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人間の本能とは恐ろしいもので、それが自分に不利だと悟ると隠す習性を持っている。
しかも生半可に頭がよく造られたものだから、実に巧妙に罠を張り、見つからないようにと隠し、時には責任を他人のものにしてしまう。 そしてまた、それが罪深いものであったとしても、それが自分にとって有益だと判断すれば、たとえ擦り付けられたものであったとしても、自分の手柄としてしまうのだ。 どうすれば生きるだとか、どうすれば死んでしまうのか、そんな他人の命の綱を握る物であったとしても。 今吉探偵と伊月助手と四十四の謎。後編。 部活を休んだ伊月がまず向かったのは、陽泉大学。 路面電車を乗り継いで、ブレザー制服の中で学生服はえらく目立ったが、小さな礼拝堂前を横切って体育館の入り口に手を掛けた。運動の熱気に温まった空気がするりと扉の間をすり抜け、どーしたの、と頭の上から声がかかった。 「むらさ、きばら。」 その長身から胡乱気な視線に、息が乱れていたことに気付く。一度深呼吸を繰り返すと、はいと駄菓子が渡された。 「ごめん、紫原。福井さんいる?」 「福井?もうじき来るアル。」 「あ、劉、久しぶり。」 「久しぶりネ。アツシ、体育館で菓子食うとタツヤが怒るアル。」 「俺が怒るんじゃなくって、体育館が汚れるから、って発想は無いのかな!」 「あ、氷室。」 「珍しいお客さんだ、シュン?1on1でもしていく?」 「ごめん、福井さんに用事で。」 そういえばこの間ホールに来ていたね、それ関連、と氷室は相変わらずにこにことしている。が、そのまま拳を固めて紫原と劉に拳骨を叩き込んだ。 「室ちん・・・っ。」 「タツヤ・・・っ!」 「体育館で菓子食うほうが悪い。」 「キャプテン!」 「岡村さん!」 一番頼れるひとが来た、と氷室が身を乗り出し、伊月がその長身を見上げる。ここの連中はどうしてこうも首が痛くなるのか、と福井はよく嘆く。 「キャプテンは止せ。今のキャプテンはお前じゃろ、氷室。」 わしわしと氷室の頭を撫でた岡村は、何の用じゃ、と伊月をようやっと見下ろす。確か誠凛の司令塔じゃったな、と。 「福井さんは来ませんか?」 「どうだかな、食品企画と接客サービス企画を今追い込んでいるからな・・・。」 「教室は。」 ここから解りますか、と岡村に校舎を示し、おお、と頷いた彼が腕を掲げたのを見る。 「福井健介―!!」 「うっせぇアゴリラ―!!こっちは企画最終段階・・・っ。」 体育館前から見事に校舎最上階の多目的教室に声を飛ばした岡村に、伊月は吃驚して耳を塞ぎ、紫原は見事に鼓膜に食らったらしく、くらんくらんと頭を振った。そして一つの窓が開き、引退した部活動に鍛えられた声出しに校庭中の空気が痺れる。 「あっこじゃ。」 「び、びっくりしたー・・・!」 「第三視聴覚室教室アルか。昇降口から横にある階段がー・・・。」 「大丈夫、行ける。ありがとうございます、岡村さん。劉も!」 たつ、とその革靴は地面を蹴って、おおいづき、と頭上の声に笑った。昇降口で靴を変え、昇降口脇の階段より中ほどに行ったところでもう一つ階段がある筈なのでそこから昇った。目立つ行動は特に無いが、制服が違うので擦れ違う生徒は振り返って凝視する。そんな視線は気にもせず、福井が顔を出したと思われる窓がある第三視聴覚室の扉をノックした。 「おう、伊月。用事か。」 「急にすいません。お仕事中じゃ・・・。」 「あー、時間要るか?」 「いえ、基地に出入りしていた将校の名前、どれかは記憶に無いですか。」 「ん?ショウコウ・・・兵士か?」 はい、と伊月が頷けば、ちょっと待てよ、と福井は顎を摘まんで、凝視っと見詰め上げてくる黒曜石のような瞳に、その綺麗な黒髪を撫ぜた。そこでも、そうだ、と伊月は思った。福井は異人の血が入っている訳では無い。それなのに頭髪の色が日本に住む民族とは違う。きっとこれも関係している。 「トミダ・・・。」 ぽつり、と呟きに伊月は顎を上げた。 「違うな。トミナガ、だ。部下の人望も厚かったとかでばーさんが話してた。俺も何回か抱っこして貰ったらしいが生憎記憶はねぇな。」 「文字は?」 「富永。富と冨の刺繍文字が一度ごっちゃになってなのに怒ったりもしないで笑ってた、つって服屋のじーさんが。」 「ウ冠のほうですね?」 ああ、と福井が頷いたので、伊月は礼を述べて頭を下げた。 「いや、何のことだか。」 「福井さん。」 「何。」 「その、髪の色が、生まれた場所のせいだ、ってゆったらどうしますか。」 頭髪と同じく明るい光彩の瞳が三白眼の中でぎゅっと引き絞られた。 「テメェ、俺が十年以上掛けて克服してきたコンプレックス、掘り返して楽しいか。」 「楽しくないですっ!すいません!!」 おいこら、と腰から屈めて覗き込んできた福井に伊月は慌てて手を振る。お時間頂きました、と笑って、廊下を翻る。 「生まれのせいでこーなら、俺は生まれたことを悔やまなきゃなんねーだろ。」 言うでも無し、という雰囲気で風に流れてきた声に、伊月は振り向かないで歩き出す。校舎を出て体育館の入り口前で、また駄菓子を渡された。 「月ちん凄いねー。なんで福ちん先輩とこまっすぐ行けたの?」 「次に誠凛と当たる時は、黒子と火神だけじゃなくって、俺にも注意しとかないと痛い眼見せるよ。」 三十センチ以上高い位置にある頭を撫ぜるのはなかなかに努力が要るので、その長い前髪の上からぴんっと額を弾いてやった。 「いったー!月ちん捻り潰すよ!?」 「短気は損気だぞ。」 そうやって、紫原の脚力から逃げるように陽泉大学の敷地を出て、走った。路面電車の停留所まで走って、そこで一度息を整え、車掌に手を掲げて乗らない旨を伝えると、次の電車に乗った。乗継でもまた、ひとつずらした。事務所に入る前に人目を鷲の眼が確認するようになったのはいつからだろう。無関係な振りをして、ベルを押すかどうか戸惑ってから、ドアノブに手を掛けるようになったのは。事務所に行くと、大っぴらに言わなくなったのも。 事務室のほうでは今吉が花宮と書類の遣り取りをしており、伊月が作成した地図を睨んでいた。 「どこまで判明しました?」 ばさっとマフラーを剥ぎ取りながら、伊月はデスクに駆けた。数歩の時間が惜しい。そして、差し出された書類にその切れ長の目を見開き、情報を叩き込む。 「検死報告は入りましたか。」 「こっちだ。血中酸素の濃度から一酸化炭素中毒の自殺と断定。」 「しかし、何かの繊維が出た?」 「正解。」 「花宮、旧日本軍があの基地施設で行っていたのは、人体実験、だろう?」 発掘の際に出たとされる幾つかの廃材と人骨。爆撃され壊された軍事基地ならあってもそれは自然なことだが、それにしては途中経過として撮影された作業員が人骨を見つけたそこは、随分と綺麗に頭蓋骨が並んでいる。頭蓋骨だけが、棚にでも入れられたように、そのまま。 「どこからそう思う?」 「ちょっと授業でね。福井さんに裏も取ってきた。ヘマやってたら揉み消しといて。それから、この頭蓋骨、写真だとちょっと自信ないけど色がおかしい。白すぎる。こっちのは茶色い。投薬なんかが続くと人骨だって変色する。火葬されてもあれだけ残るんだ。保管されてたならそれ以上に残る筈。」 後始末させられんのかよ、と舌を打った花宮は、次の書類の処理に掛かる。 「あの一帯から不審ガスが消えるのはもう少し掛かりそうだな。」 「だね。原因は取り除いたとは言っても十年以上も死体が放置されて埋められてたんじゃ、腐敗ガスは地面にも滲んだはずだ。それこそメタンやリンで発火率は高い。消防署に通達は、翔一さん。」 「さっきさした。」 了解です、とまた情報処理に移る伊月の指先が顎に掛かるので、今吉が席を立って紅茶を淹れてやる。 「で、人体実験やってたのはどれだ?」 「代表者は冨永少将です。尤も、戦中はワ冠ではなくウ冠だったそうですが。」 「偽名だ。こいつがクロ。部隊サンイチサンサン。あの施設だけじゃなくて・・・。」 「あの集落、周囲の町まで巻き込んだ、巨大な実験場。」 「と、いうことになりますね。紅茶頂きます。」 あったまるわー、と背を丸めた伊月に、年寄りくせぇ、と花宮が言いやった。 「さきいか食う?」 「紅茶にさきいかって。」 「ワシらの夜食やけど。」 「なんか文句あっか。」 「それ食事違う!キッチン借りますよ。に・・・っころがしの時間は無いな。花宮、煮売りで芋買ってきて。ん、砂糖と塩あるな・・・。あ、好みで塩味買ってきていいから!今月黒字だし。」 「俺が行くのかよ・・・。」 とか言いつつ、コートの用意をしているのでさきいかが主食も飽きたらしい。腐っても事務経理か、なんてぼやいて事務室を出た。 「で?何も無かったな?」 「足取りは・・・ずらせたと思います。」 「ん。残ったんは四十四歳か。」 「それはもう解決してるでしょう。」 「なぁんやぁ。」 ただいま、と声を掛けた花宮は、肩を上下させて夕刊を今吉に放った。 「今度も四十四前後だ!五人、入水自殺だと。」 「またかいな・・・警察あっかんやん。」 ぐしゃ、と今吉が髪を掻き、ああもうとデスクに突っ伏して呻いた。 「場所は。」 「神奈川。身元が幾つか判明している。」 新聞を覗き込んで、伊月は息を呑む。気配は今吉も感じ取ったようで、どないや、と顔を上げる。 「あ、の。話、聞いた、・・・っ!」 「解った。落ち着け。」 関わった人物が死んだ。その衝撃に素直に目を伏せることが出来る伊月のこころが今吉は恋しい。涙を零さないように、ギっと真正面を見据え、新聞記事に目を通す。 「っ。翔一さん、このひと!」 「誰がおった。」 「このひと、あの辺のひとじゃ無いです。」 「何やて?」 「出身地は解りませんが、年齢が隠されてません。三十五歳の無職の男性です。」 「無職?」 「このジャケット。」 顔写真は襟の部分が確認出来る。それは土木建設会社のジャケットで、冬場に着込まれ制服の代わりにもなっているそれだ。三年前に倒産した会社の名前がそこにあった。写真はおそらく社員証や重機免許の本人証明写真だ。 「まこっちゃん、大崎美由紀の放火は。」 「おおさき。」 「大崎みゆき。源氏名前だ。放火殺人の犯人、まだ捕まってねぇだろ。藍色の上着を着た男が店の裏で不審な動きをしていたと証言があった。」 これだ、と花宮が出したファイルには、警察の調書の複写とそれから彼らが仕入れた情報と、考察も数頁に渡って書かれている。 「藍色の、上着・・・。」 じゃあまさか、と花宮から受け取った紙袋を取り落しそうになる。 「口封じじゃないですか・・・!」 「冨永の周りは。」 「冨永少将は研究の成果だかなんだかで地位も名誉もありやがるからな・・・。軍部にまで食い込むのは骨が折れる・・・。」 花宮が基地跡の撤去を指示している間に部下に走らせたところ、あの集落周辺では福井のように生まれながらに色素が薄かったり、奇形で生まれて生きられなかった子供も沢山いた。そして老人はいなかった。老人は喜んで国のために実験に身を差し出して、若者は正体不明の怪奇に消される。消せなければ自分で死ぬ。 「・・・これ、逆手に取れませんか。」 「逆手に。」 「うん、ちょっと翔一さん、・・・死んで来て。」 その甘い響きと言ったら、と今吉は厚手のコートで呼び出された小屋の前に立った。夕日の指す中、結局年齢不詳の彼は果たして潜りこんだ。 まずはどうして死んだか、と伊月は言いだした。 「遺書はどれも一緒でした。書かされた可能性のほうが高いです。」 写真で手に入ったどれもは遺族によって本人の物だと確認されているが、内容は四通とも、『家族を頼む。』だった。前置きも何もなく、一言一句同じ。句読点や書き損じによる間違いも一つだって無かった。 「ってことはですよ、これを書き遺して、山小屋へ来い、って指示の手紙が来たんだと思います。」 来月四十四歳になるという男性の家が三件。それぞれ張り込み、当たりを引いたのは見事に今吉だった。他の二人でも外見が若いという理由で結局彼が出向くわけだが、言い出しっぺが伊月でなければ今吉も花宮だって動かなかっただろう。それは消印の無い封筒で届いた。中には、『家族を頼む。』と書き遺して家を出て、県境にある山小屋へ来ること。 「さっぶ・・・。」 海の男たちは寒さには強いのか、今吉は肌寒さに服の上から腕をさすり、何か急に足元が冷えて立ち止まった。 「・・・さて。」 何が出るか、と小屋を覗こうとしたが、分厚いカーテンが掛かってあった。もしも中に誰かがいたとして、その正体が何だったとして、どうすれば作戦通りに動けるか。四人の集団自殺事件にはもう一つ不審があった。 「仮に一酸化炭素中毒だとしてですよ?なんで折り重なる必要があるんですか。一酸化炭素中毒は大雑把にゆっちゃえば脳内の酸素を奪って血中の酸素濃度を下げるんです。人間の体は基本的に、特に日本人の場合は前のめりですが、酸素欠乏の場合は喉が反るんです。つまり、倒れるなら、それでも倒れないように本能は働きますから、頭の重量で仰向けに倒れます。もしもお二人が山小屋で酸素欠乏に身動きが取れなくなったとして、そうしたらこんなに無暗矢鱈に歩き回って折り重なるようなことはしないでしょう?っていうかしません。出来ません。そんな気力さえ奪います、酸素欠乏というのは。」 彼らは山小屋の床に、中央ほどに、うつ伏せになって折り重なっていた。上に三人分の体重のかかった内臓は破裂していた。 「そして、この場合の吐血は不自然なんです。ヒトは死んだら舌から力が抜けて喉を塞ぐ。よって、内臓を傷つけられた血は鼻腔から出るほうが自然なんです。」 極めつけは、と示された、誰の服の物でもない謎の繊維質。気化したのかどうだかは知れないが、何の変哲もない繊維質だった。 「俺が殺す身であるならば、麻酔で眠らせ、その後で毒ガスでも嗅がせます。勿論、今後の事なんて知りませんから、その辺に転がしちゃいますよ。だってもう死んじゃうんですもん。死者の尊厳とか知るかばか、みたいな?」 聊か無茶苦茶な論理ではあったが、筋は通った。あとは呼び出した主の顔でも見れれば御の字、適当に帰ってきて青峰へのホットラインでも使えばいい。古びた木戸はゆっくりと軋んで開いた。暗い室内を今吉は視線を巡らせ、見覚えのある輝きに瞠目する羽目になった。 「これで最後か。」 「ああ。」 背中に受けた衝撃で思わずよろめく。この男はあの不審な手紙を心配そうに自分に渡したのではなかったか。腰に当てられているのは刀身の無い銃剣だ。この口径は生産が終わってる筈やんなぁ、と今吉は呑気に考え、転倒は免れながらも膝を突かされた後頭部への衝撃に目が回る。 「・・・っ。」 意識落とさせるならキッチリ落とさんかい、と内心毒づきながら、顔色が見えない二人の黒髪を見た。縛られてはいない。体の均衡が保てず肩を床に落とした。眼を閉じる。 「手間掛かり過ぎだろ、バァカ。」 立ち上がって埃を叩き落とす気配に咳き込みそうになる。悪辣に笑った声は、今吉の頭を容赦なく蹴り飛ばし、いつも通り足音も無く歩く。 「ま、こ・・・っ。」 「これで、消すべき数は揃ったな?」 「はい。」 「あと五件だったか。やっぱり燃やしたほうが呪いっぽくていいよなぁ?」 蛇のように笑う声が遠ざかり、扉が閉まる。 数秒落ちた。間違いなく。 「やりおったな・・・!」 くそ、と毒づく間もなく無事覚醒できた今吉は倒れこんで動かない伊月に這い寄り、肩を掴む。 「・・・翔一さん。」 「・・・おき、とる?」 「すっごい、失敗した、気が・・・。」 「ワシもや・・・。」 ぐったりと倒れ込んでいるのは彼らの他に四人。やはり四十四歳前後だろう年齢の、男女は問わずだが、比率としては男が多い。ふらふらとする頭で起き上がり、その肩や腹を揺すれば無事に息がある事を確認できた。 「出血してます、翔一さん。」 痛い痛いと思っていたらどうやら皮膚が裂けていたらしい。首筋に滑ったそれは血液だった。伊月はハンカチを裂いてそれをガーゼと包帯代わりに今吉の頭に巻いた。 「行けるか?」 「変な鍛え方はして無いつもりですよ。」 に、っと強気に笑った伊月に今吉は頷き、青峰には俺が連絡しますんでゆっくり来て下さい、との声で、よっこらせと立ち上がる。伊月は今吉が立ち上がれたのを確認すると、用心深く山小屋を出た。 「おい、ええ加減起きろ。ほんまに殺すで。」 底冷えするような声に四人の肩が跳ねる。 「冨永少将との関係は、ゆうてもしゃあないか。冨永少将はここで宗教しょったからの。」 恐る恐る起き上がったそれぞれは、花宮が手に入れてきた写真で把握済みだ。名前も顔も経歴から家族構成だって。 「あの軍工場基地で働いたんやったら解るな?今から自分らがどないなってどないされるんか。」 軍の基地工場と言う名の人体実験施設で働いていた人間は、真実を知る人間は、軍将校から指導を受けていて。軍だの隊だのと大層に飾ったとしても、それは一種の団体で、規模によっては新興宗教団体とも取れる。冨永少将は人心掌握に長けていた。そして命じたのだ。特定の歳月を生きれば死ぬように。事故だったのも本当。遺書も本物。あの基地の正体を知る者は、四十四歳になれば死ななければいけなかった。指導と言う名の洗脳が解けなかった元工場職員は、元基地勤務員は、四十四歳になれば死んでいった。死ななければ殺された。職人も軍人も慰安婦も、あの軍事基地工場に関わった人間は全て。『家族を頼む。』と遺させたのは、きっとひとつの温情だ。 「お前ら同士で殺し合うても、ワシは一向に困らん。寧ろ殺し合いましたーてワシがゆうて回ったら自然と冨永サンの耳にも入るわなぁ。そないしたら、今度はどないやろ?『家族を頼む。』って遺言すらおけんなるなあ。どないしよう?」 十徳ナイフ、果物ナイフ、錐、匕首。ばらりと床にばらまかれた刃物に彼らは肩を震わせた。 「死にたいなら止めん。でもな、自分の死体の始末くらい出来るようになってからせぇよ、自殺なんて阿呆らしいもんは。」 田舎の海の音だけを聞きながら今吉は歩く。服を借りた家には明かりが灯っておらず、雪の薄明かりの中で着替えて家を出る。 「翔一さんっ!」 潜めた声で叫ばれる。ぱたぱたとペンライトの光が跳ねた。 「月ちゃん、あれは?」 「俺の予想が正しければ、栃木方面です。翔一さんはここでドクターストップです。緑間にも連絡しておきました。」 「え、うそ。」 「自分で傷の規模把握してないから言えるんですよっ!消毒もしてないんですからね!?」 わーかりました、と今吉は両手を掲げ、始発列車を待つために駅舎に入った。伊月はそのままレールの上を歩いた。学生服の内側に防弾チョッキは着せられたが防寒になる訳では無い。時折ポケットの小さな温石で暖を取りながら、一度白い息を深くに吐いた。 「よう、古橋。」 「やあ、伊月。」 月も星も無い、雪灯りの明るい夜半レールの上で対峙する彼は黒いハイネックに黒のスラックス。足元は地下足袋に草履だった。 「今夜も綺麗だね?」 「口説き文句としては三点かな。」 「百点満点?」 ほら、俺って見てくれだけはいいからさ、なんて笑う伊月は、美麗と称すには聊か好戦的だった。 「刃物の使用は。」 「ノー。」 「飛び道具。」 「刃物無しならオッケー。」 「じゃぁ遠慮なく。」 死んだ魚のような、と揶揄される瞳は一瞬墨色に煌めいた。右耳を掠った痛みに意識を持って行かれそうになったが、即座にそのスラックスの裾を伊月が絡める。 「っわ!」 地についていた脚を蹴り上げると、もう片足を捕まえていた伊月の上体が崩れる。このまま腹筋を使ってやれば頚が取れる。びりと脛に走った痛みに古橋はバランスを崩した。背中からレールに落ちて、その鳩尾には固められた拳が寸止めで刺さった。伊月はナイフを咥えた口元で、病んだ犬の笑みを浮かべた。 「刃物禁止と言ったのは?」 「俺だけど、俺は禁止されてないよ。」 「それ、俺等の専売特許。」 「籠球で?それとも仕事で?」 「両方。」 一瞬の遣り取りだったが、弾んだ呼吸を伊月は宥め、古橋は息を吐いた。体を起こし、脛を切りつけたナイフを仕舞って立ち上がるのに手を貸してやる。 「茨城方面は瀬戸が阻止。帝都のほうで放火未遂二件。こっちは原とザキ。」 「わかった。」 「二時方向に三百メートル。足場が悪いが。」 「だーいじょぶだって。」 「それはさっきのでわかった。それ、通学用の靴だろう?一応あの中じゃ強いほうなんだけどな、俺。」 「秋に頭ぶつけたんでどっかやっちゃったんじゃないの?」 「戻れなくなるぞ。」 「百も承知。」 その黒曜石のような瞳は、怜悧な切れ長の目の中で鋭利に雪の光を受けて耀く。世界の闇を知る、知っていく過程に凛と立つ伊月の姿は欲目を差し引いても只管、美しかった。 「・・・迷わないのか。」 「迷うの飽きたの。じゃ、翔一さんに報告よろしく。」 「俺は伊月や今吉さんの部下じゃない。」 「じゃあ、俺の友達として、俺の上司に、俺は大丈夫だって託けてこと。キタコレ!」 「わかった。」 行け、と光の無い眼で平坦な声で古橋はいつも通り、真っ直ぐに伊月を見た。微かに笑って、一瞬だけ申し訳なさそうに眉を下げた伊月は、古橋が言った通りの方角へ馬鹿正直に進む。山道は革靴で登るもんじゃないな、案内人ぼるもん、キタコレ、なんて一人で進んだ奥のあったのは朽ちかけた屋敷だった。 「・・・早かったな。」 「花宮。」 「古橋はどうした、アイツ。今更になって情が出たか?あんなに殺させたのに。」 何を、なんて聞かなくても解る、言わなくても解る。そんな距離を、ここ数秒で二人は詰めた。 ひゅーぅ、と花宮の珍しい口笛に、伊月は反射的に手首が翻った右手を見た。貫かれる勢いで頸動脈を狙ったお互いの刃物は先ほど古橋の脛を怯ませた、もっと言うなら、事務所に雇用された記念に花宮が寄越したナイフだった。 「だいぶ鍛えたな。」 「まぁね?」 「いいもんがあった。ついて来い。」 「殺すなよ。」 「さぁな?」 古びた廃屋の玄関の扉は割れており、花宮は地下足袋に草履、伊月は革靴でそれを踏み砕いて敷居を跨いだ。軋むどころか床が抜けており、ペンライトに随分助けられたが、奥の間に入る途中、消せ、とくちびるが動いた。言われたとおりに灯りを消し、伊月の眼が闇に慣れてきらきらと耀く何かを視界に入れて、ふわりと白い息は空気に蕩ける。天井も屋根も落ち、朽ちた畳の上に白骨化した死体が雪の中で輝いていた。 衣服も風化したそれは、肋骨の上に幾つも星の飾りがあった。何か、物語の裏側の、麗しく醜悪な真実に、その腕に絡みついたままのプラチナ糸は、冨永と綴ってあった。 「こいつが本物だ。」 「とみ、なが。」 「ウ冠だったと福井は言ったつってたな。軍記録はワ冠だった。今、軍にいるトミナガ少将は影武者だ。きっと洗脳もそいつの仕業だな。本物はここに。」 肋骨の上に散らばる星は、錆びたサーベルに砕かれてあった。雪に霜に煌煌と眩いそれは、美しさでこころを毒す。 「今も影武者は本物の振りして生きている訳だが、どうする?」 「冨永、は。」 「この周辺にあれ以来手は出していない。今回の発掘調査も俺が勝手に俺の独断でやった。全部、俺がやった。」 「・・・花宮は・・・。」 「お前は俺を信用している。俺はお前を疑わない。今吉は伊月に嘘は吐かないし、伊月も今吉に嘘は吐かない。これが答えでよくねぇか。」 俺を信じてくれと、縋ってもきっと伊月は頷く。でも、花宮はしない。彼の矜持はそこにある。花宮真。花の咲く神の八代は真に。 「うん、帰ろうか。」 「ん。眠い。」 「その前に飯な!」 「コロッケ食いたい。」 「作るから寝るな。」 「コロッケ食うー。」 「作るって。」 「コロッケー。」 「何がお前をそこまでさせる。」 「えー?伊月の飯旨いしー。」 「いつも食ってよ!?」 「伊月のじゃねーと不味いしー。」 「おっ前まじでばかか!?」 そんなじゃ次に霧崎と試合した時にお前の体調心配で本気出せないじゃん、なんて伊月がからかって、ゆってろ蜘蛛の糸は鷲だって捕まえれるほど強いんだよ、なんて花宮は相変わらず、悪辣に、ふはりと吐き捨てるように笑った。白い息は、そのまま冬の山中に、存在すら許されずに、雪明りの中で静かに静かに消えて行った。 今吉探偵事務所、明日も通常業務を予定。 所長がちょっと怪我してても、まあ心配するだけ無駄ってもんです。 |
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途中でね、路線変更したwww化け学はもう諦めた!!花宮誕生日話に移行した!!だってもう途中でね、「この文書を閲覧するにはナントカ番号を入力してください」とかいうとこまで行ったんだもんwwwPC調べられて近所で毒ガス騒ぎとかあったら間違いなく私が犯人にされちゃうよwwwということで花宮くんお誕生日おめでとうございました!■タグありがとうございます!たぎ・・・るんですかこれあざっす!!「え、別に看病はしませんけど?」という真顔の月ちゃんの返答ですwあと最近イラスト関連には「今吉探偵と伊月助手」タグを個人的に付けるようにしました。このシリーズのイメージボードとか上げる際に使ってます。今吉探偵と伊月助手のみに限らずこのシリーズのイメイラとか画いちゃったーって方おられましたらタグ管理用にでも使って頂けると私が喜びます。タグ検索で簡単に観に行けるし!!
2013年01月15日 01:19初出。
結果的には花宮誕生祝いのお話になりました。月ちゃんとまこっちゃんの今後もどう変化していくのか楽しみです。
20130118masai