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「見事な一枚敷きですね。」
「ワシらには勿体ない接待やな。」 「本当にここに泊まらせて頂いていいんでしょうか?」 「まあ、向こうさんのオココロや思うとき。」 タダより高いもんは無いからなぁ、とにんまり笑って、彼は言った。 今吉探偵と伊月助手の華麗なる冒険。 青峰に渡されたメモを頼りに、その無人駅に降り立ったのは二人の男である。一人は絣の単に少し寄れが残った袴におろしたての白い足袋と下駄。もう一人は黒い学生服に黒いインバネスコートをきっちりと羽織って、ボストンバックを下げている。 「翔一さん、何入ってんですかこれ重たい・・・!」 「まーま、そんなん後でどうとでも知れるて。それより月ちゃん、見てみ。帝都じゃお目にかかれん見事な山麓やでー。」 翔一さん―今吉翔一は桜のステッキで中折れ帽をくいと押し上げ、眼鏡の向こうに人を食ったように笑う。対して、月ちゃん―伊月俊は、ふいと一つ息を吐き、コートの襟を正した。蒸気機関が去った無人駅は、また人気がないことも手伝って少し冷えた。 無人駅の改札を抜けると、壮年の男が腰を折って二人を出迎えた。 「ようこそ、お越しくださいました。」 まるで、藁にでも縋った、溺れる人のような表情で。 百日紅が見事な山間の村だった。青峰大輝という一人の警官が、今吉に持ちかけてきた話はこうだ。帝都から蒸気機関車で半日ほど行った先の山間に小さな村がある。そこで最近神隠しが頻発している。駐屯の警官はいるが、この文明開化も疾うに済んだ国では『神隠し』なんて呼ばれる事件に人員を裂く暇がない。事実、駐屯していた警官は、今吉、伊月とすれ違うように、先日村の男が女性を巡って刃傷沙汰を起こしたというのでその件で本店に向かったらしい。 今吉翔一は帝都の一等地に事務所を構える私立探偵だ。呼ばれもしないのに首を突っ込んで解決した事件は数知れず、持ち前の頭の回転の良さで色んな場面を潜り抜けてきた。そしてすっかり顔馴染みになった青峰がこの件を内密に持ちかけてきたわけだ。ついでに伊月は探偵助手と医大生の肩書を持つ。普段は大学に通いながら今吉探偵事務所の雑務整理をしている。依頼者の接客なんかはその女性的でありながらも凛々しいその顔のお蔭か、今吉本人が出てくるよりも好評である。同僚の花宮真はどこか悪辣に今吉を見上げており、今回の同行を無理矢理伊月に押し付けた。放っておくと何をしでかすか解らない上司でもあるわけだ。 村に案内される途中に見えたのは、延々と水田だ。山麓方面に向かっても棚田が張り巡らされ、もう二三か月もすれば美しい黄金の田畑になるだろう。それなのに村にはどこか活気がなくて、片手で間に合う人数とすれ違ったがどこか陰鬱な表情で外からの来訪者を胡乱気に見ていた。案内人の男は村長だと名乗った。家に連れられ、広い敷地の大きな家屋が暫しの家になる。宿という上等な施設が無いのである。まあ、あったとしてもこんな鬱々とした気配の村には遊びに来んなぁ、というのが今吉の意見ではあるが。 「にしたって納得いかんわー。」 道行に村長の話を聞いてボストンバックは女中が用意した部屋に持って行ってくれたのをこれ幸いに、資料集めという名の散策のため家を出て、暫く行くと子供が輪になって遊んでいた。 かーごーめーかーごーめー かーごのなーかのとーりぃわー 「何がです。最初の神隠しが半年前、月一か月二くらいのペースで子供・・・そうですね、聞く限りは十歳そこそこですか。確かに消えてますよ。」 「こんなちんまい村でか?帝都やったら物陰に紛れ込んだら子供なんぞ売られてそれこそ消えるけんどやな。」 まあそうですが、と伊月は口元に手をやって。駅とは逆方面に歩き出すと、急に民家が増えて井戸端には雑談する女あり、それを呼ぶ男あり、無邪気に遊ぶ子供あり。畦道に今吉は座り込み、中折れ帽を団扇のように扇ぐ。あっついなぁ、なんて呟いて。 「全部で八人か。どこで何をしよるんやろ。」 「それを聞いて回って探して回って、親元に帰してあげるのが翔一さんのお仕事ですね。」 にこり、切れ長の黒目勝ちな目元に笑みを湛え、伊月もインバネスコートを小脇に抱えてしゃがみ込む。蜻蛉が今吉の差し出した指に止まって、伊月に覘き込まれて飛び立った。 「とりあえずは、日が暮れる前までに少し聞き込みをして、出来れば俺たちが来ているって知ってもらわないとですね。」 「あー、その辺心配いらん。日本人に留まらずやけど、こーゆーちっさいコミュニティっちゅーのは娯楽が少ないさかいに噂がすぐ広まりよる。さっきも井戸端のおばちゃんら、月ちゃんのこと、よー見とったわ。」 「あー・・・。」 流石に無自覚とは言わさへんで、とばかりに今吉が薄く笑うので、伊月は頬を掻いて微笑は苦笑に変わった。 「にしても月ちゃん。」 「はい?」 「そんな、ちゅーして欲しい?」 「なぁッ・・・ん!?」 座り込んだ相手にしゃがみ込んだ態勢で覗き込むのはその時点で重心のイニシアチブは向こうだ。近距離からこちらを窺う伊月の腕をちょいと引っ張るだけで今吉はその桜色の唇を奪える。ぷはっ、と逃れたいつもの白磁の肌は色めいて、ごしごしと口元を擦っている。 「しつれーやでー?」 「どこでも盛るな腹黒眼鏡!」 田舎って風通しいいんですからね!と半ば涙目で喚いて飛び上がるように立ち上がって、慌てて周囲を見渡す様子に今吉はいつも通り、喉の奥で低く笑う。 「かわええ月ちゃん。」 「嬉しくない・・・。」 あのこがほしいー あのこじゃわからんー しかもあっちこっちに子供遊んでるしっ、なんて今度は目の良さに後悔している様子はなかなか面白い。 「おねぇやん、どうしてズボンはいてるの?」 「・・・あ、っと?」 花一匁は終わったらしい。絣の着物に草履を履いた女の子が、つんと学生服の裾を引いた。ぶっはと噴出した上司の頭には後輩から教わった掌底でも食らわせてやろうかと思った。 「せやから月ちゃん、袴にしときーゆうたのにー。」 「下校からそのまま来たんですから仕方ないでしょう!・・・俺は男の子だよ。」 女の子の目線まで腰を折って話す姿にあれもそれもと質問が投げかかる。子供は知りたがる生き物だ。 「月ちゃんっていうの?」 「伊月っていうの。だから翔一さん・・・このおじさんね。翔一さんは月ちゃんって呼ぶ。」 「おとこなのにちゃん付けでよぶの?」 「翔一さんは呼ぶの。」 「つきちゃんいくつー?」 「しょーいちさんいくつー?」 「とーりゃんせしよー!」 「つきちゃんもしよー!」 「えっ、ちょっ。」 「おじちゃんは見とるわー。月ちゃん気張りー。」 「つきちゃんきばりー!」 ひらひらと中折れ帽を振ってくる上司は心底読めない。子供たちが遊ぶ広場は少し前まで田圃として機能していたのだろう、でこぼこと革靴の底を引っ掛け、子供の背丈に合わせて遊んでいるのか遊ばれているのか解らない伊月の姿に、子供も、今吉も笑った。 「つきちゃんたちは二人できたの?」 「うん、二人だけ。間に合ったらもう一人来るかな。」 「じゃあさんにん?」 「さんにん・・・。」 「ちょっとおおい・・・?」 「けすのたいへん・・・。」 夕暮れまではあちこちの声を聴くのだろうと思っていた伊月だが、夕暮れの中、真っ赤に染まった鷲の眼の背後、囁く声音に振り返った。 「消す・・・?」 「こらっ迷惑でしょう!」 ぱちんっ、と乾いた音は母親が子供の頭を弾いた音で、正に田舎の肝っ玉母ちゃんに伊月は思わず笑った。 「あら、お客さんとは聞いていたけど、こんな美人なお客さんとは思わなかったーぁ!村長さんちに泊まってるって?好きな食べ物ある?」 「おばさんらが作って持っていくわよー!」 「月ちゃんの好きな食べもんは珈琲をゼラチンで固めたやつや。出来たらワシにも分けてんかぁ。」 子供の玩具から奥様方のアイドルに進化した伊月の肩を、極々自然に抱いたのは今吉だ。因みにゼラチンはおろか天草すらこんな山奥で簡単に手に入るとは思わない。つまりは軽い牽制だ。田舎では夜這いの文化だって健在なのだ。 「でな、噂は聞いてはると思うんよ。この村で起こってる『神隠し』について、ワシら調べとる。情報あったら、ワシか月ちゃんまで。」 「あ、若造ですけど解決の糸口掴んで見せますんで。」 お願いします、と綺麗にお辞儀をした伊月に女性たちは少し声を潜めて。 「あのねぇ、あそこのはずれのおうち、お婆さんが一人で住んでるの。そこの娘さんが確か二人目・・・。」 「一人目は・・・?」 情報が入った、と今吉が肩を叩く合図でしゃんと背筋を伸ばし、事務所で接客対応するように伊月の雰囲気が変わる。なまじ顔が整っているだけ、表情に浮かんだ怒りや悲しみはうつくしい。 「それが・・・。」 「村長さんちのお女中さんの。」 「・・・さよですか・・・。」 うむと少しだけ唸った今吉は、後ろ頭を掻いて、中折れ帽を被り直した。おおきに、とそのまま背を向けて歩き出す。 「あ、ありがとうございました!」 一見置いて行かれたようにも見えたが、今吉が伊月を助手として手元に置く理由はこれが大きい。慌てて礼を述べ、頭を下げ、それでも普通なら視界から消えたはずの今吉の気配を正確に追ってくる。英語が堪能な後輩からは、イーグルアイなんて呼ばれている、視野の広さだ。物事を俯瞰図で見ることが出来る、眼も頭も良くて初めて完成する常人が持たぬ特技の一つだ。 「お女中さん、確か玄関先で挨拶だけしましたね。」 極めてこの記憶力。ただの医者にしてしまうのは勿体ないと今吉は常々思う。 「ただ今帰らせて貰いましたー。」 がらりと玄関の引き戸を開けば、転がるように家主が駆けてきた。 「何かありましたか?」 慌てて伊月が飛び出したが、村長は安堵したようにほっと笑い、いえいえ、と首を振った。 「無事帰られて何よりです。食事と風呂の用意をさせましょう。お荷物は運ばせましたので。」 「えらい面倒かけますよってに、すいません。」 今吉は苦笑を浮かべ、安心させるように伊月の肩を優しく撫ぜた。 「あの、それからお女中さんのお話を聞かせていただきたいんですけど・・・。」 ああ、と呻くような返答に二人で眉を寄せる。 「あれは・・・子が消えてから・・・声が出ないのです・・・。」 「え・・・?」 「子供がいなくなったショックだと我々は思っておりますが・・・。」 夕食は素朴ながらも味わい深い山の幸で、女中が作ってくれた薇の煮物が旨かった。渦中の女中はやはり一切の口も利かずに二人の身の周りを細々と世話して、夜食に握り飯まで用意して貰って、用意された広い部屋は蚊帳の中に布団が二組延べられてあった。 「あの、少しいいですか?」 案内してくれた女中を伊月は明るい場所に手招いて、失礼しますと前置き、正座して向かい合い、脈を図る。少し考え込むような仕草を見せてから顎を上げさせて、口をあけて下さい、息を吐いてみてください、と幾つか試した。十分な設備がない以上、医大生の知識と勘による診断になるが、おそらくは心因性の失語症だろう、と雇い主には告げておいた。 それぞれ寝巻に浴衣は持参しており、今吉が風呂に行った間に伊月は今日の情報を整頓する。村の簡易地図も貰って、そこから自分でもう一枚を書き上げた。その日の記憶を紙面に昇華させて息を吐く頃、今吉が帰ってきた。 「まとめて置きました。いなくなった子供の名簿と地図と、はずれのお婆さんの家は明日でも行きましょうか。」 「おおきに、月ちゃん。」 電球の下でもさらさらと耀く黒髪を梳いてやると、撫でられる猫のようにこてんと簡単に首筋を晒す助手は、顔に出ないだけで随分と疲れているらしい。物怖じはしないがどちらかといえば人見知りなほうである。綺麗に綴られた文字を読み込みながら、首にかかった手拭いを引かれた。 「なんや。甘えたやな。」 「違います。」 手拭いをそのままかぶせられ、繊細で器用な指先が水気を払っていく。ブリッジを摘まんで眼鏡を抜き取り、眼鏡拭きでこちらも丁寧に拭ってくれる。なんだか手持ち無沙汰な今吉の腕はそのまま伊月の腰を囲って、そうっと胡坐の上に抱き寄せる。 「俊。」 ふに、と眉間に触れるやわらかさにぱちりと瞬いて、頬に口づけを返す。瞼に、口の端に、頤に、啄むように触れる唇を、捕まえたのは伊月のほうだ。 「っ、ん。」 甘ったるく鼻から抜けた声に、ぎゅっと肩に縋ってきた指先を今吉は捕まえる。指と指を絡めて、その甲で頬を撫ぜて、上顎を舐めると伊月はいつも肩を竦める。歯を一本一本嬲られるように舐め啜られて、ひ、と若い喉が啼く。 「・・・ふ、は。」 「はい、おしまい。お風呂入っておいで。」 腰抜けてへんよな?なんて軽口をくれる口の端にちゅっと音を立てて伊月は預けていた体を起こし、ねむい、とひとつ呟いた。 「きれぇに洗っておいでな?」 にんまりと笑った今吉の、意味深な言葉の響きに意識を覚醒させられ、伊月は耳まで真っ赤になった。 「なっ、しょー、・・・っもう!」 「解剖の実習あったんやろ?無理さしてごめんな。」 「え・・・っと、はい。とんでもないです。でも・・・。」 急に真摯に返した今吉の言葉に、伊月は切れ長のうつくしい扇形の睫毛を上下させた。確かに講義その他が終わって事務所に呼ばれて直行して夕方出発で到着がこの昼だ。 「なん、で?解剖・・・?言いましたっけ、俺?」 「爪の甘皮が若干白ぅなっとる。長時間消毒液に手ぇつっこんどった証拠や。綺麗に洗っておいでな。月ちゃんが真っ白なんと肌が真っ白なんは違うさかい。」 な、と念を押すような響きに、伊月は眉尻を下げて、ふにゃりと笑った。 二つ延べられてあった布団の距離を無くして、一つの掛布団の中でひっそりと足を絡めて頭を抱いて、お互いの香りで脳が解けそうになるまで触れ合った深夜、ふと歌声が聞こえて今吉は意識が覚醒する音を聞く。 腕の中には寝息も静かに、少しだけ泣いた目元は赤いが安く眠る情人がいて、今吉は視線を動かさないまま、歌を聴く。 かーごーめーかーごーめー かーごのなーかのとーりぃわー いーつーいーつーでーやぁるー よーあーけーのーばーんーにー つーるとかーめがすーぅべったー うしろのしょうめん 「誰やろなぁ。」 キンッと金属音が立て続けに被さる様に三回。枕の下に潜めてあった節昆は一気に組み上がり、空気を裂いた。組み上がった拍子に先から刃物が出て薙刀のような格好になるそれは、蚊帳を、障子を、斜めに一閃、斬り破った。 「・・・月ちゃん、起きとる?」 「こんな時間に遊ばないでしょう、流石に子供も神隠しについては恐れていますし。」 ころん、と今吉の懐から転がり出た伊月はそのまま、凝視っと障子の向こうを観る。気配は無い。しかし。 「危なかったですね、仕込んでなかったら。」 障子の向こうの暗闇には、戦慄っとするくらいうつくしく磨き上げられた包丁が転がってあった。 「仕込んどったん誉めてー。」 ぱちぱちと薙刀を折りたたんでいくひとは随分と楽しげだが。 「それで荷物重いんですよ、ばーか。」 あといれないってゆったのにいれたので誉めるのはなしです、とのそのそともう一つの布団を捲ってそのまま猫のように布団の中に丸くなって眠ってしまった。今吉は誰かがいたらしい空間を睨みつけながら、布団の内側に仕込んであった防弾シートや布団の端から柄がはみ出た十徳ナイフの回収を始めた。 障子と蚊帳の破損はとりあえず当たり障りなく取り繕って、朝は、足元がぬかるんでいた。疑問に思って空を見上げると、後ろから声がかかった。 「この村は山間にあるから、朝早くは靄がかかって地面が湿るんだ。」 丁度、十に差し掛かるかの少年の声に伊月は振り返り、おはよう、と笑う。 「おはよう、つきちゃん。俺の姉ちゃん見つけに来てくれたんだって聞いた。」 「うん。俺は助手だけどね。翔一さんはさっきから電話。こっちに来るはずだったもう一人が、トンネルの一部が破損してたとかで遅れそう。」 「もう一人?」 「うん、頼りになるんだけど凄い殴りたいひと。」 なにそれっ、と少年が笑ったので、伊月も笑っておいた。なんだか朝の空気が重い。また今日も始まってしまった、また誰か消えるのかも知れない、そんな不安に朝の空気がどこかこれも陰鬱だ。本格的に動き出すのは昼になるかもしれない。少年と話しながら、伊月はそんな事を考える。庭の片隅の井戸では女中が水を汲んでいる。 今日は村はずれに住む神隠しに遭った少女の唯一の肉親に会いに行くこころ積りであるのだが果たして。 「あっかんわー。まこっちゃん無理。」 後ろ頭を掻きながら今吉が電話の近い勝手口から出てきた。 「なんです?」 「なんや、前にも一回トンネルの中でおかしい事あったとか無かったとかで、そしたら今度は乗客が、トンネルの一部が崩れとるん見つけてな。ほれ、駐屯のお巡りや。で、暫くはこの線は休ませるらしいわ。」 「え、じゃあ俺たち帰れないんじゃ・・・。」 「そん時はそん時やな。復旧は急がせるけど利用者も少ないさかいなー。ってのがお上の判断や。」 ほな行こか、と中折れ帽を被った今吉は少年を見、伊月を見る。 「ね、姉ちゃん見つけて・・・ください。」 「お、まかしときや、少年。」 「君も気を付けて。」 日が昇るにつれて地面は乾いていき、今吉の足元もからんころんと下駄の音が軽くなる。革靴が泥を跳ね上げる心配もなくなったころに、あちこちから声をかけられつつ、やっとはずれの家まで来た。 「月ちゃん、しんどかったら言いや?」 「大丈夫です。まだ行けます。」 「月ちゃんのそういうまこっちゃんとは違うてズル出来へん所が好きや。」 「花宮さんの狡いところが好きなんですか。」 「まこっちゃんはからかい甲斐あるやろ。」 「俺をからかっても面白くないですか。」 「からかわれたいん?」 「本気が良いです。」 「ならワシの嫁になれ。」 「その切り返しは読めんかったです。」 「ヨメだけに。」 とまあ、こんな不毛な会話をしながらだ。これだけで二人の日常が垣間見えるというものだ。背戸すら上がっていないちいさな家の前に来て、どうしましょう、と視線で窺った伊月は唇を食われた。ぎゃあっばちーんなんて悲鳴と見事な平手の音に、引き戸ががたりと揺れた。 「あ。」 がたん、がたり、と揺れた引き戸がゆっくり開かれる。どうやら最初の揺れはつっかえ棒を外したのだろう、老婆は落ち窪んだ目元で二人を見やり、頷くように頭を下げた。 「あの、いいですか!お孫さんのことで!」 「ああ、聞いてある。・・・話すことは無い・・・あの子は死んだ。」 色の無い声で、老婆は告げた。 「え、待って、待ってください!そんな・・・っ!」 「・・・お前さん、おのこか。綺麗な子は狙われやすい。早くお帰り。」 閉まりかけた扉に革靴を挟み込んで堪えさせた伊月のうつくしい顔に、柔らかな、優しい吐息が掛かる。扉の動きに眉を寄せた彼の、美しい黒髪を皺だらけの痩せ細った手が撫ぜる。 「おばあ、さん?」 「あの子は死んだ。」 死んでしまった、とか細く続ける老婆は、目元を眇めてしっかり伊月の輪郭をとらえて、頬を慈しむように撫ぜて、唇を震わせる。彼女はどれほど泣いたのだろう、唯一の肉親がなんに前触れもなく消えて、それを受け入れられずに泣き、喉が潰れるほど叫び、呼んだだろう。ぼろりと大きな雫が伊月の眼から落ちた。 「月ちゃん。」 「なん・・・翔一、さん・・・。」 「ヒトが飲まず食わずで生きれる期間はどれくらいや。」 「え・・・水だけなら三か月は・・・!ッまさ、か。」 伊月はそこで言葉を無くす。最初に隠された女中の子供は半年前に、その直後にここの孫娘。年はいずれも十。伊月が持っている、『ヒトが水だけで生きられる期間』は成人男性のデータだ。つまり、十歳そこらの娘が、今吉の言うとおりに飲まず食わずだったとしたら、それはもう。 「・・・すいません、でした。」 そっと足を外して、頭を下げる。なんて酷いことをした。 「月ちゃん、ええ子。・・・なあ、おばあちゃん?その子がおらんなった状況だけでも教えてもらえるやろか?」 「・・・朝に家を出た。そのままいなくなった。」 「その日は晴れとった?」 「いい天気じゃった。」 「おおきに。」 「・・・見つけます。」 ぽつり、呟いた声はきっと、扉が閉まる音でかき消されたけれど、確かに彼はそう、決意したのだ。この瞬間に。本気で。 伊月俊は元々が優しい男だ。女系家族の中で育ったそれもあるだろう、厳しい曾祖父があったことも要因だろう。生き続ける限り、人間は何かと無関係ではいられない。学部は違うが同輩や後輩と籠球をして心身共に鍛練も欠かさない、イーグルアイを持つゆえに周囲を気に掛ける以外の選択肢がない。時には都合のいい友人であったりもしたことはある。恋人の座を欲しがる女も多い。殴り合える親友もある。今吉探偵事務所で働き始めて得たことは多いけれど、結局は雑務を多く請け負っただけの存在だ。 「翔一さん、行きますよ。」 先ほど思いっきり相手の頬を引っ叩いた手でその手を引いて。 「見つけますよ、子供たち!」 真夏の真っ青な空の下、黒い学生服を着崩せる器用さは持ち合わせていないけれど、きらきらと天使の輪色に輝く黒髪を靡かせ、黒曜石のような瞳が、白い肌に痛いくらいに映えた。 「・・・なんや複雑・・・。」 「行きますよ!難題なんだい?知るかばか!威嚇だって如何くばかりだ!」 「ちょ、文脈掴めーへんって月ちゃん!待って!翔一さんおっちゃんやからついてけらん!!」 幾分か慌ただしくその手入れされていない庭を去って、その日の収穫は、すべての子供が晴れた日に遊びに行ったまま帰ってこなかった、という同一の情報を手に入れた。そして、性別を問わず、可愛らしい顔立ちをしていたこと。 「写真が手に入らんのは痛いけど、よう頑張ったな、月ちゃん。あとは女中さんの娘さんや。」 紙面にまとめ終わったそれを読み込んで、膝に転がってきた伊月の頭を撫ぜてやって、使いすぎたのだろう、目元に濡らした手拭いを乗せてやる。何せ村中を隈なく全身の集中力で持って観てきたのだ。疲弊もするだろう。 「でも、あの人話せませんよ。あと、この村の人の一部年代は文盲です。」 「どこで仕入れた情報?」 「掲示板とかが無かったんです。表札が無い家とか、あっても随分傷んでました。お墓も新しいものは盛り土と石だけでした。残ってた卒塔婆で確認しましたが、復員世代ですね。子供たちは三日に一度、村の中央南寄りにーあ、地図確認して下さい。そこに住んでる先生の所に通うそうです。明日がお教室だって子供たちは言ってました。」 「ほんっまやりよるな!」 「じゃあ。」 ごほうび、なんてその唇で妖しく囁くものだから、これは参った、と今吉は笑ってしまった。二度口づけて、三度目で唇を舐める。薄く開かれる唇に誘い込まれて絡めて吸う。べろりと下唇を顎を、喉を、膚を舐め啜り、肌蹴た浴衣の袷をぐいと乱す。鎖骨のラインの落ち窪んだ場所をぢりと吸えば、真っ赤に残る。手当でもするように舐めてやれば、くふりと蠱惑的に笑う。 「ここまで?もっとする?」 「いや、今晩は・・・。」 止しときましょうよ、疲れました、と苦笑する伊月の言葉尻にどすんと床を叩く音と怒声のような悲鳴が混じる。 「な・・・に?」 「俊、構ん!」 「だって翔一さん!」 咄嗟に起き上がろうとした伊月を今吉は一喝し、部屋を出ようと襖に手を掛ける。 「この家、今は息子さんは帝都にいらして、村長さんと女中さんと俺と翔一さんしかいません!」 「・・・なんやて・・・?」 その事実に、今吉は瞠目し、また声を聴く。 「俺、黙ってました。」 「何を、俊。」 「女中さんには、明らかな虐待の痕がありました。」 初日に診察した時、やけに血圧と脈拍がおかしかった。喉の奥を診るのに顎を上げさせたら、首に痣が残っていた。翌朝の襷をかけた袖から赤黒い痣が覗いていた。 「せや言うて、これ終わるん待ていうんか・・・!」 少し落ち着いたらしいが下卑た声音が襖を伝ってくるのに今吉はぎちりと拳を握り固めた。他の家の奉公人への口出しは基本的に認められない。下手をすれば女中を助けた側が訴えられるなんてこともあり得るのだ。 「いえ、待つ必要は無いですね。行きましょう。」 す、っと隣を横切った伊月に今吉はうっかり脱力する。行くんかい!とツッコミたい。 声が徐々に小さくなる。 「俊、袷。」 今吉が言葉少なに囁いて、伊月は襟を正し、声がする部屋の襖を開け放した。 「こんばんは、好色村長さん。」 にっこりと毒しかない花は微笑み、その声に男は振り返る。女中は襟も裾も乱されて、男に押し倒される格好で泣いていた。 「ああ、誤解せんとって、したいならすればええ。けど、問題なんはそれが合意かどうかって事でな。」 「主人が奴隷をどう使うかなんて知りません。ですが残念ながら、今のこの国に身分制度はありません。お給金や賄、それは家それぞれです。彼女は『そういうこと』も込みで雇われているのですか?」 「ちゃうんやったら、この現場抑えたワシらは、婦女暴行未遂っちゅー罪状でお巡りにあんさん突き出さなあかんねんけど。」 「幸い知人がいますからね。」 「せやな、青峰やったら蒸気機関車で半日法則くらい吹っ飛ばせるし。無茶苦茶やからアイツ。」 どうします、と有無を言わせぬうつくしい笑顔で言い放った伊月の前に、村長だった男は項垂れた。 後編へ続く。 |
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というわけで今回は臨界点突破した伊月先輩中心パラレル!!あほか私あほか私!!ホンマはインテ持ってこうかなって迷ったんやけどな、あっ今回タイバニスペだwwwってなってwwwインテ楽しみすぎて今の時点で眠れないので時間を有効活用してみました!!あほか。よりにもよって今月ですからね!だってこのパラレルだったらこの二人が一番しっくりきた!!!!ねんれーいもかたがーきも!!手を繋ごうは今月ソングで私FA?状態の私は夏が終わったらライブも行きます!!恒例今日の我が家の俊ちゃん。寝てました!!以上!!伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩可愛い伊月先輩!!いつものシリーズじゃないので荒ぶるのはこれくらいで!!wwwwwアップロードして確認したら冒頭四行目をオヤコロ空目して爆笑しました。徹夜のテンションっていいですねwwww
2012年08月14日 07:12初出。
相変わらず凄いキャプションだなwと思いました。
20121114masai