| 石蕗の花がちょこんと添えられてある文は、伊月のわし姫からのそれだという証拠だ。日向の中将曰く、石蕗は彼女の生れ日に一番綺麗に咲いていたらしい。 それを持って近衛府に現れる黒子の姿は割りと頻繁に見られる物で、ただちょっと違ったのは、高尾によって見つけられ日向に渡すのが、そのまま高尾に渡されたことだ。 「俺?」 「はい。」 「日向の中将は?」 「高尾の少将さまにとことづかりました。」 ぺこんと丁寧に頭を下げた少女に若干戸惑いつつも、文を開けば間違いなく、伊月のわし姫の文字で、高尾へ、と綴られてあった。花押も彼女のそれで間違いない。 「すんまっせーん日向さーん!ちょっと俺貸し出されちゃう?みたいっすー!」 朝堂院にて木吉の大夫と漫才を繰り広げていた日向にそう報告すれば、二人に、はあ?と首を傾げられた。 「よう、黒子の。高尾のはどういうこと?」 「お仕事熱心だよねぇ、黒子ちゃん。」 「高尾が仕事してないように聞こえるな、それ。」 「木吉さんひっでぇ!」 笑い上戸にそう交わし、日向には、どぞ、と文を渡して見せた。石蕗の花に添えられたそれは、確かに高尾を陰明門脇に呼び出してある。曰く、日向には高尾借りちゃってごめんって言っといて、とのことだ。 「まあ、朝議も終わったし、なんなら後涼殿で奥さんとでも話しして来い。」 「えっ、まじで。じゃあちょっとサボって・・・じゃない。後宮方面まで警備ってことで!」 「おう、ついでに伊月にも俺に文頂戴つっといて。」 「ダアホ!」 ぺしこんっ、と叩かれた高い位置の頭に笑って、さて上司の奥さんにヤキ入れられる心当たりは、と内裏までの距離を馬に乗って腹のところに黒子も乗っけて考える。 一仕事終えた女の童は予期せぬ楽な移動に上機嫌らしい。 「宮中の御文係りも大変だよねー?」 「皆さんの元気な顔が拝見出来るので僕は楽しいです。」 仄かに笑って、黒子は述べた。今度から木吉を見習ってこのちいさな御文お届け人のためのお菓子を懐に持っておこうと密かに誓う高尾を、緑間のさな姫はどう見るだろう。 さて呼び出された場所に来たわけだが、と視野を広げれば、普段はそこにない牛車があり、その簾の中、気付いた向こうの、ぱちんと扇を広げる音がした。 それは仕事のお話。 さて、時間を少し遡る。 その日の後涼殿は少々騒がしかった。というのも、桃井の尚侍が月の障りに下がっていたのを終えて参内してきた。 「ほんとごっめん!急に来ちゃっていつもより早かったのー。」 「いや、カントクと被っちゃわないでよかった。桃井さんと二人に休まれるとまじ回んないからここ!」 「えー?それは過大評価しすぎじゃない?」 「うん、ミドリンいたら大丈夫じゃない?」 「大丈夫じゃないのだよ・・・。」 カントクと呼ばれても官位は伊月と同じ典侍の相田家のとら姫、親王家の血が入っている尚侍の桃井の皐姫。そして緑間のさな姫と伊月のわし姫で今の後涼殿は回っている。赤司が臣籍に下った際に大幅に後宮の女官人事が見直されて若返った。纏め役には情報のスペシャリストであった従姉妹の桃井を据えて、その補佐には隠居を決め込んでいた相田家から愛娘のとら姫を引っ張り出した赤司の手腕はどうなっているのか、一応相田家とは親交はあった伊月としては薄ら寒いものがある。あの父親から娘をよくも離せたな、と。 女官は勿論他にもいるが、仕事を回せるのは基本的にこの四人で、女性である以上は月に一週間をどうしても参内出来ない事はあるがそれでもきっちり帝は勿論中宮女御の世話にまで行き渡っているのは本当に見事な話だ。 一人が欠けると一部に負担が掛かる事は否めないが少数精鋭という言葉がぴったりである。 「参内したら皐姫いないんだもん吃驚した。」 「わし姫がもう一日遅かったら過労で倒れるところだったのだよ。」 「まじでか。あ、除目の書類揃った。日向届出出してたっけ。」 「ああ、日向の中将って今年はどうするの?」 「日向の中将さんは河原の朝臣の結果が出てからーって聞いてますよー?伊月さんお家でお話ししてません?」 「ん、家で仕事の話すんなって約束してるから。」 「へぇ、日向のにしては上出来じゃない。結婚も本当に誰のおかげで出来たと思ってんのかしらねー。」 「言ってやるな・・・あ、緑間の!弾正台のほうから書類回ってない?」 「先程別当が再提出に。」 「あ、やっぱそうなった。」 どういうこと?検非違使と弾正台の連携が切れたっていうか。火神が上司に噛み付いたつって。あんのバ火神!なんて雑談とも連絡ともつかない会話をこなしながら手元はきちんと筆や判を動かし、とら姫は朝も早くから後宮住まいのための献立表を再来週分まで組み上げる。 情報の皐姫、観察のとら姫、勤勉のさな姫、視野のわし姫と赤司が謳っているのは隅で整頓の手伝いをしている黒子だけが知っていることで、時たま意見を求められて素直に応えて皐姫に抱き締められるのがパターンだ。 「はい!カントク、次の庚申夜の企画!これで終わり!!」 「あっ赤司くん主催のあれね!・・・二官八省まじで説き伏せやがったか・・・!読み負けた!」 「何敗目だっけカントク。」 「言うな士気が下がる私の。」 「俺も一度たり赤司に勝った事は無いのだよ・・・。」 「俺も踊らされまくってるよこんちくしょう!」 「まあ赤司くんだしねー・・・。あっ、お八つしよ!持って来たの家から!」 局に置いてあるらしいそれを取りに皐姫は立ち上がり部屋を出て、その間にとら姫は必要報告に清涼殿に向かった。それぞれの女房も主人の思惑に動き、計算やメモに使った反古紙をわし姫は纏めて壁袋に滑り込ませる。同じようにさな姫も文机の上を整頓し、これで二人が帰ってきて何か問題が発生してもすぐに対処出来るだろう、と顔を見合わせ文机に突っ伏した。 「月の障り被るとかさいあくなんだけど・・・。」 「同感なのだよ・・・。」 これが不便なんだよ女ってのは、と愚痴る前に、ふとわし姫はやわらかい翡翠の髪を見た。そして首を捻った。 「どうか?」 端正な美貌は疲労が濃いが、相変わらず美人である。年齢としてはわし姫が一つ上ではあるが、人生として人間として正直負けてる、が彼女の率直な感想だ。まあ結婚に関して言えば、わし姫のそれが遅すぎるだけなのだが。 「さな姫っていつも俺と入れ替わりくらいじゃなかったっけ、月のもの。」 「ああ、その・・・少し遅れているようなのだよ・・・。」 あまりに明け透けなので流石に視線を外してうんと頷き合った。 「ん?」 しかし。 「先月、休んだ?個人的に記憶あやふやなんだけど?あれ?」 「・・・む?」 流石にあれっ?と浮かんだ所でさな姫の瞬きが増える。とら姫が帰って来たその手には扇があるだけだったので、今日の仕事はもうなさそうだ。 「カントクー、さな姫が最後に月の障りで宿下がりしたのっていつー?」 「あら、そういえば?」 「え、まじ?」 「ちょっとおでこ出してさな姫。熱あったりしないわね?・・・うん、ちょっと疲れてるか。不順かな。徐目が済んだら大きな行事は無いから宿下がり頂きなさい。」 「・・・留意します。」 「え、ミドリン調子悪い?これ食べたら一回局に戻って寝ちゃっていいよ?」 皐姫もそうやって、お八つと称した朝食をそれぞれ腹にいれてその場は散会した。そして後涼殿の母屋を出る際にわし姫は黒子に石蕗を添えた文を託した。 *** ちょいと非常識なのは自覚してるよ、と伊月はきちんと前置いた。 何せ牛車に伊月は高尾と二人きりの状態で、顔の間に扇は口元を隠しているが、話題がちょっと話題だ。 「緑間って高尾の家に帰るよね?」 「はい。こっちの局に泊まることのが多いけど、ちゃんと帰って来ますよ?あ、けどこないだデレたのにはしゃいだら実家帰られちゃった・・・。」 「うん、把握。」 どうしたもんかなー、と肩を竦めた彼女の都で一番に美しい黒髪は肩の所で鬢削ぎがあって、俺も真ちゃんの髪に剃刀入れるの怖かったなー、なんて高尾は思い出した。 「真ちゃんなんかありました?」 「まあ、率直にいきましょう。」 「え?はい。」 「緑間の体調見てやれてる?いろんな意味で。」 「いろんな意味、え?いろんな?」 「うん、先月の緑間、一週間の連続休みが一回も無い。」 「は?」 それってどういう、と聞きそうになって、あ、と高尾は声を漏らして口元を抑えた。 「おい今なに考えた。」 「日数・・・的な。」 「ああうん、分からんでもない。」 ははは、と些か乾いた笑いを発し、ふう、と深く一度息を吐いた伊月は、覚悟はしとけよ、と言い聞かせて牛車から彼を追い出した。 「あ、木吉の大夫がわし姫様から御文欲しいそうでっすー!」 「ん?あー、折角だから高尾持ってって。書くから今。黒子酷使すんのも正直切ない。」 庇護浴湧くんだよなんか、と伊月はそのまま高尾の目も気にしないで御簾が上がったままの局に戻った。 「・・・何をしているのだよ。」 聞き慣れた声に癖のある語尾に見上げると高欄の向こうに何を隠そう妻がいて、高尾としてはぶっちゃけ気付いていたが、こういう奇妙なシチュエーションでこそ彼女に声を掛けてもらいたかった。伊月も気付いてはいただろう、そのため局に入ったのだ。 「黒子ちゃんのお手伝いに伊月のわし姫さんに御用事。真ちゃんはお仕事どう?今夜は帰ってこれそう?」 「まあ、徐目までは落ち着かないかもしれないが、ひと段落なのだよ。お前の昇進は大坪の大将に一任した。」 「げっ、ちょう頑張んなきゃじゃん!頑張りますー!」 「人事を尽くすのだよ、お前も。」 確かに疲れのせいかちょっと顔色悪いかな、とじっと見つめた高尾の様子に緑間は首を傾げる。 「真ちゃん、座って貰っていい?ちょっと高すぎて正直心折れそう。」 「簀に座るものでは・・・。」 「だって真ちゃん遠いもん。」 「座らんからな。」 言いつつも高欄に寄り掛かった高尾の瞳に落ちるように膝を落とし、高欄に手を置く。 「お疲れ様、俺の奥さん。」 「当然のことをしているまでなのだよ。」 それはどういった範囲でだろう。宮仕え話を緑間に持ち掛けたのは赤司。赤司と緑間は血の繋がりは薄いが筒井筒ではある。高尾とて赤司の事は嫌いではないし時たま意見を求められて素直に応えて褒められたり、その意見が欲しかった、なんて喜ばれた事もあるので決して無碍にはしたくない人間だ。しかし赤司の声ひとつで宮仕えを決めてしまったのは緑間の独断で、つまりここにおける当然と言えば赤司の期待に応える事で、しかしつまり宮仕えとはそのものが京の事に繋がるので文句は言えず、帝の覚えよろしければ、を実のところ地で行く高尾にとってはどうにも緑間の存在は恋しいのに同じくらい恨めしくもある。緑間が惚れた男だからと今後の出世が約束されている訳なのだ、簡単に言ってしまえば。 「ねえ、真ちゃん。」 嫌いだなんて、嘘でも言ったら泣いちゃうじゃんね? 「なんなのだよ。」 「大好き。」 直後の脳天への衝撃は扇を思い切り叩き付けられたからである。ミドリーン、と声が掛かって慌てて立ち上がろうとするのは桃井が指先で制して。 「ミドリン、明日から暫くお休みね。疲れて倒れちゃう前に、しっかりお宿下がりで休んできてね。よろしく、高尾の少将。」 「はい、この文もついでによろしく、高尾の少将。」 「はーい。皐姫様とわし姫様からのお願い、この高尾の少将がしっかり御拝命仕ります!」 お得意の視野と情報でタイミングを計ってくれたらしい伊月と桃井は笑みを扇で隠し、何時の間にかぎゅっと握られていた手を振りほどくのが必死の緑間の、母親になる予定が判明するのは再来月の事。 |
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今回は高緑♀にスポット。生理ネタ含むんで苦手な方ご注意。表紙は novel/1369105と同じく user/571533さまからお借りして文字入れさせて頂いてます。伊月先輩のキャラソン(駄洒落のほう)は作業BGMに向きませんねあれwww言葉が出なくなる曲に久方出会いましたwwwww後なんでかこの話のために古代史齧ってた時に(私は音が無いと教科書には集中できないので)ずっと音楽かけてたんすけどずっと鳥の目コンビ無双でした全曲シャッフルリピート設定の筈なのにウォークマンお前どうしたwwww久々にBSB辺り聞こうと思った私涙目だったわ色んな意味でwwwもうねずっとエース様にとか駄洒落とかゆってんの一種の音飛びかと思ったwwwそういえば平安時代って今のケータイメールの如く文が飛び交ってたんですよねーと思ったら黒子ちゃんまじぱねぇって思いましたまる!伊月先輩下さい。
2012年09月13日 11:51初出を再構成。
因みにキタコレを聞くと私は言葉の一切が出なくなるw
20121115masai