に黒子はそのルートに向かうだろう。

「何事もないと思う?」
「思わない。」
「理由は?400文字くらいで述べよ。」
「テツヤは俊さんじゃないから。」
「何文字余ったおい。まあ同意見かな。お前も来る?」
「愚問。」
「はいはい。」

そうして向かうのは倉庫街である。人気が少なく、隠れる場所も多い。倉庫の一つに上がって仁王立ちしてちょこまかと働く人々をナントカごっこと評して見下ろして遊ぶのは赤司のお気に入りだ。
どんな度胸なのか、預かった紙袋を抱えた黒子は黒の学ランまま、下校時間を少し過ぎた頃にやってきた。

「えっと・・・。」

メモを頼りにきょろきょろと目的の倉庫を探す黒子の背後を追いかける影は伊月でも赤司でもない。
言わんこちゃない、と伊月は頭を抱える。運びの仕事は相手方から金を受け取る手筈がセオリーなので、それを狙って情報を嗅ぎつけたネズミがわんさか湧く。

「あれって伊月の後輩じゃね?」
「えっまじ?」
「だって誠凛だろあの制服・・・。昨日の夜に伊月探して公園きてたもんよ・・・。」
「そこまで知ってんなら、説明は不要かい?」

ガリッ、と鉄骨を引っ掻いた赤司の手には裁ち鋏が握られている。こちらを向いた一人のピアスを、赤司は遠慮無く引き毟った。表情の浮かばない秀麗な顔に血飛沫が飛び、ぎゃあっと上がった悲鳴に伊月は回し蹴りで黙らせた。

「あーあ。」
「ひっ、ヒデくん!?」
「お前ら逃げんなよー。ヒデクンとやらが可哀想じゃん。さて、どうしよっかなー。」

にっこりと、底冷えするような美しい笑みが彼等を追い立てる。しかし隠れる場所が多いということは、翻って、窮地になる場所も多いのだ。

「目ん玉は抉り取るためにある。」
「なにそれ初耳!」
「耳は切り落とすためにある。」
「それも初耳。」
「鼻は削ぎ落とすためにある。」
「うわー、赤司って博識ー。」
「唇はー?」
「いや、俺が知るかよ。」
「うん、切り刻むためにある。」
「今考えついただろう、それ。」

がたがたと面白いくらいに震える連中はその場で失禁し、土下座も辞さず、蹴られて折れた前歯や形の変わった耳から流れる血で、もうしません、とその場に書かされた。
倉庫街から出て、分厚い封筒を持たされている黒子に、伊月は声を掛けた。

「あ、伊月先輩。」
「こんなところでどうしたよ、黒子。部活は?WC出場決定おめでとう。」
「知ってらしたんですか。」
「母校のバスケ部の事は大概チェックしてるよ。」
「赤司君は・・・。」

ここにいる、ということは、きっとそういう事で、黒子は泣きそうに目元を伏せた。

「WCが終わったら、敦も呼んで、皆であの公園に集まろう?」

思わず伊月は口元に手をやった。危惧したとおり、口角が上がりきっている。目の前にいる、赤司と黒子は、間違いなくバスケが大好きな、中学生や高校生と同じ顔をしているのだから。

「俺も混ぜろよー?」
「あ、いいですね!集められるくらい集めて、昔のチーム対決したいです!」
「ひゅーがにも言ってやれ。泣いて喜ぶぞあいつ。」
「あ、このお金どうしましょうか、伊月先輩の代わりにと思ったらそのまま・・・。」
「黙って貯金しとけ。で、卒業旅行とかパーティとかそういうのでぱーっと使え。それは何かの手違いでお前が稼いだ金だからな。二度と請け負うなよ、怪我したくないだろ。」

あと制服もマズイけどその辺は後で俺がフォローしとくわ、と笑って伊月は歩き出した。赤司はその首に腕を巻き、苦しいと苦情を受け付けながら、左側にずれてその腕を絡め、黒子は伊月の右手に招かれ久しぶりに、先輩、先輩、と甘えてみた。くしゃっと撫ぜてくれる手は、今でも昔と変わらない、少しだけ体温の低い彼だった。

「絶対です。絶対ですよ。日向主将と木吉先輩と小金井先輩と水戸部先輩と土田先輩と・・・!」
「おう、火神はよくいるから、あとは降旗、河原、福田もな!」

忘れんなよ、と拳を差し出せば、こつんと一度ぶつけ合った後で赤司に包まれた。

***

NO犯罪!YES萌え!!伊月のとある一日的な感じでお送りします。赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください赤月ください!!恒例我が家の俊ちゃん!さっき帰って来た!おかえり!w■このシリーズが〜タグありがとうございます!このシリーズは確かに辛いwww

2012年10月12日 17:47初出。

因みに「最低月」というのは満月の事だそうです。望遠鏡などを使って観るには最低の月だ、という事だそうです。

20121115masai