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春夏秋冬、召しませ! 今吉探偵事務所ごはん。 今吉探偵事務と愉快な食生活。 うららかに春。 筍が食べたい。 伊月の貌を見てそう思った、ということは順調に花宮は餌付けされていることにイコールであると項垂れる。 大概にして夕刻に姿を現す伊月は決まって最近、雑務の少々を終わらせてから、よし、と一度立ち上がるのに、にこりと笑顔が寄越されるので、読んでいた新聞を閉じて間食に手を伸ばそうとするビターチョコレイトのアルミを包む。 「花宮、何食いたい?」 「たけのこ。」 「はい了解。」 ええなぁ、たけのこ、と今吉が呟きながら月末決算報告書を確かめて、専用の棚に入れる。最終報告が終われば花宮がファイリングする。 八百屋や煮売りや棒手持ちが賑やかしい通りで、目黒の筍、と売られていたそれを伊月は手に取って花宮に振り返る。 「いいのあったよー。お金足りる?」 「奢ってやろうか?」 背中からの声に、伊月はにこやかに振り返って、じゃあよろしく、と。 「古橋も食べる?筍。」 「調理に寄るが・・・。」 「じゃあ若竹煮。」 「出汁はあった筈だから、ワカメだね。」 それならこっち、と古橋に呼ばれて伊月は大人しく着いていく。人気の多さに辟易しながら花宮は道端のひとなみが見渡せる場所に呼吸を深くする。 「はなみやー?」 「なにー。」 「あさりご飯食べたいー!」 「明日にしろー。」 明日はあさりご飯、とてくてく戻ってくる伊月の後ろには古橋もしっかり周囲に目を配りながら着いてきていて、帰るぞ、と花宮の合図に頷く。 「翔一さーん!両手塞がってるー。開けてー。」 エントランス前でそう声を上げた筍両手な伊月の後ろの花宮はワカメの束、古橋は桶一杯のあさりを持たされてある。 「ほいなー。なんや豪勢やなぁ。」 「明日はあっさりあさりご飯キタコレ!作るんで。砂抜きするから、古橋、こっちの大鍋に移しといて。」 ぱたぱたっと手際の良い指示でそれぞれの働きに頷いて、伊月は筍の土を洗うと縦に真っ二つ、荒っぽくも丁寧に、今度は鍋に水を張って煮立たせる。 「幾らええとこの筍でも掘った端から薹立つさかいになー。」 からころと小さな台所で動く伊月の後ろに立った今吉はそのまま、邪魔です、と無言の肘鉄を喰らう。古橋は花宮に渡された書類を読んでおり、暫くはくつくつと湯が煮立つ音で事務室は静かだ。こんな時間があってもいい、と花宮は思う。 次の鍋を出して、今度は出汁を煮立てる間に、竹串が通った筍を伊月は上げて、皮を剥く。 「あっつ。」 「貸せ。」 「ありがと。」 能面のような表情のまま、古橋は熱い筍の皮をするすると剥いて、こっち、と招かれた俎板に置けば、ありがとう、とまた礼の言葉に頬を掻いた。大雑把でありながらも火や味が通る大きさに切った筍を出汁に放り込んでもうひと煮立ち。先ほどまで筍を湯がいていた鍋で切ったワカメを茹でる。沸騰したら火を止めて。 「ごめん古橋、もいっかい。」 茹っておどろどろと菜箸の先が滑るワカメを指差して伊月が片手で拝む。 「まさか熱湯の中に手を入れろと?」 「お前も籠球選手なんだからそんなのさせる筈ないでしょ。ちょっと笊支えてて。」 そうやって熱湯の中から蕩けるワカメの入手に成功し、出汁の中の筍と添える。 「古橋、そこの器出してー。翔一さんご飯よそってー。花宮はデスク片付けて!」 鉢の中に筍の若竹煮を菜箸で持って等分に分けながら、それらを用意しつつ、鍋の中に跳ねるあさりに切れ長の目を瞬く。 「古橋、今の見た?」 「ああ、砂吐きってこうするんだな。」 「違うって。活きが良いんだよこいつ。」 「そうなのか?」 「そうだよ?」 「ああ、上方ってあさりいねーからなー。」 「まじで!?」 「まじでー。」 筍の若竹煮、白米と合わせて頂きます。 欲さえなくなる夏。 ちりん、と風鈴の音に、花宮は瞼を持ち上げた。 「月ちゃん来た?」 「おう。」 短く応えて、ぐたっと夏バテを顕わにデスクに突っ伏す。 「こんにちは翔一さん。花宮死んでます?」 「残念ながら生きとる。」 「うっせぇバァカ・・・。」 「残念ながら生きているな。」 「給料減らされたくなかったら瀬戸は黙れ。」 やれやれと肩を竦めつつ、仕事中毒の同輩であり上司でもある花宮は瀬戸から報告書を受け取り、だらだらと情報を処理して、まだぐたりと突っ伏す。 「団扇あるでしょー。」 言いながら伊月はそのままインバネスと学生帽をデスクに預け、風呂敷包みを持ってとことこと今吉に歩み寄る。 「はい、翔一さんお中元だそうです。」 「毎度悪いなぁ。今年は何?」 「例年通り。」 にこっ、と飾りっ気なく笑う伊月にうろんと花宮の視線が上がる。 「三輪の素麺・・・?」 「正解。ちょっと待っててね。」 言い置いて風呂敷包みもちいさな台所に持って行って水屋に預ける。冷蔵庫を開けると真鍮で作られている器が四つ、冷蔵庫の中に冷えているのを確認すると、少量の水に砂糖を解かして煮立たせ火を止めた。冷蔵庫を冷やす冷凍庫の氷を砕いて放り込む。デスクに戻ってきてどうしたのかと思えば片手で包めるほどの弁当箱を出してきて、中身を鍋に投入。くるくると御玉で中を馴染ませ、真鍮の器に四つ。 「冷水、花宮、これでどう?」 冷えた砂糖水に氷と白玉が浮かべられた器を受け取ると、手のひらから綺麗に冷気が立ち上る。 「はい、瀬戸と翔一さんにも。」 「これ旨いな。」 素朴な味に対する瀬戸の感想に伊月は満足気に笑って。 「昔家の近所で売っててね、棒手売のさ。何かいい事あったら白玉の数とか増やして貰ったりしてたんだよね。水道水じゃあれだけど、ここの氷あれじゃない。」 ああ、と花宮が思い当たったように。 「ちゃんと長野のほうから氷送らせてあるから。」 さて今夜は沸騰させたみりんに醤油、鰹節を煮立てて布巾で漉した麺汁で、三輪の素麺でも頂きましょう。 天高く馬肥ゆる秋。 あれ、と事務室の扉を開けた花宮が瞬いた。 「まこっちゃん、今日日曜日や・・・。」 月月火水木金金、を地で生きる花宮には朝の早いうちに事務室のデスクに紅茶片手に作業をしている伊月の存在に瞬く。同行してきてあった原に、二階の実験器具は好きに使えとそのまま。 「あ、そろそろ昼飯・・・。花宮、何食う?」 「あー?何でも・・・さっぱりしたやつ。」 「翔一さん、何かあります?」 「茄子田楽とか?」 「今月赤字ですよ。」 「えっ。ほんまに?」 「誰が会計帳簿つけてると思ってんですか。何か安く売って・・・田楽・・・豆腐いいですね・・・。」 はらぁ、と花宮が呼べば階段を足音無く降りてくる原が、どうしたぁ、と口の中に菓子を遊びながら顔を出す。 「今、どんくらい持ってる。」 「ん?自分の飯代しか持ってないよん。花宮にしちゃ珍しー質問だ?」 「うっせ。伊月、こいつ財布にしていーぜ。」 「まじでか花宮。」 「ちょっと待って花宮!!」 「ええやん原クン。お昼にせんかれ。」 「安く済ませるからそれでいい?」 「安く済むならだぞ。」 ちょっと下町降りますね、と伊月はインバネスを羽織らずに外に出て、大きな通りを外れて賑やかしい商店街に出る。 「原って豆腐は木綿と絹どっち?」 「・・・絹?」 「じゃあ木綿で。」 「伊月の脳味噌はババロアだったか!?」 「幾つ食べる?俺二つは欲しいんだけど。」 「俺も二つで。」 「桶持ってオーケー!」 「うざい!」 御近所の奥様方がその戯れにくすくすと楽しそうに笑って、伊月はそれなりの豆腐の量を注文したが、思ったほどの出費で無いのに原は隠された目元で瞬く。確かに伊達に事務経理は担っていないらしい。本当に原の菓子代程度で買えてしまった。 「豆腐と言えばイソフラボンだよねー。」 「ホトトギス自由自在に聞く里は、だったか。」 「そっ。酒屋に三里豆腐屋に二里、ってね。しかもエストロゲンが肌や髪も綺麗にしてくれるってんだからお安いものさ。冬は湯豆腐夏は冷奴だしね。」 ただいまー、と伊月が扉を開ければ、おう、おかえり、と二人の返答に、そのままちいさな台所に向かう。 「水切って、手拭いで拭いて包んで押し潰れない感じで重ししてーって出来る?その内にこっちは味噌するから。」 「潰れない・・・程度?」 「粒が潰れないキタコレ!がんばれー。翔一さん七輪使いますから用意して下さーい!」 「はいはいー。」 「炭新しくしねーでいけっか?」 「そのお金が惜しい。」 返答を聞きながら口を挟みながら、伊月は擂鉢に、しょうがないなと言いつつ刻んだ生姜を潰し、味噌を混ぜ、砂糖で甘さを整えると小指の腹に掬って舐めた。上出来、と笑う様子は子供のようで。 「豆腐出来た?」 「こっち潰れた・・・。」 「あー、こんだけ水切れてたら大丈夫だ。切るからこっち寄越して。」 「串刺すのやりてぇ。」 「いいよ、花宮巧いから。」 強請る子供のような様子にも愚痴ひとつ言わないで、今吉が呼んだ事務所の裏手に七輪を置いて、味噌を塗り焦がして、さて、頂きます。 暖かく寒く冬。 「こんばんはー。」 日が短くなりましたね、と白い息を吐いてエントランスを抜けてきた伊月は、事務室に出されているストーブに駆け寄ってまず手袋を取って指先を暖めた。 「伊月、腹減った。」 「はいはい。」 作りますよ、とマフラーを外してコートを脱いで、途端に事務室の気温が下がって猛禽の目が闖入者を射抜く。 「ザキ、何だ?」 「いいや、悪い。この間言ってた菌類の、アレだ。」 「ん、了解した。戸ォ閉めてこっちこいや。焼いてやるから。」 ほとほとと胡麻油を暖めていた伊月は、大根の皮を荒っぽく剥して刻んで湯がいて水を切ると炒め鍋で持ってこちらも胡麻油で炒め、さしすせ含ませ弁当箱に詰め棚に入れる。明日には金平になる。 「また大根かよー。」 「月ちゃん、大根を正宗で切るゆうてやね・・・。」 「揚げ大根ですよ、今夜は。」 「昨日風呂吹きだったじゃね?」 「葉っぱはビタミンと鉄分多いんだよ。味噌汁にするから。尻尾はぬか漬けにしとくんで。」 「へえ、大根って庶民の味方だな。」 「何を隠そう春の七草、蘿蔔は大根の葉っぱなんだから。ジアスターゼってゆって、胸焼け胃もたれ、あとは喉の薬にもなるんでザキが刻んで水飴に混ぜてキタコレ!っとね。」 温まった胡麻油に山崎の言葉に満足そうに頷いて四等分した大根の胴を、水気をしっかり拭って放り込む。 「ザキ、大根おろし作って?」 「花宮や今吉さんは?」 「花宮も翔一さんもせっかちだもん。辛くなる。」 全くだ、と笑った山崎の後頭部にはペンのキャップと膝裏には革靴の裏が飛んできた。 「いってぇ!」 「油跳ねた?」 ちげぇ、と反射的に鍋を見て、ぷかぷかと浮いている大根は如何程なのだろう、と首を傾げる。 「ああ、箸をこうやって。」 とつと菜箸の先が大根に載せられて。 「振動が来れば、火が通ってます、ってさ。花宮、器出して。翔一さん、ご飯よそってー?この間漬けた大根香ものにしちゃいましょー。ついでに糠床混ぜといてくれると助かります。」 「月ちゃんの仰せのまま。」 ご飯に湯呑におろしの載った揚げ大根と大根の葉の味噌汁。 「花宮、デスク片付ける。山崎、そこの椅子使っちゃっていいよ。いいです?翔一さん。」 「先に座ってもーとるやん。」 糠に汚れた手を洗って、皆で事務室の花宮が片付けたデスクに揃って。 「「「「いただきます。」」」」 今吉探偵事務所、明日も春夏冬中。 さあ本日も美味しくお召し上がりください。 |
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『召.しませ!お江/戸ごはん』という面白そうなご本を見つけたのでそれを参考に探偵事務所の春夏秋冬。
初出:2013年6月18日 21:45
最後は脱字じゃないですよ〜。
20130903masai