静かな店内はオルゴールがきらきらと音楽を奏でていて、晩秋の中、エアコンディショナーが暖める。同時に除湿機も静かに足元で唸っているのは、店の性質にある。
ことん、とソーサに置かれたカップには半分ほど紅茶が残って、クッキーも置いてあるが彼の指先は丸いテーブルの木目をなぞって、店内に多く並んだ人形の手入れをしている店主をそっと眺めて口元を緩やかに笑みの形に描いた。
「どうしたの?機嫌がいいね。」
「その子。」
「ああ、そろそろ迎えが来るだろうね。」
「そっか。」
楽しみだ、と彼は笑い、店主は少しだけ複雑そうだ。
カラン、とドアベルが穏やかに鳴って、いらっしゃいませ、と彼は指先をカップで温めながら笑った。
「やあ、ひゅーが。鉄平の調子はどう?」
「歩きがぎこちねぇ。膝だ。」
だそうだと、赤司、と友人の登場に俊は紅茶を舐め含んだ。
日向は背後に背の高い榛色の髪の男を連れており、ここまで歩ける、と赤司の試すような声に導かれるように歩いたが、どうにも右脚の動きがきごちなくて、左脚もそれを庇ってすっかり両方ともを痛めたらしい。
「だから一度部品を代えようと言ったのに。」
溜息交じりに赤司は述べたが、そうすると俺が俺じゃなくなる気がして、と鉄平と呼ばれる彼は頭を掻いた。
鉄平。本来の名前を『鉄心』。この店で造られた人形だ。日向順平がこの店の前を通ったのは、本当にただの偶然だ。手のひらサイズから等身大まで、日本人形からマネキンまで、既作から店主赤司の自作まで、あらゆる人形が並ぶこの店は、極々たまに、買主を選んで目を覚ます人形が置いてある。ディスプレイされていた鉄心は、通りかかった日向に、自分を買ってくれ、と申し出た。
因みにこの場合の代金は赤司の気分次第だ。気に入った客なら無料で譲り渡すが、気に喰わなければ保険金詐欺紛いでも闇金でもとにかくえげつない方法で大金を吹っ掛ける。鉄心は缶コーヒーと同じ値段で売られた。というか、日向が、只では貰えない、と律儀に言い張った、意地の張り合いに結局赤司はその代金で缶コーヒーを買って日向に渡したので、結局のところ、ロハである。
「よ、伊月も元気か。」
「鉄平さぁ、部品一つ代えたって人格変わんないよ?現に『幻の六体目』はこの間手を交換したもの。」
日向の珈琲をサーバーに用意しながら俊はそう苦笑し、他にもあいつは、と言い募る前に、赤司の苦笑に制された。
「では、『鉄心』は奥へ。部品は代えないんだね?」
「おう、修理だけ頼むよ、創造主!」
大きな手で赤司の真っ赤な髪をぐしゃぐしゃと撫ぜて、フロアから扉を一つ隔てた赤司の仕事部屋へ連れられた。
「木吉の家は問題ない?」
「ああ、孫が出来たって喜んでる。ハーモニカ教えて貰ってアイツも嬉しそうだ。」
「そう。」
珈琲のカップアンドソーサを受け取り、俊手製のクッキーを摘まんだ日向は、店中に並ぶ様々な人形を見ながら、あったけー、と零した。
茶色を基調にアンティークな小物を揃えた店内には大きな柱時計があって、丁度五回の鐘が鳴る。遠くの町内スピーカーからは七つの子が流れる。この店は実に不思議なつくりをしている。強く意識しないと見つけられない。以前に日向がそう愚痴った際に、そういう風になってんだよ、と俊は笑ったものである。存在が認識できないのは必要が無いからだ、と。その代り、必要があると感じなくとも必要なときは異様な存在感を放つこの店は、商店街のほぼ中ほどにある。隣は年の行った夫婦が営む古本屋で、もう片方はそろそろ店を畳むか悩んでいる煙草屋だ。
「お、クッキーうま。」
「やり。はっ、クッキー食っ気―!キタコレ!」
「黙れ。」
「えー。」
これさえなけりゃ見目の良い、俊と呼ばれる青年は、真っ白な砂糖細工のような肌に整った鼻梁を持ち、くちびるは新鮮な果実でも飾ったように健康的なくせ、紅も飾らないのに淡い赤は蠱惑的だ。
「こんちわー・・・?」
「おや。」
「あのー、見てっていっすかね。」
黒い髪を真ん中で分けた吊目の青年は、戸惑いがちにドアベルを鳴らし、俊はその切れ長の目を瞬かせた。
「何か、気に入るモノでもあったかな?」
「あ、えと、スマセン。見慣れない店があったもんで・・・。」
俺が見逃してるとか珍しいんだよなぁ、とぶつぶつ言う様子に、俊は日向と顔を見合わせた。
「はい、今度はもっと早くに来るように。お茶でも飲んで・・・。」
奥の扉から出てきた赤司は鉄平の歩く様子を頷き、店内に目をやって、微かに笑った。
「あ。」
迎えだ、と俊は思った。
「失礼だけれど、名前を聞いてもいいかな?僕は赤司征十郎。ここの店主で人形師だ。」
「ども。高尾、和成です。」
「高尾山の高尾に和を成す、で和成?」
「はい。」
「お茶でも飲む?さて、手伝いたい奴はいるかい?」
カタリ、と。
『キセキ』シリーズと赤司が銘打っている人形の一体、緑色の髪の人形が、不器用な手つきで一つのカップアンドソーサに手を伸ばした。













キセキの人形師。















赤司征十郎の父親は人形師だった。生きる人形を造れる人形師だった。父方の祖父も、その曾祖父も、数えることが馬鹿馬鹿しくなるくらい、それはもう、血筋なのだろう、折鶴であろうと何であろうと、彼の手から造り出される生き物の形をしたそれは、好き勝手に動く。
この店を開いたのは曾祖父の代だと聞いている。赤司も幼い頃から工房に出入りして、その手腕を勝手に学んでいった。
黒髪の綺麗な、新雪の肌を持つ、扇形の綺麗な影を落とす頬に指を滑らせて、起きればいいのに、と想った相手は父親の最後の作品だった。『鷲』と銘されたその人形は、冷たいその手で頬を撫ぜたやさしい手のひらに指を絡ませて、ゆっくりと笑った。
―――お前の事は創造主からよく聞いているよ、征十郎。
人形造りにしか興味を示さなかった父親からの、最後の愛の形は、最高の愛の形になって、いつの間にだか最愛の地位も銘の鷲の如く掻っ攫い、今では高尾と真太郎の愚痴なのか痴話喧嘩なのかよくわからない会話に挟まれて苦笑している。
「ここ、喫茶店じゃないんだけど。」
「伊月さんの珈琲美味しいんだもん。」
「伊月さんの御汁粉は絶品なのだよ。」
「用が無いなら帰れ。」
ホークアイから逃げられると思うなよ、なんて飛んできた星は叩き落として、赤司がじとっと俊に目をやれば、呆れたように肩を竦められた。
「あの、伊月先輩いますか・・・?」
「おや、いらっしゃい、黒子に火神。」
メンテナンスに訪れた『キセキ』シリーズ『幻の六体目』に、バニラシェイクあるよー、と笑った。
意外と主のほうが、人形には頭が上がらないのかもしれない。



というパラレルを誰か下さい。

***

赤月パラレル。そろそろいい加減にしなさいと思いながらまぎ見ながら描いてた30分クオリティ。

2012年11月18日 17:43初出。

下さい。

20121206masai