セットは本物さながらの体育館で、監督の指示にカメラは回って世界は回る。
貰ったばかりの冊子をいつも、これは素晴らしくも残酷な、美しすぎる世界への出入り口だと、彼は思う。













黒子のバスケがもしもドラマだったら。













はあ、と台本を捲りながら伊月は溜息を吐いた。伊月俊。劇団ナナ所属、二世俳優という肩書の殻を脱ぎ捨てつつある男で、ドラマ『黒子のバスケ』では主人公の先輩チームメイト、伊月俊を演じる。
このドラマの話題性は、完全オリジナル、派手なアクションの多いバスケ試合シーン、役者が本名まま役を演じるという、妙なところにもある。主役には有名劇団で幼い頃から声優、俳優、舞台、と活躍してきた黒子テツヤと、芸歴は長くないが実力をきっちり裏付けされた、劇団ナイン所属の火神大我。他にもアイドル黄瀬涼太、ストリートモデル兼歌手の氷室辰也とあらゆる場所から俳優は選出されている。
「何溜息ついちゃってんの伊月。」
「ひゅーがー。」
「どうした伊月―?」
「木吉―。」
日向順平と木吉鉄平は同じ劇団所属で仲もいい。本編でもチームの内外看板を背負う大切な選手でチームメイトでもある。
「次の台本貰った?」
「ああ、さっき。」
「え、俺昨日渡された。」
「だって木吉アドリブ多いからだろ。」
「期待されとるこの勝負師・・・・。」
うわぁ、と三人仲よくスタジオの隅に揃ったところで伊月が切り出した。
「緑間が不憫でさー。」
「緑間?ってあの緑間?」
「いや、面白いは正義の緑間じゃなくて、なのだよの緑間ね。スリーの天才のほうね。」
「この間も赤司とトバしてたな、ラジオ。」
「これって『黒子のバスケ』じゃんかー。」
パイプ椅子の背凭れにぎしっと体重を預け、試合のワンシーンのリハーサルにライトが眩しいセットを見る。
「俺らは主人公の、黒子のいる学校だからさ、結局WC勝つわけじゃない?」
「HIは負けたけど。」
「まあ最後まで聞け。せっかちは嫌われるぞ日向。」
HI敗北から木吉が怪我を押して復帰し、黒子と火神は一見決別するかに見えるが、思われていたより火神は頭がよかった。中学時代から成長していなかった、中学時代を引きずっていたのは結局自分だった、と黒子に気付かせるための、かつての相棒、青峰の存在、そして敗北。目の前に成長した青峰と黄瀬の勝負を見せられ、闘志に火が付く。ここまでを2クール。それから2クール休んでWC編が作成される。昨日はそのWC編導入部を撮り終えた所だ。台本はもうセミファイナル二回戦、つまりはキセキの世代黄瀬涼太擁する神奈川の海常高校との対戦序盤まで上がっている。
「海常との練習試合は、黒子と火神の連携を作るためだろ?あとこっちのキャラ紹介。黄瀬がチームに馴染むのに、黄瀬は負けなきゃなんなかった。」
「ああ、あの辺数字変動ヒデーよな。」
「つかバッシング凄かったね、キセリョ泣かすなーって?」
「まじか。」
「で、HI予選に何回か黄瀬は俺らの解説に来たじゃん。笠松さんに解説されるとか幸せすぎたわ俺!」
「伊月は幸兄さん大好きだからな。」
幸兄さん、とは笠松幸男のニックネーム。所属劇団も事務所も違うし接点は少ないが尊敬する先輩俳優である。
練習試合時点で黄瀬は火神と黒子の決別を予測する。それは青峰と火神を重ねたからだろう。IH予選、黒子擁する誠凛高校は順調に勝ち進み、トーナメント戦最後にキセキの世代緑間真太郎擁する秀徳高校と当たる。そこで勝って初めて青峰大輝擁する桐皇学園との対戦切符が手に入る。故にそこは勝たなければいけない。
予選では高尾の事務所の先輩が来たりとその辺もなんだかんだで豪華である。
「で、勝ったじゃん。青峰には負けちゃったけど。意味のある敗北―って演出にしてさ。」
「何か不満か?」
「いや、だから緑間が不憫っていうか不遇すぎて。」
「そっか、秀徳は合宿の練習試合以外、公式戦では誠凛に勝ててないのか。」
「うん、しかも火神にアドバイスしたり黒子にツンデレで応援したり・・・してたのに!さぁ!?」
「と言われても。」
「だって台本がそうだし。」
「俺だって解説させられるんだよ、洛山対秀徳。ここでも緑間負けだよ?高尾も報われんわ!!」
「よくもまあそこまで感情移入出来たな。」
「いや、昨夜夏合宿のDVD届いたじゃんか。」
「見ちゃったか。」
「見ちゃったんだよ。」
何あの男ツンデレってあんな厄介だっけ?うっかりきゅんときたわ!!ドラマ限定で!!役者残念だわ!!とかなんとか喚いている伊月の向こうでロックバンドのボーカルでもある高尾和成が腹を抱えているのを日向は横目で見やった。因みにキャラクターソングと銘打たれた高尾和成のCDはオリコン8位を叩き出した。
「まー、確かに負けるのは悔しかったけどよー。」
事前に話の筋として聞いていたが、やっぱり実際負ける演技は辛い。演者として人生の辛酸も舐めているわけだから、敗北の気持ちも判る。努力が実らない悔しさは知っている。
「今回の対洛山は、あれじゃない?っていうか洛山って帝光中とちょっと被らない?そんで今までずっと勝てなかった赤司にまた負けちゃったんだよ?めっちゃ努力してたのに緑間と高尾コンビ。」
「あーまー洛山と誠凛の対戦は劇中の大目玉になるだろうし・・・。赤司って信者いるらしな。劇団ブルーの赤司じゃなくて、洛山の赤司の信者。」
「また数字で混乱するな!」
「笑いごとちゃうわドアホ。」
「ひゅーが関西弁出てる。」
「知るか。俺は元々広島や。」
「はいはい、お好み焼きはホットケーキね。もー今吉さんとお好み焼き屋で喧嘩した時はどうしようかと思ったじゃん。」
「そんで青峰がピザ切りしたのに二人でがなったっけ。」
懐かしいなと語るそれIH編の収録打ち上げ時の出来事だった。各々の生まれが初めて衝突を見せた日だ。収録の合間の、ああこんなこともあったよねーあんなこともねーなんて苦笑しながらカメラテスト中の裏方をちょこちょこ頭を下げて通る少年を発見する。
「あれ、桜井って今日収録あった?」
「赤司に会いに来たんじゃね?ブルーのジュニアだしアイツ。」
「連絡網?」
「黒子は黒子ってんの?黄瀬がわたわたしてるけど。」
黒子る、とは劇中で黒子が使う技、視線誘導、を意味する。自分から意識を逸らせさせるという主に手品などで使われる技法だ。ミスディレクションと呼ばれるが、いつの間にだか相手を見失う、見失われる事を、いつの間にか現場では『黒子る』と呼ぶようになった。同系事務所所属の黒子に黄瀬はよく懐き、時折別の仕事が終わってから用もないのにこちらのスタジオに入り浸る。ロケにも忠犬の如くついてくる。お前次の月9どうした、という話である。
「つか土田遅くない?」
「ああ、劇場版二弾で今追われてる。」
「なるー。」
「相田は?相田も映画のほう?前後編だっけ、あれ。」
「地上波のほう凄かったよな、爆破シーン、マジでやってんだろあれ。」
共演者のあれはどうだったこうだった、と少々ミーハーになりつつ、伊月は台本を捲った。
「で、どうよ緑間。」
「つってもこういうスポーツ物は定石決まってんじゃん?負けたら解説、リベンジ、そんで主人公にまた負ける。」
「黄瀬も不遇・・・。」
「誠凛でよかったと思う?」
「まあ、期間長いしな。俺らこれで食ってんだし。」
とりあえず生きるには最低限金が無いと、という考えは共通である。
「黒子も火神も降旗も河原も福田も可愛い後輩だし。」
「武内も格好いい。」
「うん、伊月は後輩大好きな?」
「あれで伊月の後輩だってからびびるよな。土田も後輩?」
「俺んとこは親も兄貴もナナだから、所属。」
「何気に芸歴長いよな、伊月。」
「俺は逆にひゅーがの芸歴に驚いたけど。もうお前アイドルなれよ。」
「うん、そろそろ氷室と高尾とユニット組んでいいと思う。」
「好き勝手言いよんな。」
「つかメンバー揃わねーな今日。」
「今日は黄瀬と黒子と火神中心だろ?」
「うーんー、黄瀬の膝の描写もあれだよなぁ。」
「ああ、練習過多と灰崎戦か。三位決定戦するよな?」
「IHでは桐皇三位ってなってたからすんじゃない?脚本家と数字の相談になるだろうけど。」
「相談しよう、そうだ、うん。」
「伊月黙れ。」
「いや、伊月役面白いよ。ダジャレ面白い。KI・TA・KO・RE楽しかった!うっかりオリコン入ったびびったー。黒バス現象すげーわ。」
「日向もclutchよかったよ。俺まだ歌詞届いてないからさー。」
「木吉のは相変わらずボッケボケなんだろうよ。」
「あ、標準語お帰り。」
「クラッチ入った?」
「素読みやっとくか。」
「控室戻るか、じゃあ。」
「あーくそーあと二試合で終わりだよー。」
「誠凛高校バスケ部楽しいんだがー・・・。」
「『黒子のバスケ』には胸が痛むわ・・・。」





















まあ、そういう妄想をしてみたわけで。黄瀬自身は経験値関係敗北を知るべきだけど、そろそろ緑間も秀徳も海常も勝っていいと思うんだよ。負けてほしいとか勝ってほしいとかいうんじゃなくて。誰もが勝者にはなれないのがスポーツだし負けがあるからドラマはもっとドラマチックになるし。負けたチームがどんな態度をどんな言動を取るかという意味で、黒バスは凄く面白い作品でだと思います。スポーツ漫画の醍醐味は負けチームにあると私は個人的に思っている。
しかしキセキの個人技からチームになる描写があればこそ、そのチームには勝ってほしいという欲が出る。読み手としては。特にIHでの海常敗退は笠松先輩に涙が出た。ベスト8だって胸張って帰るぞって仲間鼓舞して、その裏で泣いた彼は泥臭くも美しい。
美しいだけの勝利も敗北も、そんなの二次元の中だけだ。
だから彼らは二次元の存在であるべきなのだと、割り切った結果がこうでした。
何番煎じ失礼しました!!

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何番煎じネタすいません。本誌を受けて、それに対する色々な読み手さんの考えを読んでいたら何故か涙が出そうになったのでドライアイな私は涙ではなく文章を出しておこうと思った。中の人ネタありますんでその辺お気を付け下さい。腐向けではないですか描いてる人間は間違いなく腐りきっていますのでタグはつけておきますよって。誠凛三本柱先輩愛してる!!

2012年10月02日 22:18初出。

桐皇vs海常、洛山vs秀徳に涙腺が緩んだのは私だけではないはず。

20121115masai