今宵幾望月の下で。












 
それは鈍行列車だった。
終点に近づくたびにひとは少なくなっていて、ついには伊月と赤司だけが車両に眠っているような調子で、丁度終点のアナウンスが掛かったころには伊月は目を覚まし、コンビニ弁当やらお握りやらのゴミをコンビニ袋に詰めて、駅のホームのゴミ箱に捨てた。

「うわ、真っ赤。」

周囲は彼岸花と黄金の稲穂に囲まれた、それでも駅舎の反対側には商店街が広がっている、所謂シャッター通りと化しているが。

「氷室が喜びそうだな、曼珠沙華。」

それなりに歩きなれたアスファルトを歩いて、半歩後ろの赤司を時折振り返る。無人の販売所で一束百円の花を買い、そのまま歩き続ける。アスファルトは途中でコンクリに変わり、古い木造家屋が見えると、伊月は立ち止まって煙草を咥える。火をつけて、深く吸い込むと、また歩き出した。
履き潰したスニーカーが凸凹のコンクリを渡り、その石塔の広がる広場に立った。
彼岸とは数日ずらしておいたが、水道やらスポンジやらバケツの並ぶ小さな寺の本堂から、腰の曲がった老婆が出てきた。

「おや、珍しい若人さんだねぇ。」
「ああ、どうも。」

煙草を摘まんで苦笑を返し、いい天気ですね、この間の台風はひどかったね、と橙色の雲の下でのほほんと交わす。

「仏さんのおはぎがあるから、お参りが終われば食べるといいよ。」
「ありがとうございます。」

そうして老婆は持参していた木製の桶と柄杓を持って墓場を出た。

「俊さんちは?」
「ちょっと待って、煙草もう一本。」

火事で死んでるから煙草嫌うんだよねぇ、なんて笑って、寺の階に腰掛け、バケツに水を汲み、スポンジと花と柄杓を放り込む。心なしか萎れていた花が輝いた。携帯灰皿に灰を落として、フィルタを押し込み強引に火を消す。ジャケットのポケットに仕舞いこむとバケツを下げようとして、赤司に取られた。

「どこ?」
「右手の奥のほう。」
「・・・あった、伊月家・・・。」
「古いだろ。遺産なんかは全部親戚に取られた。そっちの尖がってんのはひいじいさんの兄貴つってたか、英霊ってやつだな。」

しゃがみ込んで生い茂った雑草を抜き、苔むした石塔をスポンジで丁寧に拭う。

「冷えてきたけど平気?赤司。」
「こないだコート買ってもらった。」
「誰に。」
「知らないおばさん。」
「うん、聞いた俺がばかだった。」

なんだかもふっと猫の耳が生えていたが気にしないで、伊月は首のストールを巻きなおした。ちょっと汗が出た。

「これ結構いい運動になるよな。」

赤司は無言でぶちぶちと雑草を毟っており、根っこから引き抜きなさい、と伊月に笑われた。
この彼岸も参った親戚はいなかったのか、汚れた水入れに汚れた花入れに水を渡し、綺麗に洗うが、途中でスポンジが馬鹿になったので水道のほうへ持って行って、たわしで擦った。水腐りや黴が酷くてちょっと気持ち悪かった。感触的にも嗅覚的にも。

「やっべ、日ぃ暮れる!」

水を汲み直して、水入れに水、花入れには作法なんて知らないので適当に二つに分けて挿した。

「線香は?」
「言ったろ。火で死んだから火を嫌うんだって。」
「そうなの。」
「そうなの。」
「そんなもんなの?」
「そんなもんなの。」

黒髪の綺麗な男はそうやって一頻り赤司の言葉に笑って、そろそろと瞼を下す。真っ赤に照らされた周囲は、彼を炎の中に放り込んだかのようで、赤司は血色の目元を眇めた。そして目を閉じた。

「来たよ。父さん、母さん。姉貴、舞。」

静かに、赤い視界に穏やかな声が届く。久しぶり、と掠れて震えた声音に赤司は合わせていた手のひらを、耳元に持ってきて、塞いだ。こうでもしないと伊月は泣けないから。
暫くをそうやって、赤司は閉じた瞼の裏が真っ赤から薄紫に染まる様子をじっと見ていた。じゃりと足元が静かに鳴って、ころんと肩に預かった重みに彼は目を開ける。

「何報告した?」
「元気にしてるからって。」
「そう。」
「心配すんなって。」
「うん、俊さん元気。無駄に元気。」
「無駄にって。」

くすくすと墓の前でしゃがみ込んで笑ったひとのくちびるを赤司は掠めて。

「だから、大丈夫。」

刻み込まれた文字にもう一度、刻むように言った。

「僕がいるから、俊さんは大丈夫。」
「・・・暗い。」

その目元に手を翳してくる赤司を咎めるように伊月は言って、すっと立ち上がる。ストールの砂を払って、バケツを持とうとするのを赤司が奪う。

「お前はさ、何がしたいんだ何が。重いもの持つなって妊婦か俺は。」

不満げにくちびるを尖らせる伊月に。

「じゃあ、僕の子孕んでよ。」

先祖の眠る中、とんでもないことを赤司は言い放った。
普段なら通常運転で済ますが、流石にシチュエーションがときめかない。

「・・・まあ、その辺は医学の進歩に期待しなさい、赤司クン。おはぎ貰おう。腹減った。」
「意外と食うよね、俊さん。」
「代謝はいいもん俺。伊達に中高運動部やってねーよ。」
「それ僕も。」
「そうでしたな、キセキの世代のキャプテンさん。」
「おはぎ美味しい?」
「去年は貰い損ねたんだよなー。旨いよ。」

バケツをひっくり返して柄杓を元の場所にぶら下げ、スポンジやたわしの位置を整頓して、狭い本殿には奥に釈迦像があって、その手前にちゃぶ台と少しだけ焦げた蝋燭があった。蝋燭に火を灯して、ゆらりと照らされた本殿に人影が不安定に揺れる。
思うことは沢山ある。
今何時だろうか、だとか。
終電はいつだろうか、だとか。
そもそも帰る気はあるのだろうか、だとか。
機嫌よくおはぎを齧る伊月は壁際、赤司の隣に足を投げ出して座っている。靴は一応賽銭箱の隣に揃えた。
違うな、と赤司は思って、おはぎを齧った。
彼は和物の甘味が好きだ。しつこすぎなくて甘すぎなくて、それでもきっちり記憶に残る味。どこでどうやって食べたか、それが思い出せる味。

「俊さん、今夜はどうするの?」
「んー、運良く三食食えたし、もう今日はこれでよくね?適度に運動もしたし。」

少しだけ涙の名残のある目元に指先をやると、ちょっと熱い。

「あんこ付いた。」

ぺろっと舐めてやったら、擽ったそうに伊月は笑った。

「季節外れの怪談でもやるかー?ムードすっげぇぞー。」
「順平にトラウマ植えつけたアレ?」
「そー。あいつ素直だからさー!」
「楽しかった訳だ。」
「うん。俺はね。」

そこで、伊月は言葉を切って。

「楽しくなかったら生きてないし。」

こてんと赤司の肩に頭を乗せて、そのまま朝まで眠ってしまった。
翌朝、おはぎを下げに来た老婆に驚かれた。そして、説教されて、なんでか古民家に案内されて、もう一日お世話になった。赤いあんたは好きなものあるかい?ほら、遠慮しないで、と農繁期の家庭は外からの客人を珍しがって可愛がって、とりあえず、二人は冷え切った体に豆腐の味噌汁を見て頭を下げた。また来年もおいで、と笑った老婆に、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

***

NO犯罪!YES萌え!!今回はちょっと趣向が違います。

2012年10月02日 19:32初出。

20121115masai