赤黒っぽい。
| 僕に叶わないことはないと思っていた。 |
| 家柄はそれなりだし、地位もあったし、ちょっと上流で『赤司』と名乗れば大の大人でも戦後を支えてきたとふんぞり変える翁も途端に腰を折った。 幼少期はそんな大人に囲まれて過ごしたせいか、将棋や乗馬や年齢にそぐわない趣味特技が身に付いた。バスケットを始めたのは意外と遅くて小学校高学年。小学生の将棋はちょっと面白なさ過ぎた。新しい手が一つもないのだ。先人のそればかりを舐めてどうする。同じような意味でどっかの教育家が寄越す習字の賞状も興味が無い。就学率70%の江戸時代と違ってほぼ100%を弾き出している自称先進国では習字なんて国語の授業だけで十分だ。絵を描くほうが幾分楽しかった。本を読むほうが楽しかった。そして、バスケを始めてからそれが一番になった。 基本的に出来た子供だと思う。過去の書をなぞるだけの書道は賞を貰った。将棋のトーナメント大会でも優勝した。作文も全国区で選ばれた。残念ながら勝敗のハッキリしない絵画では表価がそこそこ。テストは100点以外を貰った事がない。意識が外に向いたのは小学校の中学年。前述通り、バスケを始めた。 授業の程度しか齧った事はなかったけれど、やって見ると案外面白くて、ルールを読み漁りテクニックを訓練し、実践。子供らしくない子供だったが、赤司という名前はそれをその事実を簡単にしてしまった。 親は言うのだ。 「赤司くんとは仲良くしなさい」 「赤司くんに嫌われるような事はしてはいけません」 つまり、僕がバスケをしようと誘えばついて来ない子供はいないわけだ。子供にとって親は絶対なのだから。叩かれようと、飯を抜かれようと、殴られようと、寒空に放り出されようと、蹴られようと、タバコの火を押し付けられようと。 閑話休題。 僕にとって、勝つことは基礎代謝である。それは僕のせいで『赤司』のせいで、でもやっぱり突き詰めればこんな感じに生まれた僕のせいだ。 何時の間にだか僕に叶わない事は無くなってしまっていた。 何時の間にだか僕は神のように崇められてしまっていた。 皆と少しだけ生まれた家が違うだけで、楽しいと感じたことを気が済むまでやっていただけで、まあ勿論面白くないと感じた事はどんな権力者にも詰め寄って覆させた数件が原因かもしてないけど、っていうか正にそれなんだろうけど。だったら自分でやれよって、まあ、過ぎたことはもういい。 結局僕は神のように崇められてしまったわけだ。 中学の半分はそんな感じだったか、一年でバスケ部主将に任ぜられ、面白そうだと思ったから声をかけた。 好きでもないのにバスケをやっていた紫原。 他人に混じらず流されずに貫く緑間。 大好きなバスケを心から楽しむ青峰。 楽しそうだから混ぜてと叫んだ黄瀬。 それから、彼。 彼らは僕に対して真っ直ぐだった。『赤司』も関係ないし、鬼の主将だとか言われたけれど、ぶっちゃけた話、遊び半分だ。赤司に見つかったら死ぬぞ、なんて笑いながら企んで、やっぱり僕の報復に、死ぬ!殺される!と楽しそうに笑うのだ。僕も乗っかって、死ねば静かになるのにねぇ、なんて彼に笑って、赤司くんが言うと洒落になりませんからやめて下さい、と彼もやっぱり笑った。友達、友人、親友。仲間。日々が只管楽しくて、夕方遅くのアイスの買い食いなんて母親には眉を顰められたが、それを上回る結果を出せばいいんだろう。結局人生結果が全てで経過なんて誰も見ちゃくれやしないんだ。僕がどうやってこの間のゲームのスカウティングをしただとか、対策に頭を捻っただとか、桃井と唸りまくって組んだフォーメーションは向こうさんの青峰対策で無駄になって伝家の宝刀を出さなきゃってな事態に陥ってでも、とかそんな事ぁどうでもいい。要は勝ったという話。 中学のバスケ全国大会が終わって数日。ふと、随分と体育館が賑やかで静かなのに気付いた。 一旦集合をかけて、人数が足りない事に気が付いて、そのまま、部室に走るといつも僕が主将の仕事をしていたテーブルの上に、退部届けと記されたまっしろな、彼そのものを思い起こさせる封筒があった。 その後はよく覚えていない。 思えば初めての敗北だった。 手に入れたものを無くした喪失感というものは、敗北感とずっとよく似ている。 そのまま引退までしっかり部活はやった。主将は勤め上げた。練習試合も勝ちが続いた。ただ違っていたのは、眠る時にいつも携帯電話を握っていた事だ。 僕は基本的にうつ伏せに近い横向きに眠る。小さい頃に馬鹿みたいにでっかいベッドで寝ていたせいか、身長が170に差し掛かってもその癖は抜けない。 眠る前に誰かにメールでも作成しようとしたのかは思い出せないが、白紙のメール画面を起動させたまま、祈るような形で組んだ手の中で、睡眠時間、無駄に電池を消費させて行く。 起きて、がちがちに固まっている肩やら背中やらに、指の関節まで加わった。携帯電話を持っているなら分かる。それを握って、しかも両手でがっちり組み合わせて寝ているとか、どう言うことだよ僕は。 まるで叶わぬ願いに毎夜こころを捧げて焦がされているみたいじゃないか。 第四体育館の幽霊はいなくなってしまった。 図書室にいけば大概会える淡いかがやきは、もうどれだけ祈ろうとどうしようと、僕の前には現れてくれなかった。 京都の『赤司』別宅に来て、バスケで引き抜かれた高校に通うようになって、ようやっと新しい環境に慣れた頃、相変わらず白紙のメール画面を祈りに握って眠る毎日が続く中、帰宅途中で携帯電話が鳴った。黄瀬涼太、と表示された新着メールは、紫原にも緑間にも青峰にも送信されており、僕は目を瞠った。 いち、にの、さん! こころで数えて一気に自宅までの道を駆けた。 「きょうとなんて、くるんじゃなかったー!」 怒り半分、喜び半分、僕は叫んで、彼の名を呼ぶ。 「テツヤの、あほー!」 IH周辺は京都の盆地が非常に暑い事に脳みそが溶けそうで、しかもテツヤとは会えないときた。ならばWCか。京都に帰ってテレビをつけたらニュース番組の筈なのに異様に野球で盛り上がっていたカルチャーショックなりありつつ、僕達の時間は進んで行く。 それは、とても寒い日の話。 「会えて嬉しいよ。」 彼は、静かに静かに、それでも強かに、僕を見た。 僕に叶わない事はないと思ってた。 だから今から、僕は全てを叶えるんだ。 |
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2012年07月12日 17:33
20120825masai