| 劉は突如出来たエントランスの検問に困っていた。 マジシャンの通訳兼アシスタント、という仕事は割かし賃金も良いし、手品のタネも知れてなかなかに面白かった。 しかしこれは困った。基本的にマジックと言うのはネタバレ厳禁なのである。 今吉探偵と伊月助手と深層心理。後編。 更に困った事に、警察は逃げた『誰か』を探しているようで、本当に見境が無い。人体切断マジックの箱をまじまじと見て、開けてみてもいいか、とその態度は中身を気にしなければいけないのか気になっているのかどちらかにしろという話である。働け公僕。 「そっちは何だ、・・・冷蔵庫?」 「はい、客室の壊れたもので・・・。」 青峰の声に、明らかに焦った従業員を劉は振り返った。 「あ、お疲れ様ネ?」 「あ、はい、お疲れ様です・・・あっ、ちが、・・・恐れ入ります。」 サクラと言う名の協力者は随分と律儀なようで、しかし冷蔵庫を開けようとする青峰に明らかに渋っている。まさか入っているのか、とその場にいた全員に慄然とするが、ずっしりと重みをもって開かれた冷蔵庫は空っぽだった。他は雑多な小物が入っているのか、箱を積んであるばかりで、そのまま彼はホテルの裏手にあるゴミ置き場に向かうのだろう、劉もマジシャンの移動車にこれらを運び込まなければいけない。 「邪魔アル。」 「あ、ワリ・・・。」 その精悍な顔つきの色黒の警官は、その従業員の背中を凝っと睨みつけていた。 ガラガラガラガラガラガラガラガラガツッドゴシャァッ・・・。 捨て場に突っ込むように倒れ込んだ冷蔵庫の隣に、箱を腹やら腰やらに巻いた今吉が倒れ込んだ。冷蔵庫を囮に、箱の上下をぶち抜いて段を重ね、その中に潜んだ訳である。 「ちょ、自分、運転荒いわ・・・。」 おもくそ腰打ったがな、と呻きながら、サクラくんと仮名で今吉が呼ぶ彼を見れば、ぜえぜえと肩で息をしている。慣性の法則って知っとるか、と起き上がって箱を脱ぎ捨てながら今吉は笑った。 「さて、まこっちゃんの足取り追うてこかー!」 おー、と一人で拳を突き上げた彼は、月ちゃんはあの辺のお部屋やな、と振り返り様に少しだけ見たが、すぐにからころと下駄を鳴らして歩き出した。 「伊月サン、いっすか。」 ノックの音に伊月は顔を上げた。鍵を閉めていない旨を伝えると、黄瀬は相変わらず人好きする笑顔で入ってきた。 「珈琲飲む?」 「伊月サン、黒子っち心配してたッスよ?」 「うん。電話でひゅーがにも叱られ済み。明日練習五倍。明日行けたらだけど。」 ごば、と歪に音を漏らした黄瀬は、カップアンドソーサを素直に受け取ってしまった。 「行けたらって・・・。」 「翔一さんが逃げないように、かな。花宮の様子も見に行きたいんだけど。」 「あ、花宮サンは青峰っちから伝言ッス。」 ん、と浅く頷いた伊月は、心なしか顔色が芳しくない。 空が灰色に染まってきた、と今吉は手帳から顔を上げた。後ろをやっぱりひいひい言いながら彼は着いてくる。浴衣一枚もそろそろ寒すぎるでー、なんて呑気に考えながら、鬱蒼と茂った林の向こうに、突き出している鉄筋を見つけた。 「お?」 そのまま今吉は木々の間に飛び込んだ。かろうじて作られている林道に一台の車が走り込んできたからだ。 車から降りたのは、二人の男だった。ホテルですれ違ったか、という具合で思い出して、どうしてここに、と疑問が浮かぶ。ここはもう、花宮が調べた後で、一般人には興味もそそらないであろうのに。 「まあ、ええか。」 ここに何があるのかは知っている。何が起こるかを知ればいい。後ろを健気についてくる彼には目もくれず、今吉は速足で歩きだす。いい加減風の無い場所に行きたいというのが半分ほどの理由を占めているが。 カラン、とコンクリの床に下駄の音がやけに響く。花宮の報告書に合った階段を見つけ、真っ暗な中を進んでいくと、ぼんやりと暖かい光に出会った。男たちがランプを見つけたのだろう、階段の中腹程に置かれているそれを持って、今吉は更に階段を下る。思いのほか広い階段に、全部で百十二段やったか、とランプを掲げる。 「おお、にーさんら、何してはんの?」 「・・・あ?」 「誰だ?」 半分ほど下っただろう、やっともう一つランプを灯して持っている二人の男に追いついた。 「いや、ちょっとな・・・。」 明確な答えは、彼らも、今吉だって目的は言わない。 からんころんと今吉は二人を追い抜き、更に下る。一人が一緒に降りてきた。 只管階段を下る。 ぶわりとオレンジ色の灯火が広間を照らして、ここか、と今吉は小さく呟いた。 「にーさん、えっと、・・・。」 「島。金融ブローカーをやっている。」 「ああ、お金屋さんかぁ。・・・お、あった。」 床に、蹲って倒れている死蝋には繊維のみが残った毛布。図田袋に入っているようにも見えた。報告の通り、缶詰が幾つか空になり、茶碗が重ねて積まれている。リュックサックが二つ、木箱の上には朽ちたノートがあり、蚯蚓がのたくったように何かが綴られているが、生憎解読不可能。報告書通りの内容に、ふむと今吉が頷けば、島氏も同じように見て回っている。この男、と今吉は唇を歪め、口を開こうとした途端に奇声が鼓膜を弾いた。 ぐぎゃ、と啼いたのは何だろう、と今吉はランプを向けた。鼠でも入ったのだろうか。ゴトン、と落ちる音に目を向けると、悲鳴が上がった。どこまでも着いてくる気であったらしいホテルの一従業員は、喉元を裂かれて絶命している男を前に、飛び退き、飛び降り、転んで、座り込んだまま、じさった。 「っ二ノ瀬ええええええ!!」 島は先ほどまで道程を共にしてきた男の変わり果てた姿を見て、狂ったように呼んで叫んだ。 「ちょっ、待ちぃ!動くな!!」 ジャカッ、と音に今吉は肩を跳ねた。これは、記憶が正しければ、拳銃の撃鉄を起こす音。 「おっ、お前か!お前らか!?一ノ宮も、二ノ瀬も、そっ、そして、五木も!!」 「島さん、ちょぉ待ったって・・・。」 なんでこないな時に装備品浴衣のみなんワシ!と心中泣きたくなりつつ、今吉は両手を掲げて島の言うとおりに行動することにした。 今夜がヤマです、と医師の言葉に、伊月はひゅっと喉を鳴らした。学友であり同輩で同僚の瀬戸が唯一、手隙だった、ということで酸素マスクを被った花宮の、苦痛に歪む顔を見ている。 「普段は、殺しても死ななそうなのにね、花宮。」 「まあ、花宮だからな。」 そんな会話をして、夕闇も消え去った窓の向こうを伊月は見た。黄瀬は病院を騒がせるわけにはいかないから、とマネージャーに運転させる車で待機している。 「花宮がこの間調べたホテルの廃墟、今吉らしき人物の目撃情報有だ。」 「どんくらいマジ情報?」 「古橋の黒目の中の黒目成分くらい。」 その回答に、はあー、と深く息を吐いた。 「瀬戸、花宮をお「頼まれた。」 「いってき「いってら。」 「またね!」 聊か刺々しく言い放ってやって、伊月はインバネスコートを羽織って、歩きながら前釦を留めて、ひらりと裾を風に遊ばせると、病院前の車の後部座席窓を叩いた。 「どっか行きます?」 「ホテルに戻るよ。青峰の腕っぷしが欲しい。」 そうして青峰が連れてこられたのは、血生臭い地下空間だった。 「くっそ、行き違った!」 「行き違ったって、まさかっ。」 「そのまさか!」 まだ表面がぬるいランプに、僅かにぬくもりが残っている死体。死蝋は報告通り、珍しいが面白い事は無かった。地下空間を見渡した鷲の目は、二度三度瞬き、そういうこと、と仄かに嗤った。 「オーナーの誘拐は狂言だ。」 は、と青峰はその美しい黒髪を見下ろした。新しく増えている死体を近所の箱に迎えに来させ、林道を車まで戻る途中で伊月は続ける。 「三佳は一年前にヘッドハンティングで引き抜かれた、それと同時に起こったホテル買収は全て復讐劇。」 「復讐?」 「ああ、復讐だ。フランスの小説『巌窟王』は知っている?裏切りによって暗い洞窟に幽閉された男がそこから脱出して財宝を手に入れ、裏切り者を始末して行くって筋書きだ、大雑把に言えば。今回の事件は、このホテルのオーナーが巌窟王だったんだ。廃墟で見つけた死蝋は服や持ち物、花宮の調べから十二年前に失踪した五木という人物だった。当時十歳だった息子さんも行方不明。あの場所は二人の人間が長く生活していた痕跡があった。花宮も同意見だ。」 「どこから、そんな情報!」 「回った書類くらい読め!」 「デスクワーク無理!!」 バタン、と乱暴に車のドアを閉めて、再びホテルへ。今夜は恐らく帰れない、明日の事は明日連絡する、と簡潔に自宅への連絡を終えて、今度は病院へ電話。 「あ、瀬戸。よかった、帰ってなかった。うん、ザキにちょっと頼みたい。解ってんならいいよね。うん、頼んだ。」 内容が一切無い会話で通話を終えて、伊月は部屋に戻った。黄瀬も青峰も付いてきてくれて、後は三佳さんの周辺警護、と青峰に指示。 「今回の被害者は、全員、五木って人と関わりがあったんだ。五木ってあの死蝋ね。で、ここからが問題だ。俺の記憶が正しければ、茶碗は二つあった。箸も二膳あった。リュックサックも勿論二つだ。翔一さんも確認したんだ、荷物の一部が埃を払われて引っ掻き回されてた。水筒も、弁当箱も、全部きっちり二人分あった。でも、靴は二個しかなかった。」 伊月の情報処理速度に、青峰の脳味噌がいい加減茹りそうで、ちょっと愉快だったのは確かだが、ちゃんと説明の違和感に気付いてくれた。 「靴は・・・二足、だろ?」 「うん、でも、二個しかなかった。言い方変えようか?」 「いいや、判った。靴だけが一人分足りない。」 正解だ、と満足気に伊月は頷いた。 「その靴を履いて外に出たのが、今回の巌窟王だよ。」 テーブルに置いてあった数枚の書類を、伊月は青峰に突き付けた。 「こ、いつ・・・!」 「いたかい?」 「ああ、でっけー荷物、捨てに行きやがったぜ!」 そのままその履歴書と写真をふんだくった青峰は、部下を集めてこの顔を捕まえろ、と端的に説明し、自分も出て行った。 「あのぉ・・・?」 「はい、肩の荷が下りた―。何かな、黄瀬?」 「あの子、催眠術掛かったんすか?」 ああ・・・、と伊月はベッドに上半身を転がし、真っ白に塗り変えられている天井を見た。 「催眠術でひとは殺せるか、ってことだね?」 「あ、あの、推理や情報が間違ってるって事じゃなくて!」 「うん、感情の問題だからね、それは。・・・俺たちは見た。特に俺は自分の目で見たものは信じる事にしてる。事実として受け止めてる。でも、感情は別。状況で行けば、花宮を刺したのは翔一さんだし、一ノ宮殺害でも状況証拠は犯人が翔一さんだって言う。・・・あのひとは、何考えてるかわかんないし、胡散臭いし、妖怪だし、でも、だからこそ、催眠術でなんかで動かせるもんか。俺が翔一さんについて、確かな事はひとつ。今吉翔一は、絶対に俺を裏切らない!」 だから今の俺の考えが成り立つ、と起き上がると、ノックも無しにドアが開けられた。 「二ノ瀬を殺したと思わしきナイフから、今吉翔一の指紋が出た!伊月サン!」 「なにやってんだ翔一さんのダアホ!!」 「ちょっ、それ日向サンの口癖うつってるッスよ?!」 これでマジ犯人でしたってオチなら恨むぞこの野郎、と臍を噛みながらも、やっぱりどこかで無事に帰ってこい、無実だと信じている、早くその腕の中で安心したい、と考えるこころのヤワな部分はある訳で。 「しょーいちさんのばーかー。」 丁寧に畳んでおいた単をえいと抱きしめて、革靴は適当にぽいと脱ぎ捨て、ベッドに転がる様子を、黄瀬が笑いながら、甘いチャイを作ってくれた。 今吉が押し込まれたのは小さな倉庫だった。どこまでも着いてきちゃった街道まっしぐらな青年の手前、やりたくなかったが、島の姿が去ったのを見届けると、そのまま後ろ手に縛られていた紐を解いた。 「えっ。」 「縛ってもらう時にな、ちょこーっと紐端折って握っとくねん。」 島は焦っていた。そんな風な縛り方をするくらいには焦っていた。なぜなら、思い出してしまったから。あの偏屈教授と一緒に生き埋めにした、当時十歳の子供の顔を。そして十二年の歳月が経ったにも関わらず、二十代には到底見えず、年相応に見積もっても中学生くらいの彼は、本当に変わっていなかった。 当時は自分たちの研究や発表をきらきらした瞳で見つめてくれていた、その純粋さは溝川のヘドロのような薄気味悪さに変化しているが、顔立ちは本当に、当時のそのままだった。 そしてその少年は、経営業界で名を馳せていた三佳を捕まえた。三佳はこの少年に過去を握られ、ホテルの運営に乗り出した。オーナーの自作自演誘拐事件を起こさせ、今回のメンバーを集め、乗じて屠った。 「月ちゃん上手い事やっとるやろか。まこっちゃん生きとるやろか。」 今吉は彼らの思惑など知った事かと、倉庫の奥まった場所にあった金庫のダイヤルを回している。 「お、・・・開いた。やっぱなー、菊の御紋やわー。いややわー備蓄しとったん取ってきてもうたんけー。そら五木サンも泣くわなぁ。」 はーあ、なんて金庫の中の菊の御紋が刻印されている金塊の山にわざとらしく肩を竦めて見せて、五木少年がびくりと大仰に震えたのに笑った。 「ワシは何もせんよ。ほら、手ぇ解いたろ。で、ちょっと服脱ごうか。」 にんまりと、今吉はそうやって笑った。 倉庫のドア窓から二人が大人しく壁際に座っているのを確認し、島はドアを開けた。手には握り飯があった。 「すまん、のっ!」 角材を手に今吉は島のドアを開けた死角から後頭部を、ちゃんと力加減して殴って気を落とさせた。 「まじもんの全裸待機してもたやないかい。さっぶ。」 風邪ぶりかえしたらどなしてくれんねん、とぶつくさ文句を垂れながら、砂袋に着せた浴衣を剥いで着た。なんかちくちくした。 「さぁてと。起きてやー島のにーさーん。」 島がベルトに挿していた拳銃を奪い、コン、と重たい金属で頭を叩いてやれば、ふへっ、と間の抜けな声が上がって島は起き上がった。 「一ノ宮、二ノ瀬、三佳、島のあんたらが仲間割れか何かして、あの地下に閉じ込めたんが発端。多分原因はそっちの金塊やな。」 くらくらする頭を必死に動かして、彼は喉を引き絞る。 「何故・・・!?」 「すまん、見てもうたー。」 「五木の手先か!」 噛み付かんばかりの勢いで吠えられるが、手足は意識を落としている間に後ろで縛ってやった。 「誰やねん五木。ほんなら、ワシらはその五木ゆー輩に煮え湯飲まされてる訳やんなー。五木とやらを、もーちょい詳しく頼むわ、島さん?」 それはもう、体内に溜めこんでいた澱を全て吐き出すかのように、十二年前の惨劇は語られた。 「五木は・・・っ俺たちが通っていた大学の・・・教授、で、旧日本軍について調べていたんだ!隠し財産があの廃墟ホテルにあったのを突き止めたのも五木教授だ。皆で観光がてら見に行って、そこで五木を殺そうとした。どうせ金塊を持ち帰っても、分け前をくれないとわかっていたからな。一ノ宮、二ノ瀬、三佳と一緒に、五木親子を廃墟ホテルの地下に閉じ込めて、石とセメントで必死に塞いだ!あんなに!あんな風に生きているなんて!!」 島が見た先には誰も居なかった。今吉でさえ、彼がいついなくなったか気付けなかった。 「嘘やん。」 暴れ出した島に、やばいな、と今吉は腰を上げた。あとはオーナーに自作自演させた三佳がいなくなればいいと、そこまで岩窟王の計画は進んでいる。 「絶対出んな!」 倉庫のドアを閉めて見渡せば、ごくごく普通の住宅地だ。嘘やん、ともう一度呟いて、慣れない土地の地図をざっと頭に描く。逃げるなら、逃げ込むなら、とシミュレートを繰り返し、どん詰まりに、先ほど倉庫から出るなと言ったばかりの島が、額に丸い穴を開けて死んでいた。 「嘘やん・・・!」 持っていた拳銃をその場に捨て置き、島の自宅へ不法侵入。シャツを着こんで単を羽織る。手拭いを首に巻いて、ある程度の防寒は備わった。 「今度覚えとったら返しに来るさかい!」 島は良心の呵責からか、伴侶も持たずに寂しく暮らしていたようで、今吉はそう残して家を出た。玄関から堂々と、だ。 からころと歩いていけば、煙草屋の窓が開いていた。店番は若い娘で、今吉は気軽に話しかけた。 「嬢ちゃん、夕刊あるか?一面だけでも見せてもらえんか?」 もっふり被りまくった猫で笑ってみると、はいどうぞ、と夕刊を差し出された。一面に、《龍汪ホテル殺傷事件》と銘打った記事が作成されている。 《若い少 年が 惨劇の夜に 飲まれた。男性が刺し た男は息を し無い状態 でそ の傷 の深さ で死 亡した模様。》 《死亡した花宮真(17)は左胸に心臓に達するまで深い傷を負い、出血多量により、手当の甲斐なく死亡し、また、ホテルオーナー秘書、三佳亜子(32)さんはこの件について対応に追われており、更に数日前よりオーナーが行方を晦ませていることも判明している。》 《警察は犯人情報公開も辞さず、被疑者と見られる男性の行方を追っている。》 暫く黙読し、なるほどな、と顎を摩る。そろそろ不精髭がざらついてくる時間だ、とも考えた。 「お嬢ちゃん、おおきに。」 「はい、どういたしまして。」 ぺこっと頭を下げた彼女は綺麗に髪を結い上げてあって、きっともうすぐ近所の悲報に驚愕に崩れるであろう、笑顔が印象的な娘だった。そして彼女は、行き様に見せた今吉の不気味な笑顔に、背筋が寒くなって、そのまま窓を閉めてしまった。 その夕刻、島が殺害された現場に置かれてあった拳銃から今吉の指紋が検出され、ついに彼は龍汪ホテルに待機する青峰大輝警部の膝元に首を差し出された。 きい、と金属が軋むような音に、今吉は片頬を上げた。これまでに無いほど、嫌な笑い方だった。 「やあ、会えて死ぬ程嬉しいよ、今吉サン。」 車椅子に乗せられて、瀬戸に押させて登場した、先ほどの夕刊で死亡を告げられてあった青年だった。 「奇遇やな、ワシもや、幽霊まこちゃん。」 にぃ、と似た者同士、顔を合わせて、どゆこと、と首を傾げた黄瀬の斜め後ろに伊月は立った。 「今日の夕刊。これ、文章おかしいだろ?」 「あ、今回の事件の・・・?若い少年がさんげきの・・・あ、若いと少年と重複してるッスね。」 「漢字がツー。平仮名がトン。で、モールスになってんの。どうしても連絡つかない時とかに使う。まあ、この記事の八割は嘘だけど。」 「ザキが作ったからな。」 あいつココ弱えーし、とこめかみの所で指を回したのは花宮だ。 「真、無事か。」 「無事なわけあるか、バァカ。てめェも一回花畑見て来い。」 「臨死体験した系?」 「したした。」 「適当言うなや。」 エントランスでそうやって探偵と助手の漫才と言う名の舌戦は繰り広げられ、戻って貰ってきていいか、と呼び戻したのは意外にも青峰だった。 「ん、ほならどこから説明しよか。」 「とりあえず自分の無実の証明から始めません?」 からからと伊月の手に転がされてきたのはリネンワゴンだった。 「せやな。一ノ宮さんの事件の時と、まこっちゃんの事件はこれで説明つくわ。これでワシ運んだらええねん。」 「はァ!?」 「一応、ここに証拠が。」 よ、っと勢いをつけて持ち上げたシーツの山から、するんと折畳ナイフが落ちてきた。 「あ、やった、当たり!」 「適当かよ。」 まあそれ開いてみ、と言われて青峰は柄に畳み込まれている刃を出そうと、手袋をした手で頑張った。 「あ、何で?」 「あかんあかん、壊れてまう。月ちゃん。」 「はい。」 にっこりと返事を寄越した伊月は、コートのポケットから同じものを取り出した。 「コツが要るんですよ。普通の開け方じゃあ開かない。でも、いざって時に出てこないと困るから。」 柄が縦に割れ、ぱちん、と裏返って刃が現れる。 「因みにこれ、花宮さんお手製で、刃の根元にイニシャル入ってます。俺は《S.I》。あ、翔一さんもか。」 「あ、青峰っち貸して!割れちゃう!壊れちゃう!!」 「あ゛―!?」 めきめきっ、と力づくの青峰から、黄瀬が別の警官から手袋を借り、伊月の指先の動きを模倣し、つやりと光る刃が姿を見せた。根元には《S.I》と彫り込まれている。確か俺のよりSの彫りが深かったはずー、と見比べて、あ、やっぱ翔一さんのだ、と伊月は一人頷いた。Sの字の彫り深いって、え?は黄瀬の反応だ。 「慣れれば使いやすいです。」 ぱちんっ、と柄を回転させて刃を仕舞い、ポケットに仕舞う。 「あ、これいッスね、片手で扱える。」 「ね、便利でしょ?」 誉められてるでまこちゃん、よかったな花宮、と車椅子の彼は現在ちょっと血圧の危機だ。 「伊月!」 「はいはい。因みに花宮さんが運ばれたのに使われたと思しきものからは、花宮さんしか解読できない手帳が入ってました。」 怒号に似た声で呼ばれ、内心舌を出しながら、今吉があの地下に置いてきた花宮の手帳を伊月は取り出した。歩きながら説明し、そうして辿りついたのは、ステージのあるラウンジだ。 大きなホールは人気が無く、関係者のみが集められたそのホールの舞台には、準備を手伝った劉と檻に入っていく伊月の姿があった。今吉の手には、磨き上げられた長身の刀が握られた。 「・・・ほな、いくで。」 その声に、戦慄っと身を震わせたのは伊月だけではない。観客と化した黄瀬や警官隊を引き連れた青峰までもが、止めろと叫んだが、時既に遅し、鋭い切っ先はずぶりと伊月の黒い学生服の脇腹に刺さり、ぎゅっと伊月は肩を竦めた。 「こういう訳やな。」 ばさっ、と幕を捲れば、そこには伊月の学生服を着せたマネキンに同じく刀を突き立てた、先程舞台袖に引っ込んだ筈の劉の姿があった。 「リフトも同んなじ原理や。一ノ宮はあの時点で殺されとった。ボーイ服の背中側を赤いに細工して、広い鏡をリフトの中に立てかける。足元はまあ、リネンワゴンとマネキンで誤魔化したんやろな、ボーイ制服で女の足元はちょぉキツイし?で、問題は現場や。月ちゃん、模型。青峰には見せたほうが早いわ。」 「はい、こっちで、問題の、花宮さんが刺された件。」 ちょいちょいと伊月に手招かれて、テーブルに皆で寄って集る。そこには花宮が今吉に刺された部屋の模型があった。 「青峰、花宮が刺されたの、どこだか知ってる?」 「ここ、だろ。」 トン、と心臓の辺りを叩いた青峰は、当然だ、と主張を覆す事はあまり無い。 「うん、俺もそう思った。本当に翔一さんが刺すなら心臓か頸動脈だと思ってるから。」 でもね、と花宮にやった視線は意味有り気だ。 「ワシも浮かれとって迂闊やったわ。リネンワゴンに載せられて、発見された部屋まで運ばれた。これは事実やな。で、問題の花宮やけんど、ちいっと服脱ごか?」 「冗談じゃねぇ。」 はっはっは、と笑って見せた今吉を花宮はそう一蹴した。 「まあまあ予想通りのお返事やけど、これは周知やろ。まこっちゃんが刺されたんは右胸や。まこっちゃんとワシは同んなじ部屋におったんちゃうねん。まこちゃんがおったんは、その手前の部屋や。鏡で反射させて、あたかもワシがまこちゃんの胸にナイフ突き立てたように見えたやろ?」 はい、と頷いたのは伊月と花宮で、首を傾げたのはそれ以外、という結果になった。 「ええ、俺は、左胸を刺されたと記憶しています。でも、ちゃんと確認したら右だった。あの出血量でしたから、後から来た方は判断付きにくかったでしょうけど、事実、花宮が縫ったのは右ですよ。」 「やろ?ちょっと実演したろ。こっちもトリックは極めて簡単やねん。月ちゃん、鏡持ってる?」 「はい。ここから俺と青峰は部屋を覘いた。」 「あ、ああ。」 「そこでイッコ確認なんだけど、青峰は花宮を刺した翔一さんがどんな顔したか覚えてる?」 「・・・いや、記憶に、ねぇ。」 「うん、だって、翔一さんが刺したんじゃないから。」 小さめの段ボール箱を仕切って作られているあの部屋には窓も正確な縮尺で作られており、鷲の目の本気か、と青峰は小さな入口にでかい図体を屈めて覗き込みながら思った。目の前の窓の向こうに、ぽんと置かれたのは黄瀬から借りたコロンの小さなボトルだ。 「それか今吉。」 「これが、花宮。」 壁の向こうに、窓と窓でボトルが二つ並んでいる。 「はい、青峰、身体上げて。」 「お、おお?」 仕切り、即ち壁の向こうには一つしかボトルが無く、もう一つは仕切りのこちらに合った。壁の向こうにあったのは、斜めに立て掛けた鏡が一枚。 「で、そのまま、今吉さんがこう、壁に隠れるように動いたタイミングを計って。」 こつん、とボトルは倒された。 刺せばいい。 「もう一度言う。花宮は右の胸を刺された。」 その厚い胸板を伊月はぽすぽすと叩き、今度は血まみれのハンカチを取り出した。 「そしてこれは、その花宮から俺が預かったものだ。ちょっと匂い嗅いでみろ。」 うげっ、と顔を逸らしたそれに、容赦なく押し付けたのは今吉の手だ。花宮の手もちょっとうずっとした。 「・・・とま、ケチャップ・・・!?」 「ね?」 「青峰警部!島栄次郎の検死報告出ました!」 「見せろ!」 「見せて!」 「あとはライフリングだな。島を殺したのと、今吉サンが持ってたのは経口も違う筈だ。」 花宮の誘導で、青峰もどこを見ればいいかが一瞬で判る。 「確かに、口径が押収物と違うじゃねぇか・・・!」 車椅子の背凭れをぎしりと鳴らして花宮は仕事の終了を告げた、後はお前の仕事やな、と今吉が青峰の肩を叩き、大きな欠伸を漏らした。 「これだけ証拠揃ってますから、後は警察の仕事ですよ。五木の処置は、司法に任せます。」 「まこっちゃんは病院へ戻ってええで。月ちゃんはもう少し後始末手伝ってんか。」 「おーねっむいわー。」 「はい、これで一安心ですね、翔一さん!」 ええお返事、と笑った今吉の疲れた背中に、俺だって明るい世界で立ち回ってみたかったんだ、と震えた声音が響いたが、彼は振り向かなかった。暗い世界に閉じ込められた巌窟王の動機なんて、知る気も、知った振りのつもりもない。 あの空間から靴が消えていた事だけが、彼が存在した証だった。 大量の鏡盗難事件は、こんなところで使われていたことを、新聞社にリークしたのは花宮で、結局被害者たちはまた、大枚はたいて大きな鏡を購入する羽目になる。 今吉探偵事務所、明日も朝から運営予定。 ツッコミ不足深刻気味も無きにしも非ず。 |
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続き待機いつもあざっす!!今回ころっころころっころ視点変わって読みにくいですすいません。はなみゃー結構ザックリいってますよね。どんくらいで退院できるんだろうそれまでツッコミ不在で回るんですか今吉探偵事務所wwwいっそ霧崎第一から助っ人来てもらえばいいwwwしかしあっちも基本ザキ以外ボケっぱなしだと思うんだwwwつか高尾の依頼を描いてみたいんだがどうしたもんかなうむむ因みにはなみゃーin緑間総合病院なう!そしてこれも気が付いたらシリーズ10本超えちゃってるっていうね!!暇か私!!特命係か私!!!
2012年11月05日 23:38初出。
私の中で花宮の株が急上昇した結果のお話でしたwはなみゃーかわいいはなみゃー。
20121114masai