「ズロース一丁。」
「は?ズロース?」
「ズロースイチョ。」
「なんなん!?若い子の間で下着の名前連呼するん流行ってんの!?」
赤司に連れてこられた大きな煉瓦造りの館の玄関で、そんな遣り取りが交わされているのに、今吉は若干混乱した。
「今のは露西亜語だよ。こんにちは、ってね。俊さん、プリクラースナ。」
「専攻は独逸語だからちょっと頼んないよ、俺。でもまあ、スパスィーバ。」
そして目の前には、プラチナブロンドに紫の瞳の、所謂「異人」が控えめに笑っていた。
「さて、イヴァン、村上はいるかな?」
「ハイ、ご案内いたします。」
「おお、日本語達者やねんなぁ。」
「五年くらいじゃないかな、ここの前の家主に引き取られてね。今の家は居心地がよくないから、近々亜米利加の青年実業家に引き取られるそうだ。」
「そらええご身分で。」
広々としたエントランスには二人の男が立っており、赤司に向かって深々と頭を下げた。
「こちらは今のこのお屋敷の名義人、岡本清志さん。それから、弁護士の村上雄三さんだ。」
「あ、よろしくお願いします。」
「よろしゅう。」
二人とも、特に村上は上等ではあるが決して華美ではない着物に羽織の赤司に尊敬と恐怖の入り混じった視線を向けているが、岡本のほうは、と注意を向けて驚いた。顔だけでなく、覘く素肌のあちこちをゴムのマスクやテープで覆っている。
「戦地で怪我をなさってね、奇跡的に生き延びたけれど、二目と見れない姿だそうだ。普段からずっとマスクを被ってる。ま、そういう意味では見分けやすいかな?」
僅かに見える髪の生え際は赤く爛れており、それは大変でしたでしょう、と伊月は眉を下げた。




今吉探偵と伊月助手と露西亜館殺人事件。前篇。













さて、数時間ほど遡る。場所は今吉翔一が営む、帝都の一等地にある今吉探偵事務所だ。
「今吉―客だと伊月がー。」
ノックを一回。返事を待たずに入室してきたのは赤司征十郎その人で、遅れて伊月が面談室のソファに腰かけた赤司の前に、上等な玉露を用意した。他の客はコーヒーだが、赤司に限っては玉露を出すのが恒例だった。
「返事くらい待ってんかー。あと、勝手に座るな。月ちゃんもお茶出さんでええて。」
「だって、珍しくご依頼ですから。」
「は?」
上等な湯呑に両目で色の違う彼は目を細め、伊月に礼を言うと、対面のソファを勧め、土産にと持参したコーヒーゼリーをひとつ伊月に手渡した。ここで食って一緒に話を聞け、ということだ。
「え、俺も・・・?」
「うん、ちょっと面白いことがあって。」
「赤司の言う、おもしろい、の意味が解らない。」
「interest。興味深い、のほうがいいかな。ちょっと助けるつもりはないかな?」
「生憎慈善家ちゃうからな、ワシ。」
ずるずるとブラックコーヒーを啜りながら、今吉は所長デスクの木目をなぞった。さっきまで暇だ暇だと伊月にセクハラまがいの言葉で遊んでいたのはどこのどいつでしたっけー、なんて伊月は考え、頂きます、と赤司に頭を下げて、所長室カトラリーからスプーンを取り出し、コーヒーゼリーを一口。
「岡本秋水って知ってる?」
「ん?岡本は仰山知っとるけど、岡本秋水は一人しか知らんな。旧露西亜大使館引き取ってそこに住んどったじじいやろ。」
「そ。先月死んだけど。で、遺産めぐりの相続人が此間死んだんだよね。面白いと思わない?」
「全然おもろない。」
「えっと、遺産相続争いが殺人まで発展してしまった、という?」
「流石俊さんは話が早い。死んだのは秋水の長女、晶子。着物の紐に首を括られて死亡。警察の判断だと自殺らしいけど、どうかな?」
ぱらり、藤色の袂から数枚の写真がテーブルに散った。伊月は眉を寄せ、写真に視線を落とす。
「不自然ですね。」
「月ちゃん・・・。」
「絞殺か扼殺かの判断、この写真では付きかねますが、紐を括った部分が右顎下にあります。これじゃぁ定型縊死による首吊りの明らかな偽装ですよ。非定型縊死には稀に見られますけど、定型縊死の場合はロープの場所はシンメトリーになるはずですから。」
数枚のモノクロ写真を見比べながら、淡々と述べ行く姿は医大生という肩書を十二分に発揮している。赤司は黙って頷き、今吉は頭を抱えた。
「折角だから、面白いものを見せてあげようかと、思ったわけさ?」
どうだい、と笑った赤司に、どうせ拒否権なんぞないんやろ、なんて今吉は呆れたように言い放った。
そして当日、黒い学生服に黒いインバネスコートと、絣の単に寄れた袴姿の二人が、赤司家の馬車に連れられて来てしまったわけだ。
「遺産って具体的にはどんくらい?」
「長野山麓における別荘周辺の土地と山、帝都ではこの屋敷とその家具、あとは金銭ですね。」
弁護士の村上は赤司の姿を見てから汗を拭いまくっている。エントランスから奥に進んだ扉は廊下が広々と進んであって、岡本清志の開いた扉が居間のようだ。本日の来客を知らせてあったのか、皆が揃っているとのこと。
一番手前には、上等な振袖を着た女、秋水の次女、章子。その少し奥には来客中にも拘らず煙草を吸う次男の光次。長身の女性が微笑んで、清志が隣に立つ。嫁のめぐみ。そして、奥には落ち着いた色合いの着物の、半ば白髪交じりではあるが、随分と艶のある女性、秋水の愛人、スガである。
思い思いに場所を取り、寛いでいる様子ではあるが、赤司の姿を見て緊張が走った。
「赤司、お前、岡本さんに何したん。」
「言いがかりは止めませんか、今吉さん?」
「ごめん、今ばっかりは翔一さんに同意。」
村上が頭を下げて一歩下がると、その後ろにイヴァンの姿があった。
「こちらはイヴァン・パルィキン。秋水様が露西亜遠征に行かれた際に見つけた孤児でございます。」
「よろしくお願いします。」
プラチナブロンドは窓から射す光にきらきらと、フランス人形のように輝いた。きれいだなぁ、と言うとも無しに呟いて、月ちゃん、俊さん、と窘められた。
「それから・・・。」
各々の紹介が済んだ後、使われていない暖炉の前に二人は立たされた。
「この、人形なんですが・・・。」
「マトリョーシカやね。」
ふうん、と今吉は顎に手をやって、ぱちっと瞬いた。
「この人形がどないしたん?」
「そ、れが・・・。」
すっと足を運んだのは次女の章子だ。
「晶子お姉さまが首を吊った足元に、これらのひとつが、首に縄を掛けられてころがっていましたの。」
ほう、と今吉が眼鏡の奥で目を開いて、厄介やな、と唇を動かした。
「あとそれから、父さんの葬儀の時から一体が行方不明で。」
「ね、面白いでしょ?」
「黙れとっちゃん坊や!」
はっはっは!なんて笑っていない笑顔で笑いながら赤司の頭をぐしゃぐしゃと撫ぜる。というより鷲掴んで揺すった今吉は、どない思う、と伊月に視線をやった。今の段階では、と伊月は浅く首を振る。
「それじゃあ僕はこの辺で失礼するかな。あとはこの二人に任せるといいよ。」
なんて乱れた髪も爽やかに整えて、その年齢不詳の青年は部屋を出て行った。村上は慌てて追おうとするが、結構、と手のひらひとつであしらわれていた。
「えっとー、ほな早速やけど、警察とかの真似事させてもらう、私立探偵の今吉翔一です。ま、あんじょうしたって。で、こっちが助手の。」
「伊月俊です。よろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げれば、はい、とお辞儀を返してくれたのはスガだった。
「お部屋もご用意してあります。赤司さまのご紹介ですもの。こちらも出来る限りのお手伝いはさせて下さいな。」
「おおきに。奥さん。」
下駄の音は上等な絨毯に吸われ、伊月は岡本家のそれぞれに丁寧に頭を下げた。
通された客間は洋風の、大きなベッドが一つ、広いテーブルとは別に壁際にドレッサーや机もあった。伊月は荷物を整え、お好きにお使いくださいと言付かったクロゼットにコートを仕舞う。寝巻はとりあえずベッドに置いて、テーブルには真っ白な紙を広げ、事前に入手しておいたこの家の見取り図も広げる。窓の外には全室の窓を通っているらしいバルコニー。ここは二階だ。
一階にはリビング、ダイニング、和室とあって、和室の前には広い庭がある。ダイニングに繋がる調理場には男女問わず多くの使用人がいるが、今は半分ほど暇に出しているという。そして風呂場と洗面所。
二階には私室があって、客間はそれから少しだけ離れた場所にある。客間は洋室だが私室はそれぞれが好きに改造してあるらしい。
壁の素材は多くが煉瓦や漆喰。屋根は吹き抜けのエントランスと外観から察するに、所謂たまねぎドームに近いだろう。元は露西亜大使館だっただけの事はある、といったところか、アーチ模様が綺麗だった。自宅が純和風建築の伊月には珍しいものばかりだ。
「お、やっぱつながっとった。」
コン、と窓を叩く手に、物差しと鉛筆を走らせていた伊月は顔を上げる。
「その作業は後でええから、先に談話室で話聞こか。」
バルコニーから窓を開けてやってきた今吉に手を引かれ、談話室と書かれた、リビングの真上に位置する部屋で、岡本一家、イヴァン・パルィキン、村上弁護士が待っていた。
「ほんなら最初っから。秋水さんの死因は?」
「あ、・・・の・・・。」
スガが言い淀むような気配を見せたので、お客様の秘密は守りますよ、と伊月が首を傾げたら。
「腹上死・・・でした。」
なんて、とんでもない返答が返ってきた。
「あの、あの、心臓麻痺ということで死亡届は提出したんですが、どう、しても・・・。」
「そりゃぁ・・・言い出しにくいわなー・・・。」
ぽりぽりと後ろ頭を掻いた今吉に突かれ、伊月は我に返った。
「医学的には無いことも無いです。アブノーマルプレイ中の事故も多数報告されてますし、阿部定なんかまさにそんな・・・。」
「なにゆうてんの月ちゃん帰ってきて!!」
「・・・いえ、でも実際にあることですから。幸せすぎて死んでしまう、寂しくて死んでしまう、悲しくて死んでしまう、というのは。要するに脳と体の容量越えです。」
「キャパシティオーバーちゅうことか。」
「ですね。あとは、晶子さんは誰に殺されたのか、というのが目下の解決かなと。」
それなんですが、と立ち上がったのは村上で。
「この家は秋水様の意思で、昼夜を問わずに厳しい警備があるんです。言いますのも、この屋敷にあるものは全て大使館時代からの名残が多く、高値で売れてしまうんです。」
そうやなぁ、と今吉が手に取ったのはチェストの上の置時計だ。
「これなんか黄水晶削って時計はめ込んどるしな。客間も一通り見せてもろたわ。あのドレッサーだけでもちっさい一軒家が建つ。」
「はい、なので、言いたくは無いのですが・・・。」
「犯人はあんた含めた、この家の誰かやな。」
「・・・っそう、です。」
村上の経歴は、赤司に問い合わせたところ、元は秋水の顧問弁護士で、現在は遺産相続の担当をしているという。
「ほな、いっちょアリバイ確認と行きますか。晶子さんが殺されたのは。」
「八月三一日の午前九時に発見されてますね。第一発見者は清志さん。」
これも前もって青峰から取り寄せた情報だが、全員の視線がその白いゴムマスクに集まって。
「死亡推定時刻は午前五時から七時の間。」
「随分狭いな?」
「夏場ですから。・・・皆さんは何をしてらっしゃいましたか?」
最初に口を開いたのは、第一発見者。マスクや口内の古傷が邪魔をするのか、少々聞き取りにくい。
「五時といえばまだ寝ていました。それから六時には身支度を整えて、・・・私はこんな格好ですから、外に出るまでの時間がかかります。皆より少し早くに起きまして、そのままダイニングへ向かいました。いつまで経っても姉さんが起きてこないので・・・。」
「その傷の事、聞いてもええか?」
「あ・・・はい、あの、私はアッツ島にて兵士をしておりまして、火炎放射器で、その・・・。」
「ん、すまんな、おおきに。」
手帳に書き込んでいる伊月が目を向けたのは、その嫁であるめぐみだ。清志は岡本家の中で唯一の妻帯者である。秋水は早くに妻を亡くし、スガは所謂妾である。
「私も、清志さんに少し遅れて起きて、そのままダイニングへ。なかなかお義姉さんが起きてこないなぁと思っていたら、清志さんが見てくると言って。」
「ほな、光次さん。」
相変わらずぽかぽかと煙草を吹かしている彼は、眉根を寄せて。
「朝飯は八時って決まってるんだ。俺もいつも通り、七時ごろに起きてダイニングに降りた。」
「時間を決めたんわ?」
「おやじに決まってるだろ。」
「そう、ね。時間には厳しいひとだったから・・・。」
悼むようにスガが俯いて、晶子さんも、と呟いた。
「あとは、章子さんとイヴァンさんか。」
「あたしも光次兄さんと一緒。晶子姉さん遅いなーって。」
「僕は、その日は・・・。」
言い淀んだ異国の青年に、ことりと首を傾げた伊月は、はい、と返事で促した。
「朝早くに目が覚めて・・・庭を散歩していたら、何か倒れるような音がして・・・。」
「聞いた?」
「あ、っでも晶子さんの声が聞こえたとかじゃなくって、あの・・・すいません・・・。」
なんや桜井思い出すわ、なんて今吉は昔の後輩の謝り倒す姿を思い出しながら溜息を吐いて。
「村上さんは毎朝、朝食が終わる頃に着はるそうですね?」
「はい、その日も時間通り、十時にお邪魔いたしました。それからは泊まり込んでおります。」
「なんで泊まり込み決めたん?」
「リビングのマトリョーシカにあります。」
今吉の疑問符に、村上は迷いなく答えた。
「秋水様が亡くなった日に、一つが消えました。晶子様の首を吊った足元に、首に縄をかけられた一つが転がっておりましたので、これは不自然だと思い。」
「まあ、賢明やな。」
「とりあえず、部外者が来たその日に事件を起こそうなんで考えは普通しませんから、今夜は熟睡できるかな。」
言うとも無しに呟いた伊月の声に、全員の方から荷が下りたような、そんな溜息が聞こえた。外は夕刻の迫る、ドーム天井を真っ赤に染め上げていた。
「よっしゃっ!」
流石に個々の部屋まで見ることは出来ないが、廊下の距離感や共有のリビングやダイニング、洗面所に風呂場、それから万が一でも部外者が無言で入ってもばれない厨房も全部観させてもらって、伊月の館内部地図は完成した。あとは庭である。広い庭には露西亜式の庭園や和風の芝や山水もあり、そこは特定時間になると庭中に張り巡らせたホースから噴水されて、という仕組みらしい。主に女中や気が向いた屋敷の人間の仕事のようだ。
「メイドさんの制服って禁欲的やんな。」
「真面目に仕事しないなら帰りましょっか。」
「学生服っちゅうのも禁欲的やんな。」
「部屋に帰って寝ろ。」
そんな連れない言葉でも、伊月は今吉に逆らわない。枕が変わると眠れない、という訳ではないが、気に入らない場所では眠れない、要は偏食なのだ、この男は。
「さて、不完全ですがクローズドサークルですね、この屋敷は。」
「そやなー。あ、ええ匂い。」
「シャンプーですかね。花の香りだ。」
テーブルでの作業からベッドに移って、お互いの髪に鼻先を擦って少し笑った。
「んっ。」
浴衣の袷から白い肌を舐めた指先がつんと乳首を引っ掻いて、伊月の肩が跳ねた。入口と窓は施錠済みで、防音もある程度は確かめた。口吻けはすべらかな肌の味がした。ねっとりと口の中を嬲ってくる相手の胸元に手を置いて軽く押せば、不満そうに眉根を寄せた今吉がいる。
「しつこい。」
「うん、ちょぉkwskゆわれたらせなあかんかなーって。」
「メタ発言禁止!」
「メタは究極のメタやで、俊。」
眼鏡を取っ払って、やわらかいベッドに押し倒されれば、ぱらりと裾が乱れてその内腿を、明確な意思で撫ぜた手に、腰の奥が重くなる性感を、伊月はぎゅっと目を閉じて耐える。半ば形を変えた欲を握り込まれて腰が跳ねた。
肌蹴た胸元に唇を落とされ、舐められて、鎖骨の下の凹みをぢりを吸われた。真っ白な肌に真っ赤な華が咲く。
「あと、やめて・・・。」
「欲しそうやのに。」
くつくつと、嗤う声音は手当のようにそれを舐め、舌先で胸元を辿って、噛んだ。
「ひゃんっ!」
男にだって乳腺はあるから刺激されれば感じるし赤く勃ちあがるのは生物学的な常識だ。それでも自分がそんな体験をするなんて、今吉に抱かれるまで伊月は思いもよらなかった。
「まっ、あっ、いきな、り!」
先から潤んだそれを掌になすりつけると、点けっぱなしの蛍光灯の下に液体を反射して随分と淫猥だ。帯を解かれて肩から布地を落とされて、扱く手に縋る。爪を立てる。
「しょ、いちさ、まって、まってぇ・・・っ。いや、でそ、う。」
「大人しぃに出しとき。」
「あ、ぅあ!」
ちゅる、と臍を舐められ、ぶるっ、と白い、無駄な肉の無い足が震えた。切れ長の普段は凛々しい目元は蕩けて黒い瞳は潤み、赤い舌が誘うように揺れたので、遠慮なく応じた。薄い舌が必死に追い縋って来るのが可愛らしくて、逃げて、捕まえて、吸った。んう、と喉が歓喜に啼いた。
後孔に白い液体を絡ませて、入口を解し、いつもはこの瞬間だけは申し訳がないと今吉は思う。差し入れた指先は違和感でしかないだろう。苦しそうに呼吸を返す白い肌を舐めて慰めて、赤い唇には優しい口吻け。
「翔一さん、だいじょー、ぶ。」
ね、と小首を傾げるような仕草で呼ばれれば、くるりと指を回して膨らんだしこりを擽ってやる。鋭く甘い悲鳴が上がる。
「ん、ええ子。」
黒い、さらさらとした髪に指を通し、そこにぐいと半ば強引に滑り込ませ挿入する。ふるりと痩身が触れ、はっ、とあつい息が零れた。
「俊。」
「あ、しょういちさ、ん。あぁ、ア!」
飲み込むように中がうねった。吐精は無い。息を詰まらせ、湧き上がる衝動を、花色に咲いた体の中に抑え込むように伊月は身をくねらせ、今吉の腕に、肩に縋った。
「早いで?」
「むり・・・しょーいちさんの、きもちい・・・。」
胸元にすり寄ってきた頭を抱き寄せ、ぬるりと引き、ずるりと押し込む。
「あっ、は、ぁんっ。んっう、あ、あぁあ、しょ、いちさ、翔一さんっ!あっア!」
女のように喘ぐ自分はいつまで経っても慣れないくせに。
「かわええ。」
その静かな声が、本当に恋しい愛しいと叫ぶから、女のように乱れて脚を相手の腰に回して、爪痕が残るくらいに強く抱きついて、噛みつくように口吻ける。
「も、やっ。翔一さん、たすけ、ゆるしてっ。」
撹拌して、一番感じる所を何度も何度も突き上げてくるから、身体は相手に支配されている、そんな感覚に陥って許しを請えば、もっと強くに抉られる。
「あ、あ、あ!」
「俊、ええよ?」
「いや、だめ、だめだめだめ!」
乱れた黒髪にやさしく唇を落として、ごりっと最奥を叩いた。とろとろと白い液体が零れ落ちてまた伊月の腹を汚す。
「翔一さん、いって。」
ぐずぐずに蕩けた思考と腹の中で、伊月は囁いた。低く呻くその声が、彼は好きだった。脳髄の奥まで浸食される、壊される。腹の中の熱く震える感触が心地よくて、それでも余韻の中で落ちてくる汗に感じて甘く啼けば、べろりと口元を舐められた。獣みたいだ、と思った。
ざっくりと汗で張り付いた前髪を掻き揚げて見下ろされれば、本能的に伊月の身体は震え、縋っていた手から力が抜けて、ベッドに滑り落ちた。
「・・・翔一さん、・・・?」
「俊、ちょぉすまんな。」
ぐいと腰を持ち上げられる。力の入ら無い体が不安定に揺れ、思わずシーツを掴む。膝が頭の横に降りて、挿入されたままの肉塊は角度を変えて中を擦りながらまた張れた。
「やっ、これやだ!翔一さん、待って!」
ぐいと軟肉をさらに指先が広げ、こぽりと白濁が溢れ出た。
「もう、むり・・・っ。」
「どこが?」
ずぷん、と出入りするそれを眼前に突き付けられて、つま先がきゅっと丸くなる。その指先を今吉は丹念に舐め啜って、薄く残った傷跡を吸われて伊月は泣いた。
シーツに美しい黒髪を散らして、壊れた涙腺からぼろぼろと涙を落とし、首を振って快楽に喚いた。
「やっ、しょ、あ、あぁあ、ん。ふあっ、あ!あ!あーあっ。ああん!」
「ほら、まだ欲しいて。」
「おねがっ、しょいちさ、あん!も、らめっ。しんじゃ、う・・・っ。」
「いっかい小さいに死んでおいで。」
残忍に囁かれた声に、びくんと大きく撓った体が強く今吉を締める。女の膣のように、絞る様に蠢くのだ。悲鳴のような嬌声とうつくしくも乱れた様に、ぞくりと背筋を食まれる。
「眠る暇、あるんか?」
ずりっと擦られた前立腺に、伊月の眼から涙が散った。
「ゆるしてぇ・・・っ!」
散々責め立てられて意識を飛ばした後の処理は、もうちょっと我慢し、と立てない膝で今吉の肩に縋って、手拭いの上でまた孔を弄られる羞恥に悶え、今なら本気で死ねます、という若干本気の軽口に、俊に死なれたらワシ寂しい、なんて泣き真似が返ってきたのでイラッと来た。
「翔一さん、部屋帰って下さいよ。」
「なんや、月ちゃん連れへんの。」
そんなこんな言いながら、汗が冷える体を抱き合って、朝までゆっくりと眠った。
朝食には全員揃っており、二人は顔を見合わせて安堵の息を吐いた。昨夜は少し盛り上がりすぎて、周囲を見る暇がなかった訳だ。
「伊月さん、一緒にお庭へ行きませんこと?昨日見たがっていたでしょう、案内しますわ。」
年のころは丁度適齢期。伊月はまたか、と思ったが口にも顔にも出さないで、視界の端に頷いた今吉が観えたので、案内してもらった。
季節の花が花壇に植わった庭園は、実に新鮮だった。和風庭園のほうは山方面に向かって作られており、遠くの山々が借景の要領なのだという。
「ほら、これ。」
「どれです?」
「この蛇口を捻ると、日本庭園とこっちのお庭に水が降るの!今の天気だと・・・あ、光次兄さん!」
よく晴れた真っ青な空と太陽の位置を見て、章子は同じく庭にいた兄を手招いた。
「私の力じゃ捻れないの。兄さんお願いよ。」
手のひらを合わせて笑った妹に、明らか面倒臭そうだったが、光次は煙草を咥え直して蛇口に手を伸ばす。
キ、と少しだけ緩んだ音に、ふっと広がった香りに、伊月は眉を寄せる。
「あの、光次さん・・・。」
「ほら見て伊月さん!」
ぶわりと舞った水滴に虹が出来、そして火達磨が出来た。
「い、やああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「光次さん!!」
ひゅっ、ひゅおっ、と風に巻き込まれて水を吸った空気が火を巻く。
「あ``あ``あ``あ``あ``あ``あ``あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・っふっ。」
伊月は学生服から素早く腕を抜き、光次に纏った炎を叩き消す。ひゅっひゅっひゅと繰り返される弱い呼吸には、助かる見込みが無いと、瞬時に伊月に悟らせるには十分だった。
「章子さん!医者を!早く!」
それでも放置なんて出来るか。服は焼け落ち、一部の筋肉は炭化し、脂肪は泡立ち、特に火元になった口元は歯が剥き出して、瞼も焼け落ちて前髪も無い。
「光次さん!聞こえますか!!」
ぐっと身を丸めるようにした彼の、その前に、伊月は膝から崩れてしまった。警察が来て、煙草の煙が着衣に落ちたことによる事故として、岡本光次の死亡は処理された。
「庭の図面、出来てます。」
学生服は焦げて着物の機能を果たさなくなった。それをハンガーで壁にかけて。シャツにスラックスの恰好で、ベッドに腰掛けて項垂れている様子に今吉は頭を掻き、その薄い肩を抱いた。
「月ちゃん。」
「もうちょっと、だったんです。」
もう少し、もう少し注意喚起が早ければ、彼はあんな事にはならなかった。
「俺のせいだ。」
「ちゃう。」
「もうちょっと、注意してれば!」
「ちゃうよ、俊。最近は庭の水撒きは光次さんか女中に任せとった言うし、事故みたいなもんや。」
「違う!」
顔を上げた伊月の頬は、涙で濡れていて、それを今吉は真っ直ぐに受け止めた。
「ああ、事故やない。ホースの中の水が、灯油に入れ替えられとった。もう蒸発して証拠にならんけんどな。」
「翔一さん。」
切れ長の瞳がまるく見開かれ、かちかちと歯の打つ音がする。
「何で、助けられ・・・なかった、んでしょう・・・か。」
「ワシに聞くな。」
「っ翔一さんなら助けられた!」
「ええ加減にせんとしばくで。たられば言うたらキリないわ。お前はお前の役割で外に出た。ワシもワシの役割で話しよった。あれが最善で、そんで結果や。あれが結果や!」
死に様が死に様だけに、岡本光次はそのまま火葬され、悼む間もなく墓に入った。
誰が灯油を撒いた。
それだけが伊月のこころに残った。配管設備も全て安全を確かめて、容疑者が家族だけにアリバイ証言も指紋照合も役には立たない。
しかし、水が勝手に灯油に変わる訳がない。誰か、ひとの手が絶対に入るのだ。
コンコン、とノックの音にはたと我に返った伊月は、今吉がいないのに少し眉尻を落として、返事をする。
「イヴァンです。伊月さん、いいですか?」
「あ、はい・・・。」
扉を開けると、そんなに自分と背丈の変わらない、プラチナブロンドの青年が立っていた。
「アノ、眠れないようなら、と寝酒も預かってます。」
「え、ありがとう・・・。」
翔一さんかな、と少しだけ笑って。
「なんでしたらどうぞ。ちょっと話が聞きたいんだ。」
「え?」
テーブルに広げてあった見取り図を丸めて、籠に入ったワインと磨かれたグラスが並ぶ。
「俺は未成年だから、少しだけね。」
内緒話のように肩を竦めると、ハイ、とイヴァンもやわらかく笑った。
「イヴァン君は何歳?日本人は童顔だって言うから、俺のが年上だったりする?ひょっとして。」
あ、とイヴァンは一度表情を消して。
「僕は、マーマとパーパの顔を覚えていません。」
「・・・え?」
「僕のヒトミ・・・。」
少し長くに揃えられた銀色が近い金髪は、考え方によっては目を隠しているようにも見える。
「僕のヒトミはムラサキなんだ。マーマのズィリョーヌィでも、パーパのスィーニィでもない。悪魔の色って言われてる色なんだ。だから、捨てられた。」
「あ。ごめん・・・。」
「謝らないで。自分の年も本当の名前も知らないけど、でも、だから、秋水パーパに会えた。イポーンスキエに連れてきてもらえた。」
このヒトミだって綺麗だって誉められたんだ、なんてどこか寂しそうに笑うイヴァンに、伊月は薄く揺れる赤い水面を眺めた。
「ねぇ、晶子さんや光次さん、秋水さんってどんな人だった?」
「え・・・っと。」
「知り、たいんだ。イヴァン君の知ってる、その三人を。君の家族を。」
家族、という言葉に、ぱっとイヴァンの瞳が輝いた。紫水晶のような、美しくて、綺麗な瞳だった。秋水パーパは厳しいけどやさしいひとで、晶子さんはおおらかな人で、光次さんはちょっと我儘で、と一瞬歪んだ表情は、時には笑って、涙声になって、また笑って、と表情もころころ変わっていった。一緒に笑って、一緒に泣いた。
「・・・−で、晶子さんは言ったんだ、そしたら光次さんはね、・・・シュン?」
「寝たか。」
「イマヨシさん。」
「おおきにな。また遊んだって。」
口元に人差し指を寄せて、浴衣姿の男は笑った。伊月を抱き上げて、ベッドに運ぶ。
「いいえ。・・・シュン、ミラーヤ。」
「ワシが露西亜語わからんからって好き勝手言うなや?」
今吉が眉を寄せたのに、イヴァンも悪戯っぽく笑って、頭を下げて部屋を出た。
優しくその黒髪にキスをして。
「ええ夢見てや、月ちゃん。」
翌朝、女中が焼却炉の中に、一体のマトリョーシカを見つけた。


続く。






***

えっこれ需要あるの?ということで今吉探偵と伊月助手の第二弾です。相変わらずやたけたミステリです。しかも出題編?がR指定って舐めとんのか私w我が家の俊ちゃんは私の煙草を買いにコンビニまでパシリに行きました!!姉特権いえー!

2012年09月03日 21:04初出。

キャプションェ。

20121114masai