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生まれ変わっても一緒にいたいね、だとか。
ずっとずぅっと愛していてね、だとか。 結婚してください、だとか。 好きです、だとか。 伝えたい言葉は、沢山沢山、あったのに。 今吉探偵と伊月助手と不思議な花瓶。後編。 「ほらよ!」 頼まれもんだ、と喫茶店で借りた電話から随分迅速に花宮は動いてくれた。 「こいつはいつ読んでやんの?」 「あー!ごめんイヴァン!!」 《SHUN IDUKI》と宛名は住所が記されていない。現在亜米利加の青年実業家の所で生活している露西亜人だった少年は、赤司征十郎を通してわざわざ手紙をくれてあったのに。中身が英語か露西亜語か日本語かすら確認出来ていない。 「えっと、あー、やっぱりか・・・。」 花宮に頼んだのは写真だった。モノクロ写真の中で少し緊張した面持ちの、亜麻泰寛、もとい、当時は泰三。そしてもう一人、後の春山ミカイとなる、春山未海。 亜麻泰寛は二十代の時には既に陶芸作家として芽を出し始めており、その頃の、大凡八十年ほど前の写真が、三枚だけ手に入った。 「わからんねー。」 「何が。」 「レンアイってそんな良いもんか?」 「知るかいな!!」 「口調崩壊してっぞ。」 さては自分と重ねたか、なんていやらしく笑う花宮に、とりあえずネタ帳用に持っていたノートを投げた。未使用のノートの角は案外痛い。 「てめぇ!」 「知るか。」 デスクの椅子で、背凭れをギリと鳴らした伊月は白い頬に綺麗な扇形の睫毛の影を落とし、知るか、ともう一度呟いた。 「知らない。感情なんてひとそれぞれだ。価値観も経験も、百年生きたって、きっと本当の正解なんてわかんない。だから泰寛は隠したんだよ・・・!」 眉間に深く皺が刻まれているので、ふはっ、と花宮はいつものように吐き捨てるように笑い、珈琲と紅茶、先ほど伊月が買ってきたフィナンシェを出してやった。 あの花瓶に刻まれた横顔は、額と顎の骨格からすぐに男だと、伊月は気が付いた。そして、二人の別人を描いていると。影絵にしてみると、若い男が二人、くちづけでも待っているような、そんな画が出来上がった。 春山は愛媛で絵付け職をしていたが、終戦直前に徴兵されて南方へ征き、そして行方知れずになっている。今でも春山ミカイの子孫は続いているが、少なくとも二十代の頃、若く、写真では健康的な、爽やかな青年だった頃、泰寛と共にいくつかの共作を作り、おそらくは幾つかの時間を共に、きっとそれは、泰山が隠した作品から、思慕や恋慕の感情と共にあったのだろう、と思われる。 「月ちゃん?」 「あ、翔一さん。」 思案に奪われていた思考は呼ばれて戻ってきた。 「ほな、ちぃと出てくるわ。向こう着いたら連絡する。」 「おう。」 「あの、行かなくて、いいんですか、本当に。」 「ええよ?長旅やし。行ってきます。」 「行ってらっしゃい・・・。」 今吉は今夜から何処ぞに出かけると、支度を整えて最後に伊月がトンビを羽織らせてマフラーを巻いた。 「そんな顔せんでや。行きたくなくなるやん?」 「うー・・・。」 さらりと耳に掛かる黒髪を耳に引っ掛けるように梳いてやれば、トンビの裾を掴んで子供のように唸る。伊月の不機嫌はここからも来ている。花宮の調子はいつも通りだ。 「真、留守任すで。」 「おう、待ってるからな。なんて言うと思うかバァカ。」 「おおきに。・・・月ちゃん?」 「・・・はい。」 「ワシが帰ってくるまでに、俊は俊で頼まれた仕事をこなす。約束やで?」 ずるい、と伊月は顔を伏せた。 「もう、出来てますもん。」 「それをちゃあんと、お客さんにお渡しするまでが調べもん預かった人間のお仕事。解るな?」 「・・・はい・・・。」 「・・・どないしょう、まこっちゃん。」 あ?と新聞を広げていた花宮が顔を上げた。 「出かけたない。」 「はっ倒すぞ貴様。」 花宮が革靴を脱いで投げようと柔軟な手首にスナップを効かすので、ああもう、と今吉は帽子を掻き毟った。 「上手い事出来たら、ご褒美やるよ?」 「いりませんし。子供じゃないですし。」 「ほなら、・・・。」 くいっと線の細い顎を持ち上げてやって、ぽかんとちいさく開いたくちびるに今吉は自分のそれを押し付けた。 「・・・んっ・・・!」 歯列を舐められ、舌が割り込み、べろりと上顎を舐められると、ずあっと背を甘い熱が齧った。 「・・・ぅ、・・・んぁ。・・・んっ。」 じるりと舌ごと唾液を舐め啜られ、きゅっと爪がトンビに縋る。甘く舌を噛まれ、んっ、と喉が鳴る。目の前の切れ長の目がぎゅうっと閉じられて、上唇を軽く舐めればじわりと涙に滲んだ黒曜石が現れる。きらきらと睫毛が輝いて、皮手袋を外して水滴を摘まむ。合わせていたくちびるを放せばとろりと唾液が顎に伝って、今吉がねっとりと舐め取れば、ぶるりと肩が竦められた。 「んっは・・・。」 「帰ってきたら、大人のご褒美くれる?」 「・・・か、かえって、きたら・・・つ、づき・・・して?翔一さん。」 「ん。ほな行ってきます。月ちゃん。」 ばたん、と扉が閉まって、伊月の耳の端を風が掠った。ばちこん、と革靴が扉に当たってそんまま伊月の目の前を滑り落ちて行った。 「・・・えっとー・・・。」 花宮はこちらに背を向けて新聞を熟読していた。 かたん、と無言で伊月はデスクに着いた。報告書はある程度上がった。亜麻美羽の伯母が持っていた伝手は春山家から繋がるそれだった。これはあの家から無断で写してきた住所録から判明したものなので、彼女が春山ミカイが花を描いた砥部焼の花瓶を持っていた事も不自然では無い。問題はあの、亜麻泰寛が隠してあった花瓶である。 確かに金にはなるだろう。芸術的価値も高いし、捻じれが角度によって顔に見えるという技術的価値も高い。亜麻家はそれで揉めている。 だとすれば、だ。 遺産も法によって処理され、形見分けも済んでいる、故人の遺志はどうなる。何故泰寛はあれを隠したか。 「そりゃ、ラブレターなんて普通見られたくないよな・・・。」 「何ぶつぶつ言ってんだ。」 「スイマセン。」 先ほどの醜態は流石にやりすぎた、と花宮の刺々しい口調に伊月は素直に謝って、カツリ、万年筆にキャップをしたまま紙面を叩く。 あれはきっと、泰寛は戦地に赴いたミカイに贈りたかったのだ。ミカイは戦地に赴く前に結婚して一人子供を作っている。その子供は今は建築家をやった傍ら、この間骨髄腫で亡くなった、と花宮が手に入れてきた資料にはあった。その更に二人の息子は一人の姉を異母に持ち、一人は勘当、一人は家庭を持ち食品会社勤務、とのことである。更にその子供は最近大学を出たばかりの年齢、と一応そこまでの資料は揃っている。 さて、と伊月は家系図を指先でなぞり、遡り、やはりあれはミカイの手に渡るべきなんだよなぁ、と肘を突いて顎を乗せた。 南天の木がある庭先に、二人は若干緊張した面持ちで、それでも視線を交わして笑っている。泰寛は意志の強そうな眉に顔のパーツは比較的大作りだが、だからこそ笑顔の似合いう好青年、といった感じで、ミカイはすっと丁寧に整った鼻梁と黒目勝ちの目に薄いくちびるの、一見端正だが笑うと爽やかな美丈夫だ。 泰寛は生まれつき両手の小指から三本が不完全な形で、徴兵から免れて嘆いた過去がある、と玄孫は昔話を聞かされてきたそうだ。しかしそれが逆に陶芸家としての価値を高めている。泰寛には陶芸しかなかったのだ。 「生き甲斐・・・。」 そして、忘れられない恋慕。 「春山未海・・・。」 その相手に。 「っ!」 がたん、と急に立ち上がった伊月に花宮が振り返る。 「花宮!これ、どう読む!?」 「あ?」 ばさりと報告書の書き損じなどの反古紙に、美羽、と書く。 「みう、だろ?」 「こっちは!?」 今度は、未海。 「ミカイ・・・違うな、みう、だ。」 「春山未海の正しい読みは?」 「ハルヤマミウだ。女のような柔い名前だ、と成人を期に自分でミカイと改めている。」 一瞬で春山の経歴を洗い直した花宮の頭脳の速度に、にっと伊月は笑う。 「そっか。じゃあ、今のままでいいのか。」 「どういう事だよ。」 「依頼主。美羽さんだから。」 「ああー、確かにな。未海だからな。」 そのまま滑らかに報告書を纏め終った伊月は、よし終わった、とそれをファイリングして、今度は依頼主宛の報告書に掛かる。 「その前にこれ読んどけ。今日だったら返事出しに行ってやれる。」 「あ、そか。じゃあ頼むか・・・。」 一度頭を休ませよう、と伊月は珈琲と紅茶を用意して、その間に花宮は二切れだけ残っていたカステラを持ってきた。 《To shun. Hallo! How are you doing? I am glad Shun has not forget about me. I think as the months have passed since a lot since I came to the United States. Do you remember? I was saved by you. I'm able to live without that forget the incident. I have learned many things. He taught me many things. I also quarrel with him. I also make up as much. He loves me. I love equally. During this time, I was also such a stupid fight. Shoichi is how are you? Do you love Shun Shoichi? Always at peace with you guys I was a little lonely. Really just a little bit. If you look at the two people on good terms, I'm sure because I remembered. Because I remembered the father and mother. Although I do not remember even parents face, I was like I guess I'm sure you guys, I'm wondering. I seem to have loved me apparently Keith. I want to be like Shun and Shoichi. No, I cannot get used. I love Keith. Shoichi also love Shun. You do not think that's okay? The world is easy. I recently thought so. Whether this feeling is correct? I even gave up worrying about such a thing. This is not a bad feeling though. I do not think that there is justice. I'm not mistaken. It does not matter whether the right. If you do not make a mistake, you are good. Shun'll be busy, I have been patiently waiting for the reply. I have been waiting for. Forever, I will not be the only enemy of Shun. Goodbye. See you. Someday, I will see you again somewhere. Postscript Had been able to read this letter, tell Shoichi. Shun is the love I have even Shoichi. Иван》 二人で読むんじゃなかった・・・っ、と糖度が高すぎる手紙に花宮はカステラからビターチョコレイトにチェンジした。伊月も何か、どの文章が刺さったのかは知らないが、知りたくもないが、胸元を抉られたように蹲っている。 「・・・ねえはなみゃー・・・。」 「はなみゃー言うな。」 「キースって男名前だよね・・・っ!?」 「そこかよ!!」 噛み付く勢いの花宮に、伊月は少しだけ笑った。 「俺の敵にはならないって、どう返したらいいかな。」 「今、考えてることそのままでいいだろ。」 それもそうか、なんて伊月は笑って、ありがとう、手紙嬉しかった、と英語を綴っていく。追伸には、機会があったらね、なんて悪戯っぽく。 「妙なこと書いてねぇよな?」 「さー、どうだろ?」 流石に封された封筒を本人前に開ける下種ではなく、後後こっそり突いてやる下種は、今日中に赤司に届けとく、と伊月から預かって、赤司に届ける道行で読んでみて、読むんじゃなかった、と後悔することになるが、流石に中身を入れ代えるのは可哀想だったので、Makotoと綴られていた場所に、呼び捨てにすんなバァカ、と日本語で書き足しといてやった。 「・・・これが、ミカイ、さん。」 「うん。泰寛の、いや、泰寛の、大切だった人。こっちは幾ら調べても消息が掴めなかったから、多分・・・。」 「ちょい待て。泰寛は同性愛者だったと?」 「え、でも美羽ちゃんいんじゃん?」 生まれてんじゃん直系の子孫!と高尾が喚いたのはハイカラな街の中の喫茶店だ。亜麻美羽は写真を見比べながら、花瓶に浮かぶ横顔を見て、そっか、と息を吐いた。 「みうって、彼の事だったんだ。」 「美羽ちゃん納得しちゃうの!?」 「え、だって和成さんじゃない、伊月さん紹介してくれたの。」 あなたがゆったのよ、信用できるって、と彼女は強気な語気で言い募り、女性が強いと場が華やぐなぁ、なんて伊月は見当違いに笑う。 「そっか、泰寛さん、・・・そっか。」 何とも言えない心地で笠松は紅茶を啜っている。血縁から特異が出たらそりゃ一瞬戸惑うよなぁ、とも伊月は思う。親不孝してるなぁ、というのも。 「泰寛おじいさんが亡くなる前ね、私の名前を呼んだの。私に何か伝えたかったのかなって。伝えそびれたのかなって。私の陶芸や絵付けは多分、泰寛の血なのね。でも、ひょっとしたらあれよね、『みう』のせいかも知れないのね。」 「きっと、泰寛はミカイにそれを贈りたかった。泰三と未海だった頃の記憶を思い出しながら作った。だからそれは、美羽さんが持つべきだ。これが、今回今吉探偵事務所、所長助手、伊月俊の出した結論です。どうですか?」 「はい、安心しました。私実は、泰寛の作品ってひとつも持ってないの。」 ええええ、とこの寒い季節にパフェなんて食べている高尾はスプーンを取り落しそうになった。 「えええ!?玄孫なのに!?形見分けは!?遺産相続は!?」 あのね高尾、と伊月が溜息交じりに制して。 「遺産相続権は遺留分半分が妻に、残りの半分を子供に、って法律が定めてるの。まあ、泰寛の妻は美羽さんが生まれる前に他界しているから、戸籍上の子供に渡る。だから今回揉めたのは形見分け連中。そっちも明日くらいに解決するから、美羽さん、その辺何か注文あれば聞けますよ。」 「えっと、じゃあ、ひとつだけお願いします。」 「はい、聞きますよ。」 す、と美羽嬢は姿勢を正して一度目を伏せ、真っ直ぐに伊月を見た。 「春山ミカイの血筋に、可愛い女の子がいたら紹介してください。」 「おうふ・・・。」 笠松はあらぬ方向からの攻撃でテーブルに突っ伏した。 「それは御縁というものですからね。春山家の住所と連絡先はこちらです。愛媛。」 「あ、砥部焼最近興味あるんです!」 高尾と距離近すぎるもんこのお嬢さん、と伊月は苦笑気味に思った。年頃の娘がそう簡単に男のファーストネームを呼ぶか。答えは簡単だ。そこに特別な感情なんて一切有しないから。 「性癖って遺伝すんのか、伊月。」 「さあ?数代観察してみませんと解りませんね。」 「同性同士じゃ子供作れねぇだろ。」 笠松の耳打ちに、ああそっかぁ、と伊月は長閑に声を上げ、シバくぞ!とがなられながら肩パンされた。 事務所に帰ってくると、花宮が電話に向かっており、何をか会話をしながら伊月を手招いた。 「ん?」 しー、と指先に指をやって、来い来いと受話器を半ば共有する。 『春山と繋がってたパイプは切ったった。春山家押し弱いわあかん。ミカイの作品も言われるまま売って仕舞よる。終いには品モンすり替えられる始末や。』 あの花瓶の二人を邪魔するひとは始末できた、と今吉からの報告に、ほっと伊月は溜息を吐いた。 「お疲れ様です、翔一さん。」 『うおおおい月ちゃんいつ帰った!?』 「今です。花宮さんから代わりました。どれくらいで帰れそうです?」 列車で本州を西へ一日、そして船と電車を半日。それをもう一度今から繰り返すというのだからタフである。 『んー、すぐ帰るで?』 「春山家って今治でしたっけ?松山近いじゃないですか。松山城と道後温泉行ってきてくださいよ。お土産欲しいですし。」 『月ちゃん鬼畜。』 「あと、亜麻美羽さんがそちらに可愛い女の子がいたらお会いしたいとのことで、その旨連絡お願いします。」 『おう、ゆうとくわ。その内手紙でも行くやろ。』 カリカリと万年筆が走る音がしたので、きょろと肩越しに花宮を振り返ると、にやぁっ、と実に楽しそうに嗤われた。 《イヴァンとの約束果たせよ、バァカ。耳は塞いどいてやるからよ。》 「にゃっ!?」 『月ちゃん、猫でも拾うたん?』 「・・・っ、翔一さん。」 『猫まんまでもこさえた「愛してるっ!」 ガシャン、とそのまま通話は切断し、耳まで真っ赤にしてぴるぴると震えている伊月に花宮はまた花畑を覚悟した。 「おっすー!」 「福井さんっ!」 「召集あんがとねぇ〜。」 まあ売上貢献も仕事だからな、と福井はホールの食べ放題チケットを春日の我儘のために用意した。 あちこちの学び舎は冬期休暇に入り、百貨店ではクリスマス商戦、なんて銘打たれて子供向けの玩具や大切なひとへの贈り物でカラフルに賑わっている。 「つか食わねーけど俺。」 「ケーキだけじゃ無くて、今日は普通にパスタなんかも作らせてるぜ。」 陽泉舐めんな、と福井は胸を張る。進路はこのまま食品科学科だという福井はホールも女性客だけじゃ駄目だというプロデュースの真似事もし始めており、経営学も並行して学ぶと言う。 「伊月、チョコレイトシャワーあるぞ。」 「楽しんでる!花宮こいつひとのトラウマ引っ掻き回して遊んでる!!」 「何かあったん〜?」 「春日さーん!!」 「食わず嫌いはいかんよー?」 「春日まじおかんか!!」 クッキーをシャワーに浸して春日はそのまま伊月の口に放り込む。逃げ場がない、と降旗は笠松の隣で大人しくモンブランを齧っている。時折じとーっと花宮を睨んで、にたぁっと蛇のように笑われ笠松の肩に隠れるというのを繰り返している。伊月の影響なのか、どうも降旗は笠松に懐いている傾向だ。赤司がいれば彼は今頃恐慌状態だったであろう。 「パイナップル、チョコレイトシャワー浸けると旨いって宮地さんが。」 「なんで秀徳連中ってちょくちょく可愛いの!?」 「大坪の編み物といい木村の果物知識といい宮地の甘党ぶりといい緑間の手荒れ防止といい・・・。」 「高尾ちゃんはー?」 「いるだけで華やぐ〜?」 「「こら春日甘やかすな!」」 「「これだから春日さんは!!」」 割と身長が関係ないポジションとは言えそれなりに皆高身長で見目も可愛いのから綺麗のから格好いいのから様々揃って、店内の女性たちは密かに色めき立ち、給仕の交代にフロアへ出てきた氷室に、何やってんのお前ら、と珍しく驚かれた。普段からにこにこしている性質なのだ。 「月ちゃん、まこっちゃん。」 「お?」 「あれ、翔一さん。」 いまよっさんだー、と高尾が手を振れば、中折れ帽を玩び、ひょいと見下ろした肩下で、亜麻美羽が頭を下げた。 「そういえば今日ここだって言ってたから。」 「ご注文は?」 「あ、紅茶で。」 「ワシは珈琲。」 注文を取りに来た帰国子女に今吉は、久しぶりやなぁ室ちゃん、なんて奇妙な綽名で呼んで氷室に困った顔をさせ、あれはあいてしねーほーが良いから、と花宮が珍しく助言した。今吉の餌食は皆味方なのかもしれない、と伊月はこっそり思う。 「美羽さん、あれからどうです?」 テーブルに近寄って伊月が笑みかければ、きいてっ、と潜めた声で叫ばれた。 「お友達出来たの。」 「・・・お友達。」 「ええ、邪推しないでくださいね。お友達です。可愛い恋の相談とかしてくれるの。砥部焼の窯も用意しておくから来て下さいって。だから、明日からちょっと行ってこようかなって。」 「で、あわよくば進展?」 なんて伊月が笑ってやれば、あらばれちゃった、と彼女は舌を出した。 「でも、順風満帆の人生なんて楽しくないわ。恋なんて星の数ほどあるのよ、月ちゃん?」 「え。」 「最初はねー、伊月さんもいいかなって思ったの。可愛いし。」 「ちょ、ちょとま・・・っ。」 「でもワシのんやから。」 「すまん、手が滑った。」 伊月の腰に回そうとした手を花宮がスープ塗れにした。 「なんすんのまこっちゃん!」 「そうですよ花宮さん。」 「月ちゃん・・・。」 「染み抜き大変なんですよ?」 「そっちかい!!」 美羽嬢はそんな様子をころころと笑って、高尾と笠松、笠松に着いて来た降旗にも挨拶を済ませ、帰ったら荷造りしていざ愛媛!なんて伝票は今吉が預かって、またね、と明るく笑って店を出た。 「あの子、おもろいなぁ。」 「なぁ、と言われましても?」 「奇跡やで、あの子は。」 よお考えてみ?と今吉はひらひらと手のひらを翻す。 「笠松の血縁で、高尾と趣味合うて、仲ようなって、月ちゃんと出会うた。」 「・・・言われてみれば。」 確かに今までは幾つも今吉の助手としてあちこちで働きはしてきたけれど、今回の依頼は今吉ではなく伊月本人に来た。今吉が手を下すべく判断で伊月に委ねられたのではなく、真っ直ぐに、伊月俊へと。 勿論裏側で花宮は走り回ったし今吉は愛媛まで行ったが、あくまでも今回は伊月に転がってきた話だった。 「月ちゃんが助手持つんも時間の問題かのー。」 「まだそれは無いですね。」 「まだ。」 だってなぁ、と伊月は美羽嬢が掛けていた椅子に横から座って、視線をテーブル側に流して今吉を見た。お、っと狐目がレンズの向こうで瞬く。 「ご褒美、貰えないし?」 なんて、悪戯花に口の端を上げて、そのまま立ち上がって、懇意な司令塔との話題の花に戻っていった。雑談しながらケーキやパスタを摘まみながら、降旗はもうちっと左手首鍛えたほうがよくねぇ、だとか、花宮のスティールタイミングってやっぱスカウティングで変えてんの、だとか、この間の陣形は中村サンと日向サンのマッチアップがキモでしたか、だとか、津川の口が減らんで困っとんよ〜、だとか、紫原も減らねぇぞ喰う量が、だとか、赤司とマッチアップ怖いんですけどどうしたら、だとか、食われる前に食え、だとか。 そんな風な日常は、今日も今日とて今日でしかなく。 折角やからクリスマスプレゼント用意しといたろかな、と今吉は考え、伝票と一緒に、秘匿のメモを荒木に渡し、会計を済ませてホールを出た。 今吉探偵事務所、お蔭様で本日も無事運営。 ご依頼主様と出会える奇跡を、所長が助手とお待ちしております。 |
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今吉探偵空気気味ですが、後半行きます!!このお話と、このシリーズと、そして私と出会って下さった皆さまに捧げます。いつも読んでくださってありがとうございます!!■タグありがとうございます!三段ケーキ・・・いいですね!!今吉トンデモサンタみたいなw!待って・・・頂けてるんですかありがとうございます!!お待たせしました!!
2012年12月13日 00:36初出。
で、春山家の大学を出たばかりの人間、というのは我が家の俊ちゃんです。・・・本当に三次元は二次元より奇なりです。
20121224masai