きみにために。
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これといって美しい声ではなくて、一般的なテノール。白鍵を柔らかく叩いた指先は、常からそれをしている訳では無いので幾分も拙くて、それなのにとても綺麗で清らかな声と演奏で、その歌は紡がれた。 「ピアノ、弾けたんだ。」 「楽譜が読めるくらい。小学校で親戚の伯母さんに習ってた。あと、習字とミニバス。」 「へえ?」 「中学上がってバスケ以外は止めたけどね。」 しかし鍵盤叩くのって意外といいトレーニングになるよ、と柔らかな関節は器用に一オクターブを走って、高い音で一つ。 「誕生日、おめでとう、氷室。」 「うん、ありがとう。」 すっと真っ直ぐに伸ばした背筋は徐に立ち上がり、とろとろと黒鍵と白鍵を行き来した。 「えっと。」 右手の指先を真似して走らせれば、ナイスじゃないっすか、と彼は笑った。 とろとろとろろ、ろん、と走った音を真似して追いかけると、繰り返して、と耳元に囁かれ、言われるまま繰り返した。 「ねぇ、テレーゼ?」 「何かな、ルートヴィヒ?」 俺の言葉遊びに乗っかった彼は、俺が繰り替えす音に両手で和音を滑らせた。誰でも知るその音は、切なくて、静かで、優しくて、切なくて、悲しくて、恋しい、そんな音に変化して。 左手を腰に回してやれば、びくんとしなやかに操られていた手首が引き攣って、演奏が途切れた。 「氷室・・・。」 「キス、して?」 他には何も要らないから、と努めて優しく笑顔を作って、じっと見下ろしてくるブラックオニキスを見れば、目元がじわじわと淡く染まって、軽く顎を引いた。 「目、閉じてて。」 言われるまま、目を閉じて、口元に微かな吐息を感じて目を開けた。扇形の綺麗な睫毛は伏せられて、微かに震えながら、あと数ミリをゆっくりと首を傾げて差し出される、綺麗な黒髪に指を通せば、切れ長の目がばちっと見開かれ、こら、と俺を責めようとした赤いくちびるを、遠慮なく貰った。 「ばか。」 指先でくちびるを擽ると、ちゅ、とリップノイズを残して離れ、彼は耳元を真っ赤にして俺に背を向けた。 |
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初出:2012年10月30日
20141012masai