鷲は少年に拐われた。
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街中が赤や緑、そして白や金色が飾る中を、バスケバカは試合帰りに指定のジャージ姿で街を歩いた。 前を行く小柄な背中は、自分に比べれば背丈は無いのに筋肉量としては割合では実は負けている。筋肉の付きづらい体質を密かに恨みながら、運動前にプロテインなんかを飲んだりしていたが、変に筋肉増やすと身長伸びないわよ、なんてカントクに脅されてからは控えている。 「あ、この天使可愛いですね。」 気紛れに入った店もクリスマスムードに例に漏れず、店内の一角に専用コーナーがあった。黒子が指先に乗せているのは陶器製の白いオーナメントで、布を腰に引っ掛けて月桂樹の冠を掲げている。 「へえ、いいな。」 ころっとしたフォルムに幼い丸い頬と、くるくるの巻き毛。 「なんか、伊月先輩とは似ても似付きませんが。」 寒さに赤く染めている鼻っ面をちょんと突かれる。すっと美しい鼻梁、切れ長の目の中に住むのは美しい黒曜石で、髪も艶のある真っ黒な真っ直ぐだ。 「黒子とはちょっと似てる。」 色の淡い髪だとか、きょろっとした目元に未だ少しだけ幼さの残る頬を、柔らかな手袋の甲で撫ぜた。凄まじいパスの送り出される手は結構骨張って筋張っている。関節も柔軟で、腕力も強い。 「お前の家ってツリー出す?」 「えっと、いつも父が田舎から樅を貰ってきます。」 「へえ!」 「今日くらいに届くかと。」 伊月の感嘆に、黒子は微かに笑う。よければ見にきてください、と。 ふむ、と伊月はそのオーナメントを手のひらに転がし、背中に貼られた値札を確認する。 「あの。」 流石、人間観察に関しては強いな、と伊月は苦笑気味に思った。 「クリスマスプレゼント。これでいい?なんか黒子に似てるし。欧米だと旅行の記念品だとかをオーナメントにするっていうし。二人で見つけた記念品ってことで。」 な、と悪戯花に笑った彼は、黒子が夏に先輩への敬意を語って胸が熱くなったのを憶えている。 そのまま伊月は会計とプレゼント包装を済ませて貰い、はい、と軽く黒子に手渡した。 「うちのはプラスチックの小さいのを姉貴が出すだけだから、あっても勿体無いだけなんだよ。」 お返しに、と悩む黒子にはそう、やわらかく笑った伊月は、ぽんとその水色の柔らかい髪を混ぜた。 「・・・ミケランジェロをご存知ですか?」 「彫刻家の名前だ。」 突然の黒子からの問い掛けに、伊月が答えられるのはその程度だ。 「画家でもありますよ。特に鷲に攫われる少年は夢幻的でエロイです。」 「えろって・・・。」 「ガニュメデスの誘拐ですよ。」 想定外と、余りに似合わない言葉に、並んで歩き出した舗道を伊月は躓きそうになった。 「ミケランジェロは同性愛者でもあった、と知ってます?プラトニックこそ本当の愛だと言われていた時代ですから、肉体関係があったかは定かではありません。」 「その話、どこまで続く?」 「続けようと思えば。」 「恐るべし本の虫・・・。」 伊月の苦笑に黒子は口の端を上げ、下瞼を持ち上げた。 「何体か、女性のヌード像もあるんですが、どう見ても男性像に乳房を付けたような作品なんですね。筋骨隆々といいますか。」 ヌードやら乳房やら、黒子が言っても厭らしく聞こえないのは何故だろう、なんて伊月は見当違いな方向に思考が行った。 「女性を描く時も、男性モデルを使ったそうで。」 「男と女じゃ骨格違うだろ?肩関節とか股関節とか。」 「ええ、違いますね。だから余計にホモエロティックなんですよ。」 公道でなんて話してんだダアホ、なんて主将には怒鳴られそうであるが、残念ながら二人きりの帰り道という名のデートに邪魔者はいない。 「死後に甥によって公開されたラブレターは、女性に宛てたものだと改竄されて公開されました。際どい部分も書き換えられてます。」 「原文は見つかってんだ?」 「改竄が暴露た、というのはそういうことですね。システィナ礼拝堂はご存知ですか?」 「ミケランジェロの最後の審判だっけ?」 「さすが伊月先輩です。」 いやこれは一般常識だろ、なんて笑えば、中学では赤司君と緑間君と黄瀬君しか知らなかったんですよ、なんて帰ってきた。寧ろ何故黄瀬が知ってた、と問えば、黄瀬君はバスケを始める前は海外まで飛び回ったらしいので、と二人で歯軋りしたい事実が述べられた。 「システィナ礼拝堂はカトリックです。カトリックは同性愛を禁じています。その罪の意識でしょうか、異様な迫力が写真でも伝わりますよ。」 「あー、確かに。」 「因みにミケランジェロに最後の審判を描かせたのはユリウス二世なんですが、彼も法王でありながら同性愛者であったのでは、と疑惑はありますね。」 ふわっ、と白い吐息は仄暗い、西日も消えた冬の夕方に消えた。 「確定もありますが、不確定もあります。どういう意味か、先輩なら・・・。」 「非生産。」 底冷えするような声音が形の好いくちびるから零れた。 「ミケランジェロは素晴らしい彫刻や絵画を遺した画家で、ユリウス二世は法王。それ以外に何がある。この問答も、彼らのプライベートを踏み荒らすことも、今の俺達には非生産的で不毛でしかない。・・・違うか?」 黒子の家は華道の家元で、伊月の家のふた周りは大きな敷地がある。尤も、伊月の本家は黒子家には負けない大きさはあるが。黒子が生まれる前に足の悪くなってきた曽祖母のために洋風に改築したらしい家は和洋折衷でちょっと面白い。 「恥辱から自己尊重へ。」 「カイザーはホモセクシャルを病的だと評していますが?」 「マイノリティはどの時代でもどの世界でも迫害と尊重の的だろう?元キセキの世代の幻の六人目?」 「レンアイというのは、もっとロマンチシズムと美しさに溢れているものだと、思っていました。」 外だしこれ以上の接触は憚られるかな、と伊月はその手袋を取って、ほかほかと筋肉が暖かいその手を取った。 「もっと、ドロドロしてて淫猥なんじゃないかな?お、ワインで淫猥ん、キタコレ。」 「来てないです。ていうか下品です、なんか。」 「そう?そういう意味で好きなんだから、考えたりしない?そういうこと。」 くすくすと笑った伊月の手を翻して黒子が握り、その手首の細さにぎょっとしながらも、体温を感知して灯る玄関先の電燈の逆方向へ歩く。隣の家の塀との隙間で、ちょこんと出来る死角に一瞬目の前が真っ暗になった。それほど日も落ちきった。 「伊月先輩。」 真っ直ぐに見上げてくるベビーブルーに、うっかり首を縦に振りそうになるが、まだウィンターカップは終わっていないのだ。 「・・・全部、お前に、やる、・・・から、正月まで待て。」 「初めてが姫初めですか。」 「ぅぐっ。」 そういう意味じゃないしそういうことじゃないっ、と小声で捲し立てて、こつんと額を合わせた。さらりと目の前で一滴の曇りも無い墨色の毛先が遊ぶ。くしゃりと柔らかな夏の雲ひとつ無い空色の毛先に埋まる。 「伊月先輩。」 「なぁに?」 「コガ先輩じゃありませんが、クリスマスは少しだけ。」 「他人の名前を出すのは無粋だぞ。」 ちゅ、っとくちびるを掠め取ってやれば、いつも何を考えているのだか解らない目は、ばちっと音を立てそうな勢いで瞬き、大きく見開いた。 「おやすみなさい。」 ゆったりと合わせるくちびるの、ゆるりと下ろされる綺麗な扇形に伸びる睫毛は頬に影を落としながら、角度を変えてもう一度。 ロマンチシズムで美しく飾った振りの恋愛は、きっと苦しくも淫猥だ。 |
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初出:2012年12月5日 14:46
くきわかめさんに(名指し!w)捧ぐ黒月クリスマスデート。黒月って羊の皮を被った狼まんまですね!!!
20141231masai