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俺が蛇でも愛してくれますか。 良く晴れた冬の日は、図書館が風呂のように暑い。コートとマフラーを隣の椅子に掛けている伊月は、今吉の勉強を邪魔するわけでなく、まあそもそも今吉の場合は受験勉強というそれすら手遊びに近いものではあったが、ぽつりと聞こえた声音に公式から視線を外した。 「道成寺か?」 「あ、すいません。」 「ええよ。そろそろ参考書睨んどんの飽きてってもたから。」 清姫か、と今吉は少しだけ楽しそうに笑った。平日の午後に図書館なんて、利用は貸し出しと返却くらいだろう。 「うん、伊月クンが清姫、ええんやあらへん?黒髪の綺麗なクールビューティーや。」 「蛇ですけど。」 「蛇は執念深い。異種交歓は解るか。」 えっと、と伊月は少しだけ黒目を中空にやって。 「ヒトがヒト以外との関わりを持つこと・・・?」 と、少しだけ言葉を選んだ。 「異類婚姻譚、ゆー呼び方もあんで。猿、犬、鮫、狐が有名処か。ほら、殷周革命の、妲己。あれも狐やゆわれとる。」 「婚姻・・・。」 その言葉は聊か直接的過ぎやしませんかね、と伊月は首を傾げ、傾国やら傾城なんやそんなもんやろ、と今吉は嘯いてやった。 「道成寺はな、足の動かん女の悲恋や。」 「安珍の解釈は。」 「坊主はその時代の英雄やん?」 「平安時代。」 「そうや。清姫が安珍に執着した理由は解るか?」 「清姫、が。」 僧である安珍は白河から熊野権化への旅路、蛇の子孫と言われた真砂の村の一夜で夜明かしを借りる。そこで清姫に夜這いをかけられ、僧という立場は参詣を済ませるまでは女は抱けないと断った。帰りに寄ると約束したが清姫の積極性に戸惑ったか、恐怖でも覚えたか、今で言うヤンデレってのかな、と伊月は考えた。結局清姫を訪ねずに、そして気付かれたところに呪いをかけて動きを奪って逃げた。怒りに我を忘れた清姫は半身を蛇に変えて安珍を追う。安珍は慌てて道成寺に逃げ込み梵鐘を下すとその中に隠れた。蛇は梵鐘を巻き、火を噴き、安珍を焼き殺した後に入水自殺をしている。 「・・・なんででしょう。」 恋したひとを殺して自分も死んだ。と伊月は指先でくちびるを触れた。ぼんやりと考え事をすると、彼はよくそうやる。 「道成寺の成立は平安時代やろ?交通も発達してへんし、村っちゅーのは今も昔も閉鎖的や。そんな狭い場所で子供作って結婚して子供作って繰り返したら、どうなる?」 「遺伝子の交配に異常が・・・あ、だから足が動かない。」 「せーかい。」 ぴんぽん、なんて楽しそうに今吉は笑った。くるくるっとシャーペンが回って、伊月は猫のようにその指先で回転を止めた。 「まー、伊月クンは清姫ゆーよりは伊賀局やけど。」 「いがのつぼね・・・ちょっと調べてきます。」 「ん、きをつけてー。」 そしてまた、かりかりと静かにシャーペンは公式を証明して、構文を繰り返す。 「なあ、伊月クン?」 「はい。」 「清姫が安珍を欲しがった理由はな、愛やら恋やら可愛らしいもんちゃうよ?」 「はい。」 「清姫は、安珍の血を、外界の血を、精子を孕まなあかんかったん。足が動かんゆうことは、村で生きることも出来へんからな。」 「・・・あ。」 「安珍が清姫を抱かんかった理由は、多分特に無い。しつこい女やと思ったんかも知れんし、自分には勿体ない別嬪さんやと思ったんかも知れん。」 ワシは因みに後者な、と今吉はさらりと述べて、伊月は耳元が熱くなって抑えかけたが今吉の声が邪魔をする。 「せやけど清姫は、安珍に抱かれなこの先村八分で生きていけん、ゆーんで自殺したんかも、知れん。」 むかしむかしとか言いながら残酷なもんやで、と今吉は肘を突いて顎を乗せた。長ったらしい前置きは終わった。 お前が蛇でもワシは抱いて孕ませる。 |
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初出:2012年12月18日
パラレルじゃないというw探偵でも助手でもない。現代です。どんなキャプションだよそれは。 えろくはないけど下品というか下劣というか下ネタ的になったのは違いない。今吉が悪い。(呪文のように。
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キャプション何があった。
20141026masai