「っち。ハズレ。」

クロムハーツの贋作ウォレットをコンクリートに叩きつけ、足元に転がる頭を蹴り飛ばした彼は、どこにそんな力があったのか、と言う程華奢にも見えた。それは廃屋内に数々と倒れている身体の大きさとの比較であって、彼は極々平均である。と、彼自身は言い張る。

「よーぉ、不良風紀。」

「なんすか、校則違反者。」

「高尾がアゲられた財布、知らね?」

廃屋内に差していた四角く切り取られた光が陰る。その長身はふわふわと金色の髪を初夏の風に遊ばせ日光に煌めかせている。

「どんなです?」

「黒の長財布。カエルのチャーム付いたやつ。」

「ここから探してください。」

大漁だな、なんて金色の頭髪の彼は、華奢な彼に示された財布の山を見た。中身はどれも空だろう、と手近を振ってみれば、ちゃりんと小銭の音はする。紙幣は全て抜かれてあった。

「お前さん、最近目立ち過ぎやしねーか。誠凛の風紀は敵に回すな、とかまで言われてんぞ。」

「文武両道を掲げる秀徳高校の校則違反者に言われましてもね。」

「地毛証明あるっつの。成績いーし、俺は・・・っと、あった。」

「高尾に怪我は。」

そちらは幸いにして殴られただけで上手く目撃者も作った彼は、学校側から叱りを受けることはなさそうである。

「お人好し、って日本語知ってます、宮地さん。」

「類は友を呼ぶ、って日本語知ってっか、伊月。」

さらり、日の光に天使の輪色に煌めいた黒髪が風に流されると、するりと見えない嫋やかな指先がその髪を撫ぜ、白い頬の砂や黒い学ランの埃を指摘して攫った。

「この辺、治安良くなったと思ったら。」

「これ目当てだったみたいで。」

ふつ、と安全ピンが解けると、その腕章が黒い袖を滑り落ち、白地に水色のラインが日に眩しい、黒の明朝体が凛々しく綴る文字は《風紀》。かちと針止めを噛み合わせ、腕章がぺたんと畳まれると、伊月はそれを悪戯しく口元に持っていく。

「誠凛の風紀の伊月かって、こっちも問答無用だったんですから。」

「名前まで暴露てんじゃねーかよ。怪我は。」

「すると思います?」

ちゅ、と腕章にくちづけ、愛してんぜ、なんて囁く姿は豪胆であり繊細。華やかで荒々しくも、どこか儚く、そして何より鮮やかだ。ポケットに仕舞って、廃屋から出れば日の下を二人は歩き、その廃屋が廃屋になってしまった所以を物語るような土塀に預けてあったエナメルバックを持ち上げるタイミングが二人で揃ったのに、宮地は一つ噴き出し、伊月は眉をしかめた。

「財布の中身どうでした?」

「元から小銭しか入ってねーってよ。」

「じゃあ捨てちゃえばいいのに。」

「このチャーム、妹に貰ったんだと。」

「あ、そりゃ捨てらんねぇすわ。」

この場合は捨てる捨てないの問題でなく、無くせば何が原因なのか、妹という生き物は兄姉の事情を知りたがる、という心理や経験に由来する。

「宮地さん、お掃除終わりです?」

「あ?」

黒曜石色の鋭い、刃物でも仕込んでいるのかという眼光は、三歩、宮地の前に歩いて振り返った。

「あなたでしょ、俺を欲しがったの。」

「メーヨキソン、てか。」

「暴力に弱い人間って、やっぱ暴力に屈しちゃうんですよね。宮地さんに殴られ損ですよ、さっきの連中。」

なんだよ、と宮地はその甘やかな容姿に翳りを落とし、犬歯を見せて獰猛に、凶悪に、いっそ爽やかに、両眼には煌々と光を宿して、嗤った。

「割くぞ。」

「痛そうなんで遠慮します。」

言い終わると同時に、気配も音もなく、その鍛えられた脚はその顎を蹴り上げた。

「あ。」

聊か歪んだ声で、伊月は頬を引き攣らせて呻きながら笑う、という器用な真似を仕出かした。顎への攻撃の、手応え、と言っても足技なので厳密にはどう表現するのか知らないが、知るつもりも無いが、がじりと打ち靼めされた革が齧られる音に、踝丈の靴下で伊月はアスファルトを踏むことになる。

「美味しいですか?」

「不味くは、ねーかな。」

「変態か。」

がじがじ、毎日の登下校に使う、それなりに丈夫なローファーが宮地の歯で食い千切られて、ぼとんと間抜けに落ちた。

「これだから身長ある相手ってヤなんすよねー・・・。」

ぐ、っと肘を引くと、砂利の無い道で脚を踏み締め、皮膚の擦れる音に宮地が仰け反らせた喉を引く。まるで獣のような動きで飛び退り、突き出された正拳から逃げることを成功させた。

「おめー、バスケ選手なら手は大事にしよーぜ。」

「宮地さんなら上手く避けてくれると思ってましたんで。」

本命はこっち、と耳元で囁かれ、どうしてそんな至近距離で声が、と宮地が悟ればその眼前、黒のスラックスに包まれた脛が迫って、初速を跳んだ事により、脛の骨が鼻柱を折り、ぐ、っと痛みに身体を折った足元にぽとぽとと血が落ちた。

「あいってー!モロ弁慶の泣き所!」

「うるっせ!鼻血で溺死させられてぇか!」

「うわ、鼻血出たんです?まじで?宮地さんの鼻血!」

「ケータイ向けんな馬鹿かお前、折るぞ!」

び、っと鼻腔の血を噴き、こきん、と軟骨を鳴らして宮地は呼吸の回路を整える。

「嫌ですよ。」

「うるせぇよ。」

「来ないで下さいってば。」

「止まれよ轢くぞ。」

ひと気のない路地で、間合いを取りにと宮地が踏み出せば伊月が退る。長い腕が伸びて、切り揃えた爪先が指先が学ランの表面を擦る。小刻みに伊月の小さな動きで指先を捻り上げられ、ぎしりと宮地の奥歯が噛まれる。顎の骨が馬鹿になりそうだ。

「宮地さん。」

そうして白い指先が、宮地の学ランのペン先を模った校章を奪うかに延び、攫い千切るかに引いた。

「・・・ふ、ぅ。」

鼻に抜けた甘い呼吸を聞かれれば腰を抱かれて首筋を強引に上に向けて伸ばされ背骨が軋んで呼吸が辛い。くちびるを噛み、喰らいつく勢いのくちづけに伊月の指先が宮地の首に、気道に指先を掛けて、戦慄くように、片方だけが靴下の足首が反って、ぐじゅる、とその唾液を交歓した音は、肉でも啜っているかのような音がした。

「・・・ぐ、・・・はっ。」

「・・・ま、んぞく、しましたかっ。」

喉仏を強く押されて宮地は思わずその腕に抱いた痩躯を解放した。走狗のように間合いを測って、しかし靴下で砂利を踏んで、くたりとその場に膝を突いた伊月は呼吸を乱されたまま、鼻の下や頬やくちびるに擦り付けられた血を、黒い袖で、水色のラインにかからないようにと肩で拭う。

「さい、ってー。」

「うっせ、けほっ・・・この性悪風紀。」

 

好きだって会ったら迷わず殴っちゃうくらい、好き。

愛してるって、殺したいほど愛してる。

20141009masai