今宵陰月の下で。
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残念なイケメン、という日本語がある。
まあ、色々省略してしまえば、顔は良いのに中身が伴わない、と言った感じの主に男性を表す形容名詞であろう。 「あれ、森山さん。」 残念なイケメンにも種類はあるが、今ほど伊月が呼ばった男もそれに類する男である。 伝統ある強豪校でバスケ部のスタメンを獲り、結果を残し、なかなかにいい大学を一発で合格し、サークルでバスケをしつつ、まあ所謂バスケバカにも類するのであるが、無類の女好きという、ある意味とても健全な残念さを持っていた。 声を掛けた女の数は数知れず、軟派は好きだし合コンも好き。SNSのアカウントは女性を釣るために持っている。まあ、釣られる女性は今のところ、後輩にあたる黄瀬涼太に聞くところ、いないようだが。 しかし顔は良い。勉学も出来る。そしてスポーツも出来るとあれば、放っておく女性はいないのだ。しかし残念かな、真剣な顔で運命論を語られると、現代女性はうっとり来ない訳である。 今日の森山由孝を表すとすれば、一限目の休講を二度寝で寛ぎ、二限目から大学へ、午後からは休講。 となれば、彼にとってすることはただ一つ。 ナンパだ。 「駄目じゃない、こんな清純そうなひと引っ掛けて。」 あれ、何この展開。 さて、彼のナンパが成功した奇跡の時刻は綺麗にアフターファイブ。白いワンピースに明るい髪色を巻いた、軽そうだが遊んではいない、そんな印象の女だった。ちょっとお洒落な食事処で夕食を食べて、夜はといえば、そりゃぁ女の態度が満更でなければ決まる。 そうして訪れたファッションホテルの一室を、彼女は受付に何もせず通り抜けてエレベータに乗ると、とある部屋をノックした。ビジネスホテルを改装して造られた建物は、実に内装がシンプルだ。ラブグッズの自販機なんかが並んでいなければ、普通に利用できそうな、そんな場所。 「ワカバ、このひと駄目。俺の顔見知り。」 ワカバ、と呼ばれた女は、ええ、と不満げに声を漏らすと、じゃあ次の引っ掛けてくる、なんてまたエレベータに向かってしまった。 「伊月、何やってんの。」 「美人局ごっこ。」 スリムタイプのメンソールではなく、マイセンなのは雰囲気だとなかなか上機嫌に教えてくれる。 「あのこ、まあ森山さんも目が高いのかどうかしりませんけどね。処女ですよ。まあ、だから美人局ごっこなんてやるんですけどね。」 「なんでバスローブなの。」 「風呂入ってた途中だったからでっす。」 ちょいと煙草失礼します、といつものスリムタイプのメンソールを取り出し火をつける。ふわっ、と白く室内がけぶって、換気扇に吸い込まれていった。 「吸います?」 「いや、どうしよ。」 「マイセン、俺吸わないんで。」 「じゃあなんで持ってんの。」 「まず、ワカバが男連れて来るでしょ?で、俺が、俺の女に、ってガン飛ばすんですね。背丈は一応平均在りますんで、割かしお金置いて逃げてくれます。そんときに吸ってんのがスリムじゃ恰好つかないじゃないっすか。あ、水しかないですけど飲みます?」 他に場所ないんで、と座らされたのはダブルベッドで、枕元にはコンドームの入った籠やチューブ入りのローションがある。 ラベルの無いペットボトルだが、形状とキャップはボルビックだった。カチン、と栓を切る音も確認できるので安心して飲める。 「ラブホのゴムは信用しちゃ駄目ですよ。」 「そなの?」 「古びてたり、従業員の悪戯で穴開けられてたりするんで。」 「うわ、ご忠告ありがとう。」 「これに懲りたら女連れ込むのはラブホじゃなく自宅にするんですね。」 後々面倒ですけど、とも伊月は語り、フィルター近くまで煙草を吸うと、灰皿に押し付ける。水を一口二口含んで。 「ちょっと風呂入り直すんで、ワカバ来たら頼んでいいです?森山さんの顔だったら行けます。」 「うん?」 「テキトーにワカバに口合わせて、睨み効かせて、こんくらいかなって思う金額貰って、んー、二割俺の分なんで、その辺ヨロシクでっす。」 お前どこの高尾だよ、と思う間もなく安いパイル地が森山の膝に投げ捨てられ、伊月はそのまま、体育会系の合宿を彷彿とさせるほど躊躇いなく裸体を晒して浴室に向かってしまった。シャワーの音がいやに耳に付く。 森山には、鍛えられていた筋肉が痩せているのが痛々しく、白い肌の所々の痣からは目をそらしたくて、膝の傷痕が生々しかった。 「この時期は埃凄くってネカフェのシャワーじゃおっつかないんすよね。」 綺麗な黒髪から雫をぽろぽろと落としながら、新しいバスローブを纏った痩せた体を、森山は理性が喚く前にベッドに押し倒した。 「買う気ですか?」 売りますよ、お勧めはしませんけど。 そう、嗤った伊月は、数年前の冬の熱い日の、あの笑顔の穢れないまま、挑戦的に、好戦的に、そして、射抜くように、黒曜石のような瞳で真っ直ぐに森山を見やる。 「・・・髪。」 「はあ。拭かないと風邪ひきますね?」 「綺麗だね。」 「そんくらいシンプルなほうが、女の子は堕ちますよ。」 風呂に入って血流の良くなったらしい赤いくちびるが、蠱惑的に弧を描く。切れ長の、猛禽の怜悧な切れ長の目を護る扇形の睫毛は、長い。ぞっとするくらいに美しい顔にはうっすらと隈があった。それすら、色。 「綺麗、だね。」 水を含んだままのさらさらとした髪を長い指で払ってやって、秀でた額の生え際をなぞれば、その薄いくちびるで、くすぐったいです、と伊月は笑って森山の頬に風呂上がりだというのに冷たい手のひらを当てた。 あの時、美人局ごっこのノックが無ければ、どうしていたか、森山には解らない。 |
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NO犯罪!YES萌え!!これあれ、三千桜のあれにしようかと思ってたんだけど私があの時間帯にこんなミニドラマやってたら泣くわと思って没にしてたやつですwww今宵でリメイクしてみた。微妙なラインだけど指定入れるほどではない、かなって。
2013年4月18日 00:33初出。
20130516masai