青峰には簡単に連絡がついて、かえって拍子抜けするくらいだった、とは伊月の言である。機関車復旧の目途は立っていないが、男は村長の名前の返上と、村人からの後ろ指に耐え切れなくなって自ら駐在所の奥に軟禁された。食事は留守にしている警官の妻が世話をするらしい。











今吉探偵と伊月助手の華麗なる冒険。後編。












「おはよう、つきちゃん!」
相変わらずの学生服に朝の冷気にはインバネスコートを着込んで、てくてくと村の砂利道を歩いていると、ぱしーん、と背中をちいさな手に思いっきり叩かれた。
いつか、姉を見つけてくれと訴えた少年だ。
「おはよう。今からお習字だ?いってらっしゃい。」
「行ってきます!」
粗末な鞄からは、硯と筆と墨がからからと音を立てて賑やかだ。学力や学歴なんてものもあるが、どんなものであったとしても学ぶことは楽しいし知識が増えるのは素晴らしい。
真っ青に晴れた空の下で、ぐいっと伊月は腕を持ち上げる。
「あー、バスケしたーい。」
「でもボールがあらへんなぁ。」
「ゴールが無かったらシュートも出来ないしなぁ。」
「走り込みでもする?」
「はっしりこみするな!キタコレ!」
「尻込みやドアホ。」
「あ、翔一さん、彼女どうです?」
「今までの流れ無視?ワシはどういう扱いやってん!?」
「あ、おばさんたち協力的で助かりましたね。」
たっとそのまま今吉を放って勝手口に出てきた近所の奥さんに駆け寄り、頭を下げた伊月に、ほんまよぉ出来た子ぉやで、と着替えもしていない彼は頭を掻いて苦笑した。
「翔一さん、朝ご飯どうしますー?作って貰っちゃいますかー?」
「おー。好きなもん作って貰いー。」
伊月が勝手口に入ると朝食の準備をしてくれている女にはゆっくりしていなさいと言われてしまったらしい女中が居心地悪そうに上り框に腰かけて、伊月をぼうと見やった。
「大丈夫ですよ。勤め先はどうにかなります。そうじゃないと翔一さんが社会人やってる都合つかないじゃないですか。」
「どういう意味やー月―?」
「どうもこうも、そのままですよ。婦女子の前で寝巻のままだとか、常識的に考えてどうです?ほら、こんなひとでも何かやらかしてお金貰ってんですから。」
「やらかしてって人聞き悪っ!」
「はい、翔一さん、お着替えお着替え。さっさと着替えないとひん剥きますよ。」
「いややわー月ちゃんの狼さん!」
しかし常識的に考えてどうだろうか、と伊月は今吉を部屋に押しやりながら思う。突発性とは言え、子供を無くしたショックによる失語症だ。子供を無くし声を無くし職を無くしそれから何をまだ奪うのだろう。喋れなくても上手く稼ぐ輩はいる。花宮にでも相談すれば二秒で八十通りは考え出してくれるだろう。勿論法律や法令の網目を巧妙に掻い潜った犯罪擦れ擦れの手法を。
「俊。」
「はえっ!?」
インバネスコートを丸めて抱え、襖に凭れて座り込んでいるとその襖が開けられてころんと後ろに倒れ込んだ。見上げた天井と自分の間には、単に寄れの残った袴姿の今吉がいる。
「後頭部打った・・・。」
いたた、と起き上がりかければきちんと足袋も履いている。いつもこうやる気ならいいのになぁ、なんて前髪で表情を隠して笑った。
「気にすなや。確かにあのひとの稼ぎをワシらは奪った。でもな、俊が気にしたらあかん。そういうのはワシに任しとき。汚れ役はワシでええねん。俊は、月ちゃんはな、ワシの隣でにこにこしとったってや。」
「翔一さん。」
「なんや?」
潤んだ声音に普段通りの返しを聞いて、縋りたくなる。
「ひ、とりに、して。」
「ん。晩御飯は一緒に食べよな。」
夕飯の時間までに、泣くなり物に当たるなりして復活してこいと、そういう意味だ。今吉は伊月のすることを拒絶しない。只管受け入れる。受け止める。全部知って抱き締める。だからこそ、伊月は誇れる自分でいたいのだ。どろどろに淀んだ感情は嫌いだ。吐き出して薄めてどうしても消えない澱だけは箱にしまって鎖を巻いて厳重に鍵をかけてこころの奥底にしまい込む。嗚咽の声もなく涙だけが零れる黒曜石が埋め込まれたような切れ長の美しい目が見止めたのは縁側に水の入った盥と手拭いが用意されていることだ。
しょういちさん。
唇だけで呼んだ名前は、朝の空気にとろけて消えた。
熱を持った目元に濡らした手拭いを乗せてそのまま転がって、伊月は歌を聴いた。
かーごーめーかーごーめー
かーごのなーかのとーりぃわー
いーつーいーつーでーやぁるー
よーあーけーのーばーんーにー
つーるとかーめがすーぅべったー
うしろのしょうめん
「・・・誰・・・?」
蜩が啼く中、ふっと意識が浮上する。
「おそよーさん。」
「あ・・・。」
手拭いを退けて瞬けば、いつも通りに何を考えているのだかよくわからない笑顔を眼鏡で隠した今吉が、膝を伊月の頭と畳の間に入れて座っていた。
「おばちゃんら、晩御飯作って帰ってくれはったから、食おうか。」
「あのひとは?」
「うん?先生おるやろ、子供らに読み書き教えとる。そのセンセが明日からウチで飯炊きしてくれるか、ゆうて。」
「安心、した。」
「さよか、よかったな。」
「よかった。」
いつの間にだか握り合っていた手にすり寄って、先に飯な、と笑われた。何を強請ったと思われたのかと耳元がじわじわと熱くなると、ぶっはと遠慮なく笑われたのでぺしこんと頭を叩いておいた。眼鏡が飛んだ。
女中だった彼女は急に環境が変わるものなんだと自分の分は炊事場に用意していた。
いただきます、と手を合わせて、食事時は基本的に静かな二人はその静寂を破った音に振り返った。玄関の扉が誰かに叩かれているのだ。しかも切羽詰った様子で。
「はいはーい!今開けるさかいに待ったってー。」
一瞬感応が遅れた伊月に、待てと合図した今吉の表情が僅かに陰る。
「月ちゃん、今日の天気、どうやった。」
「朝はとても・・・いい天気でした。」
その瞬間に浮かんだ客人の用件は、残念ながら見事に的中した。
消えた子供の写真を見せられて、伊月は言葉を失った。今朝、彼は行ってきますと笑って駆けて行ったのではなかったか。今度この村に来る用事があったら鉛筆の類をお土産にしたら喜ばれるかもしれないなどと、呑気に考えていた。だってあれから会えなくなるなんて嘘だろう?
「う、そ。」
「月ちゃん、崩れたらあかん。」
耳打ちに我に返って笑う膝にぐっと力を込める。ぱたぱたと、勝手口から駆けてきた女性も状況を把握したのか、ひとつ頭を下げて後ろに退いた。
「何なんやほんまに!」
頭皮を掻き毟る様に今吉は髪をぐしゃりと乱し、考え、考えや、とぶつぶつと呟いている。
「こっ、この子の荷物って・・・?」
「先生の所へ行ってくるってそれっきり。」
「そして、私の所から帰りました・・・。」
眼鏡をかけた坊主頭の男性が『先生』らしい。片足を引きずっており、そのため村に残ったのだ。
「月ちゃん、地図。名簿も。」
「はいっ!」
「この子のお姉さんも隠されたて聞いとります。」
はい、と母親は涙を湛えて頷いた。既存の村の地図と伊月が作成した地図の確認。差異や変化は見られていない。
「年は・・・。」
「来月で十です。」
「誰や。誰が隠しとる・・・。」
名簿を見ても法則性は無い。男女問わず、十歳前後の、客観的に眺めて可愛らしい、詰みか、と今吉の頭の片隅に過る。
「あの、途中で変化とかありました?」
不意に先生が口を開く。一歩退いていた女性に向かって。
「え、何・・・。」
「いや、あの、え、あなた方が言ったのでは・・・なかった・・・?じゃあどうして・・・。」
「ちょぉ待ち、話が見えんのやけど。」
えっと、と一度彼は言い淀んだ。
「あの、神隠し、あったじゃないですか。でも、ひとって消えるものじゃないから、誰かに連れ去られたりしてたんじゃないのかって勝手に思ってまして・・・。」
だから、子供たちが来るときはなるべく何人かで、帰る時も一緒に、と言い聞かせていたらしい。今吉は、ええ判断や、と頷いた。
「それで、今日は彼女が迎えに来てくれて・・・。」
「詰んだな。姉さん。ガキどこやった。」
き、っと今吉の鋭い眼光に女は首を横に振る。
「あなたまさか!」
母親の糾弾の口調に彼女は逃げ出した。
「月ちゃん!」
「解ってます!」
ガン、と扉が開く限界に体当たりするように押し開き、集まりつつあった村人に視線もくれず、最短距離で前に回り込む。抵抗に伸ばされた手首を捕まえ、回り込んで肘を固める。
「無実だと、晴れるまでは、ごめんなさい。」
すとん、と首筋に手刀を打ち来むとそのまま崩れた。
「翔一さん、すいません、靴下さい。おもっきし石踏んだー・・・。」
状況を把握したらしい村人の幾人かが女を抱え上げて玄関のほうへ連れて行く。靴を持ってきてくれた先生に頭を下げて、覚束ない足取りで今吉の隣に戻ってくる。
「探しますか。」
「見取り図は出来とるか?」
「屋根裏がまだです。」
「わかった。屋根裏はワシが上がる。月ちゃんは一回靴下脱ぎ。」
「あっちゃ・・・。」
真っ白だったはずの靴下は土や埃で汚れ、右足は真っ赤に滲んでいた。石を踏んだ際に切ったのだろう。今吉が持ってきてくれた鞄の中から救急道具を取り出して、慣れた手つきで、井戸水を少し汲んでもらって傷口付近を洗浄。アルコールで案外深い傷口の消毒。抗生物質を塗ったくったガーゼを当てて、包帯で固定した。
「歩けるか。」
「全力疾走が無理なくらいですか。うああ日向とカントクに怒られる!!」
一瞬恐慌状態に陥ったが、すぐに立て直して、何人かにも手伝って貰ってすべての部屋と押入れは勿論、納戸から隠しから全てを開け放ったが何も出てこなかった。
「翔一さーん、大丈夫ですかー?」
屋根裏を這いずっている気配に呼びかけたら、ぱかっと天井が開いた。
「あかんな、ここちゃうわ。」
するんと顔を出し、梯子をと慌てた先生に、ええよええよと笑ったかと思えばそのまま天井に手を掛けてひょいっと身軽に降りてきた。単も袴も埃や蜘蛛の巣がひっついて、ばっさーと箒で払えば、月ちゃん酷い!なんて泣き真似が来た。イラッときたので顔も掃いておいた。
「一回顔洗うわ。あのねぇちゃんの行動範囲とパターン洗い直しな。」
「どうぞ。」
「おおきに。」
そこに女性の悲鳴が飛び込んできて、伊月と先生以外が咄嗟にその方向に走り出す。
「その足、どうなさったんです?」
「南方で、撃たれました。」
「それはご苦労を。」
そんな遣り取りをしながら、辿りついたのは勝手口を背後に控えた炊事場だ。とても見覚えのある包丁に、うわぁ、と伊月は感嘆した。
「ワシらが来た初日に牽制しにかかってたんかいな。自分憧れるくらいに狂っとるで。」
今吉も聊か呆れ気味にそう評し、キンッと金属音を三回。
「月ちゃん、持っとき。」
「防弾チョッキ着てます?」
「着てるよー。」
「対抗できる刃物はあります?」
「しころくらいはどこぞに仕込んどるわ、心配すな、阿呆。」
「はい、ばかの心配するだけ無駄ってことで。」
足元が弱くなっている伊月にリーチを持たせ、今吉はすっと両手を掲げて女に近づく。じりじりと突き付けられた刃先が鼻先に近づく。
「ガキらどこや?」
ぶるぶると切っ先が震えるのを眼前に、今吉は一切怯まず、淡々と問いかける。
「あんさんが今までで隠したんは今夜の発覚合わせて九人か。」
その唇の動きは、ちがう、と言った。声なき叫びを今吉は冷静に聞いている。
「自分の子は違うんか。」
「翔一さん!!」
伊月の鋭い声音が飛んだのは切っ先が振り回される直前だ。危機感がじわじわと背筋を焼いてくる。戦慄っとするほどに鋭く磨き上げられた包丁は幾度も空を切り、今吉は二歩下がる。腰板の裏にあった折りたたみ式ナイフを指先に引っ掛ける。伊月が周りに危険を知らせて下がらせる。
「―。」
声にならない声が叫ぶ。もう何を言っているのか、上手く読み取れないほど取り乱し、細い叫びが徐々に形になる。
かーごーめーかーごーめー
かーごのなーかのとーりぃわー
いーつーいーつーでーやぁるー
よーあーけーのーばーんーにー
つーるとかーめがすーぅべったー
うしろのしょうめん
「だーぁーれーぇー。」
そして彼女は切っ先を、自分の喉に減り込ませた。弾かせようと伊月は柄を回したが、一瞬遅かった。真っ赤な血を今吉は正面から浴び、倒れ行く体が痙攣し、土間に転がり、血液とリンパ液をまき散らし、瞼は中途半端に閉じられた。
「死んだか。」
眼鏡を外して袖を回し無事な部分で血を拭う。随分と至近距離から浴びた血液は、焼けるくらいに熱かった。
「死んで・・・ます、ね。」
脈を見て、瞼をきちんと閉じてやって、伊月は手を合わせて顔を伏せる。あと一瞬で間に合ったのに。悔しくて顔が上げられない。子供を失った悲劇は本人には如何程だろう。聞きたかったし助けたかった。
「そん、な・・・。」
「子供たちは・・・?」
「っ!」
「そうやなぁ・・・どこから探すか・・・山狩りは終わってんの?」
そうだ、まだ終わってない。終わってない。
ぎゅ、と唇を噛みしめる。急に右足の痛みが込み上げてきたので、頭が冷えたことを自覚する。
「翔一さん、鞄はありました?子供の。」
「鞄?どんなんや。」
「えっと、ああ、今お母様が着てらっしゃる着物と同じ柄ですね。」
「あっ、そうです!これの余布で作ってやったもので・・・。」
「中身は硯と筆と墨でした。俺の記憶が正しければ。」
「月ちゃんの記憶が間違うとるとこ一回見てみたいで、ワシは。」
月ちゃんはどない、と問いかけられるような視線を向けられて。
「複数犯の可能性は消えていません。売られた可能性は消えました。」
「なしてそない思う?」
「人身売買十歳前後性別問わずの相場の場合、女中などせずに生きていける。だから売られた可能性は無い。けれど、他の家に押し込んだ可能性はある。」
「はずれの婆の家か!?」
と勇んだ男には首を振る。
「あまりにも『らしすぎる』。それからあのひとは、本当に子供を喪った顔をしていました。」
おおい、と勝手口から飛び込んだ声に振り返ると、そこには件の鞄を持つ村の若者が駆けこんできた。
「その鞄!!」
パニックを起こしたように母親はそれに縋る。
「どこにあった!」
「山ン田から降りた茂みだ!」
「イサカの前か!」
歓声のように声が飛び交って、歓声も上がる。ある程度理解できるのだが、途中で固有名詞ばかりが飛び出して伊月は思わず、はぁ?と口にした。今吉もぽかんとその歓声を眺めていたが、先生が一つ咳払いをして。
「山ン田というのは、そのまま、山側にある田圃です。ほら、トンネルのほうに向かって棚田がある。イサカさんはその麓にあるお家の屋号ですよ。」
「あ、どうも。」
「トンネルのほう・・・家・・・?」
今吉は地図を取り出し、伊月を呼ぶ。そこには確かに、トンネルに沿うように細く水田が並んでおり、丁度トンネルを抜ける辺りに一軒家があり、そこには伊月が朽ちかけた表札から読み取ってきた、大川という家がある。
「大川家の屋号がイサカ?」
「そうです。」
「駅が近いな・・・・。」
「・・・トンネル・・・?」
翔一さん、と血まみれの絣を伊月は引いた。
「このトンネルって確か・・・中が・・・。」
「それか!」
この村の駐在が、村を出る際に通った、内部が崩れていたようなので危ないと、言ったのはこのトンネルではなかったか。
この長いトンネルはこの山をひとつ抜けるために長く掘られた、帝都からの長距離の中の一本だ。一番問題があって拙いトンネルも、ここだ。
「月ちゃん、ワシのステッキ使い。」
「恩に着ます。」
「着ぶくれしとき!」
「誰か、トンネル入口の付近まで来ていただけませんか。二人じゃ危ないので。先生もその足じゃご不便です。」
村の若手が数人借りれたのを幸いに、松明を焚いて貰いながら無人の改札を抜けてトンネルの前に来ると、急に空気が生臭くなった。
「月ちゃん、観えるか?」
「松明お借りします。・・・暗いですね。外は月と星が出てますからある程度行けますけど。翔一さん、ペンライト。」
「ほいよ。」
持ってるだろう出せ、というてのひらに、当然持っとるよ、と乗せてやる。
「もし外れの場合、変に崩れてガスでも出ていたら危ないので、松明は少し遠ざけて。何かあったら呼びます。大丈夫です。子供たちは絶対に見つけます。」
大丈夫、見つける、と自分にも言い聞かせ、カチンとライトが照らすレールの上を右足を庇いながら伊月は歩く。コツン、と革靴が、カツン、とステッキが、反響するトンネルの中をライトが照らしているのは今吉からも確認できるし、ある程度進むごとに光によるモールスで合図を寄越してくれる。
「このトンネル、全長どんくらいや。」
「さあ・・・山ひとつ掘ってますから・・・。」
不安に駆られて今吉が呟き、同じように一歩後ろから返答が来る。随分光が小さくなった頃、急にライトが下に向かった。
「俊!」
トンネルの中で微かに声がする。
ぱたぱたと光の粒が跳ねた。
『みつけた』
その四文字のためのモールスが、随分と長く感じた。
「おっしゃ、行くか。」
「え?」
「流石ワシの月ちゃんや。きちっとやりおった。」
信じてはいた。彼が自分を不安にさせるはずがない、独りにするわけがない。
疲弊していたが、自力で歩ける一人、衰弱しきった二人が見つかった。正確には、助かった。猿轡を噛まされていただけで夕方連れ去られたばかりの少年は伊月を見て猿轡と手足の拘束を解いて貰って、泣きながら抱きついて来れたほどに元気ではあった。あの場が明るければ、こうはいかなかった、と伊月は朝焼けを見ながら思っている。
トンネル内は糞尿と死臭で満ちていて、入った瞬間伊月も鼻が馬鹿になった。少年は、自分が伊月と一緒にトンネルを出た後に二人も出てきたのが意外そうだった。帰り道で死んだ彼女の水筒から水を貰うと急に眠たくなって眠ったらしい。そして気が付いたら真っ暗な中で独りぼっちだったという。
間隔を置くことで騒ぐ気力も抵抗する威力も落ちていき、水だけは毎日貰えたのでこの一月以内に行方をくらましていた三人は助かった。脂肪どころか筋肉も削げ落ちて酷い有様で、今後暫くは寝たきりの状態か、最悪精神を病むだろう、と伊月は告げなくてはならない。それなのに、どの親も、子供が助からなかった親でさえも、足の包帯を巻き直している伊月に礼を述べるものだから、何も言えなくなってしまった。
黒子経由で赤司に連絡してもらい、移動手段の復旧も目途がついた。
子供たちの目に入らない場所で、六体の遺体が並んだ。
一番古い遺体は、一部の肉が腐って白骨化し、眼球はネズミにでも食われたのか無くなっていた。頭蓋骨が陥没していた。
「これ、やな。」
あの村長に暴行でも受けたのだろう。そして死んだのだ。女中は精神を病んで子供を隠した。そしてまた狂う。我が子は生きている。でも殺される。だから隠す。そうして神隠しは起こった。起こるべくしてではなく、ひとつの狂気が生み出した世界へ連れて行かれた。
老婆は変わり果てた孫の姿に、言葉も無く泣いて、同じように泣いた伊月を、孫にしたのだろう様子で抱き締め、あとは燃やせ、とそれだけ言って帰った。彼女は息子夫妻の忘れ形見だった。女中も同じ日に焼かれた。
木箱の中に、井桁を組んだ上に乗せられ火をかけられた。帝都ではお目にかかれないような見事な深緑が明るい山麓の村で、よく晴れた、それはもう最高の日和に天へ上った。
その煙を眺めながら荷物を整頓しつつ、傷の様子を見ると、どうもやっぱり思っていたより酷かったらしくて少し膿んで微熱が続いた伊月の隣には、絶対に今吉が同じように寝転がっていた。
「無理するからや、ボケ。」
「性分ですー。しょうがないしょうぶんー。」
「いつものキレが無いでー。」
「無茶振るなばかー。」
そんな風に、夏虫の鳴く縁側で、井戸で冷やした西瓜を食わんか野菜を食わんかと村人もこころ尽くしてくれるものだから、なんだか離れがたかったり、相変わらず、つきちゃんつきちゃんと子供達にはモテたり、年頃の子には愛想を振りまいただけで真っ赤になられたりして、今吉としては面白いんだが面白くないんだかの数日は、本当にあっという間だった。
随分長くを休んだ事で級友には訝しがられ、籠球仲間には怪我でどやされ、黒子にも貸しひとつ。
「おめぇ、何悪運づいてんの?」
「うるさい。んなもん要らん。」
花宮と罵詈雑言のキャッチボールもやっと日常に帰ってきたなぁ、なんて感動が迷子な伊月である。
「一つ二つ学んだか。」
今回の総合報告書を受け取って斜め読んだ今吉は、今日も今日とて華の帝都に似合わぬ絣の単に寄れが残った袴で所長のデスクに坐しながら、銀座で買ってきてやったコーヒーゼリーを幸せそうに来客用ソファに座る伊月に問いかけた。正確には、そう思ったから口に出した。月ちゃんは誉めて伸ばす子やから、なんて考えながら。
「どうでしょうね。つかなんで青峰に渡す報告書を俺が書いてんですかしかも添削待ち。ねー翔一さーん。」
「ねちねち言うんやない、女々しい。」
「女々しいおめめ。キタコレ!」
「きもいわ!」
学んだ、と言えば嘘になる。でも、学んでない、と言っても嘘になる。子供は知りたがりで、年寄りは悟っていて、一回窮地に立ったひとはいざというとき強くて、強いと思っていたひとこそ本当は弱くて。
コーヒーゼリーの二つ目をひも解いて、ミルクを指してスプーンを差し入れる。
「ワシの奢りやぞ、それ。」
「翔一さんは赤司と料亭行ったほーじゃないでふかー。」
「何で知っとん!?イーグルアイ超進化やん!!」
「黒子情報。これは花宮さんで、翔一さんの分は黒子に貰っていきますね。残りイッコはー?」
「はいはい可愛い可愛い月ちゃんに捧げましょ。」
「やったーい。」
「棒読み!!」
こうしている一分一秒は間違いなく日常なわけで、多分この後のコーヒー味の唇は予定調和。なんで翔一さんブラックコーヒーなのかな、苦いな、なんで俊はコーヒー飲まへんねやろ、ゼリーは好きなんに、なんて考えながらもいつも二人でその味を幸せに噛みしめる。ちゅっと離れてもう一回のバードキスはもう癖のようなものだ。さらさらの髪の毛を梳いて撫でて、愛でて。囁きはコーヒーに入れないくらいに。
「なぁ月ちゃん。」
「はい?」
「俊と結婚したら、月ちゃんてもう呼ばれへんのかな?」
「はいいぃ!?」
そんな中で紡がれる非日常こそ日常。日常を楽しめ若人。非日常なんて巻き込まれるだけで詰まらない。ということで、詰まる所、華麗なる冒険譚はこれでもう宴もたけなわお開きお開き。
「ごめん、今吉さん、そこまで疲れてるって俺知りませんでした・・・!」
「なんか若干本気でドン引きしとるやないけ。呼び方!呼び方他人行儀!!」
「今吉てめざまぁ!」
「聞こえとるで!はーなーみーやー!」
「ギャ―――!!」
「翔一さんっていっつも恰好つかないよねー。花宮もばかだよねー。」
今吉探偵事務所、本日も元気に運営しております。失せ物探し人から煙突掃除まで、どなた様もどうかご贔屓に、お気軽にお越しくださいませ。




終わり。

***

全裸あざっしたぁ!!伊月先輩可愛い伊月先輩!!探偵事務所の外サイドもっと出したかったんですけど体力的にギブかなーwみたいなーwwwwwいや、まじ今月おもろいわ。この二人美味しいwwwwwww日月は泥臭さが強いけど今月ってなんかどこかいまよっさんの年上力?wのお蔭でなんかちょっと突き抜けた感ありますよねwwwあれか、ダジャレ拾うの上手そうだからか?wwwwへたれじゃないから?wwwまあどっちでも伊月先輩可愛いからいいですどっちもhsprmgmgと行きませんか!!そして恒例我が家の俊ちゃん!棒読みされました。姉の威厳もへったくれもねぇな私は!!■遅ればせながら萌え禿げタグありがとうございます!!やたけたミステリ楽しんで頂けましたでしょうか?続編のご要望が御座いましたら書いて見たいのだよ?そういえば「やたけた」って淡路島ことば(方言ですね。)で無茶苦茶とか無理区裏とか滅茶苦茶とかあんまり良くない意味で「おかしい」とかそういう感じですw(例:masaiの文章やたけたやなー!w)wwww地元言葉ラブ!俺は地元の言葉を愛してる!だから皆さんも自分の地元の言葉を愛(ry (8/16

2012年08月14日 12:55初出。

これが全ての始まりだったと私自身も気付かずに・・・。っていうね。

20121114masai