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「悪い子は、見せ物に売られるんや。」
「みせもの?」 「ふざけた化粧して、笑いものなって、動物と同じ檻で生活させられる。」 「おれ、悪い子ちゃうし。」 はは、と聡明な少年のどこか必死な様子に青年は憐憫を含めて笑った。 「ほんなら。」 御誂え向きに、桜色の山々を桜色の風が吹き荒れた。 「お前の親は、お前をどこに売ったん。」 花宮真は、自分を絶望させた今吉翔一を、初めて憎む事を知る。 今吉探偵と伊月助手と春のサーカス。後編。 かくれんぼをしよう、と水谷康利はのたまった。 母親への挨拶もそこそこ、伊月は使用人連中にも顔を覚えて貰わねば、と腰に纏わりついてくる少年の頭を撫ぜた。 「いいけど、かくれんぼは俺、凄く強いよ?使用人で偉いひと、知ってる?」 「えっとねー、あ、あのひと!」 上等な燕尾服姿で台所の入り口で主人に出される食事を確かめている男は、振り返って、康利様、と丁寧に頭を下げた。 「あ・・・。」 凛々しい眉が印象的な、彫りの深い顔立ち。 「水戸部の。」 「伊月君・・・ではないですか、康利様の御世話に来られるという方は。」 「はい、何も無ければ一週間の予定です。ご無沙汰しております、水戸部のお父上。」 「こちらこそ、凛之助が世話になって。ほら、あの子は唖だろう?」 「お釣りが来ますよ。凛之助君には助けられっぱなしです。で、手間頂いて申し訳ありませんが、俺の紹介頼んでいいです?」 一週間だけですが同僚になるので、と執事長の水戸部はそのままその場で一度使用人連中を集め、康利様の御世話にきて下さる伊月俊君だ、と気安く挨拶をくれた。その見目に頬を染めた女中もいたようだが、生憎そのまま伊月は子供に引っ張られた。 「お家の中、案内して貰っていい?」 「かくれんぼしよう!」 「将棋やチェスは?」 「もっと体動かして遊ぶほうが好き!」 なるほどね、と伊月は少年の特性をどことなく理解する。水谷家は華族だ。長男であった水谷文貴は幼少期によく外遊もさせられていたが、康利少年はそうでもないらしい。が、優秀な家庭教師は何人もいるだろう。しかしながら、今回の依頼を考えるに、子供の連続失踪が鍵だ。 「野球とか。」 「お外で遊ぶの、だめって。おかぁさま。」 決定打。 「どーすっかなぁ。」 言うでも無しに顎に指先をやって、屋敷内を歩かせられながら考える。屋敷の中は既に頭の中に図面が出来上がりつつある。 「まあいいや、かくれんぼしよっか。」 「うん!」 「お勉強は?」 「お、お昼過ぎたら先生来る・・・。」 「じゃ、お昼までだ。お勉強終わったらお八つ食べて、また遊ぼう?」 「やった!」 実働八時間休憩なし。子供の体力と行動力は限界知らず。隠れて見つかってまた隠れて、を繰り返して、時折女中に微笑ましそうに頭を下げられた。 「そろそろ昼食のお時間なので、康利様の御部屋に。」 耳打ちのように水戸部執事長に教えられて、タイムスケジュールを把握。食休みを挟んで訪れた家庭教師に、伊月は若干呼吸を忘れた。 「何間抜け面晒してんだバァカ。」 霧崎第一大学のブレザーに赤いネクタイもきちっと整えてある花宮は、教本の用意が整うまで珈琲を飲んで寛いであった。 「これ読んどけ。」 一枚の紙面はタイプライターで作成されたそれで、連続子供失踪事件について纏めてあった。 曰く事、最初の事件は恐らくサーカスが帝都に幕を張った頃。華族や士族の家から子供が消える。場所は人通りの多い、良家の集まる場所。子供が一切いなくなった孤児院はあるが事件との関連は不明。サーカスに不審な点は見られなかった。 「日清戦争以来、連年輸入超過、だったがその後四年で四倍近くの輸出額を弾きだしている。債務国家から債権国家に転身することになる。しかし大戦が終わると今度は欧羅巴諸国が復興、関東大震災と戦後恐慌でまた債務国家に逆戻りだ。」 「独逸、伊太利、墺太利のパン=ゲルマン主義三国同盟は、えっと・・・。」 「未回収の伊太利があるな?伊太利は仏蘭西に接近し、三国同盟は破綻する。」 「仏蘭西は露西亜と英吉利の三国協商があるから。」 「ああ、日本も満州を巡って露西亜とは何度も協約を・・・。」 その辺で伊月は部屋を出た。どちらにしろ花宮が居るなら子守という名の護衛は必要ない。屋敷内に見落としは無いか、と婿養子が用意したらしい屋敷を歩き回る。高い窓から外を見れば、塗り潰したように真っ青な空に桜が揺れている。 狙われるのは良家の子供である。下町の子供は上手に群れる。 「・・・ちょっと待て?」 下町で子供がいなくなった、としても誰が事件にする。 いなくなった、と言われて一応は探す。しかし戦災孤児や被災孤児であるなら探す人がいない。 「ちょっと待てよ・・・。」 インバネスコートは用意された部屋に置いてきてしまったので、どの思考からその結論に達したのかが頭の中でごたついている。いなくなっても解らないなら事件にならない。良家の子息が居なくなったのなら、事件になるのなら。 「ごめんなさい!電話お借り出来ますか!?」 使用人の詰所になっている厨房脇の扉を叩くと、厨房から女中長が顔を出した。お菓子の甘い匂いがする。 「私用でしたらこちらの電話をお使いください。」 「ありがとうございますっ。」 ぱっ、と大層うつくしく笑った伊月に彼女は年甲斐も無く赤面してしまった。 バレたらクビやで、と今吉は朝の下町に下駄をからからと鳴らしながら着いてくる。 「だって、俺だって家に籠ってろって言われたらストレス溜まりますし。」 その豪奢な屋敷から、水戸部執事長に名刺と緊急連絡先を渡して、出れるものなら、なんて挑戦状は鷲の目が軽く鉤爪で引き裂いて出てきてしまった。因みに伊月は事前に昔自分が来ていた服の中で比較的粗末なものを持って来ており、着替えさせるとそのまま今吉の自宅付近の子供が遊びに集まる空き地に連れてきてしまった。伊月のこういうところには時折今吉も度肝を抜かれる。予測はするが、実行力が半端ない。 少年を外に連れ出す算段はすると思っていたが、もう一日二日は様子見をすると思っていたのだ。 「おはよう。」 「おはよーつきちゃん!」 「月ちゃん、その子だぁれー?」 「やすとし君。久々にドッジボールでもしよーぜ!」 「野球も!」 「籠球はー!?」 「翔一さん、籠球のゴール作ってー。」 「月ちゃんの人使いにワシ泣きそう。」 「今吉のおっちゃん泣かしたー!」 「つきちゃんが泣かせたー!」 大変愉快そうに笑った伊月はそのまま子供に混ざって、布を繋ぎ合わせてつくられた球で暫く遊んだ。見事な桜の木には針金で輪が作られて、簡易の籠球道具も出来たので、シュートの真似事なんかもやってみた。 「お昼よー!」 近所のおばさんの声で数人が駆けて行って、またねつきちゃん、いまよしのおじちゃん、おひるからなにする、と目を輝かせたまま去っていく。 「翔一くん、お電話。」 「あ、ばあちゃんおおきにー!月ちゃんは昼どないする?」 「弁当作って来ましたよー。昨夜の残り物と白米に梅干し結んだだけですが。」 「ワシの分おいとってや、ガキ共。」 「知らないー!おじちゃんがいないのわるいし!」 「月ちゃん、えんどう豆おいしい!」 「お、まーじでー。やすとし君、梅干しのお握り。」 「・・・手でつかんで食べるの?」 「あ、御手水借りる?」 「えー?少しくらい手ぇきたなくても食べれるよー。」 伊月が適当に腰かけた材木に広げられたのは豌豆の胡麻和えや蕨と切干の煮つけ、報連相のお浸し、小芋の煮っ転がしは伊月が作った。食卓の準備を手伝って、意図的に今日のために余らせた分は許される限り弁当に詰めたのだ。親の無い子供は時折今吉のアパートを訪ねてくるのを伊月は知っている。うっかり最中だったことが一度あって、子供たちの認識としては『月ちゃんは今吉おじさんのお嫁さん』である。あれはこころを抉られる。 康利少年は土がぱらぱらと落ちる手を伊月が手拭いで拭ってやれば、うん、と少し唸ったが握り飯を一つ取った。 「あ、そういえば当たりは玉筋魚の釘煮が入ってる。」 「月ちゃんおそい!」 「当たりあるの!?」 「うん、一個だけ。どれだっけ。」 「ちょおお!弁当ワシのん残しとってゆうたやん!?」 「あっ、俺も食いそびれたんだけど!」 爪楊枝で小芋を摘まむが、やはり少々物足りない。 「で、花宮は?」 「めっちゃキレとった。」 「ですよねー。あ、時間平気か、お前ら。」 「あ、やべっ、おれ廃品漁ってこなきゃ!」 「廃品?」 「配給って今日どこだっけ?」 「月ちゃん、妹あずけていい?わたし今からちょっと行ってこなきゃ。」 「ん、いいよ。」 薄汚れた産着の中の子供はかなり強い力で伊月の指を握って来るので、思わず顔が綻ぶ。じゃぁね、と少年少女は立ち去って、康利少年は取り残された。 「廃品、どうするの?」 「ああ、瓶集めて酒屋さんに持って行くとお金と交換で来たりする。」 「配給って、・・・。」 「あの子は戦争でお家がなくなってね。配給の水増しでお金や物を貰ってる。他にも色んな事情は沢山あるよ。」 ねぇ、なんて赤ん坊に笑えばきゃきゃと笑う。赤ん坊の笑顔は自衛の為なんやで、なんて言いながら今吉はその搗き立ての餅のような頬を突くと歯が生える直前で歯茎がむず痒いらしい赤ん坊はその指を遠慮なく齧った。 「・・・赤ん坊って理性無いですからね・・・。」 恥も外聞も無く食われた指に悶絶している今吉に、呆れたように伊月は言いやって、短い髪を撫でる。 「まこっちゃんに事情は話しといた。」 「それはどうも。やすとし君、その服は汚しちゃっていいから、時間になるまで遊ぼう。君は頭の良い子だ。だからこそ、俺はここに君を連れてきた。楽しいだろう、ここ。」 楽しい、というには少し違う。体験したことの無い下町の世界や事情。 「しんせん、です。」 怜悧な切れ長の目は一度瞬かれてから優しく笑う。弁当箱の片づけを今吉に任せた伊月は、赤ん坊を抱えたかいなを揺らしながら、そうか、と。 「新鮮、いい言葉を選んだね。」 昼の時間が終わればまたぱらぱらと子供たちは集まるが、午後の仕事に半分は減る。球を投げたり泥団子を作ったりと夕刻まで子供たちは無尽蔵である。 「月ちゃん、シュート入んないー!」 「あらま。翔一さん、この子お願いします。そろそろあの子帰ってくると思うんで。」 「ちょっ!?待って待って!」 「抱っこするひとが慌てると赤ん坊にも伝播しますよー。」 もうちょっと腰落として、腕で入れるんじゃなくって体で入れてー、なんて指導している後ろに、今吉の隣に康利少年は座り込んだ。 「いづき、って家、ぼく知ってる。」 「そうなん。」 「偉いお家なんだって、おかぁさまゆってた。」 「左様かぁ。月ちゃんにそれゆうたらあかんよ。口利いてくれんなる。」 「なんでっ!?」 「さぁなぁ。ワシにもそれは流石に解らん。でもなぁ康利クン?」 「・・・はい。」 改まったように名前を呼ばれて、少年は口が重くなった。 「月ちゃん、かっこええやろ。」 「っ!・・・うん!」 かくれんぼで直ぐに負けてしまっただとか、厳しい執事さんを言い負かしてしまっただとか、女中の話題の的になっているだとか、彼は随分と楽しそうに話してくれる。 「ほな月ちゃんまたー!」 「またね!つきちゃんっ!」 「月ちゃん、今度野球しよー!」 またね、と手を振って下町から路面電車に向かう途中、お、と伊月は振り返った。 「月ちゃん?」 「やすとし君、ちょっと失礼。」 「うわっ!?」 脇下から抱え上げられたと思ったら、そのまま肩車された。ちゃんと捕まってろ、と言われて視界が広く橙色の空に染まった。これも初めて見る風景だ。 「諏佐さん!青峰!」 「お、伊月。」 「誰のガキだそれ。」 「警邏中ですか?」 「こ、こんにちはっ!水谷康利です!」 「その護衛の伊月俊です。」 「仕事中か。」 「それはお互い様ですよね。進展ありました?」 短い会話で状況把握をしてくれるというのは本当に楽な話だ。今吉探偵事務所の古参さんだそうです水谷家、と伊月が補足すれば、ああ、と諏佐は納得したように頷いた。 「子供の事だと他人事じゃないっすからね。」 青峰の言葉に、まあな、と諏佐は聊か固い声音で述べる。彼には五歳になる息子がいる。 「つきちゃん、このひと達だぁれ?」 「お巡りさん。」 「警察さん!」 「水谷の御子息連れまわして大丈夫なのかよ。下町だぜ?」 「下町だからこそ、かな。こっちは翔一さんのホームグラウンドだし、子供の顔も俺は全員覚えてる。いなくなったらすぐ解る。」 「・・・成程。」 失踪した子供の共通項が更に明確になる。銀座のほうには私服警官が常に目を光らせているし、自主的に家に籠らせている。 「それならどうしてこちらへ。」 「孤児院があっただろう、向こうに。」 「ありましたね。花宮の情報だと誰も居ないらしいですが。」 「そうなのか!?」 そうなのかって、と憮然と伊月が延べれば、からころと聞き慣れた下駄の音がする。 「翔一さん、何かありました。」 「今吉。」 「月ちゃん、作戦変更。」 「え、はい。」 「ヤエちゃん、出勤してへんねて。」 「え!?」 ちょっとまて、と諏佐が口をはさむ。 「ヤエ?誰だ。」 「大震災で親の無い子で、赤線で飯炊きしとる子。十二歳や。」 「おい、それ・・・。」 「全く悪趣味な話もあったもんやで。諏佐、見当全部寄越し。」 乱暴な物言いに、諏佐は警察手帳を投げやった。いいのかそれ、と流石に青峰も目元を眇めるが、気にした様子も無い。 「月ちゃんは康利クンをちゃんと帰しておいで。執事長さんと知り合いでよかったな。」 「げ、俺そっちっすか。」 「情報、待ってんで。」 康利少年を抱き上げるようにして小走りで駆けていく後姿を見送って、どこまで解ったか、と諏佐は今吉を視線で責める。 「悪い事したらサーカスに売られる、ってあるやん?」 「訓戒だがな。」 「やったら、サーカスはひと攫いの隠れ蓑によぉないか?」 「・・・成程な。青峰、手隙を集めろ。場所は、旧水谷伯爵家本家だ。」 さすが、なんて今吉はその肩を叩き、因果応報、なんて言葉が脳裡を過るのを嘲笑った。 旧水谷伯爵家本家。この呼び名には色々と裏がある。まず、既に水谷家の跡継ぎ、水谷文貴は爵位を天皇家に還し、家を屋敷を売り払った。本家であるにはあるのだが、文貴を一人きりに、両親は不仲を理由に別居、姉は婿養子を貰って別の家に住む。そして屋敷の主であった水谷文貴伯爵は、現在英吉利で一人の実業家だ。なかなかに見事な屋敷は取り壊されずに広い敷地に残っており、嘗ての知人や友人は訪れることは無いが、主がいない筈の屋敷は信じられない程に綺麗だ。 花宮の部下が調査した所、内装は綺麗に保たれているとの事が出た。これは諏佐も仕入れてあった情報で、問題はその金がどこから出たのかだ。しかも時期はサーカスが訪れた時期とまるで一致する。 「胸糞悪いな・・・。」 事件の概要を記された紙面に目を通した伊月は、水谷家分家の小部屋で息を吐く。夕方からはまだ冷えるが、身分を明らかにして入る場所ではないだろう。しかし家に上着を取りに戻る時間は無い。文机の上に置かれてあった書類の傍にはヴェルベットのマスカレード。 「いい度胸じゃん。」 ベストの裏の隠しポケットにはナイフや少しの怪我なら対応できるくらいの道具はいつも揃えてあるので、持ち物はそれくらいでいい。顔を隠すように帽子を目深に被って夜道は夜桜を楽しむ酔っ払いが居るくらいの高級住宅街を伊月は歩く。そっと視線を上げれば、三橋家。そして彼らが良く野球の真似事で遊んでいた広い通りを挟んで水谷家。煉瓦造りの街道は街路樹の桜が白く輝いて月光を散らす。 「よォ。」 「・・・どう動く。」 「まずは下だ。ホールで競が二十二時開始。本番は日付が変わってから。」 「どこまで動いていいの。」 「何怒ってんの、お前。」 「・・・ここは、あいつの屋敷だ。」 「あいつにどんだけ黒い話があったとしても?」 「・・・いまなら。」 今なら、わかるから。震えそうに微かな声で伊月は告白する。水谷文貴に黒い噂があるのは知っていた。伊月家にいれば必要なくてもそんな話は転がってくる。遠い霧の国で黒い噂から解放されて笑う彼らの写真を見て、思う。 「あいつさぁ、根っこから華族とか御家柄とか苦手な性質してた、と思う。叶わない恋もあった。だから今の俺は解っちゃう。」 「この屋敷、壊すぞ。」 「・・・手紙で謝っとく。」 そこで花宮とは別れた。昔、まだ水谷の父母が仲睦まじくあった折りに伊月は何度かこの屋敷に遊びに来た覚えがある。 「そっか・・・。」 この屋敷、無くなるんだ。 今更になってこころがじわりと傷んだ。この裏口で若く女中長をしていた栄口はホットチョコレイトが好きだった。この勝手口では女中見習いの少女が、屋敷の主の気まぐれの慈善で拾ってきた二人で野菜を洗っていた。蝋燭の灯されている厨房の俎板には肉の塊が置いてあった。厨房の出入り口の横には半地下への階段があって、金臭くて生臭かったけれど、今ならわかる。あれは人間が死んでいるにおいだった。 ペンライトを起こして足元を照らした階段を下りて、さわりと空気の流れが変わったのに伊月は顔を上げた。 「ヤエちゃん?」 微かに呼んでみる。普段はぼろを纏っていた彼女だが、勤めに出るときは可愛らしくも上品な着物を着ていた。母親の形見だと聞いている。 「・・・つき、ちゃん?」 「みーつけたっ。」 かくれんぼの挨拶のように真っ暗な空間を照らしてやれば、そこにはぐったりと転がる数人の子供がいた。 「月ちゃんっ!」 「待って、縄解くね。」 パチリと刃を立てると結び目をきちんと見極めて切っていく。 「強くここを引っ張ったら取れるようにしておくね。これからちょっと騒ぎがあるけど、翔一さんが合図したらそのまま逃げて。」 「わかった。ここは?」 「高級住宅街。詮索は不要。走れるようにしときな。ここ、多分崩しちゃうから。」 全員の体調を調べて指示と、壁際に半分ほどの蝋燭が残っていたので火を付けようか迷った。壁に微弱に染みついている死臭に、発火、爆発の可能性が消えていない。 「大人が来ると思う。殺されることは無いから、逆らったりはしないで。」 「誰かいるのか!?」 廊下を乱暴な靴音が響くので、伊月は子供らの発言を指先で制し、仮面を耳に掛けた。 「下見、禁止されてはねーよな?」 にぃ、っと獣のように笑ってやれば、黒い覆面の男は仮面越しでもすっきりと整った鼻梁の青年に薄く笑った。 「そろそろ始まるぜ。」 「ああ、もう行く。」 そのまま覆面の男に着いていくのもいいのだが。 「ねぇ。」 媚を含んだ声音でその腕に指先を絡ませる。 「何だお前、そのケがあったか。」 絡ませるように引き寄せた腕で男の首筋に指先をやれば、覆面の向こうは低く笑った。背後から回った腕がこめかみを撫ぜて、そのまま容赦なく気道を絞めた。 「相手を選ぶ権利って、あると思うんだ。」 懐中時計を開いて時間を確かめ、崩落に巻き込まれて潰されても可哀想だ、と伊月はその体を引きずって庭の隅に出た。 マスカレードは立食パーティの形で始まっているが、見事なシャンデリアに電気は通っておらず、壁の蝋燭だけで薄暗くホールは照らされている。ダンスホールとして何度か使われていたのを伊月は思い出し、腰に回ってきた手に縋るように身を寄せた。何名か、警官が入り込むことに成功したようだ。 「どうした?」 「あなたたちは、こうやって生きて来たんだなって。」 うん、と首を傾げる気配に、首筋に擦り寄れば、くすぐったい、と笑われた。 まるで低俗な見せ物小屋だった。奇形の動物や赤ん坊、このような会合に物乞いに来るらしい芸人だってあった。とつ、と一つの革靴が石造りのダンスホールの床を弾いた。秒読み開始。 「ちょっと出てきます。念のため、勝手口の地下お願い。」 「どこへや。」 「・・・見たいものが。」 あるんです、とその言葉は轟音に掻き消された。花宮の考える事だ、効率良くも意地の悪い壊し方をするに違いない。伊月の記憶が正しければ、彼女の部屋は二階の裏庭側の一番奥だ。 「月、・・・っ。」 途端に騒がしくなって悲鳴の混ざったホール内で伊月は呼ぼうとした今吉のくちびるを己のそれで塞いだ。 「すぐ、戻ります。待ってて。」 喧騒の中、瓦礫が落ちる中で、伊月は仮面を剥ぎ取って綺麗に笑って魅せた。 壁がぱらぱらと罅割れて崩れ落ちる中を、鍛えた俊足が走る。裏庭に面した廊下は思った通りに一切の手入れがされていない。実に楽しそうに、幸せそうに彼は笑ったのだ。この廊下を走った事を。漆喰に蝶番は剥がれた。失礼、と心中で謝って蹴り開けた。埃や粉塵が立ち上って口元を腕で覆い、暗い中をペンライトで照らす。 「・・・っあった!」 部屋の奥の書棚には業務日誌、と書かれてあった。目当ての日付は冬の日。彼女が、叶わぬであろう恋に身を焦がして書き記した文字。 《廊下は走らないように、指導徹底。》 そしてその隅、紙が古くなって少々判読しづらいが、そこには間違いなく。 ここから持ち出す事なんて出来ない。彼らの思い出を、踏み荒らす権利なんて無い。ただ、知りたいのはそれが本物かどうかだけ。 「ありがとう。お幸せに。」 書棚に戻す暇はない。広い屋敷は廊下を戻る時間も無かった。伊月の行動を読んだように残されたのは、廊下では無く窓だ。椅子を投げて硝子を割って、裏庭に顔を出せば、散り散りに逃げようとした連中を警官隊が取り押さえて拘束しているのを確認できた。広い屋敷だが、天井の高さは標準的な日本家屋と変わらない。迷う暇も無く桟から硝子を引き抜き、手をかけた。 「月ちゃんっ!」 鷲の目が見つけた広げられた腕に素直に飛び込めば、伸び生い茂る芝生に転がり込む。 「翔一さん、凄い!」 「ちょ、月ちゃん苦しいてー。」 「ねえ、言っていい?言わせてください!」 伊月、怪我ねぇ、と子供の安否を確かめに行って帰ってきた花宮は、そのまま二人を確かめることも諦め、去った。背後では屋敷が崩れきった、酷く重い音がしたが、鈴を転がしたように笑った声音は、幸福の熱に浮かされるそれだった。 「翔一さん、俺を攫って!」 数日後、幾つかの華族や士族の家が取り潰されたと花宮からの情報があって、諏佐からは行方不明になっていた子供があちこちで解放されたと報告に来た。 身体を二分されたマジシャンの動向をはらはらと見やる少年を挟んで、掠れた単に中折れ帽を被った男は教えてくれた。 「ねえ、あれどうなってるの、つきちゃん!」 「手品は騙されるんを楽しむモンやぞ、坊主。」 「坊主ちがうし!あ、くっついた!すごいー!」 ジャグラーがピンを遊んで、頭上を空中ブランコのピーターパンが飛べば、獅子の咆哮を鞭がぴしゃりと黙らせる。 「ライオン、初めて見た!」 「そうなの?上野行きそびれたなぁ、そういえば。」 「つきちゃん今日で終わり、なんだよね・・・?」 袖を引かれて康利少年がくちびるを尖らせるのに、伊月は少し微笑ましい。 「それはどうかな。俺に会いたかったり頼み事があったりしたら、すぐに翔一さんの事務所に電話するといい。」 「ちょぉ、ワシ逢引の手伝いとか嫌やけど?」 「いいじゃないですかー。お仕事増えるかもしれませんよ。」 「何でつきちゃん女の子じゃないのかなぁ。」 思わぬ発言に、伊月も今吉も噴きそうになった口元を抑えた。 「女の子だったら、そのままおれの許嫁にしちゃうのに。」 彼の一人称は、伊月の影響か、すっかり変わってしまった。他にも大人しい印象が伊月といると案外豪快に笑うようになったりして、どうやら反抗期に女主人や使用人が手を焼くことになるであろう日々も目前だ。 「それともホーリツかえちゃおうかな・・・。」 「いやいやいや、そんな法律ころころ変わったらお役人さん大変やん。」 「役人は苦労してナンボだと思いますけどね。」 「若松に聞かれたらシバかれんで?」 「ごめん若松。そういや奥さんの出産祝い、贈ってないんじゃないです?翔一さん。」 「出産いわい?だれか子供?」 「うん、お役所のひとで、よくお世話になるんだー。何が良いかな。」 「乳母車は?」 「それはもうあるでしょうよ。」 わあ、と歓声が上がったのは、火の輪を獅子が潜ったから。道化師が大きな球の上にまたジャグリングを披露して、拍手を集めている。 「歩き出す頃ですから、靴と服ですね。」 「あ、叔父さんが、仲沢さんがいいよって。」 「へ?」 「え、絶縁してんちゃうん?」 「表向きは。ひとの縁が簡単に千切れるものじゃない、って事ですね。」 サーカス団長の、またお会いしましょう、と消失マジックと共にテントの幕が上がって、春の光に目が眩む。 「つきちゃん、りんごあめ食べたい!」 「お小遣いと相談して?」 「うー、うん・・・。」 「翔一さん・・・が林檎飴ってちょっとシュールですよね。」 「あ、いちごあめある!つきちゃん!」 「アプリコットジャムいいなぁ・・・。」 「まこっちゃんも杏好きやで。」 「じゃあ買っていこう。林檎飴にする?苺飴にする?康利君。」 「いちご!ふたつしてあるから、いっこずつ!」 「まじで。じゃあ半額出すねー。」 ほのぼのとサーカス団がテントや出店を広げているその公園は、様々な人生に今日も満ちている。どうやって躾けるんだろう、あの人体切断トリックは、なんだかんだで道化が一番凄かった。ベンチに子供を挟んで並び座れば、良く晴れた春の陽向にぽかぽかと暖かい。 「つきちゃん、はんぶん。」 「ん、ありがとう。」 「月ちゃん・・・。」 「なんすかー。あ、晩飯どうします?」 「月ちゃんがええ。」 「そんじゃ俺、直帰ですね。」 「すいません失言です許して下さい。」 遣り取りも、取り巻く空気もいつも通り。そうして康利少年を水谷家に届け、これで今回の依頼は晴れて終了だ。 「本当にお世話になりました。」 「いえ、こちらこそ楽しかったです。ただ、口悪くなったりしたら完全に俺の責任です・・・。」 それは、と笑った女主人は、弟のひと懐っこい笑顔と似ていた。代金は小切手で支払われ、契約時より零の数が多いのを伊月は目ざとく発見してしまった。こころばかり、というには多すぎるだろう。 選抜中等学校野球大会は広陵中等学校が優勝した。 少々加筆された手紙には桜の押し花で作られた栞を同封。仕事が入って野球のラジオ放送がきちんと聞けなかったのは悔しい。彼の姉の事は書かずに置いた。代わりに、友人に赤ん坊がいるのでよければ仲沢家の持つ被服職人を紹介して頂けないだろうか、とは書いた。 「いつかまた、会おう。」 ス、トン。 夜桜に囲まれた夜闇の中でも鮮やかな赤い円筒に、少し硬めの封書が落ちて、鳴った。 「よし、ちょっと愛に行こうかっ!」 夜中であるのに行ってきますを告げて二十分。 こんばんはを告げるまであと三十分。 驚いた顔からくちびるを奪うまで三十二分。 真夜中だというのに掃除を迫るまで三十五分。 こころもからだも攫われるには相手次第。 とある波乱の恋物語を寝物語に、眠りに落ちるのは六時間後。 今吉探偵事務所、明日も変わらず運営予定。 仕事が無い事が一番の平穏であると、気付いて今日も幸いだ。 |
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久々に糖度高めの描いてみたいなって思った結果がこれだよ!!というわけで後編です!てかこれシリーズ何本目になるの?■タグありがとうございます!お待たせしてましたっ!「脱ぎやすい季節になってきたからって女性が簡単に脱いでは駄目ですよ!」を地で行く月ちゃんです。ちょ、確認してみたら49本目じゃないですかやだー!次回は50回記念ですね・・・何かご依頼があればぜひどうぞー!w実は新章突入導入編ですこれ。ちょっと伏線回収中とイメイラでリクというか疑問頂いてる今花の過去話小出しにしつつwww(4/2■「月ちゃんが空から降ってきた!」てことでいいですかねwタグありがとうございます!!(4/3
2013年4月1日 19:49初出。
きっとこれから、伊月と水谷は邂逅するかもしれないし、しないかもしれない。そんな二次創作の醍醐味。
20130516masai