ちえのあるひと。






 

どんっ、と腹の奥の衝動に、火薬の跳ねる音が聞こえた後に、はちみつ色の髪が輝いた。

ぱん、と空に弾けた火薬に焼けた火花はまあるい形に夜空に広がると、ふ、っと儚く消え失せる。濃墨の空に雲の影が一瞬浮かんで、ばぁと光る。ぱらっ、と弾け解けて流れて煙が次の火華に掻き消えた。遠くに警備会社の放送と花火職人の名前が祭り開催主催本部が読み上げ、遠くの大通りには通行規制の放送が、警官隊を連れていた。出店の商人連中も、その花火が無事に上がったことに感嘆するように、呼び込みの声を止めた。いらっしゃい、と我に返ったように、唐揚げの露店屋の主人が言った。また通りは賑やかしくなるが、ひとの通りは少々滞った。皆頭上に花火を見上げて、携帯電話を掲げて写真を撮るのは聊か無粋と伊月は思う。儚いあの、ひとのゆめのような瞬間が、好きだと。

始まったか。

そうみたいですね。

想紅の浴衣は伊月の家に反物だけあったのを伊月が仕上げた。相田から、指先でも怪我したら切腹モノなんだからねポイントガード、なんて脅されながら、今日に間に合うようにと春からちまちまと縫っていた。付き合い始めて約一年、去年の夏に、そろそろサイズの合うものがない、と量販店の華やかな模様の前で笑ってから、ずっと決めてあった。

姉はもう成人式の振袖を決めてある時期だったし、余った反物を貰ってその内からサイズを弾き出した鷲の目は、教本の基礎から入って見事に190センチを超えるの美丈夫に似合う浴衣を縫い上げた。帯は父から下がったもののうち、白に橙の線が入ったそれを合わせた。伊月は例年通り、藍色に濃茶の帯だ。着付けは互いに出来たのは、僥倖と言えた。尤も宮地の手順は伊月のそれを真似ただけで、流石に帯の結びは作れなかった。

「あーなんだ・・・。」

見上げていた夜空には何千と花火玉が昇って消える。

「腹立つわー・・・。」

夏の風物詩を何と形容するのかこのひとは、と伊月は宮地のその発言に、苦笑する羽目になる。

どうしてですか。

ほら、アレっぽいじゃん。

あれ。

うん、と小首を傾げた伊月であったが、遠目に視界を掠めてにまりと意味深な笑みを浮かべた鷹の目が、カップルの波間へ消えて行った。しっとりと手を絡める男女が埠頭で寄り添い、子供がぺしゃりとアイスを落とした。

「ほら、緑。」

ああ、と感嘆するまでもは行かなかったが、確かに赤やら青やら緑に黄やら紫やらと、どこかで見聞きしたような色ばかりが揃っている。

「バリウムですね。」

「バリウム?」

ああ、と手を打ったのは宮地で、炎色反応、と口角を上げて見せる。伊達酔狂に文武両道の高校で成績上位を保っていなかった筈である。

「赤はリチウム、黄色はナトリウムですね。桃色はカリウムで、ストロンチウム・・・ですかね、紫。緑は銅です。」

すらすらと、周期表でも暗記したかに口から出たのは、きっと伊月も同じように思っていたからで。

「あ、今のネコですよ。」

ぽん、ひゅるりっ、と空に浮かびあがったやけにカラフルな一直線は、上手く上がればネコのイラストになったらしい。

「あぁ?」

ぽぽん、と笑顔やピースサインも浮かんで、得心したように、また、ああ、と宮地は穏やかに笑った。

「花火って物理なんですよ。」

「球の中に火薬詰める作業がか?」

「どうやって花開くか、が問題なんです。最近はパソコンでシミュレートして、が主流ですからね。昔はいましたよ。綺麗に文字を作る職人さん。」

「花火職人?」

言って、苦そうに宮地は腹に響く炸裂音から顔を上げた。大玉の緑が青く変わって赤くなって消えた。

「最近は打ち上げも全部機械任せですからね。」

随分と詳しいな。

それはもう。

ふふ、とちいさく笑った伊月は、憧れました、なんて今更に。

「昔、少し。」

物理的な視力の高い頭脳は、幼い頃から空に儚く散っては咲く花の、そんなものに憧れたと。頭の良い子供であったのだろう、と宮地は見当をつけてる。人波の中に自分を見つけて淡く微笑む彼は、愛情表現方法を良く知っている。愛されることに不器用なくせ、愛することに躊躇いが無い。いっそ宮地が戸惑うほどに。

六面展開図とか好きだった?

何でわかったんです。

おうい、と思わずその綺麗な黒髪が簾を降ろす秀でた額を宮地は突く。ふざけてんのか割るぞ。

「花火と言えばですね。」

「おう。」

「俺はシンプルにあれが好きなんですけど。」

まるで何が次に上がるのか、鷲の目には予知能力でもあるのか。ぱあん、と濃墨の空に尾を引いて上がって弾け、柳の容に垂れ下がる。

「骨を燃やして作られる色なんですけど。」

「その可愛いお口にフランクフルトでも突っ込んでやろうか。」

「かき氷が食べたいですねぇ。」

空に火の華を咲かせる夢を持った少年は、恋人のこころに華を灯す方法を知っているらしい。薄いくちびるが、空に見えない月のように、穏やかな弧を描く。



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初出:2013年8月5日 00:49

宮月の日おめでとございます!

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ツッコミがなかったんで解説しちゃうと、タイトルは「魔法使い」の意です。

20141231masai