キセキの地蔵さん。
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お地蔵さん、と呼ばれるその二体の石像は、数年前に地元の有志が集って木造の屋根と壁が出来た。
裏手には鏡を模した、無縁仏を祀る石もあり、そこは帝光中学所属運動部が持ち回りで掃除や世話を預かっている。 学校の裏手にある山路を登る。只管登る。当番は月替りで各々の運動部を巡り、またその一月の中に当番制で数人が特別メニューと称して山に登る。 「そろそろ蚊が出てきたね。」 うっとおしい、と右腕を払って、コンクリで舗装された、といっても山路なのでガタガタだ。杉だかなんだか知れない矢鱈滅多背の高い木々に囲まれたそこを進む。進むというより、本当に登る。まあ、軽トラックくらいの馬力と大きさなら通れる道ではあるので、キセキの世代と呼ばれる彼等には、少しだけ足の運びや筋肉の動きを意識すれば簡単だ。 「黒っち、へいきー?」 お供えに、と渡されたどら焼きに手を付けなかったのは、必死で緑間が死守したからで、結局紫原はまいう棒のたこ焼き味をざくざくやっている。燃費が悪い。 「いーっつも、おもってんす、けど!」 黄瀬は水道の通らない山奥に水の入ったポリタンクを下げているので息も絶え絶えだ。模倣をするなら基本を磨きなさい、と桃井に渡された練習メニューで、基本的に彼の練習メニューの密度は濃すぎる程に濃い。 「なんだー。」 こちらもお供えにと預かって来た花を肩に引っ掛けて、青峰は気のない返事。気はなくとも会話のキャッチボールが出来るのって素敵と思う、と黄瀬は思う。 「さっきのおっちゃんらの軽トラに乗せてもらえばよかったんじゃないっすかね!?」 「それはルール違反でしょう。」 一歩一歩を踏み締めて黒子はコンクリのガタガタ舗装を登る。しょっちゅう転ぶからだ。なので今日は緑間にラッキーアイテムらしいナポリタンをたらふく食わされてある。最初の頃は転ぶ落ちるそのまま転がり落ちる、がデフォルトで、時には青峰や紫原が背負ったりしたものだ。彼のパスセンスと技術は彼等の宝物だ。 「そろそろ見えるのだよ。」 キチリ、と眼鏡のブリッジを押し上げたのは、好い加減汗で滑ってしまったのだろう、一度眼鏡を外して、ジャージの裾で顔を拭い、と緑間にしては随分と豪快というか野蛮な仕草で木々の間に僅かに見えた屋根を指差した。 「おー。だれかいるー。」 目元にその大きな手を翳して、ぽーん、と紫原の中学生離れどころか日本人離れした長身が跳ねる。 「誰?」 赤司は賽銭の入った預かり物のがま口をくるぅりと手の甲に回し、ぽんと跳ね上げキャッチ。きようっすね、と黄瀬の声はどこか灰色い。 「さっきの軽トラのひとじゃないですか?」 黒子が大事そうに抱えているのは線香入れとライターだ。 「んー?あ、女の子ー!」 ぽーんぽーん、と確認完了。黒っちへいき?と背中にそっと大きな手が撫ぜる。大丈夫?大丈夫です。黒ちんの大丈夫って信用しないの俺、と雑談なども交わしながら、やっと坂を登りきる。 「大輝、バケツと雑巾。涼太は熊手。敦、裏の花瓶とってきて。真太郎は花の入れ替え。テツヤはちょっとクールダウン。」 「黒子っちだけずるい!でも賛成っす!」 「赤ちんはー?」 「こっちの手水台磨く。はい、さっさと行動!」 パン、とキャプテンの合図に各々の仕事に散会し、からりと地蔵の納められた小屋を黒子が開けると、先ほど紫原が言ったとおり女の子が一人。帝光中学の制服を着ており、制服に入ったラインは黒子達より学年が一つ上だ。 「どうしましたか。」 からん、と木張りの床に落ちたカッターナイフが落ちたのに、黒子は目を見張る。既に彼女の腕には赤い筋が幾つも幾つも伝って、反射のようにその細い手首を捕まえた。 「赤司君、手当の道具は持ってますか!?緑間君は!?」 久方に聞く黒子の慌てたような声音に、否、焦っているような、苛立っているような、怒っているような、そんな声に五人はばたばたと、オブジェを磨いていた手もたわしを掴んでいた手も、花瓶を取り落としかけた手も、一切の行動を一度ストップ。小屋に入って、他に目立った外傷はないかとその女子生徒を座らせて、緑間が投げ寄越したテーピングで直接止血をぎっちりと固めて、乱暴に歯で切った。女子生徒の手がカッターナイフに伸びるのは、黄瀬が飛び込んで捕まえた。 「・・・っに、すんの!」 「それ、こっちのセリフ。」 女子生徒のヒステリックな叫びに冷ややかに反応したのは赤司で、そのオッドアイは静かに、いっそ怜悧に彼女を見つめ、はーあ、と聞こえよがしの溜息をひとつ。 「皆、作業戻って。大輝、地蔵さん周りの水拭きやっちゃって。あと、血。」 「胸糞悪い。」 べ、と舌を出し、言われたとおり、黄瀬が運んできたポリタンクからバケツに水を移し、床を拭った。 「涼太、外の掃除終わったね?真太郎の手伝い行って。花の生け方、此間スタイリストの模倣してきたつってたよね。折角だから披露してよ。敦、なんで花瓶泥だらけ?」 「てゆかー後ろの全部泥だらけー。」 「こないだの雨でやられましたかね。」 「あーかもー。傷は無かったよー。」 「よし、しっかり洗って、えっと、そっちは榊だけで良いんだっけ?」 「その筈です。このひとはどうします?」 「それは、ま、お仕事終わらせてから、じーっくりお話しようじゃない?」 くつり、と喉の奥から赤司は嗤った。森林の中、僅かに血と肉が生臭く薫った。 終わったー、と各々凝り固まった筋肉を解す様子に黒子はお疲れさまです、と頭を下げて、一人一本の線香に火をつけて、それぞれに渡した。 二つ収められている地蔵の前にある線香立てに、都合一人二本で、学校から預かって来た賽銭を賽銭箱に赤司が纏めて放り、青峰が鈴を鳴らして手を合わせる。 「黄瀬、何なのだその呪文。」 「え、地蔵菩薩の真言、知らないっすか緑間っち。」 のんのん、なんて紫原は只管マイペースだ。黒子も赤司も無言で手を合わせ、さて、と言い合わせたタイミングでは無いが、小屋の隅に蹲る女子生徒を見た。腕の痛痛しい包帯代わりのテーピングが無ければどこにでもいる普通の少女だ。 「運が悪かった、とか思った?」 口火を切ったのは赤司。相変わらず仲間以外には態度が体感温度で5度程違う。黄瀬が捲り上げていたジャージを元に戻した。 「本気でしぬ気はないのだ、どうせ。」 緑間も同じような調子で言うともなしに呟き、手水台に放置されているカッターナイフを見やった。 「あれだよねー。」 紫原は狭苦しい小屋から出て、大きく伸びをして。 「本気でやるなら、肘やればいいよー。動脈集中してるから、血が吹き出して一気に意識飛ぶの。」 ポケットから無限のように出てくる駄菓子をひとつ頬張って、ふたつ頬張って、みっつめのそれの包装を解く。 「あ、俺、聞いたことあるっすよ!女はリスカ、男は首吊り!」 「どこで聞くんだそんなもん!」 「まあ、男は血に耐性が無いからどうしてもリスカは倦厭しがちなのだよ。」 淡々と、雑談を交わす中に、赤司は底意地が悪そうに微笑み、黒子は何を考えているのだか。 「そうだなぁ。見てて分かったと思うけど、今、オレ達が掃除したばっかなの、ここ。そこを汚されるのはちょっとメーワク。」 まあ明日も誰かくるんだけど、と。だからここはオススメしないよ、とも。 座り込んだままの女子生徒の正面に、ちょこんと黒子はしゃがみ込み。 「しにたいんですか?」 「・・・そう。」 「僕は邪魔をしましたか?」 「・・・そうね。」 黒子はちょっとだけ天井に目をやって。 「僕ね、邪魔するの得意なんです。」 彼の口元に浮かんだ微かな笑みに、黄瀬が、おお黒子っち笑ったっす、と小声で呟く。 「目の前でしなれてもやだなって、邪魔しました。だってこんなところに救急車なんて来れないし、掃除も面倒ですから。だから僕は提示しますよ、色んなしに方。まず電車にでも飛び込みますか?人身事故でダイヤは狂って掃除はきっとリスカより大変です。家族に損害賠償要求が行くという話も聞いた事があります。じゃあ、どうしましょう。駅前に高いビルがありましたね。そこから飛びますか。でも下にひとがいて、そのひとを巻き込んだらどうします?そうやって生き残ってしまった殺人罪を僕は聞いた事があります。首を吊るにしたって、一週間はご飯を抜かなきゃ足元に糞便が溜まって酷いらしいですよ。女性にはあんまりお勧めしたくないなぁ。ではリストカット?どこを血まみれにします?しぬんだったら、誰の邪魔にもならないようにして下さい。」 立て板に水のように、その静かで透明な声音が女子生徒に告げた内容は、赤司ですら口元を引き攣らせ、黄瀬は耳を塞いで背を向け、青峰は口元を抑えて、紫原は駄菓子を食べる口元を動かしていないし、緑間の眼鏡を押し上げる指先は僅かに震えている。 「もう一度言いますよ。僕は邪魔をするのが得意です。言い換えれば、他人の迷惑になりそうな貴女を、僕はいつでも邪魔出来るんです。」 何事もなかったかに黒子は立ち上がり、では帰りましょうか、と微笑んだ。 森林、只管登った坂道を、今度は転ばないように降りて行く。下り坂のほうが転がり落ちやすい。 地蔵菩薩。旅人の無事を祈る道祖神としても祀られる。 彼等はあれ以来、彼女には会った事が有るか無いかは知れないが、廊下で擦れ違った折、黒子は一人の女子生徒に目がいった。手首には相変わらず傷が耐えないのか包帯を巻いており、それでも友人と思われる同輩と笑っていた。 「しぬ気なんてね、ないんですよ。」 だって彼女、僕が入ったのを見計らってカッターを肌にいれましたから。 「だからって黒子っちはそこまでしちゃうんすね。」 黄瀬の言葉に心底同意だ、という四人と、ちょっと違った方面から飽きれた一名。成長期のアスリートは食べる量が色々半端ないが、黒子はいつものようにバニラシェイクをひとつ注文したマジバの窓際に。 「だって、僕は邪魔をするのが得意ですから。」 「まあ、テツヤがそう思うならそれで。」 「テツはお人好しだよなぁ。」 「黒っち、まいう棒の新作みつけたー。」 「黒子は辛いが甘いな。」 「黒子っち、俺、グロダメっす。どこでしいれたんすかあんな知識・・・!」 「ノンフィクション系の・・・。」 「ぎゃあーやめっ聞きたくない!!」 |
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しぶに原稿逃避に描いてたやつ。初出:2012年05月24日 19:16
20120525masai