|
ある日、花宮が言った。
そろそろ誠凛大学休暇入るよな、と。 マフラーもそろそろ首に巻くより腕に引っ掛けているほうが多い季節になっていて、確かにそろそろ春季休暇だな、と伊月は思った。 「今のところこの辺予定ないけど。」 でもカントクが突然言い出すのは止められないぞ、とも言い添えて、伊月は答えたわけだが。 今吉探偵と伊月助手と錬金術師館。前篇。 みゃあみゃあとウミネコの声を頭上に伊月はマフラーとインバネスコートの裾を靡かせながら甲板にいた。 「風邪ひくぞ。」 「遮蔽物が無いって気持ちいいね。」 俯瞰の目を持つ彼は、そう笑って、す、と海風を吸い込んだ。 「・・・タイタニック号もこんな感じだったのかな。」 「タイタニック号、ね。ありゃでっけぇ保険金詐欺事件だぞ。」 「そなの?」 「姉妹船にオリンピック号とブリタニック号ってのがあってな。どっちかの身代りに沈められた、って説がある。どの三隻も立派なドル箱だ。」 「へぇ?」 タイタニック号は英吉利のホワイト・スター・ラインが北大西洋航路用に計画した三隻のオリンピック級客船のうちの二番船であった。姉妹船にオリンピック号、後にブリタニック号は病院船として運航された。主任設計技師はアレキサンダー・カーライル。沈没時に運命を共にしたことで有名なトーマス・アンドリューズはホワイト・スター・ラインと折り合いの悪かったカーライルが辞任したのちに主任設計技師として計画に参加し、タイタニックの設計図面を完成させている。人間関係も因縁深い船だ。 北アイルランドのベルファストにあるハーランド・アンド・ウルフ造船所で建造され、世界最大の豪華客船だと世界中で話題になった。タイタニック号の正式名称は「Royal Mail Ship Titanic」。船上での手紙の投函などのシステムもあったという。 「一九一二年四月十日、タイタニックは英吉利のサウサンプトン港にある専用の埠頭であるオーシャンドックからニューヨークへとむけた処女航海に出航。エドワード・J・スミス船長の指揮下のもと乗員乗客合わせて二二〇〇人以上を乗せ、周辺の監視は双眼鏡を使わずに肉眼で行っていた。これは航海士や船長の連絡ミス。亜米利加のニューヨーク港に向かった。」 「で、氷山にぶつかって沈没、ね。海に落ちて、そうだな、高所から落ちたのなら墜落死、無事に海面に着水できたとしても、心臓麻痺か低体温症で死亡、かな。犠牲者数は表向き、一五一三名、だっけ?」 「言うようになったねェ。イイコちゃん?ミイラの呪いだとか亜米利加の小説にはこの事件の前にタイタニック号事件に酷似した事件が『フィクション』として描かれた。」 「現実って数奇だよねぇ。」 カアン、と時刻を知らせる合図があって、昼飯だ、と凭れかかっていた手摺から花宮は身体を離す。寒い甲板に他の客はいなかった。アラカルトには既に今吉がシャンパンをグラスに貰っており、二人を手招いた。伊月はマフラーとコートを小脇に抱え、花宮もトレンチコートを背凭れに預けた。お預かりしましょうか、とウェイトレスが声をくれたので、クロークに番号札と交換した。 この船はこのまま日本各地、瀬戸内、沖縄、九州、日本海をぐるりと朝鮮半島に寄り道しながら回って北海道、そして神奈川に帰るが、彼らが世話になるのは神奈川からこの船で半日、恋禁島という無人島へ向かってそこで下船。既に現地には警察が赴いているので、帰りはそちらに世話になる。 「あ、神戸牛。」 「北海道の玉葱あかんわワシ・・・。」 「海鮮サラダ美味しい。カルパッチョ?」 そんな風に上流社会でも通じる所作で食事をする姿は成金の奥様娘様方の注目の的だった。今吉も掠れた単がいつもより上物だ。袴はよれよれだが。食後に珈琲が運ばれて、ほっと一息。 「で、伊月、前準備だがよ。」 「ん、一応地図は作ったよ。周囲一キロ程度の無人島。こいきん島、だっけ?崖のほうに大きめの屋敷。写真見せて貰ったけど、なんか窓少なくって留置所みたいだよね。館の見取り図こっち。部屋番号もちゃんと合ってる筈。」 それはもう鷲の目の使い過ぎで頭痛の発生するまで伊月は頑張った。島は海に削られたように断崖絶壁に囲まれ、唯一桟橋のあるそこだけが外界と繋がることが出来る。そこに繋がる階段はヒトに掘られた階段で足場は悪い。警察から回った調書を参考に、島の断面図なんかも作成されてあって、満足気に花宮は頷いて珈琲を含んだ。 「上等。」 「いやー、相変わらず凄いわ。」 「で、検視の結果、全てが他殺です。これは何度も監察医の先生と意見擦り合わせました。」 ふむ、と今吉が顎を擦る。 「つまり、最後の最後、足取りが掴めてへんのがおるんやな。」 「ええ、メシア幸太郎。本名、出口鉱太郎ですね。当時・・・三三歳。新興宗教『最後の晩餐』の教祖。その後五年経ったが行方は結局不明、と。どうして今頃こんな依頼が来たんです?」 それがなぁ、と今吉はぐしゃぐしゃと後ろ頭を掻き毟る。中折れ帽とトンビはクロークだ。 「諏佐がペーペーの頃に当たった捜査がこれなんな。事件概要覚えてる?」 「あ、はい。」 伊月は黒革の手帳を出し、珈琲のお代わりは、とウェイトレスの声に、この子紅茶にしたって、と今吉が告げる。 「宗教団体の立ち上げはまあ特筆すべきない、との判断でしたが、重火器所持の疑いでガサでしたっけ。公安が動いた、で間違いない?花宮。」 「ああ、四人死んでる。」 「催涙ガスを屋敷内に放り込むなどして警察側も応戦しましたが、教団構成百人以上が死亡、十数名が捕縛され、で、この間出所した一人が『青い日光』という新種麻薬を所持していた、ということでまた調査、か。目的としましては出口鉱太郎の捜索でいいんです?」 そないなるな、と今吉が頷き、また綺麗な所作で珈琲を含んだが、ぴくと肩が振れた。直後にカンカンカンカンと警告を知らせる音がアラカルト内を騒然とさせる。 騒動に転びそうになったご婦人を花宮は抱き留め、今吉は周囲を見渡すとゆっくりと立ち上がる。 「月ちゃん、臭うか。」 「硫黄ですね。行きますか。」 窓からは船尾に上がる煙が見えた。 「お待ちください、大丈夫です。」 「うわ、っと。」 伊月はつんのめってその男の胸に飛び込み、今吉がぐいと引き寄せた。 「すみません。」 「いいえ、お騒がせを。船長の曾野と申します。只今原因を調べておりますので、お客様方は客室に、若しくはアラカルト内にてお待ちください。」 船長の制服をきっちりと着込み、口にハンカチを当てている男は丁寧に頭を下げた。ウェエイターやウェイトレスが乗客の誘導に当たり、さわさわと水面下が騒がしいが一応は落ち着いた気配にてくてくと伊月は今吉に伴われて船尾方向へ歩いた。 「煙玉か何かだと思いますね。」 そこには乗務員がバケツを抱えており、煙の元に目を丸くしていた。アラカルトの足元も若干白く這った煙は元を絶たれた。 「月ちゃん。」 「はい。」 失礼します、と伊月は乗務員に声を掛け、警察が使用する白い手袋でそれを摘まむ。 「極普通の煙玉ですね。導火線が長く細工させられてますが。」 「時間稼ぎやな。何時ごろやった、煙が確認されたん。」 「あ、はい、十二時五十五分です。」 「大凡半時間前ですね。翔一さん、煙の正体はこれで間違いないです。」 「船長さんに会えるか。警察にも連絡したほうがええで。」 「あっ、はい!」 若い乗組員が慌てて駆けようとして、速足で操舵室へ向かう。階段や梯子を上って辿りつくそこは、計器が並び、双眼鏡も万が一の無線が幾つもあり、丁度その部屋の中央、舵取りにぐったりと凭れかかる制服姿に、若者は腰を抜かした。 「せせ、せ、・・・っ!」 「船長で違いないな?」 赤く膨れ上がった顔面、首に縄の痕。伊月が戸惑うことなく駆け寄って、状況を手帳に書きこみ、曽田船長の体を仰向けに転がした。 「顔面に鬱血、硬直は、あ、そんな始まってないです。ロープによる絞殺ですね。毛布かシーツを二枚お願いします。使われていない部屋に運んで・・・。」 「副船長か操縦士。」 若い彼は震える手で船員を繋ぐ無線を取って、船長死んだ、副船長、と不自由に告げた。その後集まった船員の手で船長の死体は使われていなかった貨物室に運ばれ、兼谷副船長が、あの、と呻くように言った。 「運転は自動に切り替えて、客の誘導は?」 「一等船室、完了です!」 「ウェイトレスから報告。アラカルト内、落ち着きました。」 「二等船室、誘導終わりました!」 報告が次々と飛んできて、はあ、と安堵の息を伊月は吐いた。 「月ちゃん。」 「りょーかいですー。もータイタニック号の話なんてするんじゃなかったー。」 アラカルトには説明責任の名目で兼谷が連れられ、中年の女性が頭を下げた。給仕の代表者だろう。半数ほどの席は船室への誘導が完了し、半分は今日中に船を下りるのだろう、疲れた様子でテーブルにいた。 「花宮、どう?」 「証拠、つーには弱いが、まあ、こんなもんだろ。」 ん、と花宮が顎でしゃくったのはウェイトレスだった。不安そうに首を傾げ、同僚と手の結んでいる。 「兼谷副船長、煙騒ぎのあったとき、どうしてました?」 切れ長の目がすうっと身を切るようだった。 「曾野船長と交代で、お客様の誘導と説明、に。」 「ダウト。」 花宮が戸惑いなく言い放つ。疑わしい、と。 「確かに船長さんとは俺、ここを出てすぐにぶつかりました。丁度そこで。」 伊月の指先はアラカルトの広い扉の向こうの廊下を指差す。今吉も同行していた旨、頷いた。 「死亡推定時刻ですが、季節と場所を考慮して、大凡一時間前。発煙騒ぎがあったのもその頃です。客も従業員も酷く混乱していた。」 「で、問題はアンタの制服だよ。」 「煙の臭いがしないんですよ。ちょっと硫黄っぽくて直ぐ解る。」 くん、と伊月が形の良い鼻先を動かす。 「船長さんはサングラスに船長服。口元をハンカチで覆ってました。人相を誤魔化すには丁度いい。それからそちらの。」 「島根・・・?」 給仕長が恐る恐る呼ぶと、びくりと華奢な肩が揺れた。 「あんたも、煙の臭いが他に比べりゃ随分薄い。」 一歩、大きく花宮が踏み出し、並んだウェイトレス二人の匂いを比べるように覗き込んで、ニィと嗤った。 「まず、煙玉に火をつけて放火騒ぎ。その直後兼谷副船長は曾野船長に成り変わって船内を巡回。島根さんが殺して、何事も無かったように避難誘導、やな。ワシの記憶が正しかったら、煙騒ぎの時、そっちの嬢ちゃんおらんかったで。」 「で、兼谷副船長が船長服を着ていた、と。兼谷さん、臭いしませんもん。上に船長服を死体から借りて着てたんでしょう?だから、船長の制服から煙の臭いがしても不思議は無い。自慢じゃないですが、最近鼻には自信あるんですよね、俺。」 強気に笑った伊月に兼谷副船長とウェイトレスは崩れ、拘束されて空いていたらしい船室に入れられ、操舵の出来る船員と花宮で無事に船は恋禁島まで運ばれた。 「なんや、曾野に振られたとか島根が好きやったとか、まあ痴情の縺れやね。」 「めんどくさ!」 今吉は暇つぶしがてら二人の話を聞いてやったらしく、花宮は船舶免許があったので操舵見習いへの指示で随分下船を惜しまれた。 「花宮に出来ない事を俺はそろそろ見てみたい。」 「誠実な対応?」 「あ、そら出来へんなー。」 大型客船から船でまた十分。粗末な桟橋に警察が所有しているボートで到着。 「おお、今吉!」 「諏佐ぁーもーワシしんどいー!」 「船でコロシあったんだったか?一応連絡来てる。」 「犯人の愚痴相手してただけっすよ、そのひと。」 「諏佐さん、お久しぶりです。」 おおー、と断崖絶壁を削って造られた階段を伊月は見上げ、感嘆。こっちだ、と合図されてコンクリに蔦の這った建物は、年季を感じさせるエントランスから広い廊下が伸びている。 「距離感狂うわ・・・。」 「え、そう?大体十五メートルくらい来たよ。」 「いや、月ちゃんそういう事ちゃうんよ。」 歩いても歩いても辿りつかない焦燥と、密閉に近い空間に息が詰まりそうだ。花宮は自分で自分の首を絞め、ぐえ、なんて遊んでみた。木製の扉を開けると、左右に大きく曲線を描いた廊下と扉がある。 「月ちゃん、見取り図。」 ぐるりと円を描くような廊下の外側に、等間隔で六部屋が設置。その部屋の前から円の内側に向かって二本廊下があって真っ直ぐに四角形を描いて角に部屋。またそこから内側に、今度は三角形。角に部屋があり、中央がエントランス。部屋にはそれぞれ二桁の数字が振られてあって、廊下には時折黒い染みが残っている。 「あの、諏佐さん、ここ・・・。」 「ここのエントランスで五十人、殺し合ってたな。赤ん坊なんかは親が殺して、確認できただけで五歳以下は五人。」 「うわ・・・。」 壁から床から腐った血の色が飛び散りこびりついているエントランスの壁は曲線で、それに沿って螺旋階段が二階への道を示している。 「迷いそう。」 「見取り図余分に作ってますよ。」 「お、気ィ利くな、相変わらず。」 さらさらと黒髪を撫ぜられて悪い気はしない伊月は、壁に凭れてそのまま染みとなった血痕に指先を寄せた。体格からして同じ年くらいだろう、宗教に嵌って、世界の終りに教祖に命じられて死んだ、殺された彼らは、どんな魂の形をしていたのだろう。 「凄い変なつくりしてますよね、このお屋敷。」 「ああ、錬金術師を自称していたからな、出口は。」 「錬金術・・・あ、恋禁島!」 「その名の通り、信者の間での恋愛や婚姻は禁止だったらしい。」 「え、でも宗教団体ってそういうのでひと集めません?」 いやそれが、と諏佐が手渡したのは、未だにメシアを信仰している男の調書だ。 「滅亡する世界に最後の晩餐を。それが『最後の晩餐』での誘い文句。滅亡する世界だからな、繁栄しても意味が無いという考えで恋愛や婚姻は禁止。しかし性交渉の禁止は無いから、堕胎はあった。」 「・・・そしてその胎児を、食べた。」 うっげぇ、と呻いたのは花宮で、今吉も頭痛を抑えるように額を抑えた。伊月は後々来るタイプである。 「他にも、自称錬金術師らしく、黄金製造、人造人間、不老不死。カルトだな、もう。」 「でも、科学の発展は間違いなく昔の錬金術師たちの功績でしょう?原子核を中性子と陽子に分解、粒子の数を変えれば理論上はあらゆる物質でそれは可能です。金なら水銀とベリリウムですね。原子の組み換え、というのは化学反応です。不可能ではありません。」 「まー、炎なんかそうだよな。燃焼物、酸素、点火源での化学反応。」 「理論上可能なんやったら、鉛筆からダイヤモンド作れるしな。」 「違いは原子結合だけですし。」 まじか、と諏佐が瞬いたので、今吉は伊月の鞄に手を突っ込んだ。 「びゃ!?」 「鉛筆あるー?」 「ちょ、どこ触ってんですか!鉛筆は逆っ側のポケットです!」 ふー、っと毛を逆立てた伊月の尻尾を掴んだように抱き寄せて、今吉は指先に鉛筆を回す。 「これやったらー。」 「直径約0.01。理論上はな。」 「他にも錆は酸化と言う名の静かな燃焼だと呼ばれていたり、人間の体の構成要素は水、炭素、アンモニア、石灰。石鹸何かを体重分買っちゃえば揃います。金額的には小学生のお小遣いで足りちゃいますよ。その辺はぜーんぶ昔の錬金術師と言う名の魔法使いと言う名の科学者の発見です。」 どうでしょう、なんて伊月は肩を竦めて見せて、挑戦的だ。口の端を吊り上げて、さらりと黒髪が揺れるのは綺麗だと表現するのがぴったりなのに、黒曜石のような瞳は好戦的に笑うのだ。くるんとその場で回ればコートの裾が綺麗に舞って、カツン、と靴音が反響を調べているのだと、花宮が目を閉じているので諏佐は気付いた。 「隠しはねぇな。二階の構造もほぼ同じだろ。部屋の番号は?」 「俺が貰った資料だと、番号があったのは一階だけだよ。」 「あとは?」 「扉の形が気になった。ドアノブ無いの。」 じゃあ、と近くの部屋に諏佐の案内で通される。やはり廊下は距離感が狂うが、伊月が寄越してくれた見取り図のお蔭でそれなりに慣れてはきた。 「インゴットやね。」 「いんごっと。」 「金の延べ棒とか、こんな形してんだろ。」 諏佐の頭より上までその扉は高く設えられており、金属を精製した際に使われる、インゴットと言う形が敷き詰められた形状で、伊月が言った通りにドアノブは無い。 「どななっとん?」 「普通に押せば開く。」 「あ、ほんまや。」 ギィと軋んだ重さのあるそれは、25と番号が扉の中央ほどに刻まれ、部屋の中は真っ黒な簡易ベッドが一つ。 「うっわ。」 「心臓ですね。そのまま出血性ショック。」 ベッドに刻まれた傷から場所を特定し、とりあえず手に入れた情報は、と黒革の手帳に書きこんでいく。25と番号の振られた部屋にはラジオも何も無く、必要最低限の日用品とベッドだけ。 「ここは?」 「二五歳の男だった。」 「・・・マンガン?」 コン、と扉を叩いた花宮が、そのインゴットに耳を当てて呟いた。 「伊月、他に番号は?」 「部屋の?ちょっと待って。あっと、北西から行くよ。」 ああ、と花宮が頷くので、伊月は手帳と見取り図を見比べながら。 「一番北が26、79、西から47、22、82、12、で、エントランス挟んで、13、50、25、29、24、30、で、一番南が28。」 「了解。出口が生活していた、てか寝床にしたのは79号室だろ、諏佐サン?」 「だろうと思われているが、確証が無い。教祖様教祖様って碌な証言ねぇから。」 かつかつと真っ直ぐに花宮の革靴はその部屋を曲線の廊下に進む。足元に黒い染みを見つけては伊月は見取り図に書きこみ、後ろをのんびりと今吉がからころと付いていき、何で走ってねぇのにお前らそんな速い!と諏佐が怒鳴りながらも追いかけてくる。 コン、とそこでも何気なく花宮はノックする。刻まれた番号は79。押せば簡単に重く開く扉は重厚感があり、中からは小さな閂が通されて鍵を閉められ他者の侵入を防ぐことが出来る。中身はやっぱり簡素だが、血痕は無かった。ベットも綺麗に整えてあって、窓も格子が入れられ牢獄の様なのも他の部屋と変わらない。 「これ、削っていっすか。」 許可を取るでもなく、そのまま花宮はトレンチのポケットからナイフを取り出し刃を煌めかせた。 「おいっ。」 ざり、と表面が削られ、やっぱりな、と彼は巣に獲物が掛かったのを確信して笑う。ナイフに削られたそこは、黄金色に耀いている。 「他の扉は、さっきの順で行くと鉄、金、銀、チタン、鉛、マグネシウム、アルミニウム、錫、さっきの部屋のマンガン。鋼、クロム、亜鉛。金は鍍金されているが、他は全部基本色が銀だ。」 「なるほど。周期表。」 「しゅ、・・・?」 「水兵りーべ、僕の船、ですよ、諏佐さん。」 「なぁにが間があるシップスクラークか、やでー。諏佐の学生生活が垣間見えるなぁ。文系やった?」 何が気に食わなかったのか、諏佐は今吉の顔に裏拳を叩き込み、今吉は中折れ帽を浮かせる勢いで頭を下げてそれを避けた。 「地下は無かったな。」 「高尾に相談してみたら、この辺に汲み取り式あるんじゃないかって。」 今吉と諏佐が取っ組み合いを仕掛かっている間、助手二人は見取り図に書きこんで顎を摘まんで、振り返って肩で息をしている二人に少し呆れた。 「さっきも言った通り、この館の調度は貴重な金属だ。盗まれてないか、数の確認も必要だと思うぞ、諏佐サン?」 「あ、せやね。」 「あー、も、勝手に動くなよ!?」 下手に歩き回るなよ!と釘を刺して諏佐は一度三人から離れた。 「動かなくっても手段はあるんだなーこれが。」 にぃー、っと嗤った花宮は実に楽しそうだ。 「伊月、もっかい。」 「あ、音?」 「お前の足音が一番安定してる。」 とつりと床を蹴った革靴と、くるりとその場で回って踵が着地。花宮はその音の反響加減で室内なら割と情報は集まる。 「窓は開かない、か。マジ牢獄生活だぜ。出口ってのマジ何したかったんだ。」 「それが最終着地点な。ワシはこの屋敷の作りが気になる。廊下作って部屋後付したみたいやのに、部屋番号には変な拘りが見える。」 「『最後の晩餐』という新興宗教は思いの外若年層に受け入れられた、というか、青の日光を配って仲間に引き入れた傾向はあります?」 だな、と花宮は天井を見上げた。伊月もこの屋敷に入って初めて天井を見上げた。三角と言うか、ピラミッドを逆にしたような造りになっている。 「・・・ピラミッド効果って知ってっか?」 「えっと、埃及の太陽信仰から来てる呪いだっけ?」 「ああ、ピラミッド型に組み合わせた竹の囲いの中で、刃毀れしたナイフを置いておくといつの間にか刃が復活している、ってのが実際亜米利加だか英吉利だかのカルト集団が証明したってなトンデモ論文があるが、実際、バカにできねぇ。」 「信じてんの、ピラミッド効果。」 「ここ、ヒトの出入りが少なくなって5年だろ。金属は錆びる。静かな燃焼ってやつだ。それが一切見当たんねー。ひょっとすればひょっとすんぜ。」 そういえば、と伊月が鞄を探る。 「外観写真です。入る際は廊下が長すぎて視認できませんでしたが。」 島の地図も用意された手元を覗き込むと、この屋敷の屋根は四方から梁を伸ばされ、屋根は確かなピラミッド型を外側に幾つか、きっと廊下の外側にある部屋の屋根を並べ、エントランス上部に重なる場所に集合して尖っている。 島の他は防風林と畑の跡地がある。殆ど自給自足の生活で野菜を育て、魚を釣って暮らしていたとの事だが、それにしては俗っぽい雰囲気がある。 「やっぱ、時々乱交なりやって、子供作って食ったんだろ。」 「・・・その根拠は。」 ちょっと想像したくない、と伊月が眉を寄せたのに、花宮は吐き捨てるように嗤う。 「ふはっ!何の代償も無しに物事上手くいってたまっかよ。」 質量保存の法則って知ってっか、と。 「錬金術はただの科学じゃねェ。」 「太古の秘術やん。」 「ピラミッドの起源は?ありゃただの墓じゃねーんだぜ?イイコちゃん?」 ピラミッド効果、という言葉がどうして作られたか、と伊月は顎を摘まんだ。 「そう、か。」 それは常識を超越した、思考。 ピラミッドの中には生前の様子が絵画で残され、財宝が眠る。埋葬では無く死後も不自由なく生きられるように。 「不死、だ。」 ピラミッドの中でいつの日か生き返るであろう死者を綺麗に保存して、日用品は勿論財宝を置き、その身分を保証し、生きる事。過去の栄光を求め掴んだ人間と言うのは誰もが揃って手に入れたがる、不死の命と不老の肉体。 「この屋敷は、この描かれた陣から考えるに。」 ぐるりと描かれている円を花宮は指先で弾いた。 「不老不死の秘術、エリクシール、天上の石、別名?」 「賢者の石。」 「それを作ろうとした施設、ってなとこか?」 あー、めんどくさー、なんて今吉は呻いて壁際に座り込む。 「人生は一瞬やから価値あるんやでー。」 面白くなさそうに中折れ帽子はふわふわと彼の前髪を遊び、ひょっとしたら新種麻薬はその実験過程に作られたのかもしれないな、と花宮が腕を組み、伊月は室内に開かれた扉の一部、花宮が削った、金色に耀くそこを見た。 続く。 |
***
参考文献はハガレン系のムックと呪われた世界史系です!そしてついに現実の季節追い越しちゃったっていう。まあいいかそろそろ梅も咲きますし!!
2013年1月31日 23:20初出。
これたしか世界観からきっちりやろう!って描き始めたんですけど、途中から「あるえー?」ってなりました。
20130404masai