| それは恋のお話 。 高緑の場合。 真ちゃんには俺に見せられない秘密がある。 俺の家の北の対に彼女の自室はあって、その古びた文箱を俺が見つけた時の慌てっぷりって、今までに無かったと思う。 古びた文箱からは、すこぉしだけ、甘い香りがした。 才色兼備になんでもこなすツンデレな俺の奥さんは、どうやら俺の使う香を真似してみたらしい。こんなに俺って甘ったるい匂いすんのかね、なんて思いながら、古びた文箱は真ちゃんの文机の隅っこにいつもある。 知ってるよ。 それって、俺が今までに真ちゃんに贈った文や歌のそれだよね。 だから、俺と同じ香りがすんの。 「ねぇ、真ちゃん。」 「何だ。」 「どうしよっかな、うん、決めた。」 「何をだ。」 訳がわからないのだよ、なんて眉を寄せた可愛い可愛い奥さんに。 「これ、あげる。」 今日の真ちゃんは俺の匂い袋を持ってたら運気が上がるって陰陽寮から言付かったよ、なんて嘯いて。そのしなやかな指先に包まれた綾に、自分で贈っといて嫉妬した。 水金の場合。 水戸部は泣き虫だ。 弟妹の多い水戸部のお家は、弟が独り立ちして妹がお嫁に行って、と結構人の出入りが絶えない。 「・・・。」 「うん、俺ともよく、遊んでくれた。」 「・・・。」 「またちょっと、静かになっちゃうね。」 水戸部は妹の三日夜からこっち、俺のところで妹がどんなひとだったか、どんなに慈しんできたか、語って、泣く。 水戸部は泣き虫で、ちょっとだけお馬鹿だ。 嫁を迎える婿さんが、屋敷中を花だらけにして待ってるなんて、きっと気づいてもいないんだ。 俺を北の対に迎えてくれた時みたいに、口が上手じゃない水戸部が、そうやってくれたみたいに。 「みとべ、すき。」 意思の強そうな太い眉の下、連日の準備に追われてちょっと寝てないそこを、指先でそうっと撫ぜた。 笠黄の場合。 黄瀬のすず姫は、左大臣家の養子として、東宮に嫁ぐ予定だった。 なんでこうなってるのか俺が聞きたい。 笠松家は、ごく普通の中流からちょっと上くらいで武官をやるのが伝統みたいなもんで、祭りや政りには大抵引っ張り出される。そろそろ俺の官位は木吉か日向の辺りにやるかと思っていたら、きらきらに輝くお姫様が警備に呼び出された左大臣家の階から、俺の腕に落っこちて来た。 俺の官位じゃぁ黄瀬の姫になんて会う機会は絶対に来ないと思っていたし、まさか、そこで、助かったッス!なんてぴかぴか笑うのが入内前の姫君だなんて誰が思う。 「望まない結婚を、笠松の中将はどう思うッスか?」 主の悩み相談でも持ちかけられたのかと思って、俺は応える。 「さあ。一生もんだろ、特に入内なんて。国母になる可能性だってあんだし。」 忽ちへにゃんと落ち込んだ侍女(少なくとも俺はその時までそう思っていた。)は、そっかぁ、なんて呟いて、むむっと少しだけ唸った。 「でも、望まないよりは望んだほうが、いいんだろうな。」 ころりと零れた本音に、ぱっと彼女は顔を上げ、そッスか、と言った。 そこからは台風に巻き込まれた一本の藁のような人生を、俺は歩むことになる。 俺は黄瀬のすず姫を、一生恨んで同じくらいに、今まで色恋に疎かったこの俺が、恋を囁けるようになる唯一の相手にする。 火神と黒子の場合。 その影の薄い女の童は、何時の間にか俺の隣に座っていた。 「お、黒子の!来てたか!」 木吉先輩がその大きな手で儚い少女の頭を撫ぜて、確かこの辺に、と探った袂から金平糖を出した。薄様に包まれ金糸で括られたそれに、女の童はビー玉みたいな目をきらきらと耀かせ、頭を下げた。 「ありがとうございます。」 透明感のありすぎる声が告げ、木吉先輩は子供のように笑ってから。 「サボってたの、内緒な。」 そう、笑った。応えるように笑った笑顔が、儚くて美しかった。 紫原と氷室の場合。 「帰れ。」 にっこりと胡人は笑った。アレックスと呼ばれるその女は、大陸の更に向こうの西の国からわざわざやって来た強者だ。氷室の屋敷の侍女であったり舎人であったり、何分にも力が強いので重宝されている。 「室ちんに会いにきただけなんだけどー。」 「何時だと思ってんだ、夜這いか。好い加減にしさらせ。」 紫原には聞き取れないスラングで罵って、その迫力に牛飼い童も後ずさっている。 「確かにちょぉっと室ちんに会えればいっかなーって。」 「うん、無理。帰れ。」 何があっても通さない、という門前のアレックスに、むっと眉を寄せた紫原は、一旦牛車に引っ込んだ。そして渡されたのは藤で作られた蝙蝠だった。 「室ちんに渡しといて。」 帰る、と言い置いて、牛車はまた歪に揺られながら月の無い夜闇に消えた。 「はい。」 アレックスが戻ってきたのは屋敷の姫君の部屋では無い、その門の内側だ。 「・・・業平かよ。」 目元のほくろが艶っぽい、その少女は蝙蝠に綴られた乱暴な文字が、それが誰かの先人のものだとしても、その文字を、恋しそうに優しくなぞって、そのまま閉じた。 「なあなあタツヤ!今日はどんな物語を教えてくれる?」 「源氏は?」 「遊び人の人生は飽きた!」 あはは、と闊達に笑った金髪の女に、氷室はほっと、柔らかく笑って、長く美しい黒髪を、夜風にばら撒いた。 木花の場合。 花宮の屋敷には、見事な桜の樹がある。それを眺める度に彼女は溜息を隠さずにはいらない。 頭は良い。回転も速い。それでもどうしても、叶えたい望みというのは空高くにあって。 くも姫、と鷲姫が呼ぶのを今でも鮮明に思い出せる。 あの、いっとう綺麗な枝を、鉄平に贈ってあげたら喜ぶんじゃないかな。 幼心は恋文も用意して、その枝を欲しがった。舎人の目がないのを良いことに、登って、枝を手折った。そこで間違えた。 がくんと目の前が大きく揺れて、しを覚悟して、目を開けたらその、誰とも間違えるはずもない、想い人である木吉を下敷きに転がっている自分がいた。 既に武官の高級官位も約束されていた木吉の脚を、花宮は手折った。 「ゆるさない。」 誰に向けてか、白い頬に雫を落としながら、渡せなかった恋文をぐしゃりと握り締め、青々と初秋の風に煽られる桜の樹を、彼女は今日も睨んでいる。 赤司様が見てる。
衣冠束帯に縛られる身体でも、ある程度の自由は効く。 うん、と伸び上がって背筋を正して、閑職を賜わる赤司に送られてきた文を解けば、先日、三日夜と披露宴の済んだ日向の花押が記されてあった。内容は、幾分かの仕事の不備に関する対策と、報告。 「ま、幸せなのはほっといて。」 幸せなんて面白くない。一定の平穏が永続するという、そんなつまらない現象に赤司は興味が無い。 はらり、はらり、幾人もの文という名の報告書を捲り。ふぅんとちいさく呟いて。 「敦はまだまだみたいだね。問題は花宮か?」 幸福は詰まらないけれど、趣味で不幸をばら撒くつもりは一応、無い。 今日は俊も真太郎も奥に揃ってるし、涼太は宮仕えにはもう少しほとぼりを冷まさなければ、入内を蹴り飛ばした姫君を世間がどう扱うかなんて困ったものだ。 テツヤの裳儀は誰に立ち会わせようか、その時の火神の反応が楽しみだ。 「うん。」 とりあえずは大輝辺りを呼び出して、軽く蹴鞠にでも勝っておくかな。 「勝利は僕のアイデンティティだしね。」 初秋の風は、少しの湿気を孕んで、さんわりと夏の残り香を溶かして行くのだろう。 |
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とりあえずお試し版・・・みたいな?平安パロ的な黒バス受けっこ先天女の子のお話です。表紙は前回 novel/1369105と同じく user/571533さまからお借りして文字入れさせて頂きました。可愛く強請って頂けたらそのCPでSS描きますwww■一部修正しました。(8/24
2012年08月23日 03:00初出。
この日の投稿ペースは今見ても異常www
20121115masai